128.殺す責任
今日で投稿を始めてから一年目。
ということで、記念投稿。
夕陽に赤く染まった街、帝都アンクライク。その街を一望出来る塔の天辺で1人思考に耽っていた。
普段は白と赤のコントラストが美しいと、レーナさんから聞いてやって来たが、夕焼けに染まる街は、燃え上がる炎に包まれているかのように見えた。
空を見上げれば、点々と疎らに広がった雲。一つ一つが燃える空の中で、ゆっくりと形を崩しながら流れていく。まるで、燃え尽きて白煙が消えていくかのように。
魔人騒動から数日。帝都で起こった大騒動は瞬く間に帝国全土へと伝わった。
そして、魔人を恐れる国民達の騒動の詳細を求める声が日に日に強まる中、ある事実が世間へと流れ始める。
現勇者達が魔人から逃げ惑っていた、と。誰が言い出したかは知らないが、大方魔人を撃退した中に勇者がいなかった事が原因か。
一時それが原因で街は荒れた。いや、荒れたのは帝国か。勇者を変えろとの声が帝城まで聞こえるようになった。大国ならではの情報網が仇となった結果だろう。今では少し落ち着きを取り戻したが、まだ非難の声は収まっていない。
自分勝手な連中だ。逃げる事しか出来なかったのは、お前達も同じだろに。
だが、世論というのは自分勝手で、個人の意見や気持ちなど考えない身勝手なもの。誰かが世論という火薬庫に火をくべれば、一気に爆発する。
この世界は彼らに優しくない。俺のように恵まれた環境など彼らには与えられておらず、ただ一本の刺々しいレールの上を歩かされている。
やはり、彼らがこの世界にいるのは間違っている。本来在るべき世界から無理やり連れて来て、難題を押し付ける。それで難題をクリア出来るのなら、それは美談だが、この場合、胸糞悪い話でしかない。
彼らの最終目標は魔王討伐。
そんなものは不可能だ。命を捨てるのと同義だ。たとえ出来たとしても、一体何十年かかるというのだろうか?
恵まれている俺でさえ、まだ勝てると声を大にしては言えないというのに。
「……にしても、よくやってくれました、か。……勇者達には聞かせられないな」
ここの場所をレーナさんに聞いた時、言われた言葉だ。何一つ解決出来ず、勇者の一人に死者を出した俺にかけられた言葉だ。
今回の騒動は、完全に俺の負けだった。殺人鬼と魔人にいいようにやられ、反撃で得たのは奴の腕一本だけ。正体がわかったと言っても、それは前の世界で、しかも俺を殺した奴だという事だけ。この世界での名前も、出身も、何もわかっていない。
対してこちらは、街に大きな被害と、勇者も含め帝都に住む人達に多数の死傷者を出してしまった。さらには、勇者に対する風当たりが強まり、彼らの心に深い傷を負わせてしまった。
完全にこちらの負けだ。今回の事は、俺が仕掛けたようなものなのに、殺人鬼を捕まえる事さえ出来なかったのだ。
「オールパーフェクトの名前は返還だな」
元々余り嬉しくもなかった二つ名だが……
夕陽が陰りを見せ、赤かった街は暗がりに落ちていく。一辺、暗い闇の中に囚われた街並みは、不気味な静けさを醸し出していた。
殺人鬼、魔人。
二つの闇が、今のこの国には蔓延っている。その闇の前に、立たされる勇者達。後ろには、彼らを逃さないとばかりに国民が立ち塞がる。
確かにこれは最低の政治だな。矢面に立たされる勇者が不憫でならない。
昔やったRPG。その中の勇者はどんな気持ちで魔王から世界を救ったのだろう。大概、甘い言葉に乗せられて、力があるばかりに街を救い、悪を倒し、世界を救う。勇者は果たしてどんな気持ちだったのだろう。
一度失敗すれば、世界から責められるという重責にどんな思いで立ち向かったのだろう。
俺にはわからない。
けど、その渦中にいる彼らが、決して特別な力を持つ選ばれた勇者でない事は知っている。そんな彼らがこの重責に耐えられるわけがない。いずれ破綻してしまう。
