107.日記
すいません。二日酔いでちょっと遅くなりました。
「ここは……」
おかしい。どうして俺はここにいる?
この精神の世界に。
まさかガーディアンが復活して……
「………僕は」
心に伝わる声。耳を通さず直に俺という自意識へと語りかけるように声が聞こえてきた。それは、まるで自分の心の声を聞いているかの気分だった。
俺は意識の中で振り向いた。
「………僕は」
そこに居たのは、ノルドではなかった。セルナの死によって引き裂かれたもう一人の俺ーー『レイジ』だ。
ここは、俺と『レイジ』、2人で共有する世界。近似感があるのは、ノルドと会う時と殆ど同じような場所だからだろうか。
『レイジ』は何か戸惑っているようだった。言葉が上手く出ない。そんな様子だった。
だから、俺は彼が話しやすいよう、心で語り掛けた。
「何か伝えたい事があるのか?」
「………ない」
伝えたい事がないのに出てきたのか?
……いや、違う。
ない、という事こいつは伝えたいんだ。
「何がないんだよ? 教えてくれ。わからないから」
「……僕には何もないんだよ」
それは記憶の事か?
と聞く前に気が遠くなった。俺の世界でもあるはずなのに、ちっとも俺の意思を反映してくれない。相互に疎通の意思が生まれて初めてこの場所が生まれるのだ。
だから、『レイジ』がそっぽを向いてしまえば、ここは消える。俺も、止まれなくなる。
くそっ、また聞けずじまいだったではないか……
俺はまるで気を失うかのように、意識を再び闇へと落とした。
〜〜
崩れた天井の一部から差し込む直射日光の熱さを顔に感じ、俺は飛び起きた。体が早く水を寄越せと主張しているかのように乾いた喉。
一度目を覚ませば、自分の状態が嫌でもわかる。やはり俺は死にかけてなどいなかった。
「なるほど。最低条件は眠る事か」
他の条件は、『レイジ』の意思か。結局、こちらから向こうにアプローチをかける事は出来ないって事なのか……
一度、ゆっくりと話してみたい。『レイジ』が何を思い、何を苦しんでいるのか。それを少しでも和らげる事が出来るのは俺だけだ。自分を救えるのは、自分だけ。
けど、今はどうすればいいのか、俺にはさっぱりわからない。もう少し、話せれれば何かわかるかもしれないけれど、今わかるのは、『レイジ』が俺に伝えてきた言葉だけ。
「何もない、ね………何を考えてるのやら」
そこに、込められた思いを、表面的には理解出来なくもない。けど、真には理解出来ない。
きっとそれを理解した時、俺はもう一人の自分を受け入れる事が出来るんじゃないだろうか。そんな風に思う。
しかし、改めて考えてみると、すごく不思議な状況だ。いわばノルドが見せた記憶に反応した俺の一部であり、『レイジ』は二重人格のように俺とは異なる人格を形作っているようだ。
そのうちクシャミをしたら入れ替わったりして……
そんな馬鹿な事を考えながらも、手短に準備を整えるとガーディアンがいた部屋に戻った。少し薄暗い通路を抜けた先で、大きな人型彫刻を眺め、昨日と何も変わっていない事を確かめる。
「再生機能はなしか。助かったけど、すごく残念だ」
再生機能があるなら見てみたかった。さすがに古代の人々もそこまでは作れなかったか……
残念なガーディアンはそのまま放置し、俺は奥へと続く扉の前に立った。
そして、警戒しながらも石扉に触れ、グッと力を込めて押した。ズッズッズッと摩擦音を鳴らしながら、重い石の扉が両側へと開いた。
「暗いな……」
扉の先は真っ暗だった。ここから先は遺跡が太陽の光を完全に遮断しているらしい。
暗闇でも目が効く俺は特に気負うことなく、その中に足を踏み入れた。その瞬間、それに反応したかの如く光が生まれた。その光を発したのは扉の先の通路の両壁に備え付けられた"何か"。魔石ではない。だが、魔石の光よりも遥かに優しくまた、強い光を発していた。
すぐに浮かんだのは電球の存在。だが、それも即座に否定する。微弱な魔力をその"何か"の中に感じたからだ。
魔石にも魔力が込められている。だが、それはこの"何か"に比べるととても多い。そもそも魔石とは魔物の核と言っていい魔力の結晶。いわば魔石は魔物専用の魔臓だ。
だから、強ければ強いほどそこに込められた魔力量は増え、尚且つ大きくなる。その魔力を使って作ったのが、魔石光などの魔具と呼ばれるものだ。
魔具には色々ある。魔石光など魔石に直接、魔力を別のエネルギーに変えるための術式を刻むものだったり、魔道バイクのように何かに魔石を埋め込み原動力として使ったりと、実に様々な利用法がある。
ちなみに『金の力』は前者だ。あれは魔法が使えない者にとって重宝されるが、値がはる。あんな使い方をする奴はいないだろう。
そんな多種多様な魔具は、魔石に込められた魔力をふんだんに使っている。だが、この"何か"はまるで電流を流すかのごとく魔力を使い、その作用を利用しているように見える。
そんな技術は見た事がない。今の技術では到底不可能な領域だ。何故なら、目指している方向性が違う。
古代の人々が目指したものが魔力の効率的利用ならば、現代の魔具が目指しているのは効率の悪い魔法そのもの。技術者達はどれだけ魔法に近ずけるかを競っている。
つまり、魔力効率の良いスキルと効率の悪い魔法に似た関係だ。
どちらにも利点はあるだろう。だが、俺としては古代よりの考えだ。それは限られた資源で効率よく発展してきた日本寄りの考えなのかもしれない。
「あ、そっか」
俺はそこまで考えて、自分の思い違いに気が付いた。そもそも、古代には魔石がなかったんじゃないか?
