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130.崩壊と目覚め

 白光りする帝城の一室。外装と同様に白が基調のその部屋で、着々と数を刻む声だけが響いている。


「……1508、1509」


 こめかみから垂れ落ちる汗。もう何時間と続けた証だ。体を支える指はプルプルと震え、そろそろ限界突破を使いたい気分になってくる。

 だがしかし、そんな反則技を使うわけにはいかない。


 今の俺に必要なのは、この七面倒な苦行に耐える根性だ。


 冒険者としての勘というのは、まだおこがましいかもしれないが、進行の時に感じた気味の悪さが、この国にはある。

 殺人鬼と魔人。どちらも、冷静に分析して今の俺の敵ではない。本気になれば、1分以内に片がつく。

 ただし、まだ(・・)と付くが。


 あの時、俺が選択を間違えなければ、あそこまで大事件に発展しなかっただろう。

 正体を明かすと同時にこの腕を振るっていれば。

 魔人の叫びに意識を逸らさなければ。

 いや、もっと早く俺が答えにたどり着いていたら。

 後悔は腐るほどある。


『人はいっぱい間違えて、失敗して大きくなっていくんだよ』


 今度こそ間違えない。失敗しない。殺人鬼の行方は皇帝に任せた。セシルに情報操作をお願いした。ルクセリアという頼もしい仲間もいる。3度目の正直だ。次こそは必ず……


 そのために、俺はもっと強くならないといけない。人に頼る事と、任せっきりになる事は違うと思うから。俺の活かせる戦力としての部分をもっと高めなければ、本当の意味で成長しているとは言えないと思うのだ。


 だから、俺は部屋でも出来る古典的なトレーニングを重ねていた。偶には純粋に筋肉を鍛えるのもいいかなと思ったのだ。単純な能力値強化。ディクじゃないが、これも重要な強さのファクターだ。

 最近、碌なスキルを覚えない今、単純な能力値強化こそが、強くなるための近道な気がしたんだ。


 そうして、真剣に筋トレに勤しんでいると、不意に扉が叩かれた。


 ーーコンコン


 トレーニング中であった俺は、扉を開けず代わりに声を出す。


「入ってくれ! 今ちょっと手が離せないんだ!」


 床に汗を垂らしながら、逆さに見える扉の向こう側に聞こえるよう、少し大きめの声を出した。

 誰だろうか?

 また、如月が来たのかと逆転した視界のまま来訪者の姿を確認した。

 細い足、紺のスカート、白のブラウスを辿り、行き着いた視線の先には、南国の海のような髪色と、半目で見つめるシルビアの呆れ顔があった。


「……目眩がするわ。貴方は大人しく部屋に居る事も出来ないの?」

「おい、そんな子供みたいな評価はやめろ。これは筋トレだ、筋トレ。俺はマッチョになるんだよ」


 そう、親父のようなマッチョに!

 ……まぁ、骨格的に期待はしてない。この辺りのシステムは謎だ。俺のパワーはその辺の見せ筋野郎よりあるはずなのだが、どうも地球とは勝手が違うらしい。


「で、なんか用か?」

「ええ。アルクが模擬戦をしたいって。貴方も暇なようだし、どうかしら?」


 どうやらシルビアは前に流れた勝負の話を持ち込んで来てくれたらしい。俺としては、筋トレばかりしてるのも飽きてきたので、嬉しいお誘いであった。


「いいよ。ちょっと待ってくれ」


 断りを入れてから、トレーニングを打ち切ると収納空間から服を取り出し着替えた。てっきり出て行くと思っていたが、部屋の中で俺の準備が終わるのを待っていたシルビアは俺が服を抜き出すと目を逸らし、ベットの方に顔を向けてーー顔を引き攣らせた。

 見る見るうちにそれは俺へのドン引きに変わり、俺はいわれのない視線に晒される。


「藪から棒になんだよ? 着替えを覗いているお前にそんな目を向けられる覚えはないぞ」

「いいえ、なんでも……」


 物凄く気まずそうに目を逸らしたシルビア。

 いったい何なんだよと俺は、シルビアが顔を引き攣らせたベットに視線を向けた。

 そこには、本があった。解読不可能で放り出したあの本が。


 はて?

 何故これを見てドン引きされなければならないのだろうか?