もう彼らもわかっただろう。命のやり取りがどういうものか。身に染みてわかったはずだ。どんなに策を講じようと、どれだけ強くなろうと、死ぬ時は死ぬ。それは、自分だけじゃない。
その度に、心を痛め悔やんで泣いてではキリがない。
俺はもう他人と自分を含めた周囲を区別するようになっていた。他人を殺しても、助けられなくても、深く嘆き悲しむ事がない。気分が落ち込む事はあっても、それをいつまでも引きづり続ける事がない。
それが、普通なのだ。この世界では。
魔物に知り合いが殺される。日常茶飯事だ。
目の前で人が死ぬ。何度も見た。
己の手を汚した。慣れ始めている。
どんどんこの世界に染まってる。それがいい事なのか、悪い事なのか一概には言えないと思う。
けど、彼らはこれ以上は踏み出してはいけない。そう、思う。
日本で生きるのに、これ以上先は必要ないと俺は思うから。
まぁ、あれこれ言葉を並べたところで、結局のところ俺はあいつらを認めたくないだけなのだ。この世界の住人として。
だから、心の有り様までこの世界に染まって欲しくなかった。そうなれば、きっと俺は彼らを認めざるを得なくなるから。
だから、帰れと、ここはお前達がいる世界じゃないと言ったのだ。もっと砕いて説明すれば、彼らが自分達を責め立てる事もなかったかもしれない。
しかし、運悪く、俺と世間の言葉が重なってしまった。
もう無理だろうな……勇者であろうとするのは……
そんな風に、事件以降、表情を暗くした彼らの事を思った。
「……迷ったら、自分の心に従う」
言葉にして、自分の胸に手を当てた。俺が今日ここに来たのは、自分が何をしたいのかわからなかったからだ。
一人でゆっくりと己の心と向き合いたかった。
今俺が彼らに出来る事は何があるだろう?
放置するのも一つの手。はたまた手を差し伸べて、鍛え上げるのも一つの手。
そして、彼らを送り返す為に動くのもまた、俺の取れる手段だ。
考えれば考える程に、手段は網の目のように無数に広がっていく。しかし、その穴は大きく、どうにも心が定まらない。
「……しばらくは状況に流されてみるか」
心が定まるまでは……
〜〜〜〜
「キッチックさーん‼︎」
「げっ……」
すっかり暗くなり冷え込んできた為、塔から降りてきたところに、金髪ロリガールに見つかった。
「一年振りに会ったのに、なんでそんなに嫌そうなんですか!」
「いや、面倒だなと」
「……泣いちゃいますよ?」
金髪ロリは、言葉通りに目をウルウルさせて、瞳に涙を溜め始めた。やっぱりこの子は面倒だ。扱いに困る。俺は女の涙に弱いのだ。……大概の男はそうだろうけど。
「まぁ、なんだ……久しぶりだな。元気にしてたか?」
「はい!キッチックさんは……元気そうですね」
ルーシィは簡単に元気を取り戻した。しかし、その間はなんだと俺は聞きたい。せめて、確認はして欲しかった。
例え俺が、アザラシンを着ていたとしても。
………………。
ルーシィの見つめる目が何だか、俺がアンナを見る時のような慈悲に満ちた色をしている。
いや、待ってほしい。変な誤解はしないでほしい。
これは俺なりに考えて、沈んでいる勇者達を励まそうと笑かしに掛かっているのだ。そこへ向かう前にルーシィに邪魔されただけで、俺がおかしな性癖に目覚めたわけではないのだ。
その辺を掻い摘んでルーシィにわかりやすく、これでもかと熱弁した。芽は早い内に摘んでおかなければ、ならないのだ。
これが大樹へと成長してしまった結果を俺は知っている。
「キッチックさん」
これだ。もうこうなってしまえば、俺の名前はキッチックとなり、今日をもって冒険者からゆるキャラにジョブチェンジしなければならない。
だから、俺は熱弁を重ねたのだ。しかし……
「沢山趣味をお持ちのようで」
根は深かったぁ‼︎ これは大樹になるやつだぁぁ!