だって、邪神が生まれた事で滅びかけたの古代の人々は魔物という存在にそこで初めて出会ったはずだ。
つまり、この遺跡が作られた時には魔石が存在していなかった。
だから、魔石を使わない技術が発展していたんだ。
「なるほど。そう考えると、邪神がいなくなるのは困るな」
今の世界に魔石という存在は欠かせない。つまり、邪神が復活しても倒せばいいというものでもないという事だ。
「まぁ、そうそう復活はしないだろうけど……」
神が封印してるんだしな。俺も持って……いや、ちょっと待て。
確かあの映像に出てきた天才はこう言ってなかったか?
邪神の結晶一つでも人を乗っ取る可能性はあるって。つまり、一つでも邪神の結晶が魔人達の手に渡れば復活され兼ねないわけか……いや、おかしいな。俺の持ってる邪神の結晶は魔王が元々持っていたものだ。
なのに邪神は復活していない。乗っ取れなかったのか? それとも、何か別の理由が……
「……考えてもわかるわけないか」
悔しいが、俺はあの天才野郎ではない。そう簡単に答えは出ないさ。
俺は気を取り直して、調査を再開した。明るくなり見通せる様になった通路を罠に警戒しながら進んだ。
そして、一本道の通路を抜けるとまた大きな部屋に出た。そこには、ガーディアンの姿はなく、代わりに複数の扉が前方の壁についていた。
「これはあれか? どれか一つが正解ってパターンなのか?」
日本で読んだマンガやラノベの展開を思い出し、そう考察した。
こういう場合はまずヒントを探さないとな。どれが正解なのかわからない。
俺はそう考え、部屋の中に目を凝らす。特に扉に何か記されていないかなど、しらみつぶしに注視した。
だが、どれもこれも形も造りにも違いがあるようには見えない。また、ヒントらしき物も存在していない。
「まさかのヒントなしかよ。撃退する気満々じゃん」
遺跡調査というのはかなり難しいらしい。俺みたいな素人にはどこにヒントが隠されているのかなどさっぱりわからない。
しらみつぶしに当たるしかないか。
俺は全身の魔力を高め、扉の一つに手をかけた。そして、意を決して石の扉を押すと……
「うおぉおっ‼︎」
なんてベタなっ‼︎
ゾッとするなっ! いい気分じゃないぞ、骸骨に抱きつかれるのは。
「どんな死に方したら、扉開けた瞬間に抱きついてくるんだよ……」
俺は仏さんを優しく地面に寝かすと、部屋を見た。特に争ったような跡は残っていない。仏さんに剣が刺さっていたりもしない。
ほんとどんな死に方したんだろうな……
「なんだこれ? 地図?」
俺は古ぼけた羊用紙を手に取った。そこには何かの設計図にも見える建物の地図が書いてあった。
「これは遺跡の設計図なのか? って事は、このおかしな死に方した人がこの遺跡を作ったのかな」
一人で?
