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117.罪には罰を

 薄暗い陰りの中、どんよりとした天気に苛まれ、まるで人の涙を隠すように雨が降りしきる。その雨に打たれ、解放の喜びなど何のその、一変して不安と後悔に苛まれる奴隷であった者達。誰もが友人、家族を国の理不尽に奪われ、涙した。

 だが、時既に遅し。解放されて残ったのは、圧政を受け惨めに生き残った己だけ。


 雨は彼らの心を写すように降りしきる。


 今日、何百年と続いた一つの国が、歴史の中へと消えた。その国は圧政から逃げ出した者達が手を取り合って作った小さな町が始まりだったという。悲しきかな、何百年という歴史の中で、建国者達が忌避した圧政を強いた最後となった。


 近年では奴隷国という蔑称を冠していたその国を滅ぼしたのは、盗賊の一味。彼らの殆どは、その国に対して憤りは感じていても、恨みなど持ち合わせてはいなかった。それでも彼らが戦ったのは、自分達の居場所を手に入れる為であった。


「奴隷は物である」


 重っ苦しい空気の中、ルクセリアが口を開いた。その彼が見下ろすのは、彼を慕う盗賊団の仲間と、憔悴仕切った人々。どこを見ても、明るい顔付きの者はいなかった。


「長らく我々はこの憎き慣習に囚われてきた」


 圧政からは解放された。だが、国は滅んだ。誰もが不安を胸に抱き、この場に集っていた。

 そんな彼らに、この場の誰よりも足掻き続けた彼は己が意思を言葉に変え、伝える。


「馬鹿馬鹿しい。私達は皆同じ命と心を持っている。人たる条件はそれだけだ。にも関わらずこの国は心を失った者ばかりだった」


 誰も奴隷を助けようとはしなかった。一人の幼い少女が笑顔を忘れる程に、その扱いは酷いものであった。何一つ救いなどなかった。


「だが、ようやく私達は人になり得た。私達はようやく人足り得る心を持ったのだ。ならば、人として国を作ろう。誰もが平等で、かつ自由な国を」


 そして、笑顔溢れるそんな国を、と彼は続けた。


 ーー遠い日の約束。


 死ぬ間際に見せた彼女の笑顔に、私は応える事が出来たのだろうか?


 ルクセリアは止む事のない雨にその瞳を濡らした。



 〜〜〜〜〜〜



 終わりよければ全て良しという言葉がある。しかし、その終わりがこうも虚しいものだと、全て良しだったとは言い切れないのかもしれない。


 ルクセリアの辿った道は、一つの道であった。だが、そこには幾つもの分岐点が存在したはず。

 その分岐をここまで繋いで、彼は歩いて来た。結果から全てを語るのなら、それは間違った道を選んで来たのかもしれない。


 しかし、一つ確かなのはこの国に笑顔が戻った事だろう。

 それを結果とするのなら、彼は正しい道を歩いたという事になる。


 所詮は言葉遊び。されど、この一件で俺は様々な事を学んだ。その中で一番価値のある物は、これかもしれない。


 人は間違える生き物だ。されど、その間違いの中にも価値があるという事。

 全てを正しく進むなんて出来ない。間違いの中にも価値を見出せるか、それがきっと重要な事なんだ。


 だがしかし、どうしよもうない間違いだってきっとある。

 例えば、建国の際に必要な資金もろとも、瓦礫の山にしてしまったとか……

 何に価値を見出したらいいのかわからない。何もかも無価値な瓦礫の山だ。


 いや、魔王を倒すのには必要なものだったんだよ?

