110.蛇動く
今回視点がよく変わって読み難いかも……
ごめんなさい。
ヒュァァァァア‼︎
獲物を逃した飢えた獣の嘆き声を彷彿とさせる悲壮な叫び。まさか、砂漠の絶対の王者がそんな叫びを上げているとはつゆ知らず、無限に広がる砂漠を行く人々は、何事かと何処からともなく聞こえてくるその音色に悪寒を感じ、恐怖を募らせた。
だが、そんな中何の関心も寄せず、一人黙々と歩みを進める者がいた。
「…………」
薄汚れた黒衣のマントに身を包み、マントの合間から見え隠れする服装もまた、およそ砂漠を通る風貌ではない。
背に背負う剥き出しの鎌は男の武器だろうか。服装同様黒光りしていて、どこか恐ろしい。全体的に冷たい感じのする男だ。
そんな男にとって、今いる場所は通過点に過ぎなかった。他にもそう思っている人間はいるだろうが、彼の場合は極端で、そこで起きる何かに関心を寄せる事もなく、また砂漠に合わせた格好をする必要もなかった。
氷のように冷めきった男の心は、世情に浮きたつ事はなく、ただ己の掲げた目的だけを淡々とこなす。与えられた仕事をテキパキとこなす機械と同様、感情というものが抜け落ちていた。
それは闇に生きる彼にとって必要のないものであったから。
もはやそう割り切れてしまう程に彼がこの世界に関心を持つことはない。ただ、己に課した責を全うするだけ。
魔人に絶望を。
悪しき者に裁きを。
その二柱が、彼が自身に課した責務であり、覚悟でもあった。
そして、それだけが彼の生きる理由だった。
〜〜〜〜
「ハァハァ、ここまで来れば追ってこないだろ」
走りにくい砂漠を全力疾走して息も途切れ途切れ。完全にバテバテだ。砂漠の乾いた空気と、容赦のない日差しが喉に潤いを求めさせる。その欲求に逆らう事なく、水を口一杯に煽り渇きを満すと、プハッと息を吐いて汗を拭う。
「生き返るわぁ〜」
「ククッ、よくも逃げ果せたものだ」
「まったくもってその通りだ。一体旦那は何をやったのだ?」
一息ついて落ち着いたところで、ルクセリアから種明かしを要求されたので、俺は簡単に説明をした。
「主には本体があるんだよ。それを妖精化で探知して砂と別離しただけだ」
「そ、そうか。よくわからないが、手の内を聞くものではないな。今は生き残れた事を素直に喜ぼうか」
余り深くは聞こうとしなかったルクセリアは怪しむようにセシルに視線を向けて、ところでと切り出した。
「この情報屋と言った男とはどんな関係なのだ? まさかとは思うが、『蛇の毒』の情報を……」
「こいつは俺と専属契約を結んだ情報屋。見ての通り、どこからどこまでも怪しいけど、血契約で俺以外に情報は売れないから、俺といる限りは信用しても大丈夫さ」
破れば死。その代償の大きさが絶対的な信頼に値する。俺がこの契約を破棄しない限り、破られる事はないのだから。
「クライアントよ。私はこれでも正直な人間のつもりなのだが?」
「そういう事言う奴程信用ならないんだよ」
「それは情報屋の沽券に関わる一大事であるな」
意外にもセシルはジョークのような返しをして来た。本当に何を考えているのか読めない奴だ。
しかし、そんなセシルが信用に値するかは初見のルクセリアにはわからない。見た目から怪しむ気持ちはよくわかるし、俺もそうだった。だから、あとは俺への信用がいかほどかで、蛇の毒の情報を漏らしていない事を信じて貰えるか決まる。
セシルと他愛もない会話をして、少しでもこの男がどういう男なのか知ってもらいながら、ルクセリアの言葉を待った。
信用できるか否かの答えを期待した俺に、ルクセリアは1つ質問を投げかけた。
「旦那は何者なんだ? 初めて出会った時から只者ではないと感じていたが、主との一戦で確信した。旦那は何故私達に力を貸してくれているのだ?」
「…………」
俺は咄嗟に答えるか迷った。何故力を貸したかと言われれば、剣を振るう意思を持つルクセリアに興味があったから。
何者だとと問われば、経歴を話せばいい。
だが、躊躇った。ルクセリアの言葉は、己を間違った道に引き込む甘い蜜のような香りがした。