「……ところで、魔人を一撃で倒したって本当なんですか?」
あからさまに話の軌道を変えてきたルーシィ。わかってますからという視線が非常に痛い。
俺はそんな痛い視線を受けてーー開き直る事にした。
だって、よくよく思い返せば、この世界にはコスプレイヤーが溢れかえっているのだ。お姫様コスプレのルーシィしかり、鎧を着た騎士しかり、王子コスプレの面白しかり、街はコスプレイヤーだらけだ。
そうだ。俺は何もおかしくなんてない。少し方向性が違うだけで、見ようによっては完全防具を着ているようにも見えなくはないはずだ。10枚ぐらい鏡で反射させたら……きっと。たぶん。願わくば。
「……ああ、ここ数ヶ月で何体とも戦ったからな。倒し方を知っているだけだよ」
俺は冷静さを取り戻し、いつも通りの表情で答えた。
「すごぉい‼︎ やっぱり、キッチックさんが勇者に……」
「なりません」
何故この子はこんなに諦めが悪いのだろうか。聞き分けが悪い子は、お姉様にお仕置きしてもらうぞ?
「うぅ……キッチックさんしかいないんです。でないと、この国が滅んでしまいます……」
「はぁ? 何で俺が勇者にならないと国が滅ぶんだよ?」
帝国の滅亡という大事件に、何故俺が勇者にならない事が関わってくるのか理解できない。そもそも、この国が滅ぶってよっぽどの事だぞ?
それこそ、竜が大量に攻め込んでも来ない限り、滅びるなんてあり得ない。
「滅びますよ。10年以上前、この国はそれで滅びかけたんですから」
……はずであったのだ。
「……どういう事だ?」
先のふざけた雰囲気など吹き飛ばすルーシィの真剣な表情に、俺は思わず息を飲み、聞き返していた。
「前勇者軍は過去の勇者軍より弱かったんです。それが原因で国は荒れ、暴動と反乱に一時帝国は大混乱に陥りました。だから、次の勇者は強くなければならないのです。誰よりも」
ルーシィの俺を見詰める瞳が、強くなった。月の光を取り込み、淡く輝いていた。彼女はその光を目に宿したまま、俺の前で跪いた。
「…………もう一度、国を代表してお願い致します。どうか、我が国の勇者になってください。もう我々には貴方しかいないのです。キッチック様」
俺の足元で頭を垂れるルーシィの凜とした声音が俺の心をかき乱した。
ーー全ては俺の気持ち次第。
そう言われた気がして。
帝国存続の命運と、幼き頃からの夢。
天秤などでは計れない重さが、心の中で上下していた。
「……考えさせてくれ」
簡単には決められない。どちらも簡単に切り捨てられる大きさではなかった。
そんな誤魔化すような言い方でも、ルーシィにとっては大きな進歩だった。歳相応の可憐な花を咲かせながら、差し出した俺の手を取り立ち上がると、グッと手が引かれ、俺の体は前に。
「……はっ?」
ほっぺに柔らかい感触が伝わる。俺は呆気にとられ、思わず間抜けな声を漏らす。ルーシィはそんな俺の耳元でそっと囁く。
「今ならオマケに私の体を付けますよ?」
「…………相変わらずだな」
「それはキッチックさんもですよ」
キスされたほっぺを拭いながら、拗ねたような目をしているルーシィの頭を撫でる。
「俺は子供には興味ないんだ」
「…………私、今物凄く気付つきました」
口をとんがらせて、小動物のような目をしたルーシィだったが、ハッと何かに気が付いたかのように視線をあげる。
「大人になったら別なんですね⁉︎」
「さぁ? どうだろうな?」
期待に満ちた表情を浮かべるルーシィを、誤魔化すような言い方であしらい、俺はふと思った。
「なぁ、帝国は今の勇者達をどうするつもりなんだ?」
