表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/253

エキシビジョンマッチ後編

これを読み終わった時、貴方は疑問に思うかもしれません。

大丈夫。それで、合ってます。

『えー、ギルク王子がどこかへ消えてしまったため、次の選手に移りたいと思います』


 エキシビジョンマッチも終盤戦。騎士は残り6人。対して、学生連合は3人だ。単純計算、一人で2人抜きしなければならない。

 だが、勝ち目はある。面白など抜きにして、純粋に強い奴らが今から戦うのだ。騎士の度肝を抜いてやれ。


『続いての登場はアンナ選手! 先日の依頼争奪戦にて、1億という破格の数値を叩き出したパーティのメンバーの一人! また、残るゴルド、シャルステナ選手、更には本日も大暴れのキッチックも、そのパーティメンバーでした! 実力は未知数! しかし、弱いとは思えない彼女に、期待が高まります!』


 そんな司会者の期待してますよコメントが気に入ったのか、アンナは鼻を高々に胸を張る。


「ふふん、ま、当然よね! あたしの超活躍するところ見せてあげるんだから」


 そう自信満々に舞台に躍り出たアンナ。その両手には、細身の剣が一本ずつ握られている。握りは軽く、緩やかに。しかし、隙があるとは言えないアンナの構えに、対戦相手である騎士は、僅かにゴクッと喉を鳴らした。

 現役騎士をして、彼女の構えは文句なしの様だ。それどころか、相手として不足はないと言いたげに、騎士の顔が強張っていく。


 一方、アンナもまた緊張を高め、それと同時に脱力していく。いつになく真剣なその表情までも、どこか力抜けしていくような錯覚を覚える程に、彼女の脱力感が伝わってくる。


 向かい合う両者の緊張が最高潮に到達し、ピリピリとする空気に観客が思わず息を飲んだ。


 ドーンッ‼︎


 試合開始の銅鑼の音は、二人の足を同時に動かした。奇しくもアンナと同じ双剣使いであった騎士は、力強く踏み込み接近する。しかし、一方のアンナは足音さえ聞こえない軽快な足取りで、騎士へと迫る。


 衝突する二人の影。それは、僅か数旬の間に10度の接触を行い、開始位置を交代したかのように、勢いそのままに通り過ぎる。


 急回転する騎士の踏み込み。地面が耐え切れず悲鳴をあげる。対してアンナは急停止する事なく、前方宙返りで回転しながら体の向きを捻り変える。

 再び向かいあった両者は、一瞬たりとも動きを止める事なく、再び激突する。二人の影がぶつかり、また離れる。そのすれ違いざまに火花を散らせ、遅れて甲高くも鋭い音を何度も響かせた。


 かなりの速度でそれを繰り返す二人の姿は、まるで二つの影が交錯しているようにも見える。直線運動を繰り返す影と、時折弾む影。二つの影が織りなす、剣舞はまるで踊っているかのようにも見えた。


 しかし、その動きは良くも悪くも互角であった。一向に勝負がつく気配はない。まだ開始1分程の時間しか経っていないが、すでに衝突は30を超えていた。しかし、両者共に擦り傷さえ負っていない。


 そんな状況に歯噛みしたのか、アンナは突如動きを変えた。がむしゃらに向かっていくのを止め、動きを止める。

 そんなアンナに、騎士は警戒を強めながらも、足は止めない。油断など皆無。確実に一歩、また一歩を自身に出来る最適解を探し、踏みしめる。


 再び両者が衝突せんとしたその時、アンナの剣が掻き消えた。ブランと脱力した状態からの、急加速。その急激な変化に、騎士だけでなく、俺もまたついていけなかった。


 銀線が煌く。それは金属特有の甲高い音共に、一瞬で勝負を決する一撃であった。

 キィンという一塊となった音。クルクルと二つの銀色が空に舞う。それは、刹那の間に振り抜かれたアンナの剣により、弾き飛ばされた騎士の剣であった。


「あたしの勝ちね」


 ドスっと地面に突き刺さる双剣をバックに、嬉々とした表情で勝利を宣言したアンナ。そんな彼女に首元を十字に押さえられた騎士は、呆気に取られたように、目を見開いていた。

