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おいでませ竜神の湯 〜辺境王国の観光立国史〜  作者: フユめん


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花街騒動(5)

 ジョスランの大音声を耳にして、五人組はにわかに慌てて、手に持った懐剣を隠そうか突きつけようか、どうしたものかと逡巡している様子だ。

 この剣の、用途としては武器である。しかし騎士から見れば、押し込みを働こうとしている証拠である。

 隠したいが、捨てる訳にもいかないので、どっちつかずの微妙な体勢になって、あたふたとしている。

 このまま、ハグノスが応援を連れてくるまで、こうしてあたふたしててくれれば良いのだが、現実はそう甘くない。

 五人の中では、比較的冷静さを取り戻したのが、彼らの頭目らしき男だった。

「お……おい! お前らよく見ろ、こいつさっきの酔っぱらいだ! 酔って妄言を吐いてるだけに違いねえ!」

 懐剣の切っ先をジョスランに向けながら、仲間達を一喝する。しかし、その男も、自分の言葉に半信半疑のようで、切っ先が握った腕ごと震えている。

 そもそも、酔っぱらいのフリをしていたのは、ハグノスだけである。それを間違えたのも、慌てている証拠だ。

(しかし、中々に不味い状況だな………)

 恐れ、慌てているとはいえ、押し込み強盗の性質上、こちらの口を塞ごうとはしてくるだろう。

 懐剣で武装した五人組を、素手で制圧するのは、いくら騎士でも不可能だ。

 何か武器になる物は無いかと、目だけを巡らせて周囲を見ると、軒に積まれた天水桶と、そこに立てかけられたデッキブラシが目に入った。

 近所の誰かが掃除をした後、その場に置いて行ったのだろう。

 木の棒ではあるが、短刀より長さがあるし、石畳や板張りを力を込めてゴシゴシと磨くための道具だから、硬い木材で作られている。非殺傷用の武器としてなら、十分に用が足りるだろう。

「見られたからにはやるしかねえ。野郎ども、やるぞ!」

 リーダーらしき男が号令をかけると、一番ジョスランの近く、五人組からしてみれば最後尾に居た男が、懐剣を腰溜めに構えて突撃してきた。

 細身の短刀で人を殺めんとするのならば、真っ直ぐ突き刺して内臓を貫くのが手っ取り早い。焦っていても、やはり凶賊、獲物の扱いは心得ている。

「おらぁ!」

「せいっ!」

 対するジョスランは、デッキブラシを手に取り、相手の手首を狙って振り下ろした。だが、若干振り遅れてデッキブラシは手首ではなく、凶賊の前腕を打った。

「くうっ!」

 パシンと打撃音がした後、唸ったのはジョスランだ。

 悪漢の腕がブレ、体勢を崩したので刺されずに済んだが、無力化は出来なかった。手首を骨を砕いてしまうか、短刀を叩き落としてやるつもりだったのに、肘に近い、肉の厚い部分を打っただけで終わってしまったのだ。

(やはり剣とは、勝手が違うな………)

 振り遅れた。金属製の剣より、はるかに軽いデッキブラシを使っているのに、遅れたのだ。

 その原因は、重心にある。ジョスランは咄嗟に、ブラシ部分を先にして持ったのだが、それがいけなかった。

 剣は、というか刃物は基本的に先細りになっていて、重心は根元に近い。

 デッキブラシの場合は、逆にブラシ部分の方が重量があるので、重心は先端寄りだ。

 剣と同じように振るったら、遠心力で手からずっぽ抜けそうになり、咄嗟に勢いを緩めざるを得なかった。

 だからと言って、持ち替えている暇は無い。

「こいつ、剣術を心得てやがるぞ! 油断するな!」

 突撃が捌かれたのを見て、頭目格の男が仲間達に指示を飛ばす。

 ジョスランを取り囲もうと、左右に散りながら、それぞれが隙を伺っている。

 ジョスランも、ただでさえ数的不利であるのに、背後を取られてはたまらないので、右に左にステップを踏みながら、凶賊を牽制している。

 悪党の喧嘩殺法より、武芸を学んだ騎士の方が当然に動きがいいので、どうにか包囲されずに立ち回れている。

 だが、ジョスランに凶賊を倒す手段は無い。

 襲ってくる相手を打撃で無力化するには、手首を砕くとか、足を折るとか、脳天を打ち昏倒させるなどだが、木の棒でそれをするのは中々に力が要るし、骨を折るほどの威力を出そうと大きく振ったら、遠心力も大きくなる。