「今の勇者ですか? それは皇帝様に伺わないと何とも……」
皇帝か。そういえば、まだまともに話した事はなかったな。
「よし、じゃあ今から聞きに行こう」
「ええっ⁉︎ 今からですか? いや、今日はもう暗いですし、今日の所は私と一緒に寝て、明日にでも行きましょうよ」
「サラッと一緒に寝てとかぶち込むな。ほら、行くぞ。お前の貴族としての権力を見せつける時だ」
「あっ……き、キッチックさん待って、お願いですから待ってください! お姉ちゃんに怒られるっ!」
ほほぅ、それは尚更今日行かねばなりませんな。今すぐに。
俺は半泣きで嫌がるルーシィを強制連行し、皇帝の部屋に馳せ参じた。見張りの帝国兵には、『ヒュールキャス家の命が聞けぬのか‼︎』と強引に押し通った。帝国兵と出会う度、魔人形となったルーシィの口がカクカク抵抗していたが、まぁ、もうお姉ちゃんに怒られるのは確定だろう。
「たのもーー!」
「わーーっ‼︎ やめてーーっ‼︎」
ガバッと扉を開け放ち、皇帝の部屋にすると、操り人形から解放されたルーシィが慌てて口を塞ぎにきた。
「こんな夜遅くに何の用だ」
部屋の中にいたのは、中年の男性。歳は30程だろうか。空のような色をした澄んだ瞳に、ライオンのたてがみのように逆立った金髪。鍛えられている事が一目でわかる筋骨逞しい肉体が男らしく憧れる。
「あわわっ! すいません皇帝陛下‼︎」
「どうも、皇帝陛下。それと、マーレシアさん久しぶり」
「お、お姉ちゃん⁉︎」
先に皇帝の前に座るマーレシアさんに気が付いた俺が軽く声をかけると、ルーシィはギョッと目を剥いた。
「ルーシィ、貴方何をやってるの?」
「ひぃぃ! キッチックさん、恨みますから! 物凄く恨みますから! 明日の朝、キッチックさんのパンだけ耳なしですから!」
泣きべそをかきながら、地味な仕返しをしようと画策するルーシィ。しかし、その企みは逆に彼女がしんどいだけだと、俺はにこやかに笑いながら告げた。
「そうか。頑張ってな。ちなみに俺はパン100枚食べるから」
「ええっ⁉︎ ひ、卑怯です、そんなの!」
今日はやられっぱなしのルーシィ。そのうちマジ泣きしそうな勢いだ。
「それで、何用だ?」
「勇者軍をどうするつもりなんですか?」
「レイ殿、この方はこの国の皇帝陛下です。幾ら貴方でも口にはお気をつけ下さい」
俺の口が悪いのか、一応敬語は使ったつもりなのだが……
「……ふむ、では、これで如何ね? 皇帝よ、勇者を如何ようにするつもりだね」
「それは絶対ダメですよっ‼︎ 逆に偉そうですぅ!」
うーん、ルクセリアの口調を真似てみたのだが、あいつは偉そうだったのか。丁寧だと思っていたのだが……
「では、このような喋り口は如何でしょう? 皇帝陛下、私勇者がどのような扱われるのか知りとうございます。 お教え願いますでしょうか?」
「惜しいっ‼︎ けど、気持ち悪いので女口調はやめて下さい!」
仕方ないだろ。俺の出会う貴族は女ばっかりなんだから。唯一、そういう話し方をするであろう奴は、面白なんだよ。一度も聞いた記憶がない。
「……困った。どうしよう。話にならない」
「キッチックそれを言いますか? 話にならないのは、キッチックさんのせいです」
痛いところを突くな。やれやれ、手厳しいロリっ子だ。
「よし、こうしよう! 俺はルーシィに話す。ルーシィは皇帝にそれを訳して伝えてくれ」
「同じ言葉を通訳する私が側から見たら痛い子ですよ……」
そんな風に虚ろな目をするルーシィの肩に俺はポンと手を置くと。
