129.忘却の日々を
皇帝との密会を果たした次の日。
俺は貸し与えられた帝城の一室で、セシルと打ち合わせをしていた。何のと言われれば、この国の勇者に対する風当たりの強さに対する対策だ。
「……と言うわけだ。やり方は任せるけど、この国の思想を誘導して欲しい」
「ククッ、まるで反逆思想を持ち合わせてるような言い方であるな」
まぁ、国民の意思を思い通りに動かすのだから、あながち間違いでもないな。ガチの反逆思想持ちには迷惑な話だろうが……
「それと、これは追加で頼みたい事なんだけど、魔人になった人の情報と、なる直前の動きを調べて欲しい」
「了承した。主も二つは同じ件であると考えているようだな」
「まぁ、確信はないけど、別だという確信もない。ただの勘みたいなものさ」
俺の勘はよく外れるから当てにならないけれど、当たった時が怖いからな。冷静に分析して、その可能性があると思うのなら、手を出しておくのも悪くない。
何せ、タイミングが良過ぎた。まるで、姫のピンチに参上した王子を見ているかの気分だった。キャストもストーリーもクソな芝居だっただけど。
しかし、セシルも同じように感じてるとなれば、あながち外れではないかもしれない。
「ではな、主よ。暫くは戻れぬだろうが、この国を面白おかしく荒らしてくれるのを楽しみにしている」
「おい待て! いつから俺が危険思想を持ち合わせるように……ってもういねぇしっ‼︎」
危うい発言を残して消えたセシルに、俺は地団駄を踏み荒らした。
今更ながら、あの頭のおかしい奴に思想誘導を任せたのが不安で仕方がない。逆におかしな方向に思想が誘導されないか、考えたら不安しかなかった。
「はぁ……ほんと腕は優秀なんだがな」
あの厄介事大好きな矜持がなければ文句はないのに、とため息混じりの独り言を呟くと……
「ククッ、照れるではないか、主」
「まだ居たのかよッ‼︎」
気配を消す癖もいらないな……
〜〜〜〜
セシルが本当の本当に居なくなった後。
俺は、帝城の一室で一人本を読んでいた。タイトルはわからない。ついでに、内容もわからない。
何故なら文字が読めないからだ。では何故そのような読めない本を開いて、見ているかと言うと、それが夢で見た文字であったからだ。
「あー、ダメだ。全然読めねぇ……」
少しくらい何かわかるかもと思ったが、そうでもないらしい。英語を話せるがアルファベットを見た事がない子供が、英語で書かれた小説を読もうとするのと同じだ。一文たりとも訳せない。
俺は、本を開いて30分で根をあげ、ベットの上に本を放り投げた。ドサッとダレるようにベットへと横になり、何しようかなと考えといると、不意に部屋の戸が叩かれた。またルーシィかと思いつつも扉を開けると、扉の前には白髪の少女が立っていた。
「こんにちは」
「あ、ああ。何か用か? 如月さん」
「ええ。入ってもいいかしら……?」
目を伏せながら、弱々しい物腰で遠慮気味に聞いてきた如月を、俺は部屋の中に招き入れた。
「それで?」
「今日来たのは、ヒナタくんにお礼をと思って。それと、最初に会った時の事を謝りたいと思って。あと、先日の事も……」
如月は目を地面に這わせ、チラチラと部屋の中を物色する。どうも落ち着かない様子だ。
「それでわざわざ来たのか。別に、お礼も謝罪もいらないよ。俺は何も気にしてないし、そっちが気に病む必要はない」
「ええ。だけど、命を助けてくれてありがとう。それと、色々とごめんなさい……って言わないと私の気が済まなかったの、ごめんなさいね」
可憐な笑顔でお礼を口にし、一転。今度は深く頭を下げた如月は、顔を上げると悪戯っ子のような憎めない笑みを浮かべた。
俺はコロコロ表情の変わる奴だと思いながらも、真摯に接してくれた彼女の言葉を受け取った。
「まぁ、気持ちだけは受け取っておくよ」
「ええ、ありがとう。……ねぇ、少しお話しない?」
「話? それは別に構わないけど……」
断る理由もないが、話す事があるわけではない。俺は余り乗り気ではなかったが、体のいい断り方がパッとは思い付かず、流されるように了承した。
とっいても、俺から彼女に話す事は何もない。ボロが出ると怖いし、こう改めて目の前にするとどうしても忌避感が否めない。
と、少し構えて臨んだのだが……
「ヒナタくんはいったい何歳なんだ? 見た目よりも随分強いように思えるのだけど……」
如月から来た言葉は、自己紹介のような質問であった。俺は少し気抜けしながらも、答えを返した。
「今は14だよ。シルビア達と同い年」
「やはりそうなのね。小耳に挟んだんだけど、去年の武闘大会では優勝したらしいね」
「まぁね」
そう言えば、あれから一年以上経ったが、今年も武闘大会は開催されたのだろうか?
