112.背負った罪は……
「クククッ……それでいい。実に面白い」
不気味に笑うセシルの声が、時が止まったかのように凍り付いたその場を包み込む。セシルの醸し出す独特な雰囲気に当てられたのか、それとも俺を恐れたのか、首輪を首に巻いた人々は動こうとはしなかった。
「面白いか面白くないかはさておきーー力を貸してくれるんだろ?」
「もちろんだ。私の意思はクライアント、いや主の御心のままに」
「サラッと格上げするな」
何がセシルの琴線に触れたのかは理解不能だが、どうやら手を結んだ相手から、主へと格上げされたらしい。
余りにもサラッと流そうとしたので、思わず突っ込んだが、関係的には何も変化はないので特に思う事はなかった。呼び名など、人それぞれだ。慣れて仕舞えばどうという事はない。
「それで主は如何ようにするつもりか?」
「この国で一番偉い奴をぶっ飛ばす」
「クククッ、実に分かりやすく、簡単な方法だ。それでは、私は主の望む情報を提供しよう」
今の状況はセシルにとって面白くて仕方がない状況らしい。いつもより上気な笑い声を発している。
「この国で最も権力を持ってるとされるのは、ガーダック・アルクルド。ルクセリア氏の父に当たる人物だ」
「ルクセリアの父親が……?」
俺は思わず怒りも忘れ、呆然と呟いた。そんな俺に対して、とうとう堪え切れなくなったのか、セシルは高らかに笑う。
「因果なものであろう? クククッ、クッハハハッーー!」
大口を開けて高笑いするセシル。
この場で最もイかれてるのは彼かもしれない。自身の欲を満たすものが、国崩しとは中々にその業は深いようだ。
「さぁ、始めようではないか! 役者は揃った! この目に国崩しを見せてくれ、主よ!」
その時だった。街が慌ただしくなったのは。
それはまるでセシルの高ぶりに合わせるように、戦乱の宴が産声を上げた。
ーー数日前
奪い取った砦内でルクセリアと『蛇の毒』中でも彼が特に信頼を寄せている盗賊達が作戦会議を開いていた。
「頭領、王都まで残りあと少しでさ。一気に攻め込んで終わらせやしょう」
「……まだだ。まだ早い」
その中の一人がルクセリアを催促するように意見するが、ルクセリアは腕を組み考え込み、首を振る。
そんなルクセリアに盗賊達は忸怩なる思いがあったが、彼への信頼は絶大。その功績も、彼の思いもその場に集う者たちは周知していた。だからこそ、何も言わずただリーダーの考えが纏まるのをを待った。
ルクセリアが頭を悩ませているのは、レイの事であった。
彼にとって、レイはやっと手に入れたゴング王国に対する切り札。彼はレイを手放してなるものかといささか強引な手段に打って出た。
レイの目的は子供達……と彼は聞いている。その子供達を連れて、国取りを始めれば彼も付いて来ざるを得なくなると考え、こうしてアフロト大陸の南汲んだりやって来たのだ。
その目論見は上手くいった。だが一方で、彼には戦う意思がなかった。これまでの戦いで剣を抜く事はおろか、攻め込もうともしなかった。
ルクセリアは歯噛みしていた。この国を奪うにはどうしてもレイの力が必要だったからだ。
国と戦う為に必要な物を10年掛けて彼は揃えた。
一国に匹敵する戦闘員の数。戦争を仕掛けるだけの物資。この国を奪う手順。
どれもこれもが、彼の定めた水準を大きく突破し、ここまでは順調を通り越す勢いで、彼の描いた通りとなった。
だが、一つだけ足りないものがあった。
それは特記戦力。ルクセリアは彼と並び戦える人物をずっと探していた。
それは何故か。
彼は知っているのだ。この国を奪い取る為に倒さなければならぬ敵を。その強さを。身に染みてわかっているのだ。
