120.召喚されし勇者前編
帝国は貴族至上主義という、民主制からは程遠い政治形態を取る大国だ。皇帝、第1級貴族、第2級貴族といった具合に、7級まで皇帝の下に続き、兵士、国民という身分に分けられている。とりわけ3級以上の位には公権と呼ばれ、国家公認の軍を有する。
そんな公権の中でも一際有名であるのは勇者の名を冠する『勇者軍』。大国、はたまた、他国から選び抜かれた精鋭中の精鋭。帝国はその軍を国を挙げて後押しし、魔王や凶悪な魔物に対する切札として、保持し続けている。
しかし、昨今の世で勇者軍は脆弱であった。SSS級の魔物を倒せれば御の字と呼ばれる程に。
彼らが冒険者や、他の軍に属する者なら拍手喝采ものであっただろう。だが、国を挙げて支援し続けるにしては弱過ぎた。
十分強者と呼ばれるに相応しい実力者であったはずの彼らは、過去の実績と比較され、不当な評価を受けた。
偽勇者軍。
そう卑下され、彼らは責め立てられた。彼らに対する非難は凄まじいものであった。勇者軍には相応しくないと判断され、国中から非難され続けた彼らは、汚名返上の為に不相応な実力のままで、魔王へと挑まざるを得ないところまで追い込まれた。
半ば無理矢理に国から追い立てられ、彼らは魔王討伐の旅へ出て、それっきり帰っては来なかった。
戻る事のない彼らへの非難は、時間が過ぎるにつれ、より凄まじいものへと変貌した。帝国上層部が慌てふためく程に。
元々、邪神を討伐した『神殺しの勇者』への敬意から始まった勇者軍制度。それはいつしか、支援と称して多大な負担を国民へと強いる制度へと化していた。
しかし、それはあくまで国民の立場から見ればの話だ。実情としては、その支援はしっかりと国民へ還元されるものがほとんどだ。つまり、税金と何ら変わらないのだ。呼び名が違うだけで。
だが、義務教育などないこの世界では、それを正しく理解している者は少ない。
大半の者は、勇者の支援にのみお金が使われていると考えていた。だから、支援を受ける勇者へと人々の非難は集中してしまった。
国はよくやってくれている。なのに、勇者は何をしているんだと、理不尽な怒りに晒された。
もちろん国も国民への弁明を行い、誤解を正そうとした。しかし、一度ついた火は簡単には消えなかった。むしろ、勇者を庇う帝国へと疑惑が持ち上がる。
支援として納めた金銭は、彼らの生活に使われているのではないかと。
各地で非難に次ぐ非難。そして、実力行使に出る者までで始めた。それを、帝国兵が取り押さえ、それがまた都合の悪い事は力尽くで押さえつけるのかと、非難を加速させた。
勇者軍への信頼も、憧れも地に落ち、帝国は傾きかけた。誰もこんな事態に陥るなどとは考えてもいなかった。
この国が成り立ってきたのは、勇者が人々に希望と夢を与えるものであったからだと、帝国の上層部はこの時初めて理解したのだ。
暴動に次ぐ非難。非難に次ぐ暴動。
際限なく繰り返されていくそれに、君主制に胡座を掻いていた貴族達は憤慨と共に徐々に疲弊していった。
やがて、彼らの怒りの矛先もまた、原因を作り出した勇者軍へと向けられた。
だが、すでにその怒りを向けよう相手は、志半ばで倒れ、戦死していた。彼らが何と戦い、どのように負けたかは、未だにわかっていない。ただ、血で汚れた戦場からは、死体さえ残されてはいなかったという。
帝国は勇者亡き後、国を成り立たせる為に、一つの方策を国民へと打ち立てた。
ーー勇者育成計画。
それは、当時、10歳にも満たない子供達の中から、特に優秀な子供を選び出し、未来の勇者軍を担う者として育て上げるというもの。
それにより、支援が確かなものであると示し、また支援と税金を別にすることで、国民の非難を抑えたのだ。
そうして、幼き頃から英才教育を受け続けた子供がシルビアだ。彼女の他にも、2人の子供が選ばれた。
だが、その中で勇者として認められた者はいなかった。何故なら、誰も武闘大会で優勝した者がいなかったからだ。
過去の勇者達は皆、トーナメントを優勝してきた。三人のイレギュラーさえいなければ、確実に優勝を狙えた彼らもまた、過去と比較されていたのだ。
次代の勇者軍がこんな事では今度こそ国が滅ぶかもしれない。帝国は、最終手段として準備を重ねていたある計画を実行に移す事に決定した。
古の文献を解読し、勇者召喚魔法を完成させた帝国は、異世界から勇者を呼び寄せた。
「……で、私達はその勇者に選ばれたと言うんですか?」
「ええ、理解が早くて助かります」
部屋の内側に開かれた窓ガラス。そのガラス面に反射する二人の女性の姿。ベットの上に腰掛ける白に近い銀の髪の少女と、その真正面に立つ煌びやかな洋服に身を包んだ女性。
「私達が勇者……」