 緩急を使った不可視の攻撃。予備動作を極限まで消した技と言っていいその動きに感服したように騎士は手放しで賛辞を贈り、負けを認めた。


「お見事。私の負けです」

「ふふん、どんなもんよ」


 自慢気に頷き返すアンナは、スッと剣を下ろすと高々にVサイン。それに初めてまともな歓声が飛ぶ。息を飲んで戦いを見守っていた観客達のスタンディングオベーション。


 アンナは満足気な笑顔を浮かべると、トントンと地面を確かめるように足先を地に突き立て、次の相手を見据えた。


 アンナの次の相手は妙齢の女性騎士であった。主武器は弓。近接戦闘が得意なアンナが相手に近づけるかどうかでこの勝負は決まるだろう。


 そんな風に戦力分析を済ませた時、開始の合図が鳴った。


 流れる様な動きで弓を構えた女騎士。そして、そのまま流麗な動作で弓を放つ。光輝く矢。それは、魔力が込められている証拠であった。

 弓のスピードも速い。恐らくは弦の強さによるものであろう。風のアシストでもあるのか、矢は更に加速し、急速に距離を縮めていく。


 しかし、その加速する矢に対して、アンナの動きは緩慢であった。


 まるで水の上を歩くかのように、軽くまた自然に。一歩彼女が踏み出す度に、水面に波紋が広がっていく様が幻視出来た。

 その水面に伝わる波紋は、美しくまた重なり広がりを見せていく。


「水鏡」


 その時、俺は確かに見た。アンナが矢に貫かれる様を。グラッと矢の勢いに押し倒されるアンナの姿を。

 そして、地面に溶け込んだアンナを。


「なっ⁉︎」


 その驚愕は、騎士のものであった。アンナが消えた場所を凝視していた俺にはわからなかったが、見れば弓の弦が切り裂かれている。

 そして、そこには貫かれ消えたはずのアンナの姿が……


「へへっ、どうよ? 参ったでしょ?」

「くっ……参りました」


 悔しそうに負けを認めた女騎士。俺も周りも、誰もが何が起きたのか理解出来なかった。ただ一つわかるのは、アンナが瞬間的に移動した事。

 ある意味これは後衛潰しと言っても過言ではない技だった。超近接型のアンナが、瞬間移動の如き移動法を持っている。それだけで、後衛職の天敵とも言える存在であった。


 〜〜


 ギルクに続き二連勝したアンナ。しかし、彼女の限界は近かった。続く第3戦目では、先の瞬間移動は使わず、1戦目のような戦い方で善戦するも、魔力切れによりアンナ自ら降参を宣言した。どうもあの技は隔離空間レベルで魔力消費が悪いらしい。

 しかし、アンナの降参宣言はやりきった感のある清々しいもので、もう思い残す事はなさそうだった。


『続いてはゴルド選手です! 彼は王様と皇帝の前でも堂々屁がこける見上げた精神の持ち主! いったいどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!』


 あったな、そんな事も。


「アンナの仇は僕が取るよ! アンナがやられた3.6倍ぐらいやり返すよ!」

「あたし一撃たりとも貰ってないし、その微妙な数値はどっから来たのよ。まぁ、ちゃんと勝ちなさいよ?」

「任せて!」


 いつになく気合の入ったゴルドに、最近ツッコミに目覚めたアンナの実に冷めた返しが与えられた。

 あの女いい加減陥落してやってもいいんじなないか?最近、ゴルドに同情してきたぞ、俺は。


「さぁ、バッチコイ! 勝ったら、アンナにキスして貰えるんだ!」

「あたしそんな事一言も言ってないでしょ‼︎」

「あれ?」


 試合が終わり飲み物を片手に寛いでいたアンナは、思わず吹き出し、飲み物が入った容器を放り投げた。

 どうやら余りにアンナが応えてくれないので、ゴルドはとうとう自動翻訳機を手に入れてしまったらしい。如何なる言葉も、彼にとっては甘い言葉に変わってしまっているのだろう。