 あ、お勉強中なんですね。偉いですみたいな感想を貰うならまだしも、ドン引きされる要素などないように思えるのだが……


「お前ひょっとしてこの本の文字読めるのか?」

「……ええ。多趣味ね」

「いや待て。一回落ち着こう。なんて書いてあるのか知らんが、勉強しようと思って買っただけだから。そこんとこ深ぁく理解してくれ」

「……そう」


 シルビアの目は冷ややかなままだった。この子は人の言い訳をまるで聞いてくれない。結局、前の誤解も解けてないし……

 どうやって彼女の誤解を解くかは後回しにして一先ず俺は恐る恐る本のタイトルを訊いてみた。


「因みにここにはなんて書いてある?」

「………………………………『女性をイチコロに。貴方にモテ期がやってくる。女性にモテる赤ちゃん言葉中級編』」

「誰得だ‼︎」


 どこに需要があるんだ。キモいだけだろ。えっ? モテ期を求める男達?

 モテ期求める前に常識学んでこい! 赤ちゃん言葉で話されたら世の女性はドン引きだ! 今のシルビアみたいに。

 しかも、中級編ってなんだよ……

 赤ちゃん言葉に初級とか上級があんのか? はぁ?


「どんだけタイトルにツッコミどころがあるんだよ……」

「それには同意。不本意だけど……」


 一々可愛くない奴だ。綺麗な顔が泣いてるぞ。私をもっと輝かせて!って。

 と、口にしたらぶっ飛ばされそうな事を考えつつ、気になる事を質問してみた。


「これってどこの言葉か知ってたりする?」

「ええ。この文字は古代文字って言われるものよ」

「古代?」


 あれ? おかしい。色々おかしい。

 何がおかしいって、何故シルビアが古代文字を読めるんだよって事もあるし、何より夢で過ごした時代が古代だったなんてありえない。

 古代というのは、新創生歴以前の事を言うんだろ?

 ほら、おかしい。だって俺は夢で魔物と戦った。邪神が誕生する前には魔物がいなかったのだから、あり得るはずがない。


 そんな疑問は続くシルビアの言葉で、苦もなく解決した。


「……といっても、使われていないわけではないわ。帝国でも一部の地域では未だによく使われているし、古代と付くのはその文字の中に失われてしまったものがあるからよ。なんて説明したらいいかしら。古代文字は普通に使われているのだけど、その中でも特別な用法の意味は失われてしまった、という感じかしら」


 特別な用法?

 まぁ、推測はつく。マーレシアさんの言葉を考えると魔法陣やらの説明が書いてあるものが、失われたものなのだろう。


「因みに帝国で使われてるところってどこ?」

「学術都市アークティア」


 学術都市……そこって確か……


「私の母校がある所よ」


 そう、魔法学校がある所だ。聞いたところによると、世界で最も学問が盛んな土地らしい。なんでも近くに古代遺跡があり、その調査と古代の技術の解明している学者が多く、またそれ以外の分野の専門家も数多くいるそうだ。

 個人的に古代の技術やら歴史には興味があるため、いつか行ってみたいと思っていたが……気になるな。


「アークティアか……」


 俺はその名前を忘れぬよう呟くと、剣を手にした。気にはなるが、すぐには行けない。体を動かして、気を紛らわせよう。


 シルビアに案内されアルクが待つという中庭に向かった。


 中庭には、戦闘準備を整えたアルクが待っていた。だけど、待っていたのは彼だけではなかった。中庭はとても広く開放感のある場所だ。その中庭の端にはズラリと見物客の姿があり、チラホラ知り合いの顔が見て取れる。


「なんか、凄い事になってんな……」


 俺は予想外の集まりに思わず唖然としていた。


「何を当たり前の事を……あの聖騎士をあなたは打ち破ったのよ?」


 聖騎士ね……期待の星とかいろんな二つ名持ちやがって。何で俺には変な二つ名しか付かねぇんだよ。


「実感が湧かないな……」


 あいつがこの大陸中でもてはやされているのは知ってるし、ディクに勝ったからと俺が話題になるのもわかる。だが、それでも実感としては抱きにくい。

 ディクに勝つ。もう8000回以上経験した出来事だ。そんなに凄い事かなとどうしても感じてしまうのは、ライバルとしての意地みたいなものかもしれない。だって、逆に言えば俺に8000回以上勝ってるディクは、それで凄いって評価をされないんだぜ?