 だけど残念ながら、新しく国を作ろうとする人達には関係ないんだよね……


 そんなわけでーー


 俺は必死に働いてます。


「にいちゃん、次はこっちを頼むぜ」


 現在、ここでは建設ラッシュの真っ最中。王城は……一先ず置いといて、戦う前から廃墟のような状態だった建物を真新しい物へと建て替えているところだ。


 しかし、いわゆる大工という職種の人間が、圧倒的に不足しているこの国で、不出来ながらも建物を作れる者は限られていた。そこで、ルクセリアから魔法で作れないかと相談され、心当たりというか、実際シエル村の建物総入れ替えをした俺が全面的に請け負う事にしたのだ。


 何せ誰かさんが宝物庫ごと城を崩壊させてしまったせいでこの国は資金不足だ。まぁ、それ以前に疲弊したこの国では、金というものが圧倒的に不足している。

 よくもまぁ、国が成り立っていたなと呆れ半分、感心半分である。


 これで国を立て直そうとするのだから、ルクセリアの苦労がしのばれる。

 国を作ろうにも、その元となる街を他国の大工に頼んで立て直す金もないのだ。その金があるのなら、今は飢えた人々に回す方が先だ。

 つまり、現状この疲弊仕切った国民と、盗賊団だけの力で立て直さねばならなかった。


 まぁ、だから安値で、というかほぼボランティアで働く俺のような存在は、ある意味いい労働力だろう。高々魔法を使うだけだから、大して疲れるわけでもないし、何より放置するのは気分が悪い。

 少なくとも俺はルクセリアに他人以上の何かを感じているのだから。その分は、タダ働きでも構わないさ。


 魔力を使いきり、1日の仕事が終わると、俺はルクセリアの所へと足を運ぶ。それは仕事の報告と、少し心配事があったからだ。


「旦那、今日も済まないな」

「気にすんな。それより、そろそろお前も休んだ方がいいんじゃないか?」

「いや……」


 俺が心配して声を掛けると、ルクセリアは少し顔を曇らせた。もう見慣れたもので、俺が気を使うと、いつもルクセリアはこんな顔をする。それが少し心配であった。

 どこか自分を追い詰めているように感じたからだ。


「……旦那、爵位持ち以下数百名には追放という形を取ろうと思う。もはやこの国で彼らが生きていくのは不可能であろう」

「うん、まぁ妥当だと思うけど……ルクセリアの奥さんみたいな人には気の毒な話だな」


 この国は腐ってた。だが、ルクセリアの奥さんのように、分け隔てなく人々を避難させようと尽力した者も少ないがいるのだ。

 それを全てというには、些か酷な話だと感じた。しかし、この国の国民が彼らに恨みを持っているのも事実。『蛇の毒』が匿っていなければ、彼らがどのような仕打ちを受けるかは想像に難くない。


「それと……」


 それからルクセリアとこの国の方針について少しだけ話をした。一冒険者である俺に相談する事ではないかもしれないが、信用されているのだと受け取り、慣れない方向に俺も頭を働かして、色々と意見を言った。


