神の僕
「なるほどなぁ。リストラを円滑に行うためにこんなことわしたのか。くだらん。まったく下らん」
こんなことのために幸せな家族がぶち壊されたと思うと、怒りを感じてしまう。
「神よ。この者たちは如何いたしますか?蘇生することもできますが」
ダニ人の艦長が聞いてきた。
「そうだな。このままでもいいが……」
少し考えて、良樹はニヤリと笑う。
「命だけは助けてやろう。その代わり……」
良樹はある命令を下す。ダニ人の円盤は静かに日本を離れていった。
都立星光病院
東京にある全国から難病の患者をケアする最高級の病院に、一台のリムジンが止まる。
「会長、お嬢様。どうぞ」
「うむ」
ピシッと執事服を着た運転手が車のドアを開ける。降りたのは威厳のある中年男と、髪をポニーテールに結った美少女だった。
「お父さん。舞は大丈夫よね!」
{大丈夫だよ明。ここは日本でも最高の病院だ。きっと治してくれるだろう」
父と呼ばれた男-国内最大IT企業群の総帥藤岡正次は、娘である明を抱きしめて慰める。
そのまま二人は最上階の特別病室にいく。無菌状態に保たれた清潔な病室では、ストレートの長い髪をした明そっくりの美少女が力なく横たわっていた。
「舞……がんばるんだぞ。お父さんがきっとお前を治してみせる」
「そうよ。私もついているから」
やせ衰えてはいるが、美しい少女に向かって壮年の紳士と美少女が元気付けている。
『お父さん。明ちゃん……無理しなくていいよ。もう私はあきらめているから」
『何を言っているんだ。しっかりしなさい」
「そうよ。また二人で学校に通おうよ!」
家族は抱き合って慰めあう。
しかし、その後医者から舞の容態を聞いた二人は、絶望の淵に突き落とされることになった。
「慢性骨髄性白血病……ですか?」
「ええ……もう手の施しようがありません」
苦い顔で語る医者に、明がすがりつく。
「お願いします。移植が必要ならいくらでも提供します。私と舞は一卵性双生児です。適合するはずです」
明がそう申し出ても、医者は黙って首をふる。
「白血病とは、いわば血液のがんです。もはやあちこちに転移して、造血幹細胞移植では手の施しようがないのです」
「そんな……ううっ」
どうにもならない事実を突きつけられて、涙を流す二人だった。
その光景を、上空に鎮座した光学迷彩を施した円盤が映し出して、良樹に見せていた。
「なるほど。これは面白いな。あの舞とかいう子を治してやれば、恩を売れる。親父がもといた会社であるソウルバンクを自由にできるわけだ」
良樹はいたずらを思いついた子供のような笑顔を浮かべる。
「では、さっそく手配しましょう」
忠実なダニ人は、そういって恭しく頭を下げるのだった。
その日の夜。
藤岡正次は奇妙な夢を見ていた。
「ここは……どこだ」
彼は宇宙空間に漂っていた。眼下には地球そっくりの青い星が見える。
「藤岡正次よ。貴様に問う。娘を助けたいか?」
青い星から威厳のある声が聞こえてくる。
「あなたは?」
「私は神。ただしお前たちの神ではない。貴様らが魔王星とよぶ者だ」
青い星の大陸部分-巨大な人間の姿をした陸地に少年の顔が浮かび上がり、ギロリとにらみ付けてきた。
「もし貴様が我が僕となるなら、貴様の娘を助けてやろう」
それを聞いた正次は、その場に跪いた。
「私にできることならなんでもいたします」
「いいだろう。まず覚悟を見せてもらおう」
そういうと、神を名乗る少年はいたずらっぽい表情を浮かべた。
「まず手始めに……」
ある屈辱的な行為を要求する。正次は一も二もなくそれを受け入れるのだった。
次の日
正次は再び病院を訪れていた。
「舞。心配いらないぞ。もうすぐ治るからな」
彼は娘を元気付けようと、明るくよびかける。
「でも……」
「私は神の啓示を受けた」
そう告げる正次は、どこか危ない目をしていた。
一緒に来ていたもう一人の娘である明が、それを見て暗い顔になる。
「お父さん。神の啓示って?」
「そうだ。あの新しく現れた「魔王星」の神が約束してくださったのだ