「ハグだっけ? それとも、膝枕?」

「だから、いつあたしがそんな事言ったのよ⁉︎ 勝ちなさいって言ったのよ‼︎」

「え〜、ご褒美は?」


 ゴルドはアンナにせびる様に、ご褒美が欲しいと要求した。

 いや、ほんと、俺も見習わないといけない。最近、思うのだ。俺って健全過ぎないかって。そろそろ、欲望のままにシャルステナとイチャイチャしてもいいんじゃないかな?


「じゃ、じゃあ、ひ、膝枕してあ、あげるわよ! だから、か、勝ちなさい!」

「やった〜〜‼︎」


 おー、頼んでみるもんだな。俺もやってみよう。………いや、待てよ?

 膝枕……してもらったな。

 ハグ……何十回としたな。

 キス……してるな。

 その先……未成年なんたらで捕まるな。


 あれ? 要求する事なくね?


 ま、まぁ、何かあったら頼んでみよう。


『さぁ、ゴルド選手の膝枕が懸かった一戦を始めましょう‼︎』

「ちょ……⁉︎」


 アンナは顔を赤くして、司会者の言葉にギョッとした。司会者が言うまでもなく、もはや周知の事実であったのだが、それに気が付いていなかったアンナは知られたと羞恥に悶えた。

 俺もうあいつが普通なのか、変態なのかわかんない……


 そんな俺の疑問はさて置き。


 膝枕に燃えるゴルドの試合が始まった。珍しくやる気のゴルドは、雄叫びを上げながら魔力を放出。それを体に巻きつけ始めた。


「膝枕ーーッ‼︎」


 ……技名じゃないよな?

 そんな技名疑惑が浮かぶ程ドンピシャでゴルドの叫びと魔装の完成が重なった。


 ゴルドの纏った魔装は俺のとは少し違うものであった。俺の魔装が魔王をモデルに作ったスリムなものであるのに対し、ゴルドのそれはゴツゴツしていた。形が見て取れる程に、高密度の魔力がゴルドの盾と肉体を合体させていた。まるで腕そのものが盾であるかのように、大きく、また太い。


 俺がその魔装に名をつけるとすれば、それはシールドとなるだろう。盾に重きを置いた魔装。それがゴルドの魔装であった。


「いくよ〜?」


 あっけらかんとした口調で、ゴルドが盾を深く構えたまま踏み出した。その瞬間、彼の踏み込みをアシストするように、背中に纏った魔装が弾け飛ぶ、いや、噴射された。


 魔力噴射による加速がゴルドを通じて盾に乗る。それはまるで闘牛の様に一直線の加速を持って、騎士へと迫る。しかし、その動きは直線である故に読みやすい。騎士はそれを受け止めるか迷ったかのように立たずを踏み、結局避ける事を選択した。


 しかし、一つだけ彼には誤算があった。それはーー


「なっ⁉︎」


 魔力を操作する事に関しては、ゴルドが異常の域に達していた事だった。


 急速に向きを変えたゴルド。それは騎士の動きを感じ取り、瞬時に魔力噴射の方向を変える事で起こったハンドリングであった。更には、瞬時に盾が檻のように伸び、逃げようとする騎士の行く手を阻む。

 急速に迫る幅広い、もはや壁と言ってもいいゴルドのシールドが逃げ場を失った騎士に迫った。


「ぶっ……!」


 瞬間的に強烈なGを受けた騎士の顔がひどく歪む。まるでダンプカーに衝突されたかのように盾に貼り付けとなった騎士を連れ、そのままさらに加速するゴルド。更に魔装を伸ばし、盾自体の加速も加え、そのまま闘技場を横断する。


「膝枕スマッシユ‼︎」


 どうやら技名であったようだ。


 ドゴォン!と壁との衝突事故を故意に起こしたゴルド。その彼から出た技名は、欲にまみれていた。しかし、そんな欲望と壁とのサンドイッチにされた騎士は堪ったものではなかった。