少しやつれ気味の銀髪の少女は、俯きかけに自身の手へと目を落とした。細い手。傷一つなく、カバンより重いものなど殆ど持った事がない手。
彼女は力が抜けたように、ポスッと背中からベットの上に倒れた。
「私は勇者と呼ばれるほど強くはありません」
むしろ弱い、そう自分を卑下して、彼女が見上げた天井は、白一色の綺麗な天井であった。
彼女は帝国に召喚された勇者の内の1人。名前は如月結衣。髪の色も顔立ちも外人風で、ハーフのような出で立ちだが、こことは別の世界ーー日本で生まれ育った、日本人だ。
「君が私を呼んだのではないんだね……」
彼女は潤んだ瞳で天井を見つめながら、そんな事を呟いた。彼女の瞳の中では、光に包まれここへ召喚される前に見た遺影の中の彼が映っていた。
見間違いかもしれない。きっと、そうに決まってる。しかし、結衣には彼の遺影が笑ったように思えてならなかった。
それが己の弱さだと知りながら、彼女はあの光景を何度も頭の中で繰り返していた。
「ユ、ユイさん? 大丈夫ですか……? すいません、いきなりこんな話をしてしまって」
「いいえ、違います。マーレシアさんのせいではないです。……少し自分に嫌気が指しただけですから」
そう言って目尻を拭った結衣は、腰を折り曲げ元の体制へと戻った。少し赤くなった目を隠すように作り笑いすると、彼女は暗くなった雰囲気を変えようと、自ら話を切り出した。
「それで私達は帰れるんですか?」
恐らくは彼女と一緒に連れてこられた誰しもが、この国の人に問い掛ける事になる内容を、彼女もまた不安を隠そうとせずに問い掛けた。
そんな結衣に対して、マーレシアは罰が悪そうな顔で事実だけを伝える。
「こちらがお呼びしておいてなんですが……現状それは出来ません」
「そう、ですか……」
結衣は泣こうとも怒ろうともしなかった。それをしたところで、どうしようもなかったから。
彼女は静かに呟いて、俯いた。
そんな彼女の仕草に、マーレシアは罪悪感を刺激され、早口で捲し立てるように、現状の取り組みを話した。
「で、でも、今古文を読み解いて、送還方法を調べていますので、いずれは元の世界へ貴方達を帰す事が出来るはずです」
そんな風に気を回してばかりのマーレシアを見て、結衣はこれではいけないと、両手をグッと握り締めた。
「わかりました。それまでに私達は、魔王を倒せばいいんですね?」
「引き受けて頂けるのですか?あ、 ありがとうございます! ユイさん」
マーレシアは淑女然とした笑みをおっとりと浮かべると、一礼した。
召喚した勇者の説得を任されていた彼女にとって結衣の決断は喜ばしいものであった。
結衣の決断に対し、感謝と礼を尽くし、マーレシアは結衣を残して次の勇者の元へと向かった。
彼女に与えられた仕事は、中々に精神を削り取るものであった。帝国としても、最終手段。それを十二分に理解しているマーレシアは慎重に、慎重に、勇者達を説得して回った。
その中で結衣のようにすぐに勇者となる事を決めてくれた者は少数であった。大半は泣き崩れ、その度に彼女は心を痛めた。
だが、彼女は自らの役目を果たした。召喚された勇者全員に対して、勇者として魔王を打つ事を約束して貰った。
それは一重に、結衣の決断が彼らの後押しになっからだろうと、マーレシアは考えていた。
「失礼致します、皇帝陛下」
勇者達の説得を終えたマーレシアは、その足で皇帝の元へと向かった。仰々しい応接間ではなく、皇帝個人の私室を訪ねた彼女は、入室の許可を得てからゆっくりと扉を開けた。
扉の先では、短く切り揃えた髪を逆立たせた男が待っていた。
現皇帝、ゼブラト・ガーノルド。
恐らくは今この国で最強の男であり、前勇者の兄でもある人物だ。
「よく来てくれた。既に事は聞き及んでおる」
ゼブラトは、マーレシアを招き入れるとスッと自ら椅子を差し出した。マーレシアはそれを当たり前のよつに受け取り、短くお礼を言うと、冗談でも言うように問い掛ける。
「ありがとうございます、皇帝陛下。では、私が足を運ぶまでもなかったという事でしょうか?」
「いや、其方が長旅から帰って一度もこうしてゆっくりと話す機会がなかったのだ。今宵は、その旅路の話でもゆっくりと語り合おうではないか」
「あらあら、今や貴方様は皇帝なのですよ? いらぬ誤解は避けなくては」
いらぬ誤解とはつまり、男女の関係。この二人は旧知の仲で、憎からずお互いを想っている。だが、皇帝という立場と、第1級貴族という立場上、お互いの気持ちだけで話は進められない。
そんな不自由な立場に皇帝は、苦々しく顔を歪めた。
「俺は、あの日皇帝となった事を後悔しているよ」
「言葉遣いが戻っておりますよ」
