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111.心が命ずるままに

「国……?」


 今何て言った?


「ついに私達の悲願を叶える時が来た。目標は、ゴング王国。『蛇の毒』の全勢力をもって、この国を奪う」


 瞳に狂気を覗かせたルクセリアの宣言は、その場に熱気の渦を巻き起こした。盗賊達の中から反対する者は誰も出ず、むしろ待ち望んでいたとばかりに囃し立てる者がいる始末。歯止めとなる者はいない。

 しかし、その一方で子供達はついていけない様子だった。無理もない。まだ幼い子供にとって、この様は恐ろしく見えているはずだ。


「出発は明日。一先ずゴング王国領土内を目指し、全軍と合流を果たす。各自入念な下準備を怠るな」


 もう言う事はないと立ち去るルクセリア。一方で、興奮が収まらない様子の盗賊達は、しばしその感情に身を任せ大いに騒ぎ立てた。

 まるで宴会でもやっているかの如く、アジト内が騒がしくなる。


 俺はそれを一瞥してから、ルクセリアの後を追った。


「待てよ、ルクセリア。これはどういう事だ?」


 魔石光の朧げな灯りに照らされた狭い通路に二人だけ。背を向けて立っていたルクセリアはゆっくりと振り向いた。


「どうもこうも今言った通りだ。私達は盗賊として国を奪う。それだけの事」


 ルクセリアの瞳には未だ狂気が渦巻いていた。


「違う。お前はその国に復讐するつもりなんだろ?」

「復讐? あぁ、そうか。旦那はあの情報屋を使って私の事を調べたのか」

「ああ、そうだ。やっぱりお前は、ゴング王国の伯爵ルクセリア・アルクルドなんだな」


 ルクセリアは俺の問い詰めに、ピクリと眉を動かした。


「その男はもう死んだ。ここにいるのは、ただのルクセリアだ」

「なら、復讐なんてやめろ。やるなら、他を巻き込むな。それをすればお前は堕ちるぞ」


 俺には今のルクセリアがセーラに責任を押し付けた俺とダブって見えた。だから、口調を強めて、ルクセリアを止めようと言葉を並べた。

 しかし、ルクセリアは俺の忠告には取り合わず、止めようとはしなかった。


「旦那は勘違いしている。私は彼らに無理強いしたわけではない。彼らは自らの意思で国を奪う事に賛同したのだ」

「だが、その目的が復讐とは言ってないだろ」

「私は国を奪うと言ったのだ。旦那は知らないだろう。彼らは盗賊など本当はやりたくない事を。彼らの殆どがかつては街や村で平和に暮らしていた者達である事を。彼らは居場所が欲している。それを自らの意思で奪いに行くと決めた。断じて復讐などではない」