いや、そんなわけないか。他にも部屋はいっぱいあるしな。他も見てみるか。
この地図は拝借させてもらおう。便利だ。
俺は部屋を出る一瞬前にこの仏を埋めるか迷ったが、日本でミイラを研究していた人達がいたのを思い出しそのまま放置する事に決めた。
南無南無。
俺は異なる部屋の扉を開いた。また抱きつかれては堪らないので、一歩引きながら。
しかし、今度は骸骨が倒れてくるような事はなかった。ただし、しっかりと仏さんの姿は椅子の上にあったが……
「この部屋には何もなさそうだ。なんかここで生活してたみたいな感じだな」
そんな生活感の残る部屋はそこだけではなかった。他の部屋もまた同じく、骸骨とまた生活痕が残っていた。ただ、これといった物は何もなく開かれていない扉の数は次第に減っていく。
もう何も残っていないかと思い始めた時、俺は一冊の本を見つけた。
それは古過ぎてボロボロであったが、何枚か読めるページが残っていた。しかもそれは俺たちの使っている文字と同じであった。つまり、解読の必要すらない。そのまま読める。
俺は何が書かれているのかと期待してその冊子に目を通した。
ー○月□日
化け物が出た。世界中に。恐ろしく強い。あんな奴ら見た事がない。何が起こってるんだ……?
ー○月□日
新たな神が生まれたらしい。だが、そいつはこの世界を壊す気のようだ。その為にあの化け物をその神が生んだそうだ。聞いた話ではその新たな神が生まれた大陸の国はもう全て滅んだらしい。まだ化け物が生まれて、そう日は経っていないのに……
俺たちの国ににもいつかその神が来るのだろうか?
……これは邪神が生まれた時の話なのか?
ー○月□日
魔物の軍勢がやってきた。その中には人の姿もある。けど、目が赤い。それに魔物と同じく凶暴で話ができない。あれはもう人ではない。魔物と同じだ。人を……仲間を喰った。人間であるはずかない。
ー○月□日
街が半分消えた。家族も仕事仲間だったルーナも死んだ。もうだめだ。この町は滅ぶ。
俺たちはあの化け物共に喰われる運命なんだ。いや、この世界に住む全てが喰われる事になるんだ。
あの天才が言っていたのは本当だったんだな。幾つもの国が滅んだってのは。
きっとここから更に悲惨な内容に……
ー○月□日
神だ。きっとあの人は俺たちの神だ。
ー○月□日
神が作り出した兵器が魔物と魔人を一掃した。まさに神の所業。あの方は、俺たちの神だ!
ん? なんか新たな神が出てきたぞ? どの神だ?
それにしても街は助かったのか。よかったよかった。さすがは神だな。
ー○月□日
神が言った。この街を去ると。俺たちも神についていく事にした。生き残ったのは俺も入れて100人ばかり。もうこの街に残る意味もない。何より俺たちだけでは死ぬだけだ。
ー○月□日
世界中から生き残った人が集まった。だが、本当に世界中から人が集まったのかと言いたい程少ない。まだここには魔物と魔人の大群は来ていないが、いずれ見つかる。俺たちはこの世界で生きていけるのか?
いや、俺たちは生き残れるのか……?
これは知ってる。生き残った人が集まって邪神と戦った時の事だろ?
確かシーテラがいた遺跡はその時に捨てられた土地だったっけか。
ー○月□日
今日は嫌な奴にあった。なんていうか、目つきが凄く悪かった。それに神に楯突くとはどういう事だ。俺がそれに怒ると男とケンカになるし、神の前で負けてしまった。
なんなんだよ、あいつは。わけのわからない事ばかり言いやがって。
ー○月□日
魔物達が押し寄せてきている。もう間も無く生き残りを賭けた戦いが始まる。俺たちの希望は勇者と神、それから嫌な奴。あいつらが邪神を打てば、希望はある。
ここまではあの天才が言っていたな。こっから先どうなったんたろう。俺はワクワク感を抑えずページをめくる。
ー○月□日
邪神との戦いが始まった。まるで海だ。殺しても殺してもキリがない。勇者達はまだ邪神を倒せないのか?
ー○月□日
また一人、また一人と、生き残った人間が死んでいく。誰も彼もがその土地で名を馳せた強者であるのに、向こうはその上を行く。
俺たちが全滅するのももはや時間の問題だろう。
ー○月□日
まだか……まだなのか……?