「大丈夫。処女貰ってくださいと大声で叫んでた時の方が遥かに痛い子だ」
「酷いっ! 私の一世一代の覚悟を、痛い子呼ばわりは酷すぎますよ!」
プンプン怒るルーシィ。しかし、あれはかなり痛かった。正直、ドン引きだった。
「こうなったら、最後の手段だ。……………………」
俺はジッとルーシィの目を覗き込む。すると、
「……あの、そんなに見詰められた勘違いしちゃいます。いや、その、嫌なわけではないのですが……こう自分からではなく、キッチックさん来られると気恥ずかしいと言いますか……」
何やら照れ臭そうにモジモジし始めるルーシィ。俺は、一時中断を余儀なくされ、素になって呟いた。
「……お前何言ってんの? 俺は目で言葉を伝えようとしてるの。何勘違いしてんだ」
「なっ! 酷い! 乙女の純真を弄ばないでください!」
「純真な乙女は、男を体で誘惑したりしません」
涙目で断固抗議しますとばかりに上目遣いで俺を責め立ててきたので、それを一蹴すると、今度はベクトルを変えて怒ってきた。
「だいたい目で言葉を伝えようなんて、馬鹿なんですか⁉︎ アホなんですか⁉︎ そんな事出来るわけないじゃないですか!」
「出来る! 実際、仲間と戦闘時に何度もそれで会話した」
俺は自信満々で、皇帝を強く見詰めた。
今日のルーシィのパンツは赤です。
今日のルーシィのパンツは赤です。
そう何度も目を通じて思念を送ると…
「今日のルーシィのパンツは赤か」
「なっ、何でそれを⁉︎」
「ほら、伝わった」
「ええーっ⁉︎ おかしい、おかしいっ!変な方向に話が進んでる! っていうか、キッチックさん、皇帝に何を伝えてるんですか‼︎ 不敬ですよ!」
ハァハァと息を荒げながら、必死に大声で突っ込むルーシィ。君は、面白とセットにしたらいいコンビになりそうだな。
「コホン。話し方はいつも通りで構わないから、本題に入って貰って良いか? そなた達の会話見ていて飽きないが、何分忙しい身なのだ」
「やったなルーシィ。タメ語でいいってよ」
「それはちょっと違うと思います……」
ポンと良くやったと肩を叩くと、ジト目で私を利用しましたね的な目を向けてくるルーシィ。俺は、さも自然にそれを躱しつつ、本題を打ち出した。
「俺が皇帝に聞きたいのは、今の勇者達をどうするかって事だけだ」
「……どうするか、か。確かに今の情勢は芳しくない。それを鑑みるに、現状このまま行けば、魔王討伐……事実上の追放をしなければならない」
勇者の追放を口にした皇帝の顔色は優れなかった。皇帝自身それをよく思ってはいないようだ。だが、この国のトップとしての立場が、追放という選択肢以外取らせてくれないと、言葉でなく表情から伝わってきた。
「……元いた世界には返してやれないのか?」
「それはっ………不可能です」
俺の問いに答えたのは、マーレシアであった。彼女は一瞬、立ち上がるかのように腰を椅子から持ち上げたが、すぐに力を抜いて俯きかけに不可能であると口にした。
「理由を聞いても?」
「……勇者様方には決して言わないと約束して頂けますか?」
「ああ。帰れないと知ったら、絶望する奴がいるのは目に見えているからな」
今は特にそうだろう。周囲からの声も厳しく、彼ら自身参っている。そこに、希望を捨てさせるような事を言えるわけがない。
「……当初の見通しでは、勇者召喚の魔法陣を少し書き換えれば、彼らを元の世界に戻せるはずでした」
「だけどもそれは出来ないと?」
「はい。古文を解析したところ、魔法陣の他に必要なものが存在する事がわかりました」
古文を解読?