結構、見事に崩壊してたからな……今度帰った時にでも聞いてみるか。
そんな事を考えていると、如月は突然顔を曇らせた。
「ヒナタくんはとても強いね。私達とは違って。私達は逃げる事しか出来なかったわ。勇者だと言うのにね」
そう苦虫を噛み潰したように如月は笑うのだ。辛そうに、だけど前を向こうとしている。そんな前向きかつ、泣きそうな笑顔に、俺の心は揺さぶられた。
「……勇者だから強くないといけない。勇者だから逃げるな。そんなのは、お前らを知らない奴の戯言でしかない。弱い事は罪じゃない。自分の命が危ない時、逃げるのは当たり前の事だ。世間がなんと言おうと、お前らはどこにでもいる学生でしかないんだ。自分を責める必要なんてどこにもない」
口にしてからハッとなって、熱を入れ過ぎたと自分の言葉を恥じる俺の前で、如月は鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべていた。
「……驚いた。ヒナタくんは私達の事を情けない勇者だという目で見てるのかと思っていたから」
「まっ、世間はそうだな。だけど、それもそのうち落ち着くさ」
むしろ追い風が吹く……はず。そこはセシルの腕次第だ。
「だといいが……けど、私はこうも思うんだ。このままでいいのか、と」
如月は目に強い光を宿していた。その瞳の中で渦巻くのは、強い悲しみ。それが彼女を駆り立てているように見えた。
「私はずっと守られていた。春樹に。そして、貴方と間違えた嶺自という子に。もう嶺自は死んでしまったけれど、春樹は彼との約束を守り続けようとしている。……だが、それではダメだと思う。春樹は約束を守る為なら、死んでもいいと……私がいつまでも弱いから、守られてたばかりだから、私は嶺自を忘れられないし、春樹も約束をずっと抱えている。だから、私は強くなりたい。二人が安心できるように強く」
彼女は己が胸の内を独白する。そんな如月の心境を告白された俺は、額に嫌な汗が流れる感覚に襲われていた。
「すまない、いきなりこんな話してしまって。だが、二度も命を助けられたからか、君には話して置きたかったんだ」
如月はそう悲しげな笑みを浮かべていた。泣きそう、とは違う。確かに悲し気に見えるが、そこには別の感情が宿っていた。
……どうやら俺はこの2人の心に余り宜しくないものを残していたらしい。何故、とは言わない。確実に奪われた記憶の中にその答えはある。
一体俺と彼女、そして、春樹の本来の関係はどんなものであったのだろうか?
