2-6.詰み
――そっちがどんな苦労をしたかは知りませんけど、私は、もらった分のことはしてあげたと思いますよ。料金表、見せた方がいいですか? もう暗記してますよね、ずっと変えずにままでやってきたんだし。だからまあ、別に、盗んだりズルいことして作ったお金ってわけじゃないと思うんですけど。
彼女は相変わらず笑いながら、平然と答え、同時に鞄に手を入れて、中を探っていた。そして何かを取り出し、向き直って、もう一度私をまっすぐ見た。そんな彼女の目が、異様に鋭く見え、私はまたぞっとした。彼女が、私が考えていたより、そして実際に彼女が見せたよりも、さらに多くのことを知って、隠しているように思えたからだ。
彼女はまた笑いながら、鞄から取り出したものを、手を伸ばして私の手元に差し出すようにして示しながら、言った。
――ねえ、駅前支店次長の照巣さん。
彼女の手にあったもの、それは名刺だった。「照巣戴勝」という私の名前、「次長」という私の肩書き、「伊手須信用組合」という私の職場の名前、私の直通の電話番号とメールアドレス、私の勤務している支店の名前と住所、そして私の顔写真が付いている。
私はそれを彼女の手からひったくり、衝動に任せて引き裂いた。細切れになった紙片がベッドやカーペットの上に散らばっているのを見て、私はようやく、自分の荒い息づかいに気づいた。
――あーあ。もったいないし、散らかりますよ。まあ、めっちゃ持ってるから私は別にいいんですけど。
彼女がそう言うと、三枚ほどの同じ名刺が、うつむいたままの私の視界の中、ベッドのシーツの上に放り捨てられた。恐る恐る顔を上げて彼女の方を見ると、まるでトランプの手札のように、何枚もの名刺を、左手で扇の形に広げていた。その顔には、あの無邪気な笑みに、余裕と、軽蔑を混ぜ込んだような、冷然とした表情があった。混乱、あるいは逃げ場を求めた理性の働きで、その彼女の顔は、これまでにない魅惑をたたえているように感じられた。それは単なる外見的な、あるいは肉体的なものだけではない、私をつなぎ止め続ける魅力そのものが、そこにあったのだ。
――照巣って、変わった名字ですね。読めなかったっすよ。下の名前もですけど。鳥の名前なんですよね、知らなかったです。でも、偉い人って感じがしますよねえ。
あれほど用意周到だった彼女には似つかわしくないように思える挑発的な言葉を聞いても、私には、もう怒りも衝動も起きなかった。まして、ここからどうにかなるという希望、さらなる逆転の一手をひねり出そうとすることなど論外だったし、なぜ彼女が、徹底して隠してきたはずの私の名前や身分を知っているどころか、決定的な証拠になる私の名刺を、しかもあれだけの量を手にしているのか、などと、考えることもできなかった。まるで、銃撃の飛び交う戦場の最前線で手持ちの弾丸が尽きてしまったように、そうやって追いつめられている理由を問うことには意味もなく、ただどうしようもないのだと思った。