 頑丈に作られた壁との板挟みに、押し潰されそうに苦しく呻く騎士は辛うじて意識を保っていた。しかしーー


「からの〜、膝枕ジェットー‼︎」


 ゴルドの欲望の方が一枚上手であった。ペシャンコにする気ですかと問いたくなるような全力噴射で圧迫を強めるゴルド。徐々に壁に亀裂が生じ、騎士の体はその中へとねじ込まれていく。

 もうその時には彼は白目で、顔が平べったく縦に整形されていた。治るといいな……


 そうして、容赦という言葉を知っているか怪しいゴルドの魔力噴射がプスッとガス切れ音を立てて止まった時には、騎士は辛うじて保っていた意識も飛ばしてしまっていた。


「膝枕だーー‼︎」


 歓喜の声が響く頃には、膝枕連呼の恥ずかしさに耐え切れずアンナは両手で顔を押さえていた。


 〜〜


「よし、最後はシャルの出番だな」


 お馬鹿なゴルドは過剰攻撃で魔力を使い果たしてしまった。そうなると、現役騎士相手には、一歩及ばないのが現状だ。

 何分俺たちはステータスと戦闘経験の差を強力なスキルで補っている節がある。単純な能力値勝負ではまだまだ現役騎士には及ばないのだ。


『2年前、ディクルド選手相手に善戦した彼女が、舞台の上に帰ってきた! 魔法演舞では、文句無しの大魔法で観客を沸かせた彼女が、どれ程成長してこの舞台に帰ってきたか見ものであります!』


 今日、最注目の試合だ。なんだかんだで底が知れない彼女は今日こそ本気を見せてくれるのだろうか?


『それでは、試合開始ーー‼︎』


 試合開始の合図と共に、相手騎士はシャルステナに猛スピードで接近した。肉体を強化した俺以上のスピードで肉薄した騎士。明らかにシャルステナの戦法を熟知している動きだ。

 全力で接近戦へと持ち込む。それしか、勝機がないと判断しての事だろう。俺もよくやるからわかる。


 それではシャルステナを倒しきれない事が。


 深く腰を落としたシャルステナの手がブレた。抜刀からの流れるような一線。白銀の刃は、相手の胴体を真っ二つにするように軌跡を結ぶ。

 そして、小さく紡がれた詠唱が、初撃を殺された騎士へと風を運ぶ。


「バースト」


 シャルステナの剣から魔法が放出されかのように、前方の騎士だけを吹き飛ばす突風が駆け抜けた。その風はやや斜め上に吹き上げられ、騎士と地面の接触を僅かながらに断つ。

 微調な魔力操作が可能とする、いわばテクニックだ。


 シャルステナの凄いところは、そのテクニックを瞬時に使いこなし、また後衛職であるのに、並の相手ならば剣でも向かい打てるところにある。

 後衛を極めるために、徹底的に弱点を克服しているのだ。因みにこの場合、弱点は攻撃魔法の事でもある。


 余りに強力な魔法をバンバンと撃つため、勘違いしているかもしれないが、彼女の本職は回復魔法だ。シャルステナ曰く、『治癒術師は最後まで仲間を助けなきゃいけない。だから、最後まで倒れるわけにはいかないの』だそうだ。

 そのための攻撃魔法であり、剣の腕なのだ。


 俺は彼女がとても才能に恵まれていると思う。特に魔法の才は他と比較するのもおこがましいと思う程に。だけど、その分彼女は人一倍努力している。何が彼女をそこまで駆り立てるのか、俺には未だにわからないが、シャルステナのそんなところを俺は尊敬してるし、好きだ。