「ククッ、この少年は私が見込んだ男。普通ではない」
「……やめろ、セシル」
これ以上蜜はいらない。俺はその蜜を啜ることを恐れた。それでは一人旅を選んだ意味がない。
調子に乗らせてくれるな。また道を誤ってしまう。
俺は2人の言葉を受け取ってはいけないと思った。俺はただの凡人。凄いのは周りで、俺自身じゃない。だから、調子に乗るなと自分を戒めた。
俺は今とても不自由だった。
〜〜〜〜
思えば私は初めから彼の力を欲していたのかもしれない。
その少年からただならぬ物を感じていたから。
盗賊を前にして恐れを感じさせない態度。年に見合わない考えと軽々と命を賭けるその覚悟。
どれを取っても子供とは思えなかった。いや、並みの大人でもその子供のようにとはいかぬだろう。
私はこのおかしな少年との出会いを利用しようとした。それはまだこの少年の力をわかっていなかったからに過ぎない。
常識という概念がそれ以上の事を私に考えさせるのを妨げた。
そして、今日。砂漠を統べる主との戦闘を得て確信した。
この少年だ。
私が長らく追い求めていた力を持っているのは。
少年の得体は知れない。その少年のそばに付き添う男はもっと得体が知れない。
だが、それでも構わないと思った。
10年かけて、力を蓄えた。だが、足りない。
数は増えども、決定力がない。それを探し求め、耐え続けた。二度と失敗は許されないのだから。
10年かかって、ようやく見つけたのだ。
私は歓喜に打ち震えた。もはや少年の得体などどうでもよかった。欲するのはその力。
この少年を逃してはならない。
目を見張る特異なスキル。僅かな間に相手の弱点を見抜く知恵。絶対的な脅威を前にして折れぬ心。
この子だ。この少年が喉から手が出る程に欲しい。
今はまだ幼い力。だが、育てば確実にその力は常軌を逸する。
まだ13と少年は言っていた。私達とこの少年は違う。
真に特別なのだ。
その特別が私は欲しい。私はそれを持っていないから。
この少年が成長すれば、私が真に欲するものを奪う事が出来る。
私は盗賊。世間からはみ出した者。
地面を這いずる蛇のように。
牙を突き立て、その毒で奪ってやろう。
「旦那、いや、レイ。『蛇の毒』の副頭領になってはくれぬか?」
私から全てを奪い、何もかもを壊し尽くしたあなたから。
〜〜〜〜
「俺は盗賊になる気はないと言ったはずだよ」
やけに真剣な表情でルクセリアは副頭領にならないかと言ってきた。だが、そこは譲れない一線。先の問いとは打って変わって、即答で断りを入れる。
だが、それでもルクセリアの目に灯った光は消えない。
「頼む。旦那の特別な力が欲しいのだ」
「やめろ。俺は特別なんかじゃない。ただの大馬鹿野郎だ」
ルクセリアは俺の力に目を付けたみたいだ。だが俺はこの力を十全に振るうつもりなどない。大馬鹿野郎の俺には、みんなから与えられたこの力を使う資格などないのだ。
「旦那、どうしても無理か?」
「無理だよ。俺はあの子達が無事にやっていけると判断したら、また旅に戻る。それまで一時的に手を組んでいるだけだ」
「……そうか、残念だ」
言葉とは裏腹にルクセリアの瞳は烈火のように熱く、また不気味に輝いていた。
それはまるで巻き付いて離そうとしない蛇のような目だった。
〜〜〜〜〜〜
ーー故人、ルクセリア・アルクルド。
幼き頃から英才教育を受け、成人後は父親の仕事に付き添い政治を担う副大臣になる。その後、19歳で伯爵令嬢を娶り、21歳で死去。
彼の死去より数年後、アフロト大陸全域で盗賊団『蛇の毒』が台頭。日増しに勢力を増やし、今や一国に匹敵すると言われる盗賊団にまで拡大した。一大勢力にまで拡大した盗賊団の頭領の名はルクセリア。
「……という経歴が彼にはあったのかもしれない」
「えらく曖昧だな」
アジトに帰還を果たし、ひとしきり生還を喜ばれた後、与えられた個室に戻り、俺はセシルが調べてきた情報を受け取っていた。
しかし、ルクセリアに関しての情報は同名の故人がそうではないかとの推測を話されただけで、確証に足る証拠はないと言う。