マーレシアはゼブラトが自然な話し口で後悔を語ると、すかさず指摘した。しかし、その指摘に対し、ゼブラトは特に反応を見せる事なく、続ける。
「弟1人助けられない皇帝ならば、ならない方が良かった。弟に死ねと言わねばならない兄になるぐらいだったらな」
「……それは今言っても栓なき事です。だからこそ、今度こそは失敗するわけにはいかないのです。シルビア達の育成は上手くいかなかったのですから、アイリスが見つけてくれたこの方法が最後の手段なのです」
マーレシアはゼブラトの気持ちが痛い程にわかった。彼女もまたその事で辛い思いをした内の一人なのだから。
しかし、その思いが彼女の言葉を強くした。失敗は出来ない。
ゼブラトはその言葉に深く頷いた。
「……そうだな……それで、勇者達はどうだった?」
「皆さん、不安そうでありましたよ。知らない土地で、事前に何も知らされず連れて来てしまったのですから、それも仕方のない事ですが……」
表情を曇らせたマーレシア。そんな彼女の報告を聞き、ゼブラトは申し訳なさからか顔を顰めた。腕組みした手に力が入り、袖にシワが走った。
「ステータスの開示は行ったか?」
「ええ。飛び抜けた数値を持った方はいらっしゃいませんでしたが、全員知力だけは平均して高いですね」
「そうか。……やはり俺の目は間違っていなかったようだ。彼らはーー勇者ではない」
冷静に、また情を捨て皇帝として下した判断。幾人もの強者を見て来た彼にはわかった。自分達が召喚した者たちは、一般人であると。
それを裏付けるように、彼らは平凡なステータスしか持たないという。
彼は、切り替えてもう一度勇者候補を探さなければと、マーレシアに言おうとした。しかし、それよりも一瞬早く、マーレシアが口を開いた。
「ただし、全員が空間系のスキルをお持ちです。中には数人ユニークスキルを持つ者も」
「……ほぅ」
ゼブラトは片目を釣り上げ、マーレシアの言葉に興味を示した。そして、解読させた古文の最後に付け加えられていた言葉を思い出す。
『世界を越えし者には、それ相応の対価が支払われる』
恐らく言葉通りの意味ではないだろう。解読が間違っている可能性もある。
しかし、『世界を越えし者』を召喚された勇者達であるとするなれば、対価、またはそれに相当する何かが支払われたのてはなかろうか?
そして、それこそが空間系スキル。
彼の脳裏ではそのような考えが固まりかけていた。
「それは朗報だ」
彼もまた空間系スキルを持っていた。だが、使えるというレベルではない。
空間系スキルはこの世界において、最も習得が困難とされる系統のスキルだ。誰でも習得可能とされる通常スキルの『空間』でさえ、習得が不可能に近い。
そもそも、持っている者がほぼいない。だから、教授を願うのも困難だ。さらには、会得難易度が他とは比べ物にならない程にずば抜けている。
仮に『空間』を越えて、次のスキルに移行したとしても、難易度は更に上がると言われている。彼自身、その次のスキルまで進んだ者を見た事がなかったため、それ以降どのように成長していくかはわからない。
だが、一つだけ知っている事がある。
それは、過去、現在を問わず空間系スキルを得意とした者が偉人や英雄と呼ばれる例が非常に多いということ。
亡国の英雄、ハーブル。迷宮王、スロー。戦姫、レビトラ。竜鬼、ドラゴム。
誰もが、空間系スキルの使い手であったという。
つまり、彼らには確かに与えられているのかもしれない。
空間系スキルの才という対価が。
「この国に空間系スキルを得意とする者はいるか? 俺は聞いた事がない」
「私は一人だけ知っています。しかし、この国の人間ではありませんね」
ゼブラトはふむと一言小さく呟くと、思案顔になる。
「その者は今どこに?」
「わかりません。ただ、陛下も彼も知っている筈ですよ?」
「何?」
ゼブラトは過去へと目を向けた。しかし、いくら遡っても、そんな人物との出会いは思い出せないでいた。
「今年度の武闘大会優勝者ですよ」
「あぁ、ルーシィが勧誘に失敗したという彼か。確かに彼は並ではなかったが……」
ゼブラトは酷く肩透かしな気分に陥った。
彼がいれば勇者召喚はする必要がなかった。だが、彼は手に入らなかった。強情なまでに誘いを断ったという。
ルーシィ曰く『私の取って置きが通用しない強敵です!』との事。
「結局、勇者としても、指導者としても必要になったのは、彼だったという事か……」
自ら直接交渉に乗り出さなかった事が悔やまれる。
「そうですね。私もまさかあの時、彼が今の帝国に必要不可欠な人材であるとは思いもしませんでした」
「マーレシア、君も彼に会ったのか?」
マーレシアの口振りに、もしやと感じたゼブラトは彼女へと問い返した。