 先程、腕を打たれた者も、アザの出来た腕に短刀を握って、油断無くジョスランを見据えている。

(ハグノス殿は………まだかかるだろうな)

 緊張感から、時間が長く感じているが、まだ一合打ち合っただけ。ほんの数分しか経っていない。

 自警団の拠点に着いた頃だろうか? 武器を持った凶賊が暴れていると説明されたら、それなりに準備に時間がかかるだろう。

(とはいえ、私もいつまでもは保たない)

 このままでは、いずれ包囲されて、背中をズブリと刺されるだろう。

「しゃあっ!」

「ぬんっ!」

 腕を伸ばしての突きを、横薙ぎに振って打ち払う。しかし、やはり振り遅れ、威力も足りない。

「おらっ!」

「くらえっ!」

「やっ!とうっ!」

 敵二人が息を合わせて、同時攻撃を仕掛けてきたのを辛くも躱すが、僅かに体勢が崩れる。その隙に、悪漢達はジョスランを取り囲み、完全に包囲されてしまった。

「くっ………」

 ジョスランの背に、冷や汗が浮かぶ。得物がこれでは、正面からの二人を捌くのが限界だろう。

 包囲から抜けようにも、切り抜ける術が思いつかない。

 そう思った瞬間、三人が同時に踏み出してきた。

 頭目は、突撃には加わらず、後ろで構えている。波状攻撃を仕掛けようという腹積もりだろう。

「ぬうっ!」

 ジョスランは、内心躱しきれないと思いつつ、正面の相手に向かって一歩踏み込みながら、デッキブラシを振り下ろした。

 その時である。

 本来とは違う用途をされたブラシの部分が、とうとう耐えきれなくなり、軸から抜けて頭目の顔に向かって飛んだ。

「なっ……ほぎゃっ!」

 まさか、飛び道具が来るとは思っていなかったのだろう。避ける仕草さえ出来ず、ブラシは頭目の顔面に直撃した。

 ブラシの先が飛んだとて、ジョスランはそれを気にする余裕は無い。勢いそのままに、軽くなった棒で正面の男を打ち据えた。

「ぎゃっ!」

 男は悲鳴を上げて、昏倒した。

(軽い! 振れるぞ!)

 ブラシが飛んだ瞬間、ただの棒となったそれは、急に手に馴染んだ。その先端まで、己の身体の一部になったかのような錯覚を覚えるほどに、自然に動かせるようになった。

 ジョスラン振り返りながら、振り下ろしていた棒を斜め下から振り上げ、短刀を天高く跳ね飛ばした。

 続いて、横から来ていた男の手首に落雷の如き一撃を見舞う。棒越しに伝わる骨が砕ける感触。凶賊は手首を押さえて崩れ落ちる。

 それから一拍置いて、建物の屋根からトッ!と乾いた音が響いた。跳ね飛ばした短刀が、屋根に突き刺さった音だ。この場において、もはや取りに行く事は不可能である事を意味していた。

「ひ……ヒィィ……」

 文字通り重しとなっていた、ブラシ部分が無くなったら、後は木剣とさしたる違いはない。

 剣術を叩き込まれた騎士と、武芸を学んでいない凶賊風情では、勝負にならないほどの差がある。

「やっ……やべえ、てめえら逃げろ!」

 五人のうち、一人は倒れ、一人は丸腰、一人は戦闘不能。自分も飛んできたブラシを食らって、目眩を覚えている。

 これ以上の抵抗は無駄と悟ったのか、頭目は撤退を指示し、自分は子分を庇う訳でもなく、一目散に逃げ出した。

「あっ! 親分!」

「待てっ!」

 こういう場面で、一番捕らえなければならないのは、頭目格である。頭を潰してしまえば、組織というものは往々にして壊滅する。逆に言えば、頭を残してしまうと、またどこぞからごろつきを集めてきて、再編成される可能性が高い。