「如何せん情報が途切れてしまっているのでな。所詮は推測に過ぎない。だが、同時期である事を考えると、偶然と片付けるには共通点が多過ぎると思われるが?」
「……まぁな」
まず名前が似ていると言うより、同じだ。しかも盗賊らしくない気品感じる言動。セシルの言葉通り、偶然と言うのに共通点が多すぎる。
何より、あの目。怒り、恨み、悲しみが宿る瞳。そして、標的を逃がそうとしない蛇のようにギラついた目。
その瞳に宿るのは、人を殺すという強い意志だ。
どうしてあんな目を俺に見せたのか。
その答えはきっとセシルが手に入れられなかった情報の中にあるのだろう。
「わかった。引き続きそっちは調べてくれ。それで、子供たちの方は?」
「ククッ、其方は簡単だったぞ。何せえらく騒ぎ立ててくれていたのでな」
「騒ぎ立てない親はいないだろ」
俺の感覚ではそうだったのだが、それはズレた価値観であったようだ。セシルは短く笑うと、この世界での価値観を語り出す。
「そうでもない。大概の親は魔物に殺されたと考え、騒ぎ立てはしないものなのだよ」
「なるほどね。で?」
「ククッ、誰から聞きたい?」
「誰でもいいよ」
「では、いい情報から」
俺はセシルの不穏な言い方に思わず待ったをかけた。嫌な予感がビンビン反応する。
「タイム。いい情報と悪い情報があるのか?」
「残念ながら、声を大にしては言えぬ情報が入ってきてしまったのだよ」
悪いのかどうか分かりにくい返しだった。気にはなったが、悪い話の後でいい話を聞くのも余計な同情を加えてしまいそうだと考え、いい情報から聞く事にした。
「ではいい情報から。キースという少年はユーロリア大陸にある村の出身のようだ。一時、親が近くの山にまで捜索に出たが、それが原因で怪我をしたそうだ。しかし、命に関わるものではないらしく、最終的に彼は魔物に殺されたという事になっている」
まるで実際に見て来たかのような詳しい内容を淡々と話すセシル。たった一週間でこれ程の情報を仕入れてくるとは大したものだ。
腕前は超一流と言って過言ではないようだ。
「次に良くも悪くもない情報を。ソラとノルルの姉妹は帝国貴族の子だそうだ。今もまだ大規模な捜索が続いている。そのうち其方の方は収まるだろうが、この大陸まで足を伸ばしてくる可能性はある。追加情報は仕入れておくが、気を付けることだ。公になれば帝国の戦力が『蛇の毒』を潰しに来るぞ」
それはマズイ。
大国に目を付けられれば、俺もタダでは済まないぞ。さすがにシルビア達も庇ってはくれないだろう。
「最後に悪い情報だ。グールという少年は虐待を受けていたようだ」
「……ッ」
思わず息を飲んだ。
悪い情報というから、親が子供を探し途中で死んでしまったのかと思っていた。だが、真実は残酷で斜め上を行く。
「母親は娼婦で、父親は誰かもわからない。幼い頃は可愛がっていたそうだが、それに飽きると男を作り遊び歩いているようだ。私個人の意見を言わせてもらえば、彼はこのままここにいる方がいいかもしれない」
「だが、あの子は真っ先に帰りたいと言ったんだぞ?虐待されていた子がそんな事……」
そうなのだ。グールは家に帰りたいと言ったのだ。
そんな彼が虐待を受けていたなどとても信じられなかった。
「幾ら酷い虐待を受けたとしても彼にとっては母親なのだよ。例え、親が子供を見放していたとしても」
「……酷い話だな」
「ククッ、全くだ。こういった情報は腹にくすぶる。何より残酷なのは、子供が優しい母親の姿を忘れられぬ事だよ」
そうか……それは尚更タチが悪いな。
初めからそうではなく、母親に男が出来てからそうなったという事は、優しい母親の姿をグールが覚えているかもしれない。覚えていなくても、無意識の内に母親を求めてしまうのかもしれない。
だから、帰りたいと言ったのだ。優しい母親に会いたいと願って。
おそらくもうその母親が彼に愛情を向けることはないのに……
「さて、どうする気かね?」
