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133.復讐を始めましょう

本編に戻ります。

 ーーピチャ、ピチャ


 定間隔で鳴り響く、水滴が落ちる音。暗い暗い地下で、それは作り出されていた。


 天井から吊り下げられた大きな容器。その容器の下部には、ピペットの先のような小さな穴が空いており、そこから一滴ずつ地下の暗闇に同化した水が滴下していた。

 その真下には、片手で覆い隠せそうな大きさの小さな瓶が置かれており、その中にゆっくりと水が溜まていく。周りには、満杯になった瓶と、空の瓶が混在しており、その周りには水に色をつける色素剤が乱雑に置かれていた。


 不意に滴下音だけが響いていた地下室に、カツカツとヒールが地面を打つ音が加わった。


 ギギギッと立て付けが悪いのか、音を立てて開いた扉。そこから入ってきた女性は、暗がりの中躓く事なく部屋の中央ーー水滴が溜まる瓶の置かれた場所へ。


「もうこれぐらいで十分かしら」


 女は水滴を溜めていた瓶を片手で取り、満杯になった瓶を見て不気味な笑みを浮かべる。


「ふふふっ、やっとだわ。ようやくこの国のお馬鹿さん達に思い知らせる事が出来る」


 怪しい光が暗がりに灯る。それは、憎しみと恨みを併せ持つ復讐を宿す瞳。

 女は、手に取った瓶に色素剤を混ぜると蓋を閉め、新たに空の瓶を置くと、その場を後にする。


 再び水滴だけが、その場の空気を震わすようになった後、姿を消し、気配を隠し、女の後を付けて来た男がそこへ近付いた。


「クククッ、これが正体か」


 興味深そうに小瓶に入った水を見詰める男は、ニヤリと口角を上げた。悪い顔だ。何かまたよからぬ事を思い付いた、そんな顔をしている。


「主に報告しなくてはな」


 ニヤニヤと笑う男は、先の女性よりも、正体不明の水よりも、よほど不気味であった。



 〜〜〜〜



 学園都市アークティア。

 帝国貴族ハイディル家が治めるその土地は、古くより学問が盛んな土地であった。およそ100年前に近隣の山奥で古代遺跡が発見されてからはより活発に、深く学問へのめり込む人達が集まる土地となった。歴史学者をはじめ、古代遺跡にはそれだけの魅力があったからだ。


 ここの古代遺跡は別名『墓守の遺跡』と呼ばれ、数多くの遺体が眠っていた遺跡だ。また、それを守護するガーディアンは強力で、当時の勇者をもってしても相打ちであったと、伝わっている。

 その強力無比なガーディアンを退治してから、巨大な遺跡の調査が今日までこのアークティアを中心として進められてきたが、未だにその全容を知るには至っていない。


 遺跡から出土した品の鑑定、解析、さらにそれを実用化まで漕ぎ着ける。それぞれに専門家がおり、またそれを世へ出す者達がいる。それがアークティアという街だ。

 日々学者同士の討論が街のあちこちで繰り広げられており、それがこの街をひいてはこの国を支える一柱となっている。


 魔道バイクや翻訳腕輪などはこうして生み出された古代と現代の知恵の結晶なのである。


 また、この街は魔法学校がある土地としても有名だ。遺跡から出土する品には魔法について書かれた物もある。それを求め優秀な魔法使い達がこの地に集まる。そんな彼らの指導によって、その時代を担う魔法使い達が育つ場所でもあるのだ。


 さて、そんな街を治めるハイディル家だが、現在は衰退の一途を辿っている。その理由として、後継がいない事が挙げられる。

 ハイディル家は子宝に恵まれず、娘が一人だけ。本来後継となる男児が生まれなかった。さらには、その娘を残し両親は既に他界。事実上、その娘がハイディル家の血を受け継ぐ最後の者となってしまった。


 しかし、彼女は頑なに結婚をしようとはしなかった。その理由を、知る者は致し方ないと諦め、知らない者は他人事のように、ハイディル家は終わりだなどと口にする。


 しかし、現状今はその家がこの街における唯一と言っていい貴族の家。そこに、アークティアへ訪れた皇帝並びに勇者一行が厄介になるのは、この国では当たり前のことであった。


「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下、並びに勇者の皆々様。弱小貴族ゆえ、大したもてなしは出来ませぬが、精一杯おもてなしさせて頂く所存です。どうぞごゆるりとお過ごしください」