 だが、一方でその信用が少し怖くもあった。その信用にかこつけて、何かルクセリアの頭の中で、恐ろしい事を考えているように思えて……



 ーーそれから約半月の月日が流れた。



 街は一か月前とは大きく様変わりした。西洋式の建物が立ち並び、ライクベルクの王都と比べても遜色はないと思える程だ。

 まだ活気溢れる街とは呼べないが、少しずつ人々に明るさが戻って来ている。いずれこの街も活気溢れる豊かな街となる事だろう。そうあって欲しいと、素直に思う。


 しかし、まだまだこの国は不安定。未だしっかりとした法も何も決まってはいないのだ。

 現在、この国は『蛇の毒』が回している。国民に仕事を与え、報酬として食物と生活に必要な物資を与える。

 それだけで国が回っている。


 しかし、いずれ破綻する事は目に見えている。早々に一度壊れてしまった社会の枠組みを組み直さなければならない。だが、これがなかなか難しい。

 普通は自然と出来上がるそれを人の手で一から作るのは困難を極めるのだ。


 俺もルクセリアの相談に乗ったり、アイデアを出したりと色々手を尽くしたが、ようやく国の基盤の基盤が出来上がった。その程度だ。

 そんな折、俺は耳を疑う噂を耳にしてルクセリアの所へと向かった。


「……潮時か」


 扉越しにそんな声が聞こえた。俺は、それに問いかけながら、扉を開け放つ。


「何の潮時だ?」

「旦那か……いや、なに……そろそろ仕上げを、と考えていたのだ」

「仕上げ?」


 心がざわついた。噂に聞きた話が頭を過る。


「そう、仕上げだ。この国は良くなった。身分差は消え、人々に笑顔が戻った。もはや、私は必要ない。後はこの国の人々が自らの足で進んでいける」

「あの噂は……本気だって事か?」

「…………責任だ。盗賊はどこまでいっても盗賊。国を作るなど馬鹿馬鹿しい。だが、彼らは普通の暮らしを望んでいるのだ。ならば……彼らの罪は全て頭領であった私が背負う」


 ルクセリアは疲れたような表情で、天井を仰いだ。彼の瞳に灯っていた火はーーもう消えていた。


「明日、私の死刑を執り行う。酷な事を頼むが、私の亡き後、暫くでいい。この国の行く末を見守ってくれ」


 そう言ったルクセリアの顔は満足感溢れるものだった。やりきった、そんな表情をしていた。


 俺は満足気な表情を浮かべ、勝手な事を抜かすルクセリアにふつふつと湧き上がる怒りを覚えた。


「ふざけた事ぬかしてんじゃねぇぞ!ルクセリア!」


 堪え兼ね、激昂を飛ばす。だが、それでもルクセリアは表情を変えない。ただ何処か優しげな表情で俺を見詰めるだけだった。


 ふざけやがって……!


「死んで全ての罪を背負う? ただの自己満だろうが! 誰がお前に罪を償って死ねって言った⁉︎ 誰も言ってねぇだろッ!」


 俺はルクセリアの胸ぐらを掴み上げ、椅子から引きずり起こした。されるがままのルクセリアの、俺が怒るのはわかっていたと言いたげな表情。何もかも悟ったようなその表情が、吐き気がするほど気に入らなかった。


「お前の奥さんや子供はどうするんだ? 知ってるか? いや、知ってるよな。お前がここに篭ってる間、彼女達がずっと会いに来てたこと。それなのに、一度でもお前は顔を見せたのかッ⁉︎ 一度でも話したのか!」

「………………」


 ルクセリアは目を背け、口を閉ざした。瞳が薄っすらと揺れ、陰りをみせる。

 俺はそんなルクセリアの表情を見て手を離した。


「教えてやるよ、お前は逃げたいだけだ。自分の背負ったものから目を逸らして、逃げようとしてるだけだ。ちゃんと見ろよ。お前が背負わなきゃいけないのは本当に罪だけか? 違うだろ。もっとお前自身が背負いたいと思えるものを背負えよ。それが、まだ生きている俺たちに出来る責任の取り方なんじゃないのか?」


 ルクセリアがどんな罪を重ねてきたのか俺は知らない。けど、重ねてきたものは罪だけではないはずだ。

 足掻き苦しんだ中で、得たものはきっとある。そして、その先で得られたものも。

 それを全部捨てて、罪だけを背負おうとするのなら、それはただの身勝手な自己逃避でしかない。


 ルクセリアに恩義を感じている奴がいる。信頼を預け、共にあろうとする者がいる。一緒に生きようと歩み寄ろうとする者がいる。

 その思いを全て切り捨てようとするのは、俺は許さない。


「無理に生きろとは言わない。だけど、少しでも心残りがあるのなら生きて足掻け。誰かがお前に生きて欲しいと願っているのなら、簡単に命を捨てるんじゃねぇ。何も死だけが責任の取り方じゃない」