「ええ、命を助けて頂いた上に、クラーケン討伐時にもお力を。それと、ユーロリア大陸で猛威を振るっていた魔物の討伐にも」
「クラーケンはまだしも、あの魔物は先生か討伐したのではなかったのか?」
「いえ、レーナが言うには、たった一人で傷さえ負うことなく瞬殺してしまったそうです」
独り身のレーナを先生として仰ぐゼブラトは、唖然とした。聞いた話では、SS級に並ぶ相手だったと直接耳にした。それを個人で、圧倒するとは……
ゼブラトは、彼を逃した事を心の底から悔いていた。
「もはや、失態だな。彼を逃したのは……」
「ええ、そうですね。一応、ギルドを通してアプローチはかけておりましすが、恐らく無駄でしょう」
思っ苦しい空気の中、2人揃って深くため息を吐いた。今更言っては仕方ない事を言い合っても時間が過ぎていくだけだと、気持ちを切り替えた。
「では、先生に明日から勇者達を指導して貰えるよう頼めるか?」
「はい、任されました」
皇帝としての仕事を淡々とこなすように、彼は今後の予定を決めていく。
「追加で、シルビア、カノン、アルクにもその指導に加わるよう伝えてくれ。彼らとも親交を深める必要があるだろう。聞くが、例の物はうまく作用していたか?」
「ええ、問題なく会話出来ました」
マーレシアの答えに、そうかと短く呟くと皇帝は、窓の前に立ち、大河のように連なる星々の輝きに瞳を晒した。
そんな皇帝の動きに対し、マーレシアは労わるような視線を向けて、一礼した後無言で部屋を後にした。
ゼブラトはそんな彼女には目も向けず一際強く輝く星を目に映し、窓ガラスに白い靄をつけた。
「兄として、お前に出来るせめてもの手向けだ」
白い靄は自然と、そして、誰かの元に届けられるかのように、スーと消えていった。
〜〜〜〜〜〜
魔王を倒す。
今の私にとって、それはとてつもなく困難な道のりで、辛いものであると理解している。
剣を握った事もない。この世界で日常的に溢れる魔法に触れたのもつい先日のことだ。
だというのに、魔王を倒そうと言うのだ。
無茶であることは理解している。だが、その無茶な道こそ今の自分には必要な事なのではないか?
きっと魔王を倒した私は、今の私よりずっと強くなれているに違いない。
だから、私は剣を振る。
強くなるために。今よりもっと強い自分になるために。
一変した生活の中で、私の心にはあの時見た彼の笑顔があった。
もしかしたら、嶺自が私が強くなれるようここへ導いてくれたのかもしれない。そんな思いが、心の片隅にあったのだ。
「ユイユイ、お疲れ〜。今日も精が出るねぇ〜」
そう、軽い調子で声を掛けてきたのは、元勇者候補のカノン。背丈に合わない弓をいつも背に背負っている女の子だ。年は私と同じ17歳。元勇者候補の中では最年長である。
彼女の他にも元勇者候補は二人いて、重そうな斧を片手で振り回すアルク君と、大人顔負けの魔法を使うシルビアちゃんがいる。
「おはよう、カノンちゃん」
「おっはよー。みんな食堂に集まってるよ〜。ユイユイも早く行かないと、ご飯なくなっちゃうよ?」
「それで、わざわざ呼びに来てくれたのね。すぐに行くわ」
剣の稽古に夢中になり、時間を忘れていた私を彼女が呼びに来てくれたようだ。
私はタオルで汗を拭くと、剣を鞘にしまい、手に持って食堂に向かった。
食堂に着くと、もうすっかりみんな集まっていて、異世界の料理に舌鼓を打っていた。
最後に入った私は空いている席ーー春樹の隣へ座ると食事に取り掛かろうとした。
と、私が口に食事を含む前に、隣にいた春樹から声が掛けられた。
「結衣、お前今日も剣を振ってたのか?」
「ええ。魔王を倒さないといけないからね」
「ふーん」
まるで他人事のように、相槌を打つ春樹。彼も勇者の一人なのだから、とても他人事ではないはずなのだが、春樹は肘を机に立てて、マジマジと私を見ていた。
「何?」
「いや、少し前を向く気になったのかなぁって」
「……別に。魔王を倒さないと、この国の人達が帰してくれるかわからないからよ」
見透かされたような気がして、誤魔化すように食事を口へと運ぶ。すると、春樹はピッと人差し指を私の顔へ向けて、
「ほっぺに、タレが付いてるぞ」
「えっ、うそ」
と、言ってきた。
私は慌ててそれを拭おうと手の甲でほっぺを払うが、それらしい感触はない。どこに付いてるのかと、何度も手の甲で頬を撫でる私が、何処に付いているのか教えて貰おうと春樹に目を向けると、
「嘘」
そうニッコリ笑って春樹は嘘である事を白状した。
「春樹ぃ……?」
「おおっ、怖っ。その厳つさなら、魔王も尻尾巻いて逃げるな」
「茶化さないで。もうっ……」
私は大きく息を吐いて、プイッと春樹から顔を背け食事に戻った。そんな私をニヤニヤとした笑みで見ていた春樹は、急に真剣な表情になり話し出す。