 現当主、アイリス・ハイディルが皇帝達を屋敷に招き入れる。彼女のお付きの者が、甲斐甲斐しく勇者達を屋敷へと案内し始める中、皇帝は彼女へと向き直る。すると、アイリスはニッコリと毅然とした態度で笑みを浮かべ、一礼する。


「それでは、皇帝陛下。私は私用がございますゆえ、これにて」


 そう言って、立ち去ろうとする彼女を、寂しげな表情で見ていた皇帝は、立ち去る彼女の背中に声をかけた。


「もう昔のように呼んではくれないのか?」


 悲しげに問い掛けた皇帝に、彼女は足を止めると先と変わらない笑顔で、向き直る。


「……皇帝(・・)となられた貴方様をお兄様とお呼びする事はもう二度とありません」


 そう、言い残し彼女は何処かへ消えていく。皇帝は、最後まで寂しげな瞳で彼女の背中を見送った。


 かつてこの地で共に机を囲み、雑談し合った4人にはもう戻れないのだと。



 〜〜〜〜



 ーー空が赤い。


 もう夕刻なのだろうか?


 墓地で目覚めた俺は、体を動かす事なく、空を見上げていた。俺の心境を移すように、赤い空にはオレンジに染まった雲が視界一杯に満ちている。


 複雑で、ごちゃごちゃしていた。


 もう一人の自分の消滅に対し、複雑な思いが胸一杯に広がっていた。

 あいつの消滅を素直に悲しむべきなのか、それとも自分が消えなかった事を喜ぶべきなのか、はたまた思いを遂げた消えた事を祝福してあげるべきなのか、どれも諸手を挙げて賛同出来そうになかった。


 と、視界にニューと割り込む黒い影。突然過ぎて、また、あり得ない事に思わず目が点になる。


「へっ……?」

「ピィーーッ‼︎」(やっと起きたーーッ‼︎)


 ドンと胸にのしかかる衝撃。勢いよく飛び込んできた懐かしい姿に、俺は胸に満ちたモヤモヤごと体の外に色々とお見せできないものを吐き出した。


「ピピィ⁉︎」(大丈夫⁉︎)

「うぇ……だ、大丈夫じゃねぇ、馬鹿野郎……」


 この一年で恐ろしい体当たりを身に付けやがって……さすがは最強種……成長速度がハンパねぇ……


「……にしても、どうしてお前がここにいるんだ? 久々に会えたのは、嬉しいし、置いていったのは、悪かったけど、再開後のあれこれは、その説明を受けてからにしたいんだが……」


 全力で甘えに来るハクの痛い頬擦りに、頭を撫でて応えながら、そう質問すると……


『ハク、匂い辿った。ハクは親と一緒』


 と、可愛らしい事を言ってくるではないか。一先ずシャルステナ達もいるのか聞くのは後回しにし、目一杯ハクを愛でた後、久々にハクを頭に乗っけて立ち上がる。

 ハクはまだ甘え足りないのか、頭を舐めてくる。髪が唾液でベタベタになるからやめて欲しい。が、置いていった俺が悪いのは、誰が見ても明らかな事実なので、我慢して周囲へと目を向けた。


 そこで目に入ったのは、ボロッボロのお墓。意識が戻った時にこの場にいた理由と合わせて、それが誰のお墓か俺にはすぐにわかった。


「…………」


 胸に漂う感情は前のように悲しみや後悔だけではない。前に進もうという勇気が湧いてくる。


 これが、お前の答えか。


 俺は無言で彼女のお墓に手を合わせ、祈る。二人の冥福を。


 髪が舐められる感触が止まる。そして、頭の上でモゾモゾと動くハク。気になって空間を使ってみると、ハクは俺の真似をして、不恰好に手を合わせていた。

 そんなハクにありがとうの気持ちが湧く。


 いつか話してやろう。俺とお前の、もう二人の家族について。


 そう胸に抱き、その場を後にする。今度来る時は綺麗な花の一つでも持って来ようか。


 胸に到来した一人になったという寂しさが、少しだけ物悲しい。

 けれど、俺には帰りを待ってくれている人がいるのだと、頭の上の小さな家族は教えてくれた。その嬉しい気持ちの方が、俺の心の中では大きかった。


「ところで、シャル達は一緒なのか? お前一人で来たのか?」

『シャルは、セーラを送るって。ハクは親と一緒だから、探してた』


 シャルステナ達はいないのか。セーラまで送ってもらって、今度会ったら本気で謝らないと。


「そっか。悪いな、置いて行って。もう置いてかないから」

「ピィ!」


 墓を出ると、そこは予想した通り村の中であった。ただ、想像とは大きく異なり、夢で見たセルナと過ごした村の形は残っていない。


 ……何年経ったのだろうか?