ー○月□日
魔物が弱体化した。勝てる。勇者達がやったんだ。
ー○月□日
勝った。生き残った。俺たちは邪神に勝ったんだ。
失ったものは多いが今は生き残れた事を喜ぼう。
あまり詳しくは書いてなかったな。ん? まだ続きがあるのか。
ー○月□日
生き残った人々で国を作る事になった。まだ魔物達の脅威は残っている。手を取り合わなければだめだ。
犠牲は大きかった。邪神を倒した勇者とあと嫌な奴だったけど、あの男も死んだ。俺も友や家族を失った。拾ったこの命を復興の為に使おう。
ー○月□日
今日神を訪ねてきた奴がいた。勇者にそっくりだった気がしたが、気のせいだろう。勇者は死んだし、何より髪の毛が白かった。別人だ。
ー○月□日
先日勇者に似た男と会った後、神が忙しく何かを作り始めた。それからしばらくして、俺は神に頼まれた。
なんでも街に神の作った記録映像を置いて来て欲しいらしい。俺はそれを引き受けた。神に救われた者たちが集まり街に戻った。
ー○月□日
俺たちは気が付いた。この魔物溢れる世界に記録映像をそのまま置いてしまっては、神の作られたこの記録映像が壊されてしまうと。
俺たちは決めた。この街を神の御意思を守るために改造すると。
あれ? ちょっと待てよ? 記録映像? まさかこいつらの神って……
ー○月□日
ついにやり遂げた。神の御意思を守る要塞が。
我らが神の元で学んだ技術を余すことなく、外の結界とガーディアンを作り上げた。
これで神の御意思は守られる。
あぁ、やっぱり……たぶんあいつだ。またあいつの顔を見ないといけないのか。
俺はため息を一つ吐くと、最後のページをめくった。
ー○月□日
俺たちは気が付いた。俺たちも外に出れないことに……やっちまった、ははははっ!
「笑えねぇよ⁉︎ お前らそれで死んでんじゃねぇか!」
なんて命賭けのボケをかましてんだ! 実際死んでるしっ! こいつら本物の馬鹿だろ! お前らの生き残った意味は⁉︎
そんな俺の5千年の月日を跨いだ突っ込みは遺跡中に響渡った。
〜〜
前半のあの鬼気迫る文書は何だったのかと言いたいほど、最後の最後で落としてきた日記も一応回収しつつ、俺は最後の部屋に入った。
「やっぱりな」
そこには見覚えのある装置が置いてあった。それはシーテラがずっと守り続けていた装置と同じ物。違うのは部屋の造りに、あの謎の超金属が使われていない事か。
「ここにはさすがに死体はないか」
俺は死体がない事を確認すると、特に警戒する事なく足を踏み入れた。それはこの遺跡の仕掛けが設計図を見て外とガーディアンしかない事を知ったからだ。
罠などここには仕掛けられていないだろう。何せこの記録映像を残す事に必死で自分らの命を忘れるような奴らだ。この記録映像にもし罠が当たったら、とか考えて備えなかったに違いない。
「これはどうやって動かすんだ? 確かこの辺を弄ってた気が……」
シーテラがどうやってたか、ボヤけた記憶を頼りに記録装置に触れた。すぐに動かす為のボタンらしきものを発見したが、何を押せばいいのかさっぱりわからない。
説明書ぐらい置いとけよ。見せる気ないだろ。
心の中でそんな愚痴を漏らしつつ、とりあえず適当にボタンを押してみた。すると、五つの空欄が表示された。どう見てもこれはパスワードだ。
本気で見せる気ねぇ……
何のために置いたんだよ、馬鹿野郎。
俺はそれ以上弄るのを諦めた。変なボタンを押して爆発されたら叶わない。今度シーテラに会った時に見せて貰おう。彼女なら操作方法がわかるはずだ。
にしても、あの竜巻どうしようかな。説明書見たところ、解除方法らしきものがないんだが……
いや、あれば馬鹿どももさすがに外に出れたよな。解除方法作らんとか、アホすぎる……
「はぁ……結局、帰りも砂嵐の中に突入しなきゃならないわけか……」
今度は布でも口に巻いとこう。多少マシになるはずだ。
〜〜
「チッ」
「おい」
ローズは無事遺跡から戻ってきた俺を見るなり激しく舌打ちした。ここまでわかりやすくやられると怒る気も起きない。そんなに城が欲しかったんだなとしか思わなかった。
それから、『財宝は?』としつこく聞いてくるローズを連れて街に戻り、すぐにラム婆へと報告を行った。
「早いねぇ。あたしの目はまだ狂っちゃいなかったようだね」
「さぁどうだろ。少なくとも、あの遺跡は簡単には調査出来ないみたいだよ」