 凄く不満だ。俺があいつより弱く見られているみたいで。


「あんま観客のいるとこでは戦いたくないんだけど、まぁ、仕方ないか」


 ふと思い出すのは武闘大会でのこと。観客がいると、大技は使えない。まぁ、ディク相手でもない限り周りが見えなくなることもないだろうが、いない方がやり易い。


 そんな事を考えていると、巨斧を肩にかけたアルクがドシドシと重量感のある足音を立てて近付いてきた。


「さぁ、やるべ。おらぁウズウズしてんだぁ」


 そんな風に待ち切れない様子のアルクは、俺が剣を抜くのを待っているように見えた。たぶん彼の中ではそれが開始の合図なのだろう。

 俺はシルビアに目線で離れるように告げると、ゆっくりとオーガの剣を抜いた。


「アルク〜、やっちゃえぇ〜!」

「どっちも負けんなよ!」

「二人とも怪我しない程度にねーー!」


 歓声が飛ぶ中、俺とアルクは鋭い視線を交わす。アルクはとても楽しそうな笑みを浮かべていた。たぶん、俺も似たようなものだ。


 集中力の高まりと共に、体の力が抜けていく。俺は最高にリラックスしていた。だが、油断しているのではない。

 直後に走る緊張に備えていたのだ。


 動き出しはアルクの方が速かった。重量感のある巨斧を片手で振り下ろしたアルクに、俺は僅かに遅れながらも剣を斜めに振り上げる。

 刹那、腕が痺れる程の衝撃を感じ、剣に重みが加わった。


「くっ……見た目通りパワータイプか」


 振り上げた剣がジリジリと押し返されてくる。


「おらぁそれしか取り柄ないでぇ」

「俺がそのパワーを所望してる時に嫌味かっ」


 決めた。こいつは、パワーで潰す!


「ッラァ‼︎」


 俺は両手持ちに変え、半ば強引に剣を振り抜き、バックステップ。アルクから少し距離を取ると、手立てを考えた。

 一瞬の思索の時間。それは、アルクがその場で地面に振り下ろした斧によって止められた。


「農業のコツはぁ、腰だぁっ‼︎」


 どこの農夫だとツッコミたくなる事を叫びながら、真上から両手で振り下ろしたアルク。馬鹿でかい戦斧が重量感のある爪痕を地面を残し、陥没へと誘う。瞬間、轟く地響き。と、同時に陥没した地面から亀裂が走り足元へと迫る。

 俺はその亀裂が到達する寸前で斜め後ろに飛び上がると、斧を突き刺したまま体を前に出したアルクを見た。


「穴を掘るコツはぁ、一にも二にも力だぁッ‼︎」


 地面を削り取るように、そして力任せに斧を引きずったアルクは、そのままゴルフでもするように、その力と勢いを乗せた天然の弾を掬い上げた。


 弾丸となって土塊が空中に飛び上がった俺を狙い撃つ。弾丸の勢いは凄まじく、また一つ一つが大きく堅そうだ。しかし、誰もこの程度で俺が終わるとは思っていないだろう。見物客は俺の動きを注視し、アルクはその弾丸に撃ち抜かれた後、今度こそ俺に一撃を加える為か、弾丸に迫る勢いで走り寄ってきていた。


 俺は体に魔力を纏い空間を蹴った。


「瞬動」


 体に強烈な空気抵抗を受けながら、弾丸もろともカウンターでアルクの体を吹き飛ばす。ぐっと短く呻き声を上げながら、ダンプカーに跳ねられたかのように空を舞ったアルク。しかし、苦悶の表情を浮かべながらも、空中で翻り着地と同時に再び地面を攻撃した。


 落下の威力も乗せた斧の一撃は、先の一撃とは比べ物にならないぐらい強力で、隕石のクレーターの如く中庭が凹み、城全体がその衝撃に震えた。そして、いよいよ耐えられなくなったのか、無数の亀裂が四方に走り、観客の中にバランスを崩して倒れる者が続出した。


 しかし、軽い地震程度はもはや脅威にならない俺にとっては、思考に頭を割く絶好の機会。地面が揺れる中、無理やり動こうとはせず、やりたい放題力を振るうアルクを観察し、そして、俺の中に閃きが生まれた。俺は迷う事なくそれを実行するため、一度魔装を霧散させ、作り変える。


