1-4.その町の夜
明かりのつかない廊下を通り、外に出る。春先の空気はほどよい温度だったけれど、感触は生ぬるかった。夕闇を頼りなく街灯が照らす駅前の路地に人はおらず、車も大して通らない。金曜日の夜だというのに――まあ、居酒屋の中は賑わっているのかもしれない。
横断歩道を渡って、駅の方に向かい、もう一つ横断歩道を渡った後、立ち止まって、歩いてきた方に振り返ってみた。さっきまで私のいた建物と、味気ない「伊手須信用組合 駅前支店」の看板が、遠くてもまだよく見える。
ちょうどそのとき、事務室の明かりが消えるのが見えた。彼が出てくる。そして通用口の鍵をかけ、隣接した別の建物になっているATMコーナーに向かった。どうやら、周囲を伺いながら。今日はそっちを選んだということらしい。少なくとも外見的には何もやましくないのにそうやって見られることを気にするというのは、中身の方にやましいところがあるからだろう。例えば、使う通帳に書いてある名前が自分のものではないとか。たぶん私は、その名前を言い当てることができる。回りくどい融資をこっそり行うときはこの名前、個人的な使い道にはこの名前、というのを、全部知っているからだ。今日は後者の方だろう。その予想を、もう内側から確かめることはできなくなってしまっているけれど。代わりに、別の方法で外側から確かめることはできた。
思わず口元が緩んでしまうのを感じながら、私はまた向き直って歩き始めた。駅の目の前の、小売店やら飲食店やら職業安定所やら図書館やらが入ったよく分からない施設の周りの道を回り、駅から反対方向に進む。やがてガールズバーやら(それが何なのかはよく知らない)古臭いカラオケやらビジネスホテルやらが並ぶ一角を過ぎ、明かりも消え、人の気配もなく、駐車場に車もない、ついさっき別れを告げた職場を横目に見ながら歩いた。
鬱蒼としていた視界が、急に開けた。川にさしかかったからだ。川走の水音を聞きながら長い橋を渡って、私はまた立ち止まって振り返った。夕闇の中で、さっきまでいた側の川岸に、延々と並木が佇んでいた。ライトアップされたりイルミネーションが飾られるのもまだ先だから、街灯のおこぼれを受けて、ただぼんやりと立っているだけだけれど。花が咲いてもいない。しかしそれは、川縁に延々と続いている。はず。明かりが足りないから、よく見えない。これでは、売り文句のように一目で千本とは行かないわけだ。
しかしそちら側の賑わいは目に見える。街灯が広めの間隔を開けて並ぶ堤防が延々と続き、その向こうには建物の明かりがあり、さらに視界を左右に向ければ、電車が川を渡る鉄橋を通るのも見える――ことがある。
反対側には、桜の並木もなく、わずかな建物の並ぶ先は真っ暗だ。そこには田んぼが延々と広がっている。さらにその向こうはまた違うにしても。
私はどちらかといえばこの街(町と言うべきか)の向こう側、賑やかな側の人間だった。しかし今では、こちら側の方に、ずっと愛着を覚えている。離れたい気持ちを和らげる逃げ場になっていたのだから、それも当然かもしれない。
田んぼの間の道を歩いていくと、幅の広い幹線道路が見えてきた。ずっと遠くの街までつながる、広々とした、まっすぐの、遠くを目指す車が、びゅんびゅん通り過ぎていく道だ。