 噛み合わないルクセリアと俺の問答。復讐を止めようとする俺と、復讐ではないと言い張るルクセリア。

 俺は何度も説得を試みた。

 だがそれは、真実を知らないからこそ言える、傍観者の言葉だった。そんな無知な者の言葉が響くはずもなく、ルクセリアは頑として意見を変えなかった。


 そして、『蛇の毒』は国取りへと動き出す。



 ーー次の日。


「そうか。ゴング王国に行く事になったのか」

「ああ、だから先に行って情報を集めてくれ」

「ククッ、了解した。向こうで落ち合う事にしよう」


 そう言って姿を眩ましたセシル。普通に出ててけよ。

 呆れ混じりにそんな事を思い、俺も部屋を後にしようとした時だった。


「一つ言い忘れていた。ゴング王国では身の振りように気をつける事だ」


 耳にそんな言葉が届いたのは。しかし、声の主の姿はなく、気配もなかった。

 普通に話し掛けろやと怒り半分、呆れ半分だったが、有難く助言だけは頂いておいた。


 そうして秋が本番を迎える頃、俺は砂漠の地を後にした。


 砂漠を越え、山を越え、国を越え。

 民族大移動の如く、数多の地を過ぎ去った。変わりゆく景色にゆっくりと思いを巡らす暇もなく、大陸の南を目指した。


 そうして、およそ1ヶ月半の旅路の果てに、俺たちはゴング王国の国境へと差し掛かった。


 秋の切なさを伴う紅葉の中に潜む集団。それは最早盗賊団とは言えぬ代物であった。

 千を超える大群。それが、人目をはばかるように山の中に隠れ潜む。その大群を纏めるルクセリアはバラバラであった集団のリーダー達を集め何やら作戦会議をしていた。


 いよいよ、彼らの国取りが始まる。

 そんな時になっても俺はまだ迷いを捨てられなかった。

 復讐に手を貸していいものか。

 子供達を見守るという建前でついてはきたが、このままで本当にいいのか。


 俺はまだ決め兼ねていた。

 それはルクセリアの強固な意志を知りたいという気持ちが後ろ髪を引くせいであった。

 この戦いを見れば、それがわかるかもしれないと。


 俺は結局、最後まで決める事が出来なかった。そんな中途半端な気持ちのまま、戦いに臨むことになった。


 その日は月が綺麗な日だった。星々の輝きは月の明るさに邪魔され、なりを潜める。

 その夜、暗闇に蠢く大群がゴング王国の関所を取り囲んだ。静かな夜を邪魔しないよう、息を潜め、気配を殺し、一丸となって関所を見据える盗賊達。


 月光が雲に苛まれた。

 世界が暗闇に沈む。


「奪い取れ!」


 たった一言。それが、引き金となり一斉に盗賊の大群が関所へと走り出す。


 突如、現れた大群。暗闇の中、その正体が何かわかろうはずもない見張りの兵士は恐慌に陥った。まるでお化けでも出たかのように腰を抜かし、関所の中へと逃げ込んだ。


 しばらくして、彼の恐慌が兵士達に伝わり、関所の中は大混乱に陥った。大混乱の最中、関所の門がまるで拒む様に閉じ始める。

 しかし、その判断は遅かったと言わざるを得ない。


 閉じ始めた門に盗賊達が群がった。力任せに閉じられようとしている扉を押し返した。

 兵士達も必死だった。まるでその扉に命が掛かっているかのだとばかりに、死に物狂いで対抗した。


 だが、多勢に無勢。関所に配置された100にも満たない数の兵士では、2000に迫ろうという盗賊達に歯向かうことは叶わなかった。


 こじ開けられた扉から盗賊が流れ込み、兵士達は怯え腰でカタカタと抜いた武器を震わせた。とても訓練を受けた兵士とは思えない。それどころか、朴は痩せこけ、薄汚れた顔からは強さというものを微塵も感じ取れない。


 まるで無理矢理やらせれているかのように、誰も彼もが兵士らしくなかった。その眼に映るのは恐怖のみ。国の為に戦うという意志など、砂粒一つ程も映ってはいなかった。


 一方、門をこじ開けた盗賊達は威嚇するのみで襲いかかろうとはしなかった。もはやそれをする必要などない程に勝敗は決していたからかもしれない。

 そんな中、ルクセリアが兵士と盗賊の間に進み出た。


「降伏しろ! 降伏すれば、命は助けると約束しよう!」


 兵士達がルクセリアの言葉を理解するのに数秒を要した。数秒後、どこからともなく武器を投げ捨てる音が聞こえ始めた。

 それは事実上の降伏宣言だった。

 兵士達は誰一人として抵抗を見せるものはいなかった。


 ゴング王国と『蛇の毒』の初戦は敵味方共に死傷者はおろか、重症者さえ出ない何とも気の抜けるものだった。

 その一方で、俺は酷く戸惑いを覚えた。


 何かがおかしい……


 その戸惑いは日を跨ぐ程に酷くなった。


 関所を占拠した『蛇の毒』は次なる標的を近くの砦に見据えた。

 決行は日を跨いだ次の夜だった。


 ルクセリアが忍び込ませた盗賊の手により、砦攻略はいとも簡単に成された。アッサリと大群を砦の中に引き入れ、また関所と同じくアッサリと降伏する兵士達。


 俺の戸惑いは日に日に増していった。


 この国には、まともな兵士がいないのかと。



 〜〜〜〜〜〜



 1週間後。


 蛇の毒は快勝に快勝を重ねていた。国境とその付近の砦を制圧し、またその動きをゴング王国に悟られる事なく、少しずつ国取りを進めていた。


 其れ程大きくはないゴング王国の1割は既に『蛇の毒』の支配下にあった。尚且つ、降伏した兵士達をどう説得したのか寝返らせ、勢力を日に日に増大していく『蛇の毒』。恐ろしいのは、寝返らせた兵士達の眼に覚悟が宿った事だ。


