108.情報屋
「………クックック」
闇夜の暗影から姿を見せた背の高いの男。何処にいても目立ちそうな身長と、人目を引きそうな怪しい風貌をしているのにも関わらず、その男からは気配というものを微塵も感じない。
黒い帽子を浅く被り、闇に溶け込む暗い色合いの服を着た男は、暗闇の中でも非常に目立つ白の手袋をした片手で口元を抑え堪えるように笑う。
「何がおかしい、お前は誰だ?」
俺は剣の柄に手を置き、いつでも抜ける状態で警戒心を露わにした。夜の静寂が辺りを包む中、俺の声は逆にこの場の緊張を高めただけのように思えた。
しかし、男はその緊張感が高まっている事などまるで感じさせない優雅な動きで帽子を取ると、それを胸にあてお辞儀した。
「お初にお目にかかる。冒険者レイ……いや武闘大会覇者のキッチックとお呼びしようか? 私はしがない情報屋をやっているセシルと言う者である。どうぞお見知り置きを」
「情報屋? 情報屋が何で俺の後をつけてた?」
俺は緊張を解かない。決して目も離さない。それはこの男が只者ではないと認識したから。
たった今も目の前にいるはずなのに、声を発しているのにこの男からは気配も何も感じない。まるでそこに存在しないかのようだった。
「おっと、失礼。情報屋の癖でね。つい気配を消してしまっていた」
セシルはそう言って怪しげな笑みを浮かべると、気配を表した。それは確かに先程感じたもの。それを感じ取って、俺はすぐに、こいつは嘘を言っていると思った。
「なら、何故さっき気配を漏らした?」
「ククッ、やはりいい。君は最高だ」
また低い唸り声のような笑い声を漏らしたセシル。そのセシルの言葉に俺は警戒心を釣り上げた。
「そう警戒しないでくれ。私は情報屋。戦う力などない」
「嘘つけ。その気配の殺し方は尋常じゃない。現にもし気配を殺したまま後ろから攻撃されれば、俺はやられてた」
嘘を吐くとは益々怪しい。しかし、セシルは俺の指摘に慌てる事なく、怪しい笑みを浮かべ手で口元を隠した。
「かもしれない。だが、今君が言った事そこが何よりの答えだ。私は君を殺すチャンスがあった。だが、私はそれをせず姿を見せた。それが私に君と戦う意思がない何よりの証拠だと思うが?」
胡散臭い。それがこれまでの会話で得た第一印象。だから、この男の言う事が素直に信じられない。
それが警戒を解かない理由となった。
「なら、お前の目的はなんだ? 何故姿を見せた?」
「それは君と話がしたかったからさ」
「だから、その理由を聞いてるんだ。答えろ」
俺は剣の柄を握り、こめかみに力を入れながら口調を強めた。
「その警戒を緩めないところも実にいい。いいが、これでは話にならないな。いいだろう。まずは私の目的から話そうか。先程も言った通り、私は情報屋。情報屋がわざわざ自分から話しかけるのは、何か情報を知りない時か、自分の持つ情報を欲している者に商談を持ちかけたい時だけだ」
「つまり、お前は俺から情報を買いたい、もしくは情報を売りたいという事か?」
確かにそれならば、情報屋が俺に話し掛けてきた理由の説明は付く。大方遺跡の情報でも買いたいのだろう。
そう思ったが、セシルは再び不気味に笑った。
「ククッ、残念ながらそれは正解のまだ半分だよ。私は情報屋の中でも変わり者でね。面白そうな情報しか買わないし、売らない。その私の矜持を満たしてくれそうな君と専属契約を結びたいのだよ」
「専属契約?」
「つまり、私は君の欲しい情報を仕入れ、君に売る。その代わり君は私からしか情報を買わないし、私も他には情報を売らない」
俺はこいつの目的を図りかねていた。専属契約それ自体の意味はわかる。だが、それをする必要性を感じなかった。今の感じだとこの男に何のメリットもないように感じた。
「意味がわからない。それをして何になる?」
そんな俺の問い掛けに、セシルは口角を釣り上げた。そして、口を開きくと、次第に興奮していく。
「わからないかい? 私が君に情報を売る。すると君はそれを元に動く。私は君の行動を見たり聞いたりして矜持を満たす。何より、その年でS級を一人で完封する実力者。今のうちにツバを付けておけば、私の与えた情報が将来世界を動かす事になるかもしれない。それは実に面白い。情報屋ならば誰しもがそんな情報を売ってみたいと一度は考えるはずだ。だから、私は君と専属契約を結びたい」
「…………はぁ?」
俺は最後の言葉と同時に伸ばされた手に、思わずポカンとしてしまった。
こいつはアレか?