 紅い光が体の表面から内側へと吸収される。それは、初心に立ち返った新たな魔装。

 己の肌に魔力を通し、その上を覆う防御特化の魔装とはかけ離れたイメージ。俺が一度断念せざるを得なかった肉体強化に特化した魔装に、今一度挑戦してみよう。


 そう、全ては使い方だ。肉体を固める事に使う魔力じゃ、力の強化は出来ない。力を生み出すのは筋肉だ。筋肉の収縮が力を生み出すのなら……


 ーー魔力を収縮させればいい。


 その閃きのもと新装した魔装は、見た目はいつもと何も変わらない。だけど、確かに感じるそれを確かめるように、俺はゆっくりと手を動かした。


「動く……」


 まだ制御は甘い。歩く事も難しい。

 だけど、目には見えない新たな魔装の存在を俺は確かに実感していた。


「どこを見てるべッ‼︎」


 新たな魔装への足掛かりを得て、しばしアルクから意識を逸らしていた俺の前に亀裂が迫る。俺は咄嗟にそこから離れようと飛び上がり……庭を陥没させた。


「はっ……?」


 俺の踏み抜いた跡がくっきりと残る地面。まるでアルクの攻撃のように、大地が陥没し、その周りには亀裂が広がる。

 一方、軽く跳ねるつもりで飛び上がった俺は、気が付けば、城の頂上を超えていた。


 なんてこった……とんでもない技を発明してしまったかもしれない。これって、脚力が何倍にも脹れ上がってる事だよな?

 軽く飛んだつもりなのに、手加減がまるで出来ていない。物凄く危険だ。だけどこれなら……ディクと正面きって斬り合う事だって夢じゃないかもしれない。


「惜しむべきは、ムキムキにはならない事だな」


 少し残念な気持ちになりため息を吐くと、肉体に入り込んだ魔力を収束した。恐らくは、コレが原因なんだろうな。

 ゴルドが魔装を使ってもこうはならなかった。パワーをあげるという考えがなかったからかもしれないが、魔装に関しては天才のあいつがたどり着けなかった境地だ。


 俺はこの異常な強化は他に理由があると思う。そして、それはたぶんコレと同じものだ。


「魔爆玉」


 そう、魔工スキル。魔力を加工するこのスキルは魔爆にしか使ってこなかったが、魔力の収縮など考えてみれば、このスキルの独壇場だ。水を得た魚の如く、スキルが張り切ってしまったのだろう。

 体に魔力を込めるのが、魔装。それをうまい具合に調整するのが魔工。こう考えてみると、相性のいいスキルを俺は持っていたんだと、気が付かなかった自分に若干呆れた。


「まぁ、要練習だな」


 新しい可能性に気が付いたのなら後は練習あるのみだ。いずれ使えるようになるだろうと、思考を巡らしていると、撃って放置していた魔爆の種がアルクへと迫りつつあった。

 今はまだ破裂する直前で止めてあるが、濃縮した魔力の赤々とした警戒心を煽る光にアルクの顔が険しくなる。だが、寸前まで引き付けて躱す気なのか、動く素振りは見せない。


 しかし、このまま放置では、簡単に避けられてしまうだろう。だが、目視さえ出来ていれば使える技は沢山ある。俺はその内の一つを、タイミングを見計らうアルクへと使った。


「固定」


 足を地面に縫い付けられたアルクが、遥か上空からでも焦っているのが見て取れた。これで約10秒間はアルクはその場から動けない。魔爆が到達するには十分な時間だ。


 俺は、グッと魔力塊を縮め導火線に火をつけると、足掻くアルクに爆弾を導……………………………………………………………………………あ?


 突如シャットアウトした視界。

 同時に、音も、体に伝わる風の感触も、何もかもが消え失せた。

 まるで突然暗闇の中に落とされたかのように、俺という意識が外界との接続を閉ざされた。


『やはりこうなったか』


 深い常闇に沈む中、ノルドの声が聞こえた気がした。



 〜〜〜〜



 俺の意識が回復したのは、一週間が過ぎた頃だった。


 俺が目を覚ましたのは、帝国側から俺に貸し与えられた部屋で、俺はベットの上で意識を取り戻した。


「旦那、目を覚ましたのか! そうか、無事て何よりだ」


 周りには、ルクセリアをはじめ、心配して付き添ってくれていた友や、弟子の姿があった。誰もが俺の意識が戻ったのを見て顔を綻ばせる。


「俺……どうなった?」


 意識が戻ってすぐに、俺は真っ白な天井を視界に収めた状態で、周りに問うた。その問いに答えてくれたのは、すぐ近くにいたシルビアだった。


「アルクとの模擬戦の最中に突然意識を失ったのよ。けど、体のどこも悪くないって、治癒術師が言っていたから、恐らくだけど魔力の使い過ぎが原因じゃないかしら」

「魔力の使い過ぎ、ね……」


 ボーと霞がかかったかのように晴れない頭。この感覚には覚えがある。確かに魔力枯渇の状態に似ているけど、しっくりこない。

 何でだろう。ええっと……ああ、そうだ。俺あの時まだ魔力に余裕はあったよな。それが、変なんだ。


「キッチックさん本当に大丈夫ですか? 何だか、目が虚ろですよ?」

「…………」


 なんか眠いな。すごく眠い。このまま寝てしまおうか。


「ヒナタ君……?」


 あぁ、いやダメだ。色々とやらないといけない事があったんだ。


「おい、ヒナタ、意識あんのか?」


 世界樹に行って、セーラを治す薬を貰わないと。それから、殺人鬼捕まえて、勇者帰して、残りの秘境に行かないと。あ、ライクッドも迎えに行かないと。


「レイ兄、大丈夫なの?」


 あれ? なんか違うな。あっ、そうだ。シャルステナと遊びに行く約束をしてたんだ。


「旦那!」


 ルクセリアの怒鳴り声が俺の思考を打ち消した。

 あれ……? 俺……今何を?