自らの鍛錬を欠かした日はない。この国を去ったあの日より自身が強くなった事も実感している。今なら、全てを失ったあの日まるで叶わなかった師を倒せると自負している。
だが、足りなかった。なぜなら、倒さねばならぬ敵は一人ではなかったから。
レイに師が倒せるとはルクセリアは思ってはいない。だが、止める事は出来ると確信していた。
確実を求めるなら、レイを育てあげたかった。だが、彼がいつ去るかはわからない。ならばと、時間稼ぎを期待して、彼は結論を急いだ。
それは彼には焦らなければならない理由があったからだ。いつ手遅れになるかわからない状況に日々怯えていた。
だからこそ、ルクセリアは頭を悩ませていた。そんな風に考え込むルクセリアの耳に何処からとてもなく、内心を見透かす声が聞こえた。
「ククッ、私が彼のやる気を出してやろうか?」
「ッ⁉︎ 誰だおめぇは⁉︎」
「どっから現れやがった⁉︎」
突然その場に加わった乱入者は、セシルであった。あいも変わらず前触れもなく現れた彼に盗賊達は、汚い言葉で罵り声をあげ、武器を抜き放つ。
一方で、ルクセリアはゆっくりと目を開けると、セシルの姿をその眼に写し、口を開いた。
「やめろ、お前達。私の知り合いだ」
「クククッ、久方ぶりだ。その落ち着きよう、流石と言わせて貰おう。いやはや、ルクセリア氏も中々に私好みであるな」
セシルは品定めするようにルクセリアを見詰め、そんな事を呟いた。それにルクセリアは、眉をピクッとさせただけでポーカーフェイスを維持し、問うた。
「旦那のやる気を出せるのか?」
「絶対とは言えないがな」
「構わない。私にはどうも手立てが浮かばない」
ルクセリアは好機とばかりに、反対的な姿勢は一切見せなかった。どのような算段があるのかは知らないが、レイのやる気を出させるのが、今の彼にとっては最優先事項であった。
「では私がクライアントを連れ出した後、王都に攻め入るがいい」
「何?」
「私の考え通りなら、クライアントは一人で攻め入るぞ。それは芳しくあるまい? 私としてはどちらでも構わないのだがな。ルクセリア氏が加わった方が面白そうであるからな」
セシルはそれ以上何を言うでもなく、気配を消した。そうなっては彼の姿を捉えるのは困難。視界に入っていたとしても、見逃してしまう。
ルクセリアは手段を問おうと開いた口を一度閉口し、改めて開いた。
「最後の戦いだ。我々『蛇の毒』の悲願を果たそう。作戦は当初の計画通りに。作戦開始は、旦那が動き出してすぐだ」
ーー現在
ゴング王国の王都には無数の盗賊が押し寄せていた。盗賊達の士気はこれ以上ないまでに高まり、最早この国の兵士では勢いを殺す事など叶わぬ程であった。
それは、この国の兵士が所詮は数合わせに過ぎないものだったからだ。彼らは皆強制的に兵士にならされた数年前まではごく普通の平民達であった。
それが変わったのは数年前ある法律が施行されてからだ。
【爵位を持つ者の一族、あるいはそれに順ずる功績を挙げた者以外は人ではない。物である】
それはつまり、一部の特権階級以外の人間は全て奴隷であると定めた法律であった。
常軌を逸しているとしか言えぬ内容に当時は反発も少なからずあった。しかし、度重なる拷問と極刑の施行にいつしか歯向かう気概は削がれてしまっていた。
ゴング王国は独裁国家など生温い、残忍非道の国家であったのだ。
更に特権階級達の驕りと非道さは止まらない。
法律が施行される以前の国で奴隷であった者達には更なる無慈悲な行いがなされた。
【奴隷は物ではない。虫である】