 追いかけたいが、取り囲んでいる者達への警戒を怠ると、不意を突かれる可能性もある。最低限、包囲の輪を解いてもらってからでないと、追うのは難しい。

 このままでは逃げられてしまうと、ジョスランがにわかに焦燥を感じた瞬間である、横道から、落石を思わせる勢いとシルエットで、何かが逃げる男を弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた男は、積まれた天水桶に突っ込み、崩れた桶と貯められた水に襲われ、ぐったりと伸びてしまった 

「ハグノス殿!」

「悪ぃ、遅くなっちまった!」

 悪党の頭目を吹っ飛ばしたハグノスに続いて、五名ほどの男が現れた。

 自警団の者達である。手に手に棍棒や刺股、鞘の付いた剣を腰にも差さず、掴んで持っている者もいる。

「よくも俺達のシマを荒らしやがったな! ぶっ◯してやる! やっちまえ!」

 自警団は、頭目が気絶したのを見ると、一人がそれを取り押さえ、残りで他の者達に襲いかかった。

 『◯してやる』は、こういう手合いがよく使う脅し文句であり、本気で◯すつもりが無くても言うのだが、その剣幕が余りにも鬼気迫っている。凶賊に罪状を吐かせなければならないジョスランは、慌てて止めざるを得なかった。

*************

 ジョスランが大立ち回りを演じた相手、捕まえて吐かせてみると、なんとこれが、国外から逃れてきた毒蛇党という強盗団であった。

 毒蛇党はラヴァリンの北西に位置する、アリオン国を散々に荒らし回り、何件もの押し込み強盗の末、捕らえられそうになり、子分達を盾にして逃げてきたのだという。

 盾にされた子分は皆捕らえられたが、ジョスランの考えと同じく、頭目さえ残っていれば再建は可能と考えたようで、ひとまずの資金を得るために、最近賑わい始めたラヴァリンの花街を狙ったのだ。

 そんな大物を捕まえたものだから、悪党もごろつきも震え上がり、花街の治安は一挙に改善した。

 なにしろ、どこに騎士が潜んでいるか分からない。

 人の噂というのは、伝わるうちに大きくなるもので、話の中のジョスランは、凶悪な強盗団を素手で叩きのめしたという事になっている。実際には、掃除用具とはいえ武器を持っていたのだが、素手の方が話として面白いせいでそういう話になった。

 そんな凄腕が、遊客に混ざって目を光らせている………。想像するだけで肝が冷え、悪行に及ぼうという気が失せるというものだ。

 強盗団を倒したといえば、シトリン姫が配下としている歩荷達の噂も、俄かに盛り上がった。

 シトリン姫殿下がその才を見いだし、騎士様が背中を預け、他国の王女を道案内する程の大人物。その姿は、そこらのごろつきに擬態していて、遊客とまるで見分けがつかない。

 ………とまあ、ジョスラン以上に噂が盛りに盛られ、とんでもなく強く、高貴な人物も頼りにする器量人として語られることになってしまった。

 そんな人物が居る所で、悪事を働ける人間はそうそう居ない。

 そして、懸念された楼主や娼婦が萎縮してしまうという事も無かった。

 自警団と協力したことで、騎士団及び歩荷達は味方であると認識されたようで、花街のどこでも歓迎されるようになった。

 というか、迷惑な客が減り、それ以上に行儀の良い客が増えたので、売り上げも上がったとのことだった。

**********

「はぁ………」

 シトリンの自室にて、部屋の主であるシトリンが憂鬱の色の含んだ溜め息を吐いた。

 デスクに付いた着いた彼女の前には、温泉事業に関する書類が幾枚も載っている。

 その内容は、温泉事業自体は儲かっているが、人工温泉の建設費が重く、予算が厳しいという内容だ。

「ねえロシュフォール」

「はい、なんの御用でございましょうか」

 専属従者のロシュフォールは、シトリンから呼びかけられると、一拍の間も置かずに返答した。

「花街が賑わった事で得られた税収って、元を辿れば温泉事業による治安改善によるも___

「なりません」

「まだ言い終わってな_____

「税収は税収でございます故、温泉事業の売上金として、引き出す事はなりません」

 全てを言われずとも、理解出来てしまうロシュフォールには、取り付く島も無い。

 冷えているのは、シトリンの懐ばかりであった。

本当はもっと後にやるエピソードのつもりだったのですが、チャンバラ欲が爆発したので出しちゃいました。

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