 才能に甘えず、自分を高める事を止めないところは共感出来るし、身近に彼女がいてくれたお陰で俺も負けてられないと頑張る事が出来た。

 だからか、わかってしまう。この勝負でシャルステナが負ける事はないと。


「水の記憶、荒れ狂う流れの中に閉じ込めて。ウォータープリズン!」


 風に押し戻された騎士が、体制を立て直し地面へと足をつけた瞬間、彼は12本の水の柱の内に閉じ込められた。まるで間欠泉から吹き出した水のように、四方を囲まれた騎士。彼が吹き抜けた水の圧力に思わず足踏みした間にも、それは檻へと形を整えんとする。立ち昇った水柱が、まるで噴水のように広がり、天に蓋をする。


 完全に閉じ込められた騎士。四方は触れれば弾き返される水柱に囲まれ、天は分厚く広がった水に閉ざされた。騎士は檻を切り開こうと剣に魔力を通す。だが、それを大人しく待つ程シャルステナは愚かではない。


 彼女の手がギュッと握られた。


 パシュッと音とともに、地面を除くあらゆる方面から、水砲が放たれた。まるでアイアンメイデンのように内側に伸びた水柱。それは、檻の体積の減少と共に、騎士を乱れ撃ちにする。全方位からの衝撃に騎士の体は激しく揺さ振られた。剣に纏った魔力など意味はない。彼が剣を一線する度に、10は水砲に撃ち抜かれる。


 実弾の嵐であれば形も残らないだろう数を受けて、鍛え抜かれた騎士も思わず苦痛に顔を歪ませた。そんな苦痛の表情のまま彼は動きを止めた。


「フリーズ」


 自身の生み出した水全てを、一瞬で薄青い氷へと変化させたシャルステナの魔法は、一つの彫刻として形を成していた。そこを縫うように吹き抜けた風は、まるで南極の極寒の中のような冷たさだ。

 ある意味冬に相応しいアートのようなそれは、騎士の体温を急速に奪い去っていく。ただでさえ寒いこの季節に、水浸しになった上に凍らせれた彼は、氷越しにも分かるほどに、唇を青ざめさせていった。


「これ以上は死んじゃうね」


 凛とした表情を崩したシャルステナは、優しくそう呟くと、氷の彫刻を爆砕させた。粉々になった氷の粒が太陽光に反射しキラキラと舞い落ちる。それはまるで、宝石が飛び散ったかのように見えた。


『あ、圧勝ーー‼︎ 現役騎士相手に圧勝です!』


 ペコリとお辞儀する礼儀正しいシャルステナ。少し照れ臭そうに笑う彼女に俺は観客に混じり拍手を送る。


『学生連合の勝利まで残り二人‼︎ かつてこれ程までに騎士達が追い詰められた年はあったでしょうか⁉︎ しかーし、ここからは簡単にいきません‼︎ 王国が生んだ異常児、その副騎士を務める弱冠15歳! アリスーー‼︎』


 えっ?

 まさかの保護者登場?


「よ、宜しくお、お願いしまふ‼︎」


 早口で噛み噛みのアリスは、傍目にも緊張でガチガチであった。あれがリアルロボットダンスというものなのだろう。動きが凄くぎこちない。


「だ、大丈夫?」

「も、問題ありません‼︎」

「ダメかも……」


 ガチガチなアリスを心配してシャルステナは、彼女のまるで命令を受けた騎士の様に胸の上に手を掲げた動きを見て、諦め混じりに呟いた。


「これは泥試合になる予感……」


 そんな俺の予想は見事に裏切られた。


『えー、取り敢えず始めましょうか……試合開始!』


 司会者も俺と同じ様に不安を覚えたようだった。


 試合開始後、シャルステナは動こうとも、魔法を唱えようともしなかった。どうやら緊張が解けるのを待って上げるつもりらしい。誰にでも優しい彼女らしい行動だ。

 しかし、そんな優しい気遣いを受けるアリスの緊張は高まるばかり。


「しゅるこふひょまほつつて」


 はい?

 もう緊張の高まりはマックスに達してしまったようだ。


「にょうわんひにゃひて」


 彼女は一体何を言ってるのだろう?