文章にすればこれだけの法律。だが、最後の4文字こそが全てを物語っていた。
虫という扱いは最早人に対する扱いではなかった。歩いているだけで暴力を振るわれ、気晴らしに嬲られ殺される。
それを見て、平民であった者達は、ああはなりたくないと恐怖し、逆らう事はしない。
最早、誰もこの非道を止める者はいなかった。
既に死んだと思われた男を除いて。
「胸糞悪い……益々潰したくなった」
怒りという感情は一周回ると、ひどく冷静になるらしい。おかしい、間違っている、気に入らないという感情を超えて、短絡的な感情ではなく、冷静にこの国をどうやって潰してやろうかと、俺は考えていた。
「クククッ、主ならばそう言うと思っていた。これがこの国の全てだ」
「で? お前は何をしたんだ?」
「流石に鋭い。なに、少しタイミングを合わせていただけの話である」
タイミングねぇ。ここまではお前の掌の上だったって事か。主を操るとは、家臣の風上にも置けぬ野郎だ。
「それで、思い通りに事が運んだお前はどうするつもりなんだ?」
「どうもしないのだよ。私が手を出したのはここまで。ここから先は主の道だ」
つまりは何も考えてないわけか。そして、考えるつもりもないと。
後の展開は全て俺に丸投げか。
俺はそこで周りを見た。弱々しい眼光を携え、突然の連続で動揺する奴隷へと落とされた人々を。
「まずはこの人達を逃す。この国の兵士も殺させない。この人達には罪はない」
「主よ、戦わぬのか?」
「それは俺の役目じゃない。俺は何処まで行っても、この国に訪れた旅人。ルクセリアがやるべきだ」
ルクセリアの過去に何があったかは知らない。聞くつもりもない。だが、一つ確かなのは、本気でこの国を変えようとしている事だ。なら、ただ気に入らないという俺の気持ちは置いといて、ルクセリアに任せるべきだ。
俺よりルクセリアの方が強い気持ちを持っているのは確かなのだから。
「まずは適当に伯爵やらなんやらの屋敷に攻め入って屋敷を奪うぞ」
「了承した。では、私がそこまで案内しよう」
流石は情報屋。街の地理など朝飯前のようだ。ごく自然に、また迷う事なく先導する。
「生きたいと、自由になりたいと思う奴は俺についてこい!」
俺はセシルの後を追う前に周りの奴隷達にそう叫んだ。奴隷達の目に薄っすらと光が宿る。希望というの名の光が。
「主よ、ここがそうだ」
セシルが立ち止まった場所には、先の廃墟は何だったのだと言いたくなるような、整然と整備された立派なお屋敷が聳えていた。
「戦力は?」
「なに、大した事はない。子飼いの兵が数人。後はこの屋敷の持ち主が戦える程度か」
下調べは完璧だった。まるで俺の行動を予測していたかの様に、セシルは完璧な答えを用意していた。
俺は屋敷の鉄製の門を蹴り破った。扉が吹き飛んだ轟音と、ガランガランという地に鉄が転がる音が響き渡った。
「何者だ⁉︎」
この国に来て俺は初めて兵士と出会った。それなりの訓練を受けた事は、突然の殴り込みに即座に屋敷の外に飛び出してきた兵達を見れば、すぐに分かった。
「どうも初めまして、しがない冒険者です。この国を潰しに来ました」
「ククッ、では私も。……ご機嫌よう、しがない情報屋稼業を営む者だ。主の意思に従い、遠路はるばるこの国を滅ぼしにきた次第」
相手を挑発するようにニヤリと二人して笑うと、兵士達は青筋を立てて、切りかかってきた。
「舐めた口をーーッ! 後悔して死ぬがいい‼︎」
鮮血を求めた凶悪な光筋が、交差した。しかし、それは標的を捉えるも、目的を達するには至らない。