「旦那、しっかりしろ。私を見ろ」


 俺は言われた通りルクセリアを見た。彼の目は真剣で、俺を覗き込んでいるようだった。


「………旦那、最後に進化をしたのはいつだ?」

「進化……?」


 いつだっけ?

 そういえば、今いつなんだっけ?


「……忘れた」


 頭の中が色々ゴチャゴチャしてて、考えが纏まらないし、思い出せない。


「旦那、今すぐに教会に向かおう」


 ルクセリアにそう言われて半ば無理矢理立たされた俺は、よくわからないまま教会に連れて行かれた。道中何度も足がもつれ、頭がふらふらして体が思うように動かなかった。まるで糸の切れかかった人形のように。


 みんなに付き添われ、帝都にある教会で進化した。選んだのは創世神。何だか、それがいい気がして。

 進化を終えると、俺は何となく一番体が大きいルクセリアを見た。すると、ルクセリアはそれをどう思ったのか、話し始めた。


「旦那、どうだ? 意識がはっきりしただろう? 恐らく精神と肉体のバランスが著しく崩れていたのだ。しかし、進化によって肉体が精神に追い付い……」


 進化が終わって尚、ボーとルクセリアの顔を見ている俺に気が付き、彼は言葉を止めた。


「旦那?」


 訝しげに俺を見つめるルクセリア。その不安を乗せた声音に、シルビア達も心配そうな顔を俺に向けてきたが、何故そんな顔をされるのか俺にはわからない。考えるのも面倒くさい。そんな事より、俺にはもっと大事な事がある。


 その時、俺の頭の中には、彼女の事しかなかった。


「シャルステナに会いに行かな……」


 視界が傾く。音が薄れる。

 俺は届かぬ彼女の幻影に手を伸ばし、そして倒れた。

 けれども、伸ばさずにはいられなかった手が、パタリと力なく床に落ちて、その光景を最後に俺の目は真っ暗な闇を映し始めた。


 目が、見えない。

 声が、聞こえない。

 何も、何も、わからない。



 この時、俺の魂と体を繋ぐ糸が完全に途切れた。




 〜〜〜〜



「おい旦那‼︎」

「キッチック⁉︎」

「キッチックさん、どうしたんですか⁉︎」

「ヒナタくんっ! しっかりして!」

「おい、ヒナタ目開けろって!」

「レイ兄、レイ兄‼︎」


 糸が切れた人形は、力なく横たわる。

 その人形に必死に呼びかけるも、反応は一切なく、誰もその理由がわからないでいた。それもそのはず、これは彼らの預かり知らぬところで起こっている崩壊が原因であったのだから。


 レイの突然の意識困憊は、支えをなくした魂の崩壊に伴うものだった。本来起こるはずのない魂の崩壊により、肉体との繋がりが途絶えた。魂と繋がりが切れた肉体に待つのは死のみ。その肉体の体温は急速に低下しつつあった。鼓動が、息が弱くなる。


 そして、その先に待つのは肉体の死と魂の消滅。


 それを避ける為、再び忘却の手がレイの魂に迫ろうとしていた。


 しかし、それに対抗するように、彼の奥で息を潜めていた小さな欠片が燃え上がる。


 ーーこれは僕達だけの思い出だ。お前なんかに奪われてたまるものか。


 欠片は忘却の手を振り払い、一つ一つバラバラになったそれを大切に、大切に寄せ集めた。


 もう二度とお前には奪わせない。

 もう二度と僕達は忘れない。

 僕達は前とは違うんだ。今は……


 強い思いが、繋がりを復元し、弱りつつあった鼓動を元に戻した。そして……


「僕がいる」


 もう一人のレイが目を覚ました。


異夢世界を読んでいただきありがとうございます。


突然ですが、来週の投稿はなしでお願いします。

理由は、再来週に卒論発表なる悪しき行事があり、現在追い込まれているからです。

何とぞご容赦を。

再来週はたぶん大丈夫です。

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