一種の変態か?
「まぁわかってくれとは言わない。これは私の価値観であり、矜持だ。だから、私は変わり者と呼ばれるのだよ。しかし、残念ながら変わり者は変わった事でしか満たされないのだ。そのためならなんだってしよう。ここで、私のセールスポイントを一つ言わせてもらうと、今まで私が欲した情報が手に入らなかった事はない。それなりに出来る情報屋ではあるつもりだよ」
確かに価値観が違い過ぎる。俺ならば情報屋として影で動くのではなく、自分でやりたいと思うだろう。セシルは見たところ、そんじょそこらの奴ではない。それなりの実力があるはずだ。だが、それを表立って使わず、影に徹する。まるで忍者のようだ。
そう考えれば、何もおかしい事ではないのかもしれない。忍者ならば憧れる気持ちもわからなくはないし、何よりイメージしやすい。
影となって主君を支え、表舞台には出ない。言うなれば、この男はその役をやりたいと言うことなのだろう。
問題は果たして俺に忍者が必要なのかと言う事。有事の際に、その存在がいてくれるのは非常に助かるだろう。
……だか、果たしてこいつは信頼出来る相手なのか?
「手をとってはくれないのかい?」
「………条件がある」
「はて、条件?」
俺はこいつへの信用度と影の必要性を天秤にかけた。そして、一つの解に至る。
「契約と言うのなら血契約を結ぼう。それなら俺はお前の事を信用出来る」
「クククッ、もちろんだとも。こちらは元々そのつもりだ。契約内容はこれになる。目を通してくれ」
セシルは血契約の内容が書かれた紙を懐から取り出し、俺に渡してきた。俺はそれに目を通し、驚愕した。
「お前馬鹿か⁉︎ この契約内容じゃお前が圧倒的に不利じゃないか⁉︎」
「さて、何のことかな。契約に反した時の罰則以外、私達は平等だろう?」
「その反した時の事を言ってるんだよ。俺が嫌がらせとしか思えない罰則なのに、お前は自分の命を賭けてる。全然平等じゃない」
わざとらしく知らないフリをしたセシル。こういう所が胡散臭いのだ。
だが、それよりもこの契約内容。これでは圧倒的に俺に有利だ。俺への罰則は一週間下痢になるというもの。ただの嫌がらせだ。これなら破ろうと思えば破れる。
反対にセシルへの罰則は死。とても平等な契約内容とは言えない。
「クククッ、確かに。だが、私への信頼を勝ち取るのにこれ以上のものはないだろう? 君も先日やっただろう?」
「ッ⁉︎ 何で……いや、よくそんな情報持ってるな」
「いやなに、少し私の腕前を君に見せつけ、契約を結んでもらおうという腹積もりだよ」
ほんの一週間程前の事で、しかも盗賊団と俺しか知らない事をどうやって……
確かに腕は一流のようだな。
「この契約内容に俺は不満はない。セシル、あんたはいいのか?」
「もちろんだとも。私は契約を破るつもりなどないからね。だが、君の場合は破れるようにしてある。それは私の力が及ばなかったの時のことを考えてね。尚、君自身が自分で情報を仕入れるのは違反ではない。あくまで他の情報屋から情報を買った時だけが違反だ」
「わかった。じゃあ、契約を結ぼう」
紙に特殊なインクで書かれた契約内容の上に、俺は指先を切って判を押す。続いてセシルも同じようにして血の印を刻むと、俺たちの血が契約内容の文字に流れ込む。
そして、文字が赤く浮かび上がると、紙に魔法陣が現れる。魔法陣は文字とは対照的に青白い発光をあげ、契約を結ぶ。そして、その光が収まるとそれは契約内容が書かれただけの紙となった。
「これで君と私はパートナーとなった。必要な時はいつでも使ってくれ」
「ああ、じゃあ早速。もう知ってるだろうけど、俺が今厄介になっているところのリーダーについてと、あの4人の子供についての情報が欲しい」
盗賊と関わっている事を明言するのは避けた。街の中ではどこに聞き耳を立てている奴がいるかわからないからだ。それに、こいつの情報力なら意味は通じると思った。
「了解した、クライアント。情報を手に入れ次第、私から君の所へ向かう。君は自由にしていてくれ。だが、大きく移動する時は多少なり痕跡を残してくれると助かる」
「了解」
それはつまり俺の行動はこいつに筒抜けという事か。いったいどうやって情報を集めているのやら。
だが、いい相手と巡り会えた。こいつは使える。
〜〜
一週間後。
俺はアジトに戻って来ていた。ルクセリアから頼まれていた回復薬と装備品は全て渡した。それからは特にする事はなく手持ち無沙汰だったため、時折子供達の様子を見ながら、アジトの中を探索したりしていた。
子供達がここに来てはや3週間。彼らは盗賊団としての生活に馴染もうとしている。と言っても、盗賊のお仕事はまだしてはないない。
ルクセリアが個々に武器の使い方を教えたり、簡単な魔法の手解きをしている。まるで学校に通っているような生活だ。
一方、俺もまた彼らに色々と教えている。主にスキルの使い方と、その習得を中心に。まるで教師に戻ったかのような気分だ。
あいつらに教えていたのも、もう一年も前の話になるのか。時が経つのは早いもんだ。みんな元気にしてるだろうか?