「わらひをひょうはしゅて」


 何を一生懸命伝えようとしているのかわからな……


瞬剛付加(しゅぎょふにゃ)‼︎」


 それは未知の魔法であった。いや、魔法ではないのかもしれない。ただ一つ、彼女の何かが変わったのは確かであった。ほんの一瞬、彼女の手と足に魔力の光が見えた。


 魔力が高まったわけではない。増えてもいない。かと言って、俺やゴルドのような魔装を纏ったわけでもなく、シャルステナやディクのように何らかの変化があったわけでもない。

 ただ身に纏う雰囲気がピリピリとしたものに変わった。


 ーー強い。

 俺は直感的にそう感じた。


 それはシャルステナも同様だった。いや、直接向かい合っている彼女の方がより鮮明にその変化を感じ取っていた。


 グンッと残影を引き連れ高速移動し始めたアリス。その瞬間、シャルステナは回避を選択し、転げるようにしてその射線上から外れる。しかし、想定外であったのは、彼女の機動力。回避したシャルステナに追随し、体を回転させていたシャルステナの腹を蹴り上げた。

 まるでサッカーボールのように、空高く舞い上がるシャルステナ。苦悶の表情を浮かべながらも、彼女はアリスから目を離さない。


「……ッ! ボルテッカーッ!」


 薄紅色の唇が雷鳴を紡ぐ。地を這う様に迸る電撃は足元からアリスに襲いかかる。アリスは『うへぇ⁉︎』と驚愕混じりに後退りながらも、大きく飛び退き雷を回避した。


「雷の記憶……」

「させませんよ‼︎」


 ほぼ同時に地面へと着陸した二人。シャルステナは着地するなりすぐに詠唱を始めるが、アリスはそうはさせないと、間髪を入れずに距離を詰めた。


「……ッ、ライトニング!」


 詠唱を止められる前にと、シャルステナは魔法を慌ただしげに完成させた。しかし、それは先と同じく突発的に発動した魔法であった為か作りが甘い。

 込められた魔力に威力が伴わないそれは、シャルステナの魔法が中途半端に発動した証拠だった。


 だがまぁ、無意味かと言われればそうでもない。決定打にはならないが、アリスの接近を邪魔する役目は十分に果たしていた。


「相性が最悪だな」


 シャルステナが詠唱する暇を与えてくれない。接近戦に持ち込もうとするのではなく、とにかく詠唱させない事を目的に、速さ重視で動いてる。

 更にはその速さを生かした回避で、尽くシャルステナの攻撃を避け続けていた。


 詠唱なしではシャルステナは強い魔法を撃てない。だからこそのあの動き。速効性の魔法ならば、範囲も威力も限られて、速さがあれば避け切れる。そこを上手く突かれた。いわばそれは彼女の数少ない弱点だった。


「バースト‼︎」


 先の騎士にも使った風魔法。それは、シャルステナが距離を取りたい時によく使う魔法だった。しかし、アリスはその機動力を生かし、突風の影響を受ける直線から外れた。そのままぐるっと迂回し、走り寄るアリス。

 魔法を回避されたシャルステナは、焦ることなく冷静に剣の柄を握った。どうやら接近戦を挑むようだ。


 走りながらもアリスは両手両足に魔力を込めた。魔力充填により、強化された本来は両手両足を保護する為の籠手と脛当ては、徒手を基本とする彼女にとってはこれ以上ない武器となった。


「天承‼︎」


 緊張などもう残ってはいない彼女を両の腕が真っ直ぐ突き立てた。掌底の如く開かれた手のひらが、シャルステナの剣線と重なった。二人の全力の一撃は、ギュンと圧縮されたエネルギーが弾け飛ぶように、二人の間に斥力を働かせた。

 弾かれ、後ろに吹き飛ばされる二人。


 先に体勢を立て直したのは、アリスであった。再び自分の影を引き連れて動き出した彼女。徹底してシャルステナに詠唱をさせる気はないようだ。

 一方で、そんな事は百も承知なシャルステナは、速効魔法でアリスを迎え撃つ。


「バースト‼︎」


 再びアリスに向けられた突風。これまでの戦いで砕かれた地面が、弾丸のように飛ぶ。しかし、これもまたアリスがカーブした事で躱された。

 しかし、攻撃を躱したはずのアリスは、一瞬後に強烈な衝撃を受け吹き飛ばされた。


「キャッ!」


 小さく悲鳴を上げてくの字に飛んだアリスの前方には、拳を突き出した状態のシャルステナがいた。強風に吹かれたかのように、髪と服を乱したシャルステナは、その僅かな隙を逃しはしなかった。