 国を守るはずの兵士達が国を奪う事に覚悟を決める。

 物凄く違和感のある心変わりだ。


 俺は作戦会議には加わっていないため、どう国取りを成すのかは知らないが、ルクセリアの醸し出す雰囲気が重く、また強くなったため決戦は近いと感じ取っていた。


 そんな間近に迫る決戦を前にしてもまだ俺は迷いを捨てられなかった。


「くそっ」


 ゴン‼︎


 壁に殴りつけた拳の皮が薄く剥がれた。剥がれた皮膚の下から薄っすらと血が滲む。


「ククッ、荒れているようだな」

「ッ……! いたのか、セシル」


 見られていたとは思わず一瞬硬直したが、セシルの気配を感じると共に振り返った。

 セシルとは実に1ヶ月半振りの再会であった。まるでアイドルイベントの行列の様に、先に現地入りしていたセシルは、苦もなく『蛇の毒』が占領している砦に忍び込んでいた。


「少しイライラしててな。気にしないでくれ」


 俺は腹を立てていた。いつまで経っても結論を出さず流されるだけの自分に。

 自分でも何がしたいのか、わからない。そんな中途半端な自分に腹を立てていた。


「私で良ければ相談にでも乗るが?」


 そんな風に気遣ってくれたセシルの言葉に甘え、俺は内情を打ち明ける事にした。一人で抱え込む事がいい事であるとは限らない。これも彼女に教えられた事だ。


「……自分の心が分からない時、どうしたらいい? どうやって物事を決めればいい?」

「私には理解できぬ事に頭を悩ませているようだな。思った通りに行動すればいい。己が心など後で理解すればいいのだよ」

「行き当たりバッタリでいけって? 何とも不安感じるアドバイスだな」


 俺はワザとらしく肩を竦め、深い吐息を一つ吐き、本題に入った。


「で? 何かわかったか?」

「ククッ、もちろんだとも」


 セシルは一つの首輪を取り出し、丸い形の木のテーブルに音も立てずおいた。


「これは?」

「この国の全てと言って過言ではないものだ。街に行くといい。行き交う者皆これを着けている」

「何故こんなものを? これではまるでーー」


 ーー奴隷だ。


 俺のその言葉は確信を突くものであった。セシルは不気味に笑いながらも、どこか不機嫌であるように語り出した。


「この国はまともではないぞ。元々奴隷に対しての扱いは酷かったが、1年前にある法律が施行されてからは狂気としか言えぬ惨状だ」

「……具体的には?」


 この国がまともではないとは先の戦いで感じていた。明らかに栄養失調が目立つ兵士達の様子が理解し難いものであったから。

 兵士と言うのなら、少しは国を守ろうという気概があるものだと感じていた。しかし、そんな気概を感じさせてくれる者はいなかった。


「街に行くのが一番早い。ククッ、遅くなったが、契約を結んだ記念に街で食事でも取ろうではないか」

「気持ち悪いんだが……」


 不気味な男に言い寄られている気がして、気分を害した俺だったが、こう説明を締めくくられては街の様子が気になるともいうもの。


 俺はセシルの招待に応え、ルクセリアにしばらく留守にする旨を伝え、街へと足を伸ばした。



 〜〜〜〜〜〜



 そこはまるで廃墟だった。とてもこの国の首都とは思えない。

 鼻を押さえたくなるきつい臭いが充満し、廃墟と化した建物の中に人の影が映る。


 スラム……と言うには生易しい光景。

 至る所に血の跡が残り、人が倒れている。死んでいるかいないのか判別できない程に、人は虚ろな目をしていた。

 関所を守っていた兵士と同じく、誰もが痩せこけていて、酷い者は餓死寸前であった。


 そんな酷い有様であるにも関わらず、豚がそこには蔓延っていた。まるで奴隷を扱うように倒れている男を足蹴りにし、手に持つ鞭で打ち立てる。

 人々そんな酷い目にあっている男に見向きもしない。


 首輪。