「俺さ考えたんだけどさ……」
「急に何?」
おちゃらけた雰囲気が0の声に、私は思わず手を止めて、春樹の方を見た。
「やっぱ、昔みたいにはいかないよな」
「……そうね」
私は変わった。春樹も変わった。嶺自はもういない。
春樹がつい先日私に言った、昔みたいになんて、夢物語だ。もう決してあの時が戻る事はない。
そんな私の気持ちを見越してか、春樹は笑いながら言った。
「だからさ、新しく始めようぜ。俺とお前の関係を。せっかく異世界に来れたんだからさ。何かしないと勿体無い」
「……それが、異世界に来てすること?」
「別にいいだろ? わっけわかんないとこに連れて来られて、魔王倒せだ? 倒せるか、アホンダラ。なら、せめて帰れるまで何かしないと勿体無いしな」
「少しはやる気出しなさいよ」
私は素っ気ない返しを春樹にしながらも、春樹の言葉を嬉しく感じていた。
昔に戻れないなら、新しく始めればいい。
ほんの少しだけ、抱えていたものが軽くなった気がした。
「いいわよ。私も前に進まなきゃだし、春樹がそれを手伝ってくれるって言うんでしょ?」
「ああ、任せとけ」
と、春樹はドンと大袈裟なまでに胸を叩いた。そして、それから態度を一変させ、ゴマすりでもするように私へと近寄る。
「でさ、でさ、代わりと言ってはなんだけど、明日から俺が獣人のお姉さん方とお近づきになる手伝いをしてくれないか?」
「はぁ? バッカじゃないの? どうして私がそんな下らない事に手を貸さないといけないの。勝手にしなさい」
「ちぇっ、つれないねぇ」
そう軽く舌打ちをしながらも、春樹は嬉しそうであった。たぶん私も。
〜〜〜〜
朝食後、勇者としてまだまだ未熟な私達は、レーナという女性騎士に指導を受けている。
今日も、それが変わることはなく、剣の振り方から、この世界に来て初めて触れた魔力の使い方まで、実に様々な事を教わっている。
私達は誰もが初心者だった。小さい頃、空手を習っていたという子もいたが、そのレベルでは正直お話にならない。
安全面を考慮したスポーツとしての格闘技では、命をとるために磨かれた技術には敵わないのだ。
レーナ先生の指導は厳しい。
だが、日を重ねるごとに、自分が強くなっている実感がある。それが、やり甲斐に変わり、日々の稽古に打ち込める原動力となっている。
「しっ!しっ!しっ!」
息を細く短く吐き、同時に剣を縦や横に振る。
「おやおや、結衣さんや、精が入り……うおっ⁉︎」
「邪魔しないで」
剣をプラプラと回転させながら、邪魔しに来た春樹に向けて、剣を横薙ぎに払った。すると、春樹は驚きながらも、二本指でそれをいとも簡単に止めた。
「あ、危ないだろ? お前の親は凶器を扱うときは気をつけましょうって教わらなかったのかよ」
「凶器の使い方を教える親はいない。それに、春樹ならこれぐらいわけないでしょ?」
憎たらしいことに、この男は私達の中ではずば抜けて強かった。普段は獣人の女性をナンパして、稽古の時はやる気皆無で、いつも適当なのに、だ。
本当に腹が立つ。
「まっ、これぐらいわけないけどさ。幼馴染に斬られそうになった俺の悲しみを察してくれよ」
「知らないわ。だって、腹が立つんだもの。どうやったら、そんなにポンポン何でも出来るようになるの?」
正直、何か種があるのなら教えて欲しかった。私も早く強くなりたかった。
だから、真剣に私は聞いたのだが、春樹は片手を顔に当て、顔を隠すようにして何かポーズを決めながら、馬鹿な事を言い出した。
「ふっ、時代という風が俺に流れ込んでいるのさ。惚れるなら、今だぜ? 今、俺は過去最高潮に脂が乗ってるからな。食べ頃だぜ?」
「バッカじゃないの?」
素でそう返した私に、春樹は笑いながら、体を戻すと……
「まぁ、気楽にやるのが一番ってことだ」
と、ポンと私の肩を叩き何処かへ行ってしまった。
「気楽に、か……」
アドバイスとしては、漠然的で分かりにくかったけれど、もっと肩の力を抜いて剣を振るって事かもしれないと、深呼吸してリラックスしてから私は稽古に戻った。
そんな私を見て、春樹がため息を吐いてるのには、気が付かなかった。
リラックスして剣を振りながら、私は思い出していた。この世界に来た日のことを。
この異世界へと召喚されてすぐは、私達も混乱していて、冷静に事を構える事が出来なかった。当初、言葉が通じず、それが余計に不安を駆り立てたが、春樹の一言で私達は冷静さを取り戻した。
「た、大変だ、みんなっ!」
と、驚愕して震えていた春樹。不安の中にいた私達は誰もが、その言葉に耳を傾けた。
「ケモノ耳だっ! ケモノ耳のお姉さんがいる!」