魔力により形作られた刃が無慈悲に剣を切り裂いた。側から見れば素手で剣を切ったようなもの。斬り掛かってきた兵士二人はその事態に目を剥いたが、すぐに後退せんと重心を後ろに流した。
流石は訓練をこなした事のある兵士。咄嗟の判断も上出来だ。だが、遺憾せん相手が悪すぎた。
兵達が重心を後退させた瞬間、俺は逆に前へと動いた。そして、2人の間を抜けるように駆け抜けると、後ろに陣取った兵へと迫る。背後で鮮血と共に兵が崩れ落ちる音を耳で拾いつつ、腕を交差させた。その軌跡は違う事なく兵の鎧と肉を斬り裂く。
ここまでおよそ2秒。
僅か数秒で兵を4人も倒され、残る兵達の中に怯えが生まれた。見た目に惑わされ、舐めて掛かっていた兵達は無意識のうちに足が後退していた。
しかし、それでも逃げようとしないとは、この国を守る為か。本来なら尊ぶべき覚悟だが、守る国の実態がこれではその殊勝な志も地に落ちる。
兵達は目で連係を取り、動き出そうとした。しかし、それは手遅れだった。もはや彼らの敵は兵達へ興味さえ持っていなかった。
何故なら、彼らの首から小刀が生えていたからだ。
まるでさざ波のように静かに彼らの死神は現れた。しかし、それに気が付いた時にはもう鎌が振り下ろされた後。
気配を完全に殺したセシルを捉えた者は誰一人としていなかった。
「ククッ、甘いな」
血塗れの小刀を手でクルクルと回しながら、セシルは主の甘さを指摘した。
その後ろで琴切れた者から順番に崩れ落ちる。
「別に……ここで殺す必要はない。どうせこいつらはこの国にもういられない」
「確かに。ある意味その方がこの者たちには地獄かもしれぬな」
よくて追放。最悪拷問された後に死罪だ。恐らく俺が思ってるよりも、奴隷にされた者達の怒りは深く、激しい。そんな彼らが簡単にこいつらを許すとは思えない。
そんな言い訳はともかく、俺は人殺しを忌避したに過ぎなかった。シャルステナが俺を止めようと必死だった時、人を殺して欲しくないと、優しい彼女は悲痛に訴えていた。
ただそれだけだが、人殺しを忌避させるには十分過ぎる理由だった。
「……てか、お前武器持ってんじゃねぇか」
「ククッ、こんな事もあろうかと新しく調達したのだよ」
「ああそうですか」
素っ気なく、嘘かホントかわからない言い訳をするセシルに言葉を返しつつ、次の段階へと移行する。
「セシル、ここに市民を誘導してくれ。後、ルクセリア達に伝えてくれ。市民に手は出すなと」
「ククッ、了承した」
姿を眩ましたセシルと別れ、俺は屋敷の中へと踏み入った。
そこは虐げられる者と虐げる者が混在する場所だった。街の外程ではないが、そこには嫌な香りが漂っていた。腐った肉と血の匂い。
俺は想像に難くないその匂いの正体を確かめようとはせず、無様に逃げようとする男を一瞥した。
「固定」
「むぐっ⁉︎ んんんーー⁉︎」
高級そうな服装に身を包んだ男が喉元を抑え、呻き声を上げた。固定空間により空気の出入りを止められた男は見る見るうちに窒息していき、意識を飛ばした。10秒ももたないとは、情けない男だ。余程焦ったのか。
まぁ、だがいい気味だと泡を吹く男から視線を正面に戻すと、静かに口を開いた。
「この屋敷は俺が貰った。逆らう奴はそこの男と同じように窒息させてやる」
俺の有無を言わせぬ口上に、その場にいる者の動きが止まる。俺はババッと目を走らせ、守るべき者とそうでない者を選別した。
そして、後者を纏め上げ、部屋の中に閉じ込めた。出口を魔法で完全に覆い、逃げ場をなくし放り込んだ。
そうして、屋敷を確保した俺は奴隷達をその中に引き入れ、避難させた。
それが終わる頃、ルクセリアが部下を引き連れ、駆け込んで来た。
「旦那!」