 と、ふと疑問に思った。それは、セルナが死んだ時からというのもあるし、また、俺が意識を失ってからというのもある。


「なぁ、ハク。俺と別れてどれくらい経った?」

『1年と少し』


 という事は、山の紅葉から鑑みて、一ヶ月程か意識がなかったのは。

 その間に、あいつはここに来て、セルナのお墓を見つけた。それはつまり、帝都から一ヶ月で移動可能な範囲に、俺はいるという事か。


 つまりところ、アークティア周辺地域か。


 そこまで、考えたところで見知った顔が飛び込んできた。


「あれ? ルクセリア? それにシルビアとルーシィも。何でここにいるんだ?」

「この喋り口……旦那、無事に戻ったのか」


 戻った?

 ひょっとして、あいつをここまで連れて来てくれたのはこいつらなのか?


「ああ、戻ったよ。ところで……」

「キッチックさんなんですね⁉︎ よかっだぁーーッ‼︎」


 俺の言葉に割り込んで、グワッと泣いたルーシィが鼻水タラタラで俺の胸に飛び込もうとしてきた。俺はデコちんを抑え、それを止める。


「汚い。それで、飛び込まないでくれ」

「お、女の子に汚い⁉︎ 酷いです、酷いです! 私、こんなに心配してたのに! けど、こんな可愛い女の子に抱き着かれそうになっても、容赦なく躱す男の恥っぷりは間違いなくキッチックさんです!」

「おい、色々とツッコミどころが多いコメントすんじゃねぇ」


 自分でこんな可愛いとか、やめてくれ。お前はまだロリでしかないんだ。それに、男の恥やら何やらで俺を識別すんじゃない。据え膳食いまくったら、単なる最低男だろ。

 と、心の中でツッコミつつも、生還を喜んでくれるルーシィには、思わずホッコリしてしまった。


「戻ってこれたようで何よりだわ。それで、ヒナタと名乗っていたけれど、彼はどうなったのかしら?」


 ズバリと踏み込んで聞いてくるシルビア。俺は、あいつがヒナタって名乗ってた事を知り、やっぱり元は同じだったんだなと感じつつ、答えにくい事を正直に答えた。


「ーー消えた」

「えっ……」


 俺の答えに動揺が最も激しかったのはルーシィだ。俺の生存を喜ぶ彼女が、凍ったかのように止まる。一方、シルビアは無言で、ルクセリアは小さく『そうか』と呟き目を逸らす。


 再会を喜ぶ雰囲気ではなくなった。


「……ッ!」


 と、ルーシィが突然逃げ出した。去り際に見せた彼女の顔は、俯きかけで後悔を感じてるような顔であった。

 俺は、すぐさま彼女の後を追おうとして、横から割って入ったシルビアの手に止められた。


「私が」


 そう言って、彼女はルーシィの後を追う。俺は、あれがお姉様と呼ばれる所以なのかなと面倒見のいいシルビアを見て思って、彼女に任せる事にした。


「……で、俺が眠ってた間、何かあった?」


 しんみりした空気にもう少し浸っていてもいいが、あいつはそれを望まない気がして、俺から話を変えた。それには、ここ一ヶ月の間眠りこけてしまったという焦りも入っていた。


「いや、私が聞いている限り事件らしい事件は起きていない。ただ、不思議な現象が起きているな」

「というと?」

「この地域……更に掘り下げるなら、アークティアの街だけが勇者に対して同情的な立場にある者が多い。おかしいとは感じぬか?」


 そりゃまた何でだ?