ガクッと、誰かが膝から転けた。私もそうなる気持ちはわからなくはなかった。
「うおおっ! 神様! 仏様! キリスト様! ケモノ耳のお姉さんといちゃいちゃしたい願望を叶えてくれたんですね! あざーす! 俺、全員の信者になります!」
いきなり叫び出し、大声で頭を下げる春樹に、この世界の人達は呆然としていた。私達もまた呆然としていたが、私を含め女性陣はドン引きしている部分が少なからずあった。
因みにだが、私達の担任はこの時既に夢の中であった。
「やぁ、美しいお姉さん。こんなむさ苦しい男達より、俺と一緒にお茶でもしませんか?」
と、言葉が通じないのにも関わらず、春樹はフサフサの耳を頭に付けた女性に話しかけた。話しかけられた女性は、酷く困った顔をしていて、苦笑いしながら春樹に小さな輪っかを手渡した。
「うん? 何これ? 腕輪?」
そうマジマジと手渡されたものと、女性のジェスチャーを得て、春樹は疑いもせずにそれを腕に付けた。そして、女性が小さく春樹に何かを呟いた。
すると……
「うおっ⁉︎」
と、春樹は突然叫びをあげた。
「春樹っ……! 大丈夫⁉︎ すぐにそれを……」
「き、聞いてくれ、結衣!」
慌てて私が近寄り、その腕に付いたものを外そうとしたら、春樹はそれに抵抗し、私の肩を両手でグッと掴む。
「ケモノ耳のお姉さんに心配された!」
「……だから?」
真顔で(頭の)心配されたという春樹。何故そんな真剣な顔をしているのかわからず、私も心配になる。頭の中が。
「あっ、お前信じてねぇな? じゃあ、これ付けてみろよ。言葉がわかるから」
「えっ、うそ……そんなわけ……」
私は春樹の言葉を疑いながら、簡単に取り外して渡してきた腕輪を腕に巻いた。
「言葉がわかりますか?」
「ええっ⁉︎ ほ、本当にわかる……」
「だろ? だろ? これで言葉の壁は越えられた! やるぜ、俺は! ケモノ耳のお姉さんといちゃいちゃするぜ!」
何故、春樹はこれほどテンションが高いのだろう。今、私達の身に何が起きたかも、ここが何処かもわからず、どう見ても時代背景が違う場所にいて、どうしてこんなにいつも通りなのだろう。
これが、強さなのだろうか?
後から聞いた話だが、これは古代の遺跡から出土したものを真似た模造品らしい。何でも、装着した者の魔力を吸い取り、言葉の壁を越える事が出来るらしい。だが、その原理も仕組みもわかってはいないらしく、ただ真似る事しか出来ないらしい。
仮にこれを翻訳腕輪とすると、この翻訳腕輪は装着者聞く言葉も、話す言葉も、どちらも翻訳される事になるらしい。実際は、翻訳されているわけではなく、腕輪が聞いた言葉を、意思を乗せた魔力に変換して伝えるというものらしいが、魔力というファンタジーなものに触れて久しい私には理解不能だ。
わかるのは、耳に入る言葉の意味がわかるという事だけだ。そして、最も重要なのはそこで、この腕輪は人間でない生き物との意思疎通も可能にするらしい。ただ、向こうの意思が破綻していたり、あるいは意味のない言葉などは変換出来ないそうだ。たとえば、この世界にはいるらしい魔物との意思疎通は不可能だし、悲鳴は悲鳴のままだということだ。
とにかく、私達はその翻訳腕輪のお陰で、言葉の壁に悩まされる事なく、この世界で生きる事が出来ているわけだが、初めの一週間は冷静になって落ち着く時間が必要だと、一人一人に与えられた個室で、何も説明がないまま過ごした。
もちろんそんな帝国側に対して、抗議した人もいた。先生だ。先生は、みんなを日本に返して欲しいとこの国で一番偉い皇帝に直訴したそうだが、返答は不可能という一言だけだったそうだ。その時はまだ具体的には、説明されなかった。
そうして、一週間が過ぎた日。初めて私達がこの世界に来た時に会ったお姫様の格好をした女性が部屋にやって来た。
彼女は名をマーレシアといい、勇者である私達の面倒を任されたと言っていた。彼女は一人一人に、私達を読んだ理由とこの世界の事一から丁寧に説明し、魔王を倒して欲しいと願った。
そして、今のところ帰還が難しいという事も……
誰もがそれを聞き、納得はしなくとも勇者となる事を決めた。中には、嬉々として勇者となった人もいるようだけど、先生は全員無事に日本へ帰してみせますと使命感に追われているようだった。
私はどちらかと言えば、嬉々として勇者になった方か。
そんな一幕があって、今に至るわけだ。
やる気のない春樹を除き、全員が生きるために必死に稽古を続けた。稽古には、レーナ先生の他にも、元勇者候補のカノンちゃん、シルビアちゃん、それからアルクくんが加わり、それぞれの得意分野、剣、弓、魔法、斧の教えを説いた。