血相を変え、飛び込んで来たルクセリア。俺は何があったのかと心配になったが、ルクセリアが血相を変えていたのは、俺を心配しての事だった。
「無事か⁉︎」
「あ、ああ」
「そうか、良かった。一人で伯爵邸に攻め入ったと聞いて心配したぞ」
ルクセリアは人心地ついたように、嘆息を漏らした。
「旦那、余り無茶はしないでくれ」
「無茶はしてないつもりなんだけどなぁ……それでわざわざ心配して来てくれたのか?」
「それもあるが、旦那一緒に来てくれ。旦那の力が必要なのだ」
そう言ったルクセリアの瞳からは決死の覚悟が見て取れた。その周りに佇む盗賊達もそう。
まるでこの戦いの行方を全て背負うかの様に、男らしい力強い目であった。
「嫌だね。決着は自分でつけろ。俺はこの人達の避難を優先する」
しかし、覚悟を決めた彼らの申し出に俺は応えなかった。この場合俺という存在は無粋でしかないと思ったからだ。
ルクセリア自身がこの戦いを終わらせなければ意味がない。俺が代わりにルクセリアの父を討ったとして、それでルクセリア自身満足に国を変えたと言い切れるのか?
俺は違うと思う。
過去に何があったかは知らないが、ルクセリアはその人生を賭けてこの国を変えよう、救おうとしてきたに違いない。その最後を俺が奪っていいはずがない。
それが俺の出した答えだった。
「旦那なしでは勝てない。我儘を言わず、力を貸してくれ」
「我儘じゃない。俺はルクセリア自身の手で決着をつけるべきだと思ったから、言ってるんだ」
「そうだ。私が決着をつける。全ての元凶を断つ。だが、その為には旦那の力が必要だ。私達だけでは叶わない」
ルクセリアの眼は嘘を言っているようには思えなかった。だから、何か邪魔する者がいるのだと俺は理解した。
だが、それはルクセリア自身が乗り越えなければならない壁なのではないのだろうか、とも思った。
「一つ聞かせてくれないか、ルクセリア」
だから、俺は聞くことにした。
「それは構わないが……敵についての話か?」
「うんにゃ、ルクセリアの事だよ。ルクセリアはどうして、この国を奪うために戦うんだ?」
これまで、右往左往して結局わからなかった事を直接聞いて、それで決めようと思った。
ルクセリアが復讐や、義務を口にするのなら、俺は手を貸さない。けれどももし同じ気持ちなら、俺の力を貸そう。そう思った。
ルクセリアの灼熱に彩られた瞳に宿る種。それをルクセリアはこう言葉で表現した。
「私の心が、この国はおかしいと叫び続けているからだ」
力強く、また迷いのない答え。
気に入らないからという俺の身勝手な心情と被らなくもない答え。そこに込められた思いには、憎しみや悲しみ、そして怒りがこもっている。
それはもうどうしようもないのだろう。きっと積もり積もった思いが彼の中にはあるのだ。
心が叫び続けている、とルクセリアは言った。それはきっと、始まりの思いに、燃料が加えられ続け、激しい火と変わってしまった事を指しての事だと思う。
その一つ一つは俺にはわからないけれど、ルクセリアの言葉を聞いて、一つ思ったのは、戦う理由なんてものは、簡単に言葉では言い表せないものなのかもしれないということ。
激しく絡み合った感情が捻れ、膨れ上がり、自分の矜持を作り上げる。それがきっと、人という個人を作り、一人の戦士を作り上げる。ルクセリアはきっとそれを持っているから、俺の目に眩しく映ったのだろう。
今の俺にはないしっかりとした自分を持っているから。けれど、それは仕方のないことだ。俺のまだ旅は始まったばかり。感情を膨らませている途中なのだ。
だから、焦らずこれから、作っていけばいい。あるいは探しだせばいい。俺が俺であるという理由を。