「雷の記憶、刹那の瞬きに敵を撃て! ライトニング‼︎」


 早口に詠唱を完成させたシャルステナが手を振りかざす。それに合わせ天から落ちた雷がアリスの全身を貫いた。


「ああぁぁぁあ‼︎」


 絶叫を上げて、体をビクビクと震わすアリスは、雷光の中でその熱に体を焼かれ、膝を折った。彼女の膝が焦げ付いた跡が残る地面についた。


 勝負ありだ。


 痺れて体を動かせないアリスに残心を解いたシャルステナが乱れた前髪をそっと掻き分ける。もはや彼女の勝ちは決定的で、これ以上やる意味はなかった。しかし、十分に見応えのある試合だった事は間違いない。

 いったいシャルステナ相手にここまで戦える同年代がどれだけいるのやら。彼女は文句なしに強かった。


『勝者シャルステナーー‼︎』


 司会者の言葉で、負けが確定したアリスは体を小さく震わせながら、目尻に涙を浮かべた。悔しそうに、唇を噛むと、未だ痺れが残る体を無理に起こし、逃げるように引き返していった。


 ……フォロー入れとくべきかな?


 そう一瞬考えたが、フォローを入れるなら俺より適任な奴がいる。そいつに任せる事にしよう。出来れば遺恨なく収めて欲しいものだ。


 と、司会者が一際テンションを上げて、声を張り上げた。


『追い詰められた騎士団‼︎ このまま学生連合の勝利となってしまうのか⁉︎ 騎士団最後の砦は、この人‼︎ ディクルドの仰ぐ師、キャランベルーー‼︎』


 ディクの師匠? あの人が?

 いやいや、ちょっと待て。それはセコイだろ! 反則だろ!


『騎士長目前と謳われる一級騎士キャランベル‼︎ もはや騎士団の勝利は揺るがないか⁉︎』


 1級騎士?

 確か上から三番目の位じゃなかったか?

 それは余りにも……


「済まないな。我らの団長は子供の様に負けず嫌いなのだ。なに、怪我はさせない。全力で向かってくるといい」


 まさしく大人と子供。それは身長、体格だけの話ではなく、実力差的にでもあった。今までの騎士とは別格だ。戦う意思を固めたこの人が身に纏う圧力は半端ではなかった。生半可な実力では数秒と持たないだろう。


「これはちょっと厳しいかな……?」


 キャランベルの圧力に尻込みしたように、シャルステナは自信なさ気に呟いた。今日初めて彼女の顔に緊張が走り、戦う前から負けを認めてしまったように感じられた。

 俺はグッと乱入したい気持ちを抑え、勝ってほしいと声援を送った。


「シャル!」


 騎士のやり方にブーイングが起こり、シャルステナへの声援が激しくなる中、俺の声はしっかりと彼女の耳へと届いた。

 俺はゆっくりと振り返ったシャルステナに、


「勝てたら何でも一つお願い聞いてやる‼︎」


 そんな風にご褒美を焚き付けた。俺としてはこれ以上彼女に望む事なんてないが、逆はあるかもしれない。それに、ご褒美があった方が人は頑張れるものだ。

 俺は彼女の本気が見てみたかった。


「うん‼︎」


 思わず見惚れてしまう様な可憐な笑みで、すごく嬉しそうに頷いたシャルステナ。いい気付けにはなったようだ。

 これで勝てなくても、全力を出して戦ってくれるはず……


『試合開始‼︎』


 銅鑼の音が鳴り響く中、キャランベルは微動だにしなかった。言葉通り、シャルステナの全力を受け切るつもりでいるらしい。

 対して、開始直後で警戒を強めていたシャルステナは、そんな彼の様子を見て、警戒を解いた。


「行きます」


 そう覚悟を決めたように勇ましく言ったシャルステナの体が、突如眩いばかりの発光に包まれた。


 やっと本気か。


 俺は彼女の本気を見れる喜びに目を庇いながらも口元をニヤッと歪めた。以前見た時より、遥かに眩しい光が、闘技場を包み込む。その光は、太陽のように暖かく、とても安心する光であった