もう思い出せないとはいえ、気にならないわけがない。
もしも、2人を救えるのなら、俺はここで……
「……あ、あのさ……」
唇を震わせながら、真実を口にしようと、真っ直ぐな視線を向けてくる如月の顔を見てーーーー止めた。
俺が今彼女達に打ち明けたとして、どうなるというんだ。一緒に地球に帰るわけでもない。二人と過ごした日々を思い出せるわけでもない。
死んでいるのと何が違うというのだ。
今、如月は俺の死を乗り越えようとしている。俺が正体を明かせば、また二人の歩みを止める事になる。帰るつもりもないのに、そんな邪魔はするべきじゃない。死人の俺が2人に対して出来る事があるとすれば、手を貸してやる事だけだ。
「俺に……いや、俺が教えてやるよ。強くなりたいのなら」
「えっ……?」
「強くなりたいんだろ?」
「ええ! ありがとう、ヒナタくん!」
満面の笑みを浮かべた彼女の目から雫が弾けた。
〜〜〜〜
気が付けば季節はもう秋。魔人によって破壊された街は、もうすっかり元通りに戻っていた。一重に魔法のお陰だな。しかし、勇者に対する風当たりは悪化の一途を辿っている。本当にルーシィの言う通り、放っておけば国が滅びそうな勢いだ。
まぁ、外の事は今はいいのだ。どうせ最終的な結果はわかっているのだから。
外野は放っておいて、中の事をやろう。
「さて、始めようか」
「よろしくお願いいたします!」
「レイ兄、この人だれ?」
この上なく気合の入っている如月と初めて会ったグールは、いつも二人だけの訓練に人が増えている事に対して不思議そうな顔をして、聞いてきた。
「勇者様の一人だよ」
「勇者⁉︎ すごぉーーい! レイ兄、勇者様と知り合いだったの⁉︎」
子供は素直だな。素直過ぎて逆に怖い。如月の笑顔が引き攣ってるとこみると、ダメージはあったようだな。
「まずは、二人で模擬戦でもしてみるか」
俺は切り替えろと如月の肩を叩き、初めのメニューを伝える。素直な二人はそれに何も文句を言う事なく、距離を置き始めたが、それを見て若干の寂しさを覚えた。
『なぁんで、あんたの言う事に従わないといけないのよ。あたしは、パパッと手軽に強くなりないのよ。わかる?』
『あのさ、レイ。僕は、アンナと組手したいな〜。だって、事故ってあるよね? 事故だったら仕方ないと思うんだぁ〜』
『先輩! 毎日毎日同じメニューじゃ強くなれませんよ! 技! 技教えて下さい!こう、ボンとか、バンとかするやつを!』
教えを請うている癖に、生意気な奴らだと思っていたが、誰も文句を言う奴がいないというのも、張り合いがなくて、なんか物足りないな。
「よし、始め。二人とも本気でいけよ?」
コクっと二人して真剣な表情で頷くと、剣を抜いて一気に接近する。バッバッバッと地を駆け抜ける音が重なり、距離が一気に詰まる。足の速さは如月の方が若干速いようだ。
二人の間合いが重なった。如月は真上から、剣道のような動きで剣を落とす。一方、脳天を狙われたグールは斜めに飛び上がるようにして、それを回避。飛び上がった状態で上半身を捻り回転を加えると、如月の背中に蹴りを放つ。
「ゲホッ!」
背中に強烈な蹴りをもらい如月は、咳き込みながら前にバランスを崩す。しかし、倒れる前になんとか踏みとどまり、バッと振り帰った彼女を待っていたのは、木剣による突きであった。
それを鳩尾で受けた彼女は、今度こそ耐え切れず膝をついた。
「うぁぅ……」
「はい、そこまで」
腹を抑えて動けそうにない如月を見てこれはもう続行不可だなと判断し止めに入る。
「れ、レイ兄……ぼ、僕、勇者に勝っちゃった……」
自分の勝利を唖然とした表情で受け止めるグール。かなり衝撃が大きかったようだ。
「お前が強くなったって事だな」
目に見える形で自分が成長出来ている事を確かめられたグールを素直に称賛した。ただ、それだと如月が可哀想なので、フォローは入れておく。
「俺の弟子は強いだろ?」
「ええ……私も強くなったつもりだったのだけど、こんな小さい子に負けるとは思わなかったわ」
如月は悔しそうにしていたが、心は折れてはいないようであった。
「まぁ、かなり厳しく教えたからな。けど、如月が負けたのはそれだけが理由じゃない。今の動きを見たところ、体の能力値は如月の方が高かった。けど、動きはグールの方が良かった。それは、何故か。簡単だ。この世界にはスキルがある。如月はそれがグールよりも劣ってるんだ。この世界の戦いは如何にスキルを使いこなせるかが、最も重要なんだ。まぁ、魔法も組み込めたら尚いいけどな」
彼女が負けた理由と、強くなるにはどうすればいいか、今の試合で思った事を隠さず彼女に教授した。それを真剣に受け止め、相槌を打つ如月。
俺はそんな彼女にニコニコと笑いかけると、
「えっ? な、何?」
その細い腕をがっしり掴み、
「よい空の旅を」
かつてリスリット達にスキルを教えた時のように、空に放り投げた。
「う、うそぉーーッ⁉︎ イ、イヤァァァァ‼︎ 死ぬ死ぬっ! 死んじゃうーーッ‼︎」
おー、俺も成長してるな。前より高い。
「……僕、嫌な事思い出したよ」
「だまらっしゃい。しっかりスキルは習得出来たんだから、文句言いっこなしだ」
これ程手軽にスキルを習得出来るのだから、いいじゃないか。俺も新しいスキルが欲しいよ。最近手に入ったスキルなんて、皮剥きぐらいなんだぞ?