「……わかった。だけど、俺は先に市民の避難を優先する。被害は最小に抑えたい」
結果的に俺はどちらも妥協した。俺がこの戦いの火蓋を切った。責任として、関係ない人達を巻き込まないよう最善を尽くすべきだというのは変わらない。
けど、この戦いを終わらせるのもまた、始めた俺の責任なのかもしれないと。
そう踏み切れたのは、抱えていた荷物をひとまず置いたからなのかもしれない。
「来てくれるのか?」
「先に行っててくれ。俺は後で向かう。まぁ、それまでに終わらせててくれて構わないけどさ」
本音で言えば、ルクセリア一人で終わらせて欲しい。だが、それが不可能なら手を貸そう。もちろん最小限で。
そんなどこか中途半端な自分でいこう。焦ることなんてない。俺の旅はまだまだ続くのだから。
「では、こいつらを使ってくれ。私は一人で王城に向かう」
「ああ、なるべく早く行く。俺が着いた時には死んでるとか、勘弁だぞ?」
「そうならないよう急いでくれると助かるな」
ルクセリアは朗らかな笑みを浮かべ、一人王城へと走り去った。そんな彼を見送ってから俺も行動を開始する。
俺の目標はこの国の特別階級とやらの人間を全て捕らえ、その責を取らせる事だった。その為に、やるべき事はどデカイ屋敷を虱潰しにあたり、片っ端から偉そうな奴を捕らえる事だった。ついでに戦況に巻き込まれないよう市民を避難させる場所を作った。
俺は今度こそ間違えなかった。
それが嬉しかった。自分の心に従い、責任も果たした。
憂はなかった。
俺は屋敷襲撃もそこそこに、後はルクセリアの信用している部下に任せ、王城へと向かった。
今なら自分の力を躊躇わず使えそうだ。
〜〜
過去への回廊。
私にとってその廊下はそう呼ぶに相応しい道だった。
かつて何度もここを行き来した。
理想を掲げ、無様に足掻いた。
それから、幾つもの罪を積み上げてきた。本来私にはこの場に立つ資格などない。私はかつて憎むべきあちら側の人間だったのだから。
だが、それでも私は進まねばならない。
もう力に屈するわけにはいかない。
「必ず貴方を殺す」
あの日、決めた覚悟を今ここでーー
「理想を取り戻す」
幼き少女との約束をーー
「全てを奪い返す」
あの日、奪われた全てをーー
過去の因縁を剣に纏わせ、私は決意と共に扉を切り破った。
十字に切り開かれた堅牢な扉が内側に倒れ落ちた。ドシンとその重量を醸し出す音を立てて。
扉に遮られていた視界には、仇敵が写し出された。
本来王が腰掛ける椅子に傲然たる佇まいで居座る実の父の姿。最後に見た時よりも少し老けたが、それでも未だ現役である事はその凍り付くような視線を見ればわかる。
その横に控える二人も、かつてと変わらぬ冷酷な眼をしている。
「生きていたか、愚息よ」
「返してもらう。私から奪った全てを。父上、貴方を殺して」
親子の再会とは思えぬ殺伐とした空気が二人の親子の間に流れる。
「うおおぉぉお‼︎」
私は今度こそ貴方に勝つ!
背負った罪は、築き上げた力は。
今この時、全てを取り返す為にーー
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
さぁ、戦いの始まりだ!
と、見せかけて次からは過去編に突入。誰のかは言う必要もないですね。もちろんルクセリアのです。
過去編は二話ありますが、一話目。次の土曜日に更新予定のものは、ちょっとグロい部分があるので、苦手な方はお気を付け下さい。
一応、二話目の前書きであらすじを導入する気ではいますので、本気で無理という方はそちらで。