古代語って今の言葉じゃないのか?
そんな道筋をズレた事を考えながらも、口を挟まず続きを待った。
「……世界の記憶です。送還魔法は根本的には普通の魔法と同じなのです。世界を超える為に必要なイメージは、魔法陣に書き込む事が出来ても、送る先のイメージがなければ発動しないのです」
つまり、あちらの世界を知らないこの世界の人々には、彼らを元の世界に戻す事は不可能という事なのか。
「勇者のうちの一人が残れば他は返せるんじゃないか?」
「……それも、考えました。しかし、すぐには無理です。彼らはまだ中級の魔法を操るので精一杯。イメージ力がまだ足りません。我々が彼らを召喚した際も、高名な魔法使いを集めてやっと成功したのです。せめて、上級……出来れば最上級の魔法使いが必要です」
……なるほど。確かに世界を超えるとなれば、詳細なイメージが必要だよな。中級程度のイメージ力では不足していて当然。マーレシアさんの言う事はもっともだ。
「結局のところ、時間が必要なのです。しかし、このままではその時間もあまりありません。暴動が起きるのも時間の問題かと」
「……そういう事だ」
マーレシアさんと皇帝は二人して顔色を曇らせた。ルーシィも今の話を全て理解したわけではなさそうだが、勇者が帰れないという事は理解したようで、いつもの明るさがなりを潜めている。
そんな暗い雰囲気がその場を占める中、俺はプチ混乱中であった。
と言うのも、また俺なのか⁉︎ っという事だった。
ギリギリだが最上級魔法を唱えるイメージ力を持ち、更には地球で過ごした記憶を持っている。しかも、地球に帰るつもりなど毛ほどもないと来た。
……俺しかいないじゃん。
ところがだ。ここで一つ問題がある。
俺は転生者であると明かしたくない。では、どうやって転生者である事を明かさずして、その魔法陣の核とも呼ぶべき魔法使いに抜擢されるかなのだが……上手いい訳が思い付かない。
……いや、待てよ?
あるじゃないか利用出来る弾が。
「一つ手がある」
落ち込んだ空気がその一言でガラリと変わる。それは俺の案に対する期待というより、呆れを含んだ何かであった。何故そんな雰囲気になったのか、俺には理解できなかったが、気にする事ではないかと真剣そのもので俺は続ける。
「勇者と同じ世界から来た奴がもう一人いる」
「勇者がもう一人いるだと? 何を馬鹿な事を。そんな世迷い言に付き合う時間はない」
「まぁまぁ、そうカッカすんなよ皇帝ちゃん。ちゃんと証拠はあるんだ」
ルーシィが横で『不敬罪で殺されますよ』と呟くが、これでもどこぞ王子の扱いに比べれば、敬意は払っているつもりだ。
「では、聞こう。其方の言うもう一人の勇者はどこにいる?」
「さぁ? どこにいるかはわかんない。だけど、この国の中に必ずいる。そして、この国の人間ならみんな知ってる奴だ」
「どこにいるかもわからないのに、この国の全員が知っているのか。それは、どの物語に出てくる登場人物なのだ?」
小馬鹿にするように、茶々を入れてくる皇帝。俺が冗談を言っているように思っているみたいだ。
若干腹立たしいが、俺もいきなりこんな話されたら馬鹿にするだろうなと、心を落ち着かせ、その名を告げる。
「『刻印の殺人鬼』」
俺がその名を告げた瞬間、その場が凍り付いた。予想外の名が飛び出し、更には正体不明の謎の殺人鬼。否定しようにも、その根拠がない。
必然、証拠を持つという俺の主張の方が強い。だが、簡単には信じられず、また信じたくないという感情がその場には満ちていた。
「殺人鬼が刻む刻印。あれを勇者達に見せればわかる事だ。勇者達は刻印を読めるし、意味もわかる。つまりだ。殺人鬼が刻んでいるのは、刻印じゃない。文字だよ。勇者達の世界のね」
俺は敢えて、勇者達に確認を取れと仄めかした。それが一番確実で、俺が何故それを知っているのか、少し頭を回せば誤解してくれると考えたからだ。