自分でとっておいてなんだが、泣きそうになったわ。
「レイ兄も、一度飛んでみなよ。すっごく怖いから」
「残念ながら俺は普段からよく飛んでるんだ。なんなら、後で一緒に快適な空の旅に案内しよう」
「や、やめとくよ。絶対怖いもん」
ところがどっこい、評判は悪くないんだな。レイ飛行便にはリピーターがあるぐらいだ。
「まぁ、便利だから何かしら飛ぶ技は身に付けといた方がいいぞ。飛べない相手には絶対的なアドバンテージになる」
「じゃあ、レイ兄の飛び方教えてよ」
「次の進化で竜神の加護もらって滝に瞑想しに行ってこい」
「言ってる意味がわかんないんだけど……」
「まぁ、後でそれは見せてやるよ。おっ? やっと落ちてきたぞ」
今日の天気は晴れのち時々人。悲鳴をあげながら、人が落ちてくるでしょう。
そんな俺の天気予報はハズれる事なく、悲鳴を携え如月が泣きながら落下して来た。それを例の如く激しくバウンドさせてから下ろしてやると、
「地面……?これ地面よね?」
何度も地面を手で叩き、その有り難みを感じる少子が出来上がった。暫し、地面と少女のシュールな会話を見ていると、どこからともなく彼女の悲鳴を聞き付けて、守護者がやって来た。
「結衣どうした⁉︎ こいつにやられたのか⁉︎」
「あ、春樹。あのね、じめ子ちゃんとお話ししてたの。ふふふ、じめ子ちゃんいつもありがとう」
お分かりの通り、如月は言動がおかしくなっていた。
どんどんおかしくなる如月に、俺とグールは正直どうしていいものか、非常に困っていたので、守護者の登場はとても有難かった。俺たちはじめ子ちゃんと言い出した辺りから、放置しようかと思ってたから。
春樹は如月の肩を抱き、揺らして呼び掛ける。
「しっかりしろ、結衣!」
「あぁ、じめ子ちゃんが揺れてる〜」
もうこの子はダメかもしれない。目がずっとホワワンとしていて、意識があるのかも怪しい。
そんな風に事の成り行きを見守っていたのだが、流石は守護者。彼女の意識の戻し方を知っていた。
「揉むぞ!」
「あへっ?」
たった一言。見事な手際だ。思わず俺とグールは揃って拍手を送る。
「ご帰還おめでとう。ところでじめ子ちゃんって、ひょっとせずともこれ?」
「いや、あの、ええっと……はい」
俺が足をトントンと地面に突き立てて聞くと、如月は顔を真っ赤に染めた。
「ーーで、何があったんだよ? お前がやったのか?」
如月が無事に戻ってきたところで、春樹は彼女に聞きながらも、俺を睨みつけた。
……これはあれだろうか?
勇者的な存在となったクラスメイトと対立する的な展開だろうか?