しかし、残念ながら、私にはどれも普通で、これといって得意なものはなかった。それが、私が弱いからなのか、単に才能がないからなのかはわからなかったが、私は剣を集中的に鍛える事にした。
それは、レーナ先生から、あらゆる場面で剣は平凡で、それでいて堅実だと言われたからだ。
力で押すなら、斧やハンマー、両手剣がある。遠くから狙うなら、槍や棒がある。もっと言えば、弓も魔法もある。少し変則性を持たせたいのなら、鎌や曲剣がある。
剣は最も使い手が多く、それでいて特化した特徴は少ない。だが、あらゆる場面に使えると、レーナ先生は言っていた。
平凡な才しか持たない私には一番合っている武器かもしれない。そう思った。
魔法にしなかったのは、魔力の扱いにまだ慣れていないからだ。異世界でしか出来ないであろう魔法に憧れる部分もある。だけど、それに時間を割くぐらいなら、堅実に剣を振った方がいいと考えた。
だが一方で、最も人気があるのはシルビアちゃんが教える魔法だ。みんな何だかんだ言いながら、異世界を楽しんでいる。
そう思った時、春樹が言った言葉の本当の意味が少しだけわかった気がした。
あれは、この世界を楽しめという意味だったのもしれない。勉強でも楽しいと思えば早く身に着くと聞いた事がある。
春樹の言いたいことはそれだったのもしれない。
そう、まだ堅苦しさが取れない考えをしていた。
一方、そんな事を私に言った春樹だが、彼はやる気こそないのに、実力だけは幾何関数的に伸びていた。誰もその背中に追いつけないほどに、飛び抜けて強かった。
まるで、そうーー初めから出来たかのように。
剣を振る。
この世界では日常的に見掛ける光景も、日本では剣道場に通っていたものが、竹刀を振る姿を見る程度が関の山だろう。
しかし、春樹の場合、何故か初めから様になっていた。練習でもしていたかの如く、自然に構え、剣を振っていた。
レーナ先生も初めてにしては出来過ぎだと褒めていたほどだ。
魔法に関してもそうだ。
私など未だ初級魔法を一日一回成功させるのが関の山だというのに、春樹はもう中級魔法に手を出し始めてている。魔力の扱いも、私達は魔力を感じるところから始めなければならなかったのに、春樹は初めから魔力を操る事が出来た。
おそらく、真に勇者としてこの世界に呼ばれたのは、春樹だ。
その才能がそれを如実に示している。私達は、彼の付属品。ただ巻き込まれただけかもしれない。
それでも、私は強くなれるなら、それでよかった。今の弱い私を捨てられるならそれで……
しかし、誰もが私と同じ考えというわけではなかった。
約2カ月の間、稽古に次ぐ稽古。特訓に次ぐ特訓をこなし、私達は日本で生活していた頃とは比べ物にならない程に逞しくなった。
全員100メートル走世界記録を超えるスピードで走れ、何十キロという距離を走る事が出来る体力を手に入れ、ジャンプすれば軽く数メートルは飛び上がる事が出来るようになった。
魔法の方も、初級程度なら失敗する事も殆どなくなり、中級魔法に移行する者もちらほら出始めた。
しかし、一方で調子に乗り出す者も出始めた。特に男子は殆どが、もう魔王倒せるんじゃないかと楽観的になり始め、試しに魔物と戦ってみたいと言い出した。
そんな男性陣につられ、私達女性陣も、魔物と戦うくらいならと後押しし始めた。
しかし、レーナ先生はとても厳しかった。
私達はまだまだにしても、春樹の実力でもC級の魔物といい勝負だと言うのだ。私達に至ってはD級だ。
だが、この世界に生きる人がそう評価するのならば、まだ私達は弱いのだろうと、私は冷静に考えた。
しかし、一方で男子達は不当な評価だと怒りを露わにした。
そんな私達に、レーナ先生は『実際に戦ってみるか?』と話を持ち掛けた。それを春樹以外の男子達は即答で了承し、他のクラスメイトも先生も流されるように了承した。
春樹だけは、うんとすんとも言わなかった。ただ、ふーんと成り行きを見守っていただけだった。
正直に言えば、私は魔物と戦うのは怖かった。獣でさえ、人間は刃物を持って戦っても死ぬ事があるのだ。それが、魔物という未知の種類であれば尚更のこと。
しかし、いずれはゲームの中だとラスボスに当たる魔王と戦うのだ。その前に出てくる普通の敵に怯えていてどうするのだと、自分を奮い立たせた。
そして、次の日。
私達は魔物が出るという街の外へと初めて出た。街の外は緑で溢れていた。美しい花や、綺麗な蝶が舞う光景が広がり、何処までも続く草原が、ここが異世界なのだと再認識させてくる。
ただ、街の近くには余り魔物は出ないらしく、近くの山の中まで遠出することになった。
山に入ると、そこは何とも言えぬ不気味な雰囲気が漂っていた。日本の穏やかな山とは違う、危険に満ちた山中。思わず腰に差した剣に手が伸びてしまう。