「ルーシィ、今すぐに確認を」
「は、はいっ!」
皇帝はそう言ってルーシィを事実確認に向かわせると、椅子に深く腰掛け、結んだ手の上に頭を置いた。そして、その俯き姿勢のまま、独り言のように呟いた。まるで自分自身に問いかけるよつに。
「つまり、殺人鬼を捕まえれば、どうにか出来ると言う事か……しかし、未だ顔さえわかっておらぬ状況で果たして捕まえられるのか?」
自問する皇帝。俺は、そこでふと思い出す。
俺……あいつの顔見たな。
「顔ならわかるよ」
「なに?」
「こないだの騒動の時に戦ったからね。結局は逃げられたけど、俺が切り落としたから今のあいつは隻腕だ。似顔絵は俺が書けるし、これでかなり殺人鬼を追い詰められるんじゃない?」
皇帝は目を丸くして、小さく笑った。
「感謝する。これで事件は解決に近づくであろう」
「よし、じゃあ殺人鬼はそっちに任せる。俺は勇者達の方をやるよ」
「はっ……?」
今度は呆気に取られたように、目をパチクリさせた皇帝。少し首を傾げている。
「勇者の評判の向上。後、その帰還については、俺なりにやらせて貰う」
「な、何を言っている? 状況を理解しているのか? この国が今どのような状態なのかを」
詳しくは知らない。だが、そこは今関係ないのだ。この国がどんな状態であろうと変わらない。向けるべき敵意は然るべき場所へ。それだけの話だ。
帰還はそのついでだ。勇者を返してやろうという風に民主の声を操作してやれば、出来るだろう。だって、この国はその声で滅ぶ恐れがあるほどなのだから。
「まぁ、任せてよ。悪いようにはしないから。要は民衆の声を捻じ曲げてやればいい。丁度いいスケープゴーストが二つもある。そっちに批判は向けさせればいい」
多分今の俺は冷たい目をしているのだろう。魔人とはいえ、もう20人近く殺した。シャルステナは俺に人殺しをして欲しくないと言っていたけれど、現実はそう甘くはなかった。
今この時ばかりはシャルステナがいなくてよかったと思う。彼女がいれば俺はきっと踏み出せなかっただろう。
だけど、あの男だけは俺がこの手で殺さなくてはならない。
だって、あいつは俺が連れてきたようなものなのだから。
必ず……必ず追い詰めてやるぞ、殺人鬼。この国どころか、この世界からお前の居場所を消して炙り出してやる。
その後の言い訳はどないとでもなる。記憶を奪ったとか、記憶を見たとか、殺しさえすれば、いや、もっと言えば会いさえすれば言い訳は腐るほど思い付く。
お前だけは、必ず俺の手で殺してみせる。
それが、お前という闇をこの世界に連れてきてしまった俺の責任だ。
そんな風に、厳しい顔つきで窓の外を眺めていたのだが……
「ところで、その格好は何なのですか?」
「…………ノーコメントで」
アザラシンが全てをぶち壊していた。
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
前書きにも書きましたが、今日で投稿を始めて一年目。
読者の皆さんは余り興味はないかもしれませんが、私的には凄く感慨深いものを感じています。
具体的には、よく書いたなぁと。
以前は国語で学年最下位を取るほど、日本語が苦手な私でしたが、人間やれば多少は何とかなるものですね。始めの頃より、だいぶ上手くなったと自画自賛しています。
まぁ、それでも、あれこの漢字どれだっけ? とか。これどうやって表現したらいいんだろうと、毎日のように悩んでいますが、こうやって少しずつ上手くなれたらと思ってます。
最後に、私の拙い文を読んで下さった読者の皆さんに感謝を。
最近忙しくて週一投稿になっていますが、春ぐらいには落ち着くと思うので、これからも異夢世界をよろしくお願いします。