「だったらどうする?」
俺は敢えて春樹を挑発した。何故かって? テンプレ的な展開をやってみたいという幼心だよ。
しかし、そんな幼心は得てして女性には理解されないものだ。
「ストップストップ! 春樹、私からヒナタくんに稽古をつけて欲しいってお願いしたんだ。だから、ヒナタくんが悪いわけじゃない」
「なんだ、そうだったのか。悪いな、疑って」
割り込んだ如月のせいで、テンプレ的な展開がおじゃんになってしまった。ギルドでも誰も絡んで来てくれないし、俺の幼心は栄養失調で倒れそうだ。これは良くない。そろそろ、栄養を与えてやらないと。
そう考えた俺は……
「馬鹿野郎! 今のは、展開的に戦う場面だっただろ!」
という意味不明な怒りを口にした。思わずぽかんとなる如月。しかし、春樹はハッと今気が付いたような顔をして、パンと両手を合わせてーー
「悪い! 俺としたことが、やっちまった。もっかいだ、もっかい!」
ーーラウンド2。
「結衣どうした⁉︎ 無事か⁉︎」
「ええ、物凄く元気よ」
如月のピンチに春樹が勇ましく駆けつけた。
「くそっ、結衣をこんなに傷付けやがって!」
「私ピンピンしてるわよ?」
「おい、お前がやったのか⁉︎」
そう、如月をこんなにした俺に牙を向ける春樹。俺はそれを、鼻で笑いながら挑発を口にする。
「だったらどうする?」
その挑発に剣を抜き放つ春樹。
「ぶっ殺す!」
踏み込みと同時に銀線を振るわれる。しかし、俺はそれを簡単に片手で受け止め、ねじ伏せた。
「くっ……」
「遅い。軽い。そんな事で、勇者を名乗れるのか?」
「くそっ、これでもかぁぁあ‼︎」
気合いと魔力が全身から迸る。まるで、雷に打たれたかのように、魔力が体から弾けていた。
「思ったよりやるな。だが……」
「ぐはっ‼︎」
「その程度ではまだまだ弱い」
後ろ回し蹴りがクリーンヒットし、春樹は軽く空を飛んで大の字にじめ子ちゃんの上に横たわる。
そして……
「なぁ、俺もそっち側やってみてたいんだけど?」
「なら、交代しよう」
ーーラウンド3。
「如月! 無事か⁉︎」
「ええ、まだやるの?」
「ボロボロじゃねぇか! あいつにやられたんだな⁉︎」
「何もされていないわ」
俺は、如月をボロボロにした相手を睨み付けた。
「お前、覚悟できてんだろうな?」
「ハッ、雑魚が活きがんな」
ブチっと頭の中で何かが切れる音がした。俺は、その怒りを抑えることなく力に変えて、思いっきり剣を振るう。しかし、その全力の一撃は、あろうことか春樹がふった手によって軽く弾き返された。
「弱えぇ! そんな事で結衣を守れんのか?」
「くそっ……」
手詰まりであった。俺の攻撃は蚊ほども効かず、春樹の余裕のある攻撃が、容赦なく体に刻まれていく。時間が経つ程に傷は増え、痛みで動きが鈍くなる。そこへ、狙い済ましたかのよつに蹴りが突き刺さり俺は空を舞った。
「ッ……」
「終わりだ。お前じゃ力不足なんだよ」
俺は悔しそうに呻きながら立ち上がると……
「……なんか違うよな?」
「だよな。盛り上がりに欠ける」
そう俺と春樹が同意したところで、俺たちの視線は如月へと動く。
「えっ? な、何?」
ーーラウンド4!