恐る恐る山の中に足を踏み入れ、中腹まで進んだところで、私達は初めて魔物と出会った。
数は6と少なかったが、ギラつく牙と、血が付いた刃が恐怖を駆り立てる。
「これは、ゴブリンという魔物で、とても弱い魔物です。落ち着いて戦えば、勝てるはずですよ」
レーナさんは、優しい声で私達の背中を後押しし、それを受けて戦闘を歩いていた男子がゴブリンに向けて走り出す。それに続いて、私たちも走り出し、6体30という5倍に近い人数でゴブリンを倒した。
そして、私達は初めて魔物を斬るという体験をした。忌避感はあった。だが、泣き言を言えるほど私達の置かれた状況は良くない。
私達は戦うしかないのだ。魔王を倒すまで。
救いだったのは、その死体が消え去った事か。グロテスクな光景を見続けなくて良いのは、精神衛生的にとても助かった。
「お見事です。では、もう少し経験を積みましょうか」
レーナ先生に連れられ、私達はさらに奥へと進んだ。奥に進むほど魔物は数を増し、個体の強さも上がっていた。
そして、私達は知ることになった。私達が目指す場所がどれ程遠いかを。
その時、私達の前に出てきたオーガというA級の魔物であった。
木よりも大きい体に丸太より太い腕と足。凶悪な牙と角が怪しく光り、巨大な影が私達を圧倒した。
それまでに得た自信も、いつか魔王を倒して地球に帰るという希望も全部砕かれる思いだった。
これが、本当の魔物なのだと。そして、そのずっと先にいる相手が魔王なのだと。
誰もが、恐怖から背を向けそうになった。私も背を向けて、今すぐこの場から逃げたいと思った。
だけど、それは弱さだ。強くなるためには、ここで一歩踏み出さなければ……
「どけ、結衣。俺がやる」
と、そこまで一度も戦おうとしなかった春樹が、私を置いて下がったみんなの代わりに、前に出てきた。その顔は、これまでになく真剣で、いつもの不真面目な雰囲気など微塵もなかった。
そして、春樹は一人でオーガへと立ち向かった。その動きはとても速く、目で追うのも大変なほどであった。しかし、春樹の攻撃は、オーガにまったくと言っていいほどに通用しなかった。
私達の中で飛び抜けて強い春樹が、浅い切り傷しか負わせられなかった。その事実が、とても重くのしかかった。
本当に私達は帰れるのだろうか、と。
魔物は最終的にレーナ先生が一瞬で倒した。それもまた、私達の気持ちを重くする。
それから定期的に魔物との戦闘をする事になった。始めは凄く弱い魔物からだ。特に怪我を負うこともなく、魔物との戦闘経験を重ねていった。
そんな風に魔物との戦闘経験を重ねたある日、私達は進化の儀式を行った。なんでも、器を強くするらしい。
私達の頭では理解が及ばない話だが、ここは異世界。深くは考えない事にした。
ただ、一つ気になったのは、その儀式よりもかなり前に受けた誕生の儀式で授かったステータスプレートに表示されている【種族:人間】という部分。よく見たら、その横に幼児と書かれてあった部分が少年に変化していた事か。
何故幼児と書かれていたのかは謎だが、少年というのもよくわからない。私はかれこれ17年女として生きてきたつもりなのだが……
だが、まだ私達はいいのかもしれない。
先生など、26歳で幼児やら少年と表示されるプレートに、
『なんですか? ええ、なんなんですか、この呪いのプレートは。なんでしょうね? 私の胸がない事を男みたいだと馬鹿にしてるんですか? 大人になったのに未だ高校生に間違えられて飲み屋さんにも入れない童顔な私への当てつけなんですか? ねぇ、そこんとこどうなんですか?』
と釘を突き立てていた。それはもう恨ましげに。まるでプレートが全ての元凶であるかの如く、呪い人形の様に釘を突き立てるように。
私達はドン引きしていた。
気にしてんだ……
誰も言葉を発しなかったが、それはクラスメイト全員の共通認識となった。
そんなある意味事件があった後も一度進化したのだが、その時も……
『おいコラ、青年ってどういう事だ? 私は女なんですよ。これでもまな板に水を張ったぐらいの膨らみはあるんですよ。おい、そこんとこちゃんと口にして答えろや!』
とまたドン引き事件が起こり、一先ず種族のカッコ内の話は厳禁となった。それはもう、自然に、リンゴが地面に落ちるが如く当たり前に、決まった事であった。
世界には触れてはいけない事が往々にして存在するのだと、私達は先生から教わった。
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
週二回更新が厳しくなってきたため、来週からはまた週一に戻します。おそらく、3月頃までバタバタしそうなので、それまでは更新は週一回とさせていただきます。