そんな風に王都での生活を懐かしみにながら、のんびりと一週間を過ごしてきたが、今日からは少し忙しい。何でも盗賊団として仕事をするそうだ。
子供達にとっては初陣となる。俺も付いて行って見守らなければならない。だが、顔は晒したくはない。そんな訳で、俺は変装する事にした。
「旦那その格好はどうした? そんな仮面砂漠の中で被っていたら焼け死ぬぞ」
「これはな変装用の……今なんて?」
焼け死ぬ?
た、確かに……こんな砂漠のど真ん中で鉄仮面なんか被ってたら、オーブンみたくこんがり焼かれそうだ。
「そうか、顔を晒したくないのか。ならば、これを使うといい」
「サンキュー」
ルクセリアからお礼を言いながら布を受け取り顔に巻いた。これで顔の下半分は布の下に隠れた。
「これならば盗賊らしく、違和感もないだろう。それでは逆に目立ち過ぎるからな」
「もう一枚ないかな? 頭にも撒きたいよ」
「それではまた逆に不自然だ。正体を晒したくないのなら注目を集めない方がいい」
もっともだ。ルクセリアのいう事はもっともなのだが、布一枚だとどうしても不安は拭えない。特殊メイクの練習でもしとけばよかった。落ち着いたら今後のためにも練習しよう。
「頭領ぉ、獲物がいやした。だいたい10人ぐらいの商隊ですぜ」
「そうか。では、標的を先回りして待ち伏せしろ。いい山はあったか?」
「ありやしたぜ。じゃ、俺たちゃそこで待ち伏せしときやす」
盗賊と言うよりは、まるで軍隊かのよつな動きだ。人数が多いとこうなるのかもしれないな。
「では、旦那行こうか。子供達は私の側を離れるな。君達には怪我もさせない。だから、気負う事なくやってくれ」
子供達はルクセリアの言葉に深く頷いた。そこにはこの短い間に築いた確かな信頼関係があるようだ。
「俺もいるしな、安心しろ。出来る事をやればいい」
「ははっ、旦那も意外とやる気じゃないか」
「まぁ、偶には悪役って言うのも悪くない」
そんな風にいつも通りの調子で話す俺たちを見て、子供達は少しだけ肩の力を抜くことができたようだ。
そして、砂漠の山となった場所に隠れ、商隊が来るのを待った。盗賊達は既に獲物を抜き今か今かと待ち構える。そんな様子を見て子供達は恐怖を思い出したのか、目が曇る。
「大丈夫だ。嫌なら何もしなくていい。誰も怒ったりはしないさ」
俺はそう子供達を落ち着かせるために優しく語り掛けた。その瞬間、全軍の一番前に陣取っていたルクセリアが口を開いた。
「行くぞ」
ルクセリアの指示に盗賊達は一斉に山から飛び出した。突然現れた盗賊の大群に商人もそれに雇われた冒険者もまた驚き、みっともなく慌てていた。
まぁ、この数の盗賊に襲われたら普通ビビるか。
「よし、みんないこうか」
俺は飛び出さず待ってくれているルクセリアを見てから、体に合わない大きさの武器を抱えた子供達を促した。
「子供達は私に付いて来い。旦那は好きにしてくれ」
「今日の俺はお守りだから、ついてくよ」
『そうか』と頷いたルクセリアは砂坂を勢いよく駆け下りる。それに続き子供達も転ばないよう、一生懸命になって駆け下りた。
一方、俺は焦らずゆっくりと歩いて追随した。
余り冒険者達には近づきたくない。バレるかもしれないからだ。
だって…………ローズがいるんだもん。
何であいつがいるんだよ。マジで変装してきてよかったぁ。偶然というのは時に恐ろしいな。
ローズがいるという事は他の冒険者は彼女のパーティメンバーなのだろう。動きは悪くない。十分一人前を名乗れるレベルだ。まぁ、B級なのだから当たり前か。