 セシルの差し出した首輪は正に奴隷の証だった。豚以外の人全てがそれを首に巻き、人間以下の扱いを受けていた。


「動けと言っどるのがわがらんが⁉︎ このゴミが! 貴様は、死罪だ!」


 ヒューヒューと今にも息絶えそうな呼吸を繰り返す男に与えられたのは、極刑だった。食事もロクに食べてはいないだろう。むち打ちにされて体の彼方此方が痛いだろう。

 それにも関わらず一切の配慮も躊躇もなく極刑を言い渡れた男は、まるで壊れ物を処分するかの様に周りの奴隷達に支えられ引きずられていく。


 俺はその様をセシルに羽交い締めにされながら見ていた。


「離せっ! セシル!」

「ククッ、酷い有様であろう?」


 やはりセシルは実力を隠していた。明らかに常人では捕らえ続ける事が困難な力を押さえつけ、留めていた。


「クライアントよ、落ち着くがいい。この国ではアレか当たり前なのだよ。一部の者、つまり、爵位持ちやその家族いわば貴族という部類の人間以外、皆この様な有様なのだ」

「だから、人が殺されそうなところをミスミス見逃すってか⁉︎ ふざけんなっ!」


 その時の俺に迷いはなかった。同情などそんな物はなかった。


 ただ俺の抱く価値観が、それを許そうとはしなかった。


「ククッ、迷いは消えたのか? なら、行くがいい」


 セシルはパッと力を緩めた。興味深そうな視線を俺に向け、不気味に笑う。


「思うままに行動するがいい。理由など全て後回しにしてな」


 俺は一瞬連れて行かれようとしている男を忘れ、セシルを見た。

 ははっ、なるほど。こいつは本気で俺の相談を聞いてくれていたんだ。


 俺はセシルに対しての評価を上方修正した。雰囲気や話し方は相変わらず怪しいが、悪い奴じゃないのかもしれない。むしろ、人並みの心を持っている。


 あの豚と違って。


「けけっ、『物』風情が人間様に逆らうがらだ。私は優じいがらな。その行いを拷問で後悔さぜた後に殺ブヒィィア⁉︎」

「それはテメェだ。優しい俺が存分に思い知られてやるよ。テメェが豚だってな」


 突如豚の顔面に到来した俺に視線が集まった。そして、蹴り飛ばされた豚を見て、恐れる様に瞳を揺らす人々。


「な、何をずる⁉︎ き、貴様は死刑だ! 子爵である私に手を上げていきでここを出られると思うなよ⁉︎」


 豚は首輪を付けていない俺を見て旅人だと判断したようだ。子爵という立場を強調し、跪けと言わんばりに怒哮を発した。


「ブヒブヒうるさい豚だ」

「ブヒィィア⁉︎」


 鞭を振りかざし、迫ってきた豚を素手でボコ殴りにする。

 泣いても、喚いても、俺はやめなかった。


 こいつが一体どれ程多くの奴隷達を先程の男のように痛めつけ、殺してきたか、考えただけで怒りが体を突き抜け、溢れ出た。人の自由を、尊厳を醜い顔で奪うこいつが許せなかった。


「ククッ、クライアントよ、実に爽快な絵面だが、その辺で止めておくのだな。もうその腐った豚に意識はないぞ」

「チッ」


 俺は輩のような舌打ちし、乱暴に豚を投げ捨てた。未だ怒りは収まらない。

 だが、セシルはその怒りを収めるより先に理由ずけを優先させた。


「心が命ずるままに行動したならば、次のステップだ。何故その豚をボコボコにした?」

「簡単だ」


 ああ、本当に簡単だ。

 何に悩んでいたのか、馬鹿らしくなる。


 俺は冒険者。やりたいようにやる。

 心が命ずるままに行動しなければ、この国に縛られている奴隷達と同じだ。理由付けも、責任も、後で考えればいい。


 思いがあるからこそ、俺の行動はあるのだから。


「気に入らないからだ。放置できなかった」

「ククッ、ではどうする?」


 理由を決めたなら、次は責任を。


「ーーこの国を潰す」


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