「結衣‼︎ 結衣‼︎」
「あぁ……春樹……」
「しっかりしてくれ、結衣‼︎」
力なく横たわる如月を抱き起こし、春樹は悲痛な声で叫ぶ。目尻には薄っすらと光るものが浮かび、結衣を抱く力が強くなる。
「い、痛いわ……春樹……」
「結衣、すぐ終わらせるからな。そしたら、怪我治してやるから」
春樹はゆっくりと結衣の体を地面に下ろすと、憤怒を宿した双眼で、俺を捉えた。
「勝てる気でいるのか? その程度の装備しか持たぬ勇者如きが」
「っんなもん、気合いでどうにかすんだよ‼︎」
「笑止」
二振りの剣が火花を散らし交錯する。甲高い音が、数秒のうちに何十と奏でられ、まるでリズムの早い歌のようだ。
二本の剣が描く軌跡はまるで花のように残り、飛び散る火花が、それを花火へと昇華させているかのようであった。
「やるではないか、勇者よ。では、これはどうだ?」
上半身を限界まで引き、まるで弓のような弾性を持って剣先が春樹へと突き刺さる。辛うじて滑り込ませた剣の腹が、ギギギッと音を立てて春樹を刃から庇いきる。しかし、その衝撃までもを受け止める事は出来なかったのか、春樹は地から足を離してしまった。
「吹き飛ぶがよい」
「くっ……」
苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた春樹は、地から伝わる力を乗せた剣に有無を言わさず吹き飛ばされた。抵抗しようにも、踏ん張る足が空を切って、春樹は何も出来ずただ真横に吹き飛ばされる。
草花が生えた地面に叩きつけられ転がった春樹は、苦悶の表情を浮かべながら、剣を地に突き刺し立ち上がる。
「効かねぇな」
「嘘をつけ。足が震えているぞ、勇者よ」
「これはな、武者震いっつうんだよ‼︎」
強がりであった。その身に受けたダメージが、回り回って彼の足を小刻みに震えさしていた。誰が見てももはや勝負は見えていた。
このまま春樹が倒れ、決着がつくと思われたその時。
彼を優しい光が包んだ。
それは、仄かに緑を帯びた光。優しく、暖かい光は彼へ力を与える。
「春樹……負けないで……」
そういう事だ。
もはや立つ事も叶わない彼女の最後の力。それが、春樹へと注がれたのだ。
「ああ」
如月の言葉に、春樹は短く答えると、これまで以上に精神を研ぎ澄ます。輝きが強くなる。
「エタナール・シャイニング・ウルトラハリケーン‼︎」
豪と光が爆発でもしたかの様に膨らみ、春樹に力を与える。その力は春樹の踏み込みを強くし、雷のような速さを作り出す。
俺は、思わず呆気にとられ、つい手を前に伸ばしてしまう。
「技名ダサくね?」
ーーラウンド5ッ!
巻き起こる光の奔流。その中心には、溢れる力に翻弄される春樹の姿。漏れ出る力が渦巻き、知性や技ではなく感情のままに暴れ出す。
春樹自身それに逆らおうという気はないように思えた。何故なら、その力は彼だけのものではなかったから。如月の限界を絞り出した力と混ざり合い、二人の力が積となって現れた力は、彼一人が背負うには大き過ぎた。
しかしーー
「ブレイブソード‼︎」
二人の思いは目の前の敵に。それだけは等しく同じであった。意思を持った力は、彼らの敵だけを飲み込み余す事なく、打ち砕く。
光に乗せられた思いが、敵ーー俺を貫いた。
発光が鎮まり、力を使い果たした春樹が膝を付く。
「やるな、勇、し……」
ドサっと背中から倒れた俺は、ソッと目を閉じると……
「ぷっ……はははっ‼︎」
声をあげて笑った。どうしても堪え切れず、大の字に寝転がりながら、空に向かって。
「あはははっ!」
「くっ、はははっ!」
それにつられて笑いだした如月と春樹。俺たち3人は可笑しくて可笑しくて、いつまでも笑い続けた。何してるんだろと。
こんな感じだったのだろうか。
いつもこんな風に笑っていたのかな。馬鹿みたいなことをして、それが可笑しくて、馬鹿みたいに笑う。
俺はそんな日常をこの2人と生きていたのかな。
笑い過ぎて涙が出る。そんな当たり前のような日常の感覚に、俺は満たされていた。
「修行は?」
グールの催促が来るまでは……
すいませんっ! 今からやりますっ!