 確かにおかしな現象だ。国中に批判や同情が広がっているのならまだしも、アークティアだけとなると不思議……というよりは誰かの意図を感じるな。


「ま、大方セシルの差し金だろう。それか、敵か、だ」

「……だと、私も考えていた。すぐ戻るか?」

「うんにゃ、今日はここに居よう。ルーシィが心配だし、置いてくのもな。それに、あの変人なら何かが起きる前に俺を呼びに来るさ」


 その渦中に俺を巻き込む為にな。えらく厄介な奴を仲間にしてしまったものだ。


「して、宿はあるのか?」

「さぁ? なければ今日は野宿だな」


 そんなとりとめもない会話をしていると、静かにしていたハクが可愛い我儘を言った。


『ハク、ベットがいい』

「…………空耳か?」


 誰もハクに気付いていなかったらしい。



 〜〜〜〜



 暫くしてルーシィを連れて戻ってきたシルビア達と、適当な宿を見繕い、今晩はそこで泊まり明日街に帰ることで合意した。

 するとだ。それを見計らったかのように現れたセシルが、それをぶち壊す大ニュースを持ってきた。


「久しいな、主よ」


 そんな風に、耳元で男の声がすれば、背筋に寒気が走り、咄嗟に手を出してしまうのも致し方ないと思う。


「うぉぉっ!」

「ククッ、危ないではないか、主よ」

「お前が危ねぇよ! せめて背後からじゃなくて前から現れろよ!」


 この類のやり取りを何度繰り返せば良いのだろう。改善の見込みがない。

 俺は何度目かの諦めとため息を吐いて、セシルに向かい合った。


「で? そろそろ事が始まるお時間ですってか?」

「ククッ、察しがいい。流石は我が主。ところで、最近面白い事になっていたそうだが、何故私が忙しい時にそんな大事を起こすのだ?」

「知るか! ……ったく、碌でもねぇな、お前は」


 不謹慎な奴だ。俺らはもれなくその事でブルーだというのに、気遣いもクソもない。


「さて、そろそろ本題に入ろう。主から受けた仕事は、まだ遂行途中であるが……魔人を生み出していると思われる者を見つけた」

「ッ⁉︎ それは本当⁉︎」


 セシルの言葉に食いついたのは、横で聞いていたシルビアだった。セシルとの面識がないためか、口を閉ざしていた彼女だったが、魔人を生み出す者という情報は聞き逃せない類のものであったようだ。ま、それもそうか。一応、勇者軍の一員だもんな。


「はやる気持ちもわかるが、まずは心を落ち着けるがいい。主、これを」


 俺はセシルがゴソゴソと懐から取り出した瓶を受け取ろうとして伸ばす。その時、悪寒が全身に迸り、咄嗟に手を止めた。


 ーー殺す! 殺す! 殺す! 殺す!

 ーー死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!

 ーー殺してやる! 絶対に殺してやる!


「……ッ⁉︎」


 突然、脳裏に声が響き、悪寒を感じた俺はその小瓶から距離を取るように後ろに下がる。

 その悪寒は感じた事があるものであった。凄く気持ち悪い。恨み、悲しみ、妬み、数多の負の感情がそこから伝わってきた。


 な、何だ、今の……?