「………………」


 ルクセリアは何も言葉を発しない。ただ俯いたその顔の下で、葛藤しているのはわかった。


 ……けど、これ以上は俺の仕事じゃない。


 俺は部屋の扉を開けて、そこで心配そうな表情を浮かべ待っていた女性に預け渡した。


「行ってあげてください。あの馬鹿を引き戻せるのは貴方だけですよ」

「はい!」


 何処か華やかな笑顔を見せたキャロット。俺はルクセリアに走り寄る彼女を見てから、ゆっくりとその場を後にした。

 邪魔者は、消えるとしよう。



 〜〜〜〜〜〜



 今日で、今年も最後。

 今年は盛り沢山の一年だった。ディクと戦って、世界樹に行って、今は遥か遠い地で一人で夜空を見上げている。


「魔王か……」


 俺は月を見上げながら、思考に耽っていた。思考の中身は、呟き通り魔王の事だ。


 あいつの言葉を信じるなら、あのクラスが残り5人。それが6天魔王だったら少しは気が楽なんだが……恐らくあいつの言い方からして、他に魔王と呼ばれるのが5人いるんだろうな……


「どうしたもんかなぁ……誰か勇者召喚でもしてパパッとやっつけてくれないもんかな……」


 そんな現実逃避をしてしまう程に、俺は状況を深刻に捉えていた。


 と言うのも、以前戦った時魔王は親父に倒されたわけだ。そして、そいつは生きていた。恐らく何らかのスキルの力だろうが、今も生きている。

 では何故、俺と親父を消しに来なかったかと疑問が浮かぶ。


 その本当の答えは直接聞くしかないだろうが、俺は手を出せなかったのではないかと考えている。


 魔王は親父に負けた。おそらく本気になっていない親父に。

 魔王は俺を知らない。俺が普段実家から離れた王都に住んでいたことも。


 ならば、俺は親父に守られていたと言えるのではないのか。

 危険視していても、親父という壁が魔王の魔の手を阻んでいたのだとしたら、今の俺の状況は大変危険な状態にある。


 しかし、犠牲を払ってでもと、殺しに来なかった理由はなんだ?

 俺が魔王なら、ある程度の犠牲を払ってでもと、考える。何故なら、あいつはそう俺を評価していたからだ。

 危険と。


 だが……何かが、まだ足りない。違和感が残る。


 そして、その違和感を解消する答えを、俺はもう持っている。この手の中に。


「…………」


 俺はペラペラと真新しい紙をめくり、遺跡で見つけた日記の写しに目を落とす。

 そして、その中にある邪神が討たれた後の出来事に目を通す。


 そこには、邪神が死んだから魔物が弱体化したとあった。それはつまり、邪神の加護が弱まったととって良いのではないか?

 以前に魔王がやった邪神化。あれは明らかに魔物の加護を取り込んでいた。つまり、魔人もまた加護の量によって強さが変わると言う事だ。


 今の魔王は弱体化している。恐らく、邪神がいた頃は今の数倍は強かったのだろう。

 だとしたら、犠牲を払い、不確定な要素に身を投じるよりも先に、自らの力を取り戻すことを優先したとしてもおかしくない。


 だが、今の俺に親父の守護はない。俺が魔王なら、この好機は逃さない。

 もっと言えば、今回の事で俺に対する危険度が増してしまった可能性もある。だって、曲がりなりにも魔王を倒してしまったのだから。


「先行きが暗過ぎる……」


 正直、今回勝てたのは奇跡だ。前回と比べて俺も多少は強くなってはいるはずだが、魔王はもっと強かった。

 俺が勝てたのは、魔王が手を抜いて遊んでいたというのと、邪神化していなかったという理由が、全てだ。

 これを奇跡と言わず何と言う?

 しかし、そうそう何度も奇跡は起こってはくれまい。


 どうにか魔王から逃げ切る方法はないものか?


 俺は月に問い掛け、あれこれ考えを巡らしていた。


 勇者……召喚されてくれねぇかな……割とマジで。



異夢世界を読んでいただきありがとうございます。


次は、番外編になります。その後、次章『帝国勇者編』の方に入っていきたいと思います。


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