「どうもしない。中途半端な同情で力を貸すくらいなら何もしない方がいいと学んだばかりだ」
今回俺は手を出さない。出してもきっと碌な結果にならない。
そう、俺は繰り返し心の中で復唱した。
「それも一つの道ではあるな。だが、私には中途半端な同情をしているように見えるが?」
「………言われてなくても、自分でわかってるさ」
彼らに同情がないとは言わない。だが、力を貸すかと言われればノーだ。俺にはそんな資格はない。
きっとまた間違える。けど、放置するのは……
結局、どっちつかずの同情をしているのは間違いない。
「そうか、では私は去るとしよう。追加情報が入ればすぐに伝えにこよう」
「ああ、ありがとう」
「最後に一つ。恐れに一歩踏み出す事だ。その方が面白い」
「アドバイスどうも。だけど、アドバイスするならもうちょっといい理由を頂戴したいもんだな」
俺の心情を見抜いたアドバイスの理由が面白いからでは納得しようにも中々出来ない。核心を突いていなければ、戯言のように聞き流すだけである。
恐れに一歩踏み出す。言葉にすれば簡単そうだが、その一歩はとても重い。だが、恐れるだけでは何も変わらない。
それはわかってる。
今の俺に必要なのは、一歩踏み出す勇気なのかもしれない。
〜〜〜〜
蟻の巣のように広がったアジトの中はまるで迷路のようだ。新参者はえてしてその迷路に迷い込む。
俺は地図を頼りにその中を彷徨っていた。特にする事がない暇な時間はこうして何も考えず暇潰しを探して迷路を彷徨い歩くのが習慣になってしまった。
こうしてアジト内を歩いていると、そこはまるで街の中にいるような錯覚を受ける。露店というわけではないが、盗んだ品を並べ一人一人支給される成果と交換という形で平等に支給されるように配慮が加えられた店らしき場所に、食事を作るのが専門の盗賊が開く飲み食い無料の飲食店もある。
少し奇妙な光景が広がるアジト内だが、1500という数を聞くとそう不思議な事ではないのかもしれない。
小さな村程なら形成出来る人数だ。畑仕事は流石にしていないが、もはや村と差し支えなく機能しているように思える。
そんな普段は平穏なアジト内が今日は何故か慌ただしい。
盗品交換店には我先にと人が詰めかけ、飲食店はガランと人っ子一人おらず専属料理長である盗賊もまたいそいそと何かの準備に追われている。
また盗賊のお仕事とやらに出掛ける頃合いなのかもしれない。
そう考え、子供達はどうしているのかと気になり彼らの様子を見に行った。
セシルから買った情報は彼らには伝えていない。知ったところで今はまだ何も出来ない。特にグールの事はどう伝えるべきか迷っていた。
セシルの言う通り、このまま残る方が幸せかもしれない。しかし、母への思いを断ち切れと言うのも残酷な事かもしれない。
結局のところ、どうしていいかわからないから放置した、という事だ。
同情だけで深く関わってはいけない。所詮その程度の気持ちでは、いざとなれば見捨ててしまうクズに落ちるだけだ。
わかっているつもりなのだ。そんな事を考えてしまうのは、中途半端な同情をしているせいだとも、その同情を和らげるために自己満足の行為に甘んじている事も。
心も行いも中途半端である事はわかっているんだ。けど、俺にはどうしたらいいかわからないんだ。
俺はまだ一歩踏み出せてはいなかった。
だから、今日も半歩踏み出しては戻るを続けるのだ。
「よっ! 元気してるか?」
「あっ、レイ兄!」
軽快に弾む俺の声に真っ先に反応してくれたのはグールだった。
グールは子供達のリーダーであり、いつも先頭を行く。それは母親の元に少しでも早く戻りたいという思いを表しているように思える。
子供らしく素直でとてもいい子だ。
「何してるんだ?」
「準備だよー。みんなで準備してたのー」
「そうか、偉いなぁ。何の準備してるんだ?」
「うーん、わかんない!」
ノルルはこの中でも特に幼く、みんなの妹的な存在だ。初めは人見知りしていたが、馴れればグールとキースの事をまるで兄のようにしたい、また彼らも妹同然に可愛がっていた。その事に姉のソラは少し嫉妬しているようだが、彼女もまた二人を慕っていた。