 そして、発光が収まった時、これからの激戦に胸を躍らせながら向かい合う二人の姿を視界に収めようとした瞬間ーー


「はっ?」


 キャランベルが消えた。それはもう突然に。


「えっ……?」


 誰ともなく唖然とした声を漏らす。

 純白の発光を身に纏うシャルステナ。彼女の美しい髪までもが、その純白に包まれ、桃色の輝きを発していた。

 その彼女の前に立っているはずのキャランベルの姿はどこにもなかった。


 目にも留まらぬスピードで動いているのではない。文字通り、キャランベルはこの場から姿を消していた。視界が白に覆われ、それが開けた瞬間の出来事であった。

 俺は、ゴクッと喉を鳴らし、唖然と呟いた。


強制転移(テレポート)……」


 静まり返った闘技場を、俺の言葉は何の抵抗も受けず通り抜けた。


 空間魔法、強制転移。会得難易度不明。空間魔法における頂点と言われる最上、いや、超上級魔法。現在それを使える魔法使いは片手で数えられる程である。


 空間魔法には、瞬間移動という最上級の魔法がある。しかし、それは極々狭い範囲での移動しか出来ない。強制転移はその制限を取っ払った転移魔法。理論上世界のどこにでも転移出来る。


 天才過ぎる……

 俺やディクの才能など彼女の前では、道端の小石かもしれない。何十年空間魔法だけを極め続けて到達出来ると言われている魔法を、僅か13で習得してしまうなんて……


 桃色の髪が風に悠然となびいた。その彼女が持つ魔力量は俺では測り知れなかった。まるで瀑布のように止めどなく溢れ出る大魔力。それは、純白の発光と共に何処かへ消え、元の赤い髪が風に色合いを持たせた。


『し、勝者シャルステナーー‼︎ が、学生連合の勝利です‼︎』


 微笑するシャルステナに、大歓声が飛び交った。誰もが新たな大魔法使いの誕生に立ち会えた事に、嬉々として彼女へと拍手を送った。


 この日、彼女は『純白の大魔法使い』という二つ名を頂戴した。初めてその名を聞いた彼女は、照れ臭そうに頬を掻いていた。


 そんな彼女へのご褒美もとい、俺への要求は実に愛らしいものだった。


「ずっと隣に居させてね」


 それだけが、彼女の望みであった。





 …………ちなみに、強制転移したキャランベルは、王都で発見された。それから三日三晩全力疾走で会場に戻ってきたキャランベルには、騎士団長からのお説教という苦労人らしい結末が待っていた。


異夢世界を読んで頂きありがとうございます。


如何だったでしょうか?

これはリクエストにあったものを、書いてみたお話でしたが、彼女達の活躍にご満足頂けたでしょうか?

満足して頂けたなら幸いです。


さて、次からはセーラを救う為、世界樹を目指すお話です。それで、今回もプロローグを入れようと思うのです。ですが、その前にもう一つプロローグを。何のというと、第二部のです。

書いたはいいけど、どこで入れよう話一つ目。実はもう一個あります。行き場をなくしかけている可哀想なお話が。まぁ、何とか出番作ります。

その前に、この子の出番をと、入れちゃいます。


サブタイトルは『プロローグ0』。そう、ちょっと踏み込んじゃうタイトルなんです。これが迷った理由。けど、せっかく書いたので、入れます。


ということで、短い話が二話続きますが、明日、明後日で1話ずつプロローグ入れて、第6章に入っていきたいと思います。第二部もよろしくお願います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