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変身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
1.信用組合駅前支店にて
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1-2.惜しまれる別れとその裏側

 ――いや、前に小夜さんが離れた時も、大変だったから。あれはまだ、半年だったから良かったけどねえ。

 ――そのときの反省を生かして、ちゃんと引き継ぎはしましたから。今回は大丈夫ですよ。


 笑って答えながら、私の心の中には、応答の別の案があった。「その半年は、なんで空いたんでしたっけ? ああ、五年でクビにして、また雇うために必要だったんでしたね」


 ――今度の満期の時には、無期転換できたと思うんだよ。みんなの声もあるし、採用の計画も変わってるから……

 ――ありがとうございます。私もそうできれば良かったんですけど……


 笑顔を作りながら言った「けど」の続きの案としては、次の通り。「そのときには余裕で三十も超えちゃって、いろいろと厳しくなりますから。そうなる前になんとかしたかったんです。第一、そんな不確実な可能性っていうか、分の悪い賭けを信じたくないんです。そこまで馬鹿な人なんて、どこにいます?」


 ――今年の祭りは、見ていかないの?

 ――もう来週には、完全に引っ越しちゃうので。「この質問、何回目ですか?」

 ――ああ、そうだったかな。もう河原で準備もしてるだろうから、見ておいてもいいかもね。思い出に。

 ――でも、肝心の花が、まだ全然咲いてませんからねえ。残念ですけど。

 ――祭りだけでも、後から見に来たら? そのくらいの時間はとれるんじゃない?

 ――いろいろと忙しいでしょうから、難しいですね。そもそも、もうそんなに戻って来ないと思いますし。亡くなった祖父母と違って、両親は、自由にしていいっていうタイプですから。交通費も結構かかりますし……

 ――あー……そういうことは、僕も助けてあげられるんだけどね。今までみたいに。


 私は言葉を止めた。胸の中に湧いた感情に逆らって笑顔を保つので精一杯になってしまい、言葉が出なかったというところ。しかし不思議なことに、こういう時に私が作る笑顔の方が、彼には魅力的に見えるらしかった。あるいは、彼に対してこういう場面では、むしろ効果的らしかった、と言うべきか。かえって私にとって有利な提案が続くことになるというのを、何度も経験していた。

 奇妙ではある。解釈するなら、こういう場面ではっきりと拒否をしないことが、内心で贈り物への期待を抱いているのだと推測されてしまっているのだろうか。そういう、優柔不断で、受け身で、ちらつかせた餌に、一度はためらっても結局食いつくような人間だと。だから次の餌がぶら下げられる。針からすぐ離れてしまう餌だと、垂らしている本人だけが気づいていないらしい。


 ――それに、向こうで生活を始めるとなると、いろいろと物入りでしょ? やっぱり、先立つものが必要になるんじゃない?

 ――もうずいぶんお世話になりましたから。照巣さんには、これ以上甘えられませんよ。向こうに行ったら、ちゃんと自立したいですし。「さすがにそろそろ、奥さんにもバレますよ。ていうか、もうバレてるんじゃないですかね、やり方が下手だから」

 ――そうか……いや、実は、今度の満期の前に、正規採用に切り替える話も出てたんだよ。本部の方で、小夜さんを採りたいっていう話があったらしくてね。うちの支店としては痛いけど、小夜さんには良い話だと思ってたんだけどねえ。


「歯が浮きませんか? ほとんど同じこと、二年前に聞いた気がするんですけど。そのとき何か約束してませんでしたっけ?」口を開いて息を吸い込んだところまで来て、こんな台詞を止められたのだから、私の自制心もなかなかのものだと思う。まあ、言おうとしてしまっている時点でダメなのかもしれない。

 なんとか笑顔を保って、我ながらうまく、私は答えた。

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