俺はラム婆に遺跡から持ち帰ったあの遺跡の設計図を手渡した。そこには、わかりやすく遺跡を覆う竜巻が書かれてある。そして、その下にある砂に埋もれた部分に発生装置が描かれている。
「なんだいこれは?」
「遺跡の設計図。どうも彼処はその竜巻で守られてるみたいだね。ローズ達が入れたのは、たぶん何かその装置に不具合があったからだろうね。今は元に戻って、難攻不落の遺跡と化してるよ」
「よく言うさね。これを手に入れたという事は、砂嵐の結界を突破したんだろう?」
「まぁ……」
死ぬかと思ったが……
「それでガーディアンの方はどうだったい?」
「たぶん再生機能でもない限りもう動く事はないと思うよ。もし動き出しても、遺跡の部屋の中で休眠状態に入ると思うから、気にする必要はないかな。万が一の場合は目を壊したら大丈夫だから」
「そうかい。とりあえずそれは信じようか。他には何かなかったかい?」
ラム婆は設計図を机の上に置いて、手をその上で組んで目を光らせだ。それは冒険者の目。年老いてもそういったものに対する好奇心は健在のようだ。
「その奥には、あの遺跡を作った人達の居住スペースがあったよ。その中に、この日記があったよ。最後のページは見ない事をオススメするけどね」
俺は日記を手渡した。もう内容は控えたし、必要ない。地図の方も一応模写しておいたが、どちらも必要なかったかもしれないな。まぁ、一応だ、一応。
「そんな事を言われると気になるのが人ってもんさね。後で読ませてもらうよ。他には?」
「記録映像があったけど、これは俺が貰う。どうせラム婆達に渡しても見れないよ。パスワードがあったからね」
「パスワード? なんだいそれは?」
この世界にパスワードはないようだ。確かにそんな言葉を使う事もないだろうしな。
どうも魔石を中心にした技術が発展し過ぎて、他が全然だからな、この世界は。
「合言葉みたいな言葉のカギだよ。だから、そのキーとなる言葉がわからない限り見れない。けど、俺には少しそのキーにあてがある。たぶん見れるはずだ。内容はまたここに訪れた時にでも教えるよ」
「ふぅむ。なら、よしとしようかね」
それから遺跡内部の状況を話して依頼完了となった。報酬はマスターズクエストだけあって高額だった。
そうして、金を稼ぐ必要がなくなった俺はギルドを出た。そんな俺にたかろうとしてくるローズを振り切り、俺は商店の立ち並ぶ通りで買い物を済ませる。
ルクセリアから頼まれたのは、回復薬と武器、防具どちらも足りないそうだ。回復薬はともかく、武器や防具は結構な数あげたんだけどなぁ。まぁ、1500人も構成員がいれば仕方ないのかな。小さい国の軍隊ぐらいの数だろうし……
それにしても回復薬かぁ。盲点だった。
これまではシャルステナがいるから、傷は魔法で治して貰っていたが、今は治して貰えない。必然、回復薬に頼らねばならない。
何度か飲んだ事はあるが、低級のポーションだった為か、治りが非常に遅くまた効果も低かった。何より自然治癒力を高める効果しかないから、傷跡は残るし骨が折れても固定しないと変なくっ付き方をする。だから、今まではあまり使ってこなかったわけだが、今後使う場面も出てくるだろう。
だから、金もあるし最高級のものを買い占めるかと考えたのだが、最高級の物は置いてなかった。こんな辺境にあるか、と店の人に怒られてしまった。仕方なく中級を買い占め、上級もある分だけ全部買ったら店の人は手のひらを返したようにほっこりしていた。
そんなこんなで、大量購入を終えた俺は宿を探して夜の街を闊歩していた。
宿屋の看板を探して適当に歩いているといつの間にか人のいない一角に来てしまった。俺はここにはなさそうだと踵を返そうとしたが、そこで初めて気が付いた。
誰かに見られてる……?
ローズか? まだ諦めていなかったのか?
俺はそんな風に考え、視線を辿り声を張り上げた。
「出てこいよ! そこにいるのはわかってるぞ!」
ローズと言わなかったのは、間違ってたら恥ずかしいからだ。しかし、そんな俺の恥を避けた行動はこの場合正解だった。
視線を感じた先にいたのは、男だった。男は物陰から低い笑い声を漏らしながら姿を表した。
「………クックック」
暗闇と同化しかけているその男からは、さっきまで感じていた気配が完全に消えていた。目を離せば見失ってしまいそうなほどに……