 誰か知らない奴の声が……いったいどこから……


「ほう。主はこれから何か感じたのか? 私は何も感じぬが……いやはや、これで当たりか」

「……これをどこで?」

「アークティアを治める貴族の屋敷、その地下から拝借してきた物である」


 そいつが犯人……そして、この水はーー邪神の加護を含んでる。


 声についてはわからない。何が何だか。

 だが、一つだけ。この久しく感じてなかった悪寒は、進行の時と同じ、邪神の加護によるものだ。汚れた湖の水と同じ感じがする。


 まず間違いない。そのアークティアを治める貴族とやらが、犯人だ。


「……で、それをお前は知ってたのか?」

「いやいや、私も先程知ったばかりである。怪しいとは思っていたのだが、尻尾が掴めなかったのだ」


 戯けてみせるセシルに、俺はふと目を細めた。


「ふーん、それで勇者達を使って泳がした?」

「クククッ、否定はしない。主から与えられた仕事と合わせて行ったのだ。お陰でこうして証拠を手に入れる事が叶ったのだ」


 俺はセシルの考えが何となく読めてきて、更に目を細めた。


「そして、お前の願い通りの展開になったと?」

「その通りだ、主。私の勘では、今日あたりに動くであろう」

「あぁ、もう! 死人が出たらお前の所為だからな!」


 俺は走った。セシルの頭の中をトレースして、背筋に寒気を覚えつつ、それを阻止する為にアークティアへ。

 と、それに遅れる事なく、付いてきたルクセリア。察しのいい彼も同じ考えに至ったようだ。その顔は険しい。

 一泊遅れて、シルビアとルーシィも追随する。ルーシィはまだ少し元気なさげであったが、それよりも事態の深刻さを感じ取ったようだ。俯いてはいない。


「キッチック、どういう事なの⁉︎」

「俺が聞きてぇよ! とにかく走れ、あの頭のイカれた男は、アークティアで魔人を暴れさせる気だ! 」

「そんな……!」


 シルビアはその最悪を思い、顔色を悪くした。しかし、そこで頭のおかしい奴が語りだす。


「主よ、その言われようは酷く心外であるぞ。私は、何も魔人を暴れさせる気などない。その証拠に、私が発見したこの小瓶は全て中身をただの水に入れ替えておいた」

「けど、それが全部ってわけじゃないだろ!」


 焦燥が強くなる。グールや、ルクセリアの家族が脳裏に浮かび、消えていく中、何故か春樹と如月の顔が消えない。

 はっ、またそれかよ。

 と、俺は自分の心を馬鹿にするように笑い飛ばし、二人の顔を無理矢理頭の片隅に退ける。


「そう、それなのだ。主よ、これを見て欲しい。この水には色素が混ざっている。どれも、市販されているポーションや解毒剤と似たような色をしている」

「って事は、それが売られてるってのか? そんなの不特定多数が魔人になる可能性があるじゃねぇか!」


 想像以上にやばい。こんなのテロと変わらないじゃないか。セシルの頭云々の前に、これを作った貴族の頭がイカれてる。

 この国を滅ぼす気だ。


「恐らくこれが、冒険者や兵士が魔人になり易い理由だと思われる」


 それも初耳なんだが? 確かに兵士や冒険者っぽい服装してたけど……事前情報も合わせて色々と聞かないと、流れが、相手の考えが読めない。


「セシル、一から全部話せ」

「クククッ、よかろう。では、少しスピードを落として貰えぬか? 私だけでなく、そこな少女達も付いていくのがやっとなのだ」


 そう言われ、一瞬迷った。話を聞くメリットと、少しでもアークティアに着くメリットを、比べて。

 そして、思い付く。


 ーーどっちもだ。


「ハク、あの3人を乗せて飛べるか?」

「ピィ‼︎」


 ハクは軽快に頭から飛び上がると、ムクムクと巨大化する。その大きさは一年前よりずっと大きい。あの頃は、俺と同じぐらいの背丈であったのに、もう見上げねばならない大きさまで、ハクは成長していた。

 もうベビーではないな。リトルドラゴンと言っていい大きさだ。5人は乗れそうだ。


「ほほう!」

「えっ……」

「……ここには変なのしかいないの?」

「それは私も入ってるのだろうか?」


 突然大きくなったハクに、セシルは興味深そうに顎を撫で、ルーシィは驚きから暫しの停止を要した。一方、シルビアの辛辣な感想に、反応したルクセリア。この二人は、驚きとは別のものを感じているようだ。その感情の名を、呆れという。


『ハク便、発車致しまーす!』

「ほら、早く乗れ。発車するぞ」


 懐かしいノリを感じながら、3人を急かす。ルクセリアが若干乗りたそうにしていたが、ハクも軽い方が速いだろう。ルクセリアには、頑張って貰おう。


『ハク便発車‼︎』


 ブンと大きな翼がはためく。風圧が半端ではない。辺りの山の木々を翼で薙ぎ倒し、その風圧で葉を飛び散らせる。

 はっきり言おう。めっちゃ迷惑。これじゃ話をしながら、走るとか無理。

 俺は、想像以上にハクが成長していた事を喜ぶべきか、話が出来そうではない事にため息を吐くべき迷い……結論、話を聞く間だけルクセリアとハクに乗る事にした。少しルクセリアが嬉しそうであった。


 大きな影が、夕刻の大地に落ちる。鳥と言うには大き過ぎる影が、アークティアに一直線に地面を滑っていく。

 バサバサと逞しい翼が風を切る音が鳴る中。


「ーーで?」


 そう話を再開する。


「そう急かすな、主よ」

「お前がギリギリになって現れるからだろ!」

「クククッ、世界の荒波は時に突然なのだ。受け入れる他ないのだよ」


 反省がねぇ……

 何が世界の荒波は突然だよ。お前が突然なんだよ。


「では、話そうか」


 やっとか、とこの一人この事態の重さを受け入れていない男に俺は嘆息した。


「全ては、20年前に始まった。そう、前勇者ガイアスが追放されたあの日から……」


 セシルの語り口は、昔話を聞かせるかのようだった。



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