グールとソラは同い年というのもあって特に仲がいい。基本子供達の行動はこの2人が仕切っている。
キースは内向的な部分もあるが、皆の足りないところを補うように配慮が出来る子だった。少しお転婆なソラに代わり、ノルルの相手をよくしている。
そんな風にこの大人ばかりの場所で、たった4人の子供はお互いに支え合い生きているのだ。
「今は、その、遠出の準備を……」
「そっそっ、トウリョウが準備しろって。だから、早く終わらせて、みんなで鬼ごっこするんだぁ」
まだ少し俺を人見知りしているキースを助けるようにソラが補足してくれた。
「ふーん、遠出かぁ……」
遠出ね……何故俺に知らされていないのか気になるが、とりあえず俺も準備だけはしておくか。
「うん! だからさ、レイ兄また何か教えてよ。今度みんなが危険な目に遭ったら僕がみんなを守りたいんだ」
「いいけど、鬼ごっこはいいのか?」
「うん!」
なら、準備は後にするか。どうせ殆ど収納空間の中に入ってるし……
「よし、なら軽く剣の手合わせでもしようか」
「ありがとう、レイ兄! すぐ準備終わらせるよ!」
思えばグールが俺に一番懐いてくれているかもしれない。誰とでもすぐに仲良くなるし、人一倍努力もする。ただ、どうしてもそれが虚しく感じてしまう俺は、かなりグールに入れ込んでしまっているのかもしれない。
グールの準備が終わってから、狭い通路を使い軽く剣の指導をした。剣の振り方から手首の返し、簡単なフェイントなどをグールに教えた。
どれも一朝一夕にとはいかないものばかりだ。だが、剣技はスタンダードかつ基本が詰まっている。あらゆる武器種に対しても応用が利き、また基本の動きとなる。
剣の指導は基本の基本を教えるには実に最適なのだ。
「もっと腰を落とさないと威力が乗らないぞ」
「うん!」
グールは真面目にその指導をこなしていた。剣の扱いはまだまだだが、誰しも初めはそんなものだ。継続は力なり。正にその言葉通り、毎日続けていれば、いずれは相当な腕前になる事だろう。
「今日はここまでにしようか」
「ハァハァ、うん」
グールの体力が底をつき始め、動きが悪くなってきたところで、剣の稽古を切り上げた。
丁度その頃、アジト内がより一層慌ただしくなった。盗賊達の慌ただしく走る音が洞窟内に反響して、まるで大行進でもしているかのように感じられた。
「いったい何だ?」
俺が何気なしに天井に目をやりながらそう呟くと、グールはハッと何かを思い出したように慌て顔になる。
「ああーー! もうそんな時間なんだ! 急がないと!」
「どうした急に?」
「トウリョウが広間に集まれって言ってたんだ!」
ルクセリアが?
やれやれ、何を企んでいるのやら。何故俺に伝えない?
信用がなくなったのか?
そんな風に考えながらも、グールの後について、俺は盗賊団が集まる場所へ向かった。
アジト岩の中心に一際大きく掘り広げられた広間がある。そこは普段は使われておらず、いわば物置と化していたが、積み立てられていた荷物が運び出され、その広さを十全に感じ取ることが出来た。
その広間に集められたおよそ200人ばかりの盗賊達。彼らの顔は一様に期待に満ちていた。俺がここに来てから、こんな大掛かりな準備をしたのは初めて。普段とは違うという事は俺でもわかる。みんな何が始まるのかと期待しているような顔をしていた。
そんな中、ルクセリアが前に立つ。彼が前に立つと騒がしかったその場が一気に静かになる。
それからルクセリアは俺の方をチラリと見て口角を僅かに釣り上ると、視線を正面に戻し言い放った。
「我ら『蛇の毒』の次の標的はーー国だ」
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
今日からまたしばらく週二回以上に戻します。年末年始はバタバタして、それからもしばらくバタバタして、週一回に戻ると思いますが、それまでは週二回投稿出来るように頑張ります。