そんな彼らは『蛇の毒』相手に善戦していた。少なくとも1人で4人は相手取り、必死に雇い主とその馬車を守っている。
その戦いは互角だった。だがそれはルクセリアが参入するまでの話だった。
「キャッ!」
「ローズ⁉︎ チクショウ!」
参戦したルクセリアにローズが一瞬でやられた。首への一撃をもらいローズは小さく悲鳴をあげて気を失った。
それを見て仲間の男がルクセリアに斬りかかるが、それが彼に届く事はなかった。その前にルクセリアの手によって沈められ、残りの冒険者達も1分とかからずに同じく身動き取れなくされた。
「ひっ、ヒィィ‼︎ こ、殺さないでくれェ‼︎」
商人の男は腰を抜かした様に尻餅をつき、ルクセリアを恐怖の染み付いた目で見上げた。そんな商人の怯えように満足したのか、ルクセリアは冷たい声で淡々と要求した。
「殺されたくないか? ならば、積荷を置いて去るといい。貴様を殺したところでこちらには何の利益もない。とっととこの者達を連れ去れ」
「は、はぃい‼︎」
命乞いをした商人の男はルクセリアに言われた通り慌てて積荷を下ろし、代わりにローズ達を積み込むと一目散に逃げ帰っていった。
そんな風に慌てて逃げ去る商人の姿を見ながら、俺は思った。
うわぁ、初陣の意味ねぇ。子供達何もしてないじゃん。
いや、しないならしないでいいんだけどさ。これでは体験というより見学だろ。
ローズ達には悪い事したな。これではクエスト失敗になってしまうだろう。今度会った時何か適当に理由見つけて奢ってやろう。
「旦那、すまないがこの荷物をスキルで運んでくれるか?」
「えらくみっともない活躍の場をくれたもんだ」
俺は活躍の場を独り占めしたルクセリアに皮肉っぽく言った。
「ははっ、すまないな。だが、相手が少し手練れだったのでな。旦那達に相手させるのはまた今度という事で納得してくれないか?」
「冗談だよ。それに顔見知りだったから、早々に気絶させてくれて助かった」
正直、ローズ達に直接剣を向けるつもりはなかった。何かの拍子に正体がバレてしまっては堪ったものではないし、顔見知りを襲うのは流石に気が引けた。
正体がバレれれば、現金なローズの事だからしこたま金を奪われそうだし、俺としてはルクセリアが一人で片をつけてくれて助かった。
あの様子では俺の事など目に止める暇などなかっただろう。これで一先ず憂はなくなった。
「そうだったのか。それはすまない事をした。だが、こちらもこれでしか生きていけないのでな」
「わかってるさ。別に特別仲がいい知り合いってわけじゃないから」
ほんの数日一緒に行動した後追いかけ回された仲だからな。多少悪いとは思うが、情が湧こう筈もない。
「これで全部?」
目に付く積荷を全て収納空間の中に入れた後、念のためルクセリアに確認した。だが、返事は返ってこず、不思議に思い、視線を向けるとルクセリアは何やら少し険しい顔をして、周囲を見渡していた。
「どうした?」
「いや…………静かだ。いつもはもう少し砂が動いてもいいはずなんだが……」
おいおい。お前は何を言ってるんだ。
「ルクセリア、それなんて言うか知ってるか?」
「いや、こんなのは初めてだ。聞いたこともない」
「よし、教えてやろう。それはなーー」
シャァァァア‼︎
「フラグって言うんだ」
ルクセリアの立てたフラグは、この砂漠最強の存在を呼んでしまった。
やはり恋愛関連のフラグ以外は立ててはいけないようだ。
異夢世界を読んでいただきありがとうございございます。
最近、余裕が出てきたので、そろそろ週2ペースに戻したいと思います。たぶん来週か、その次の週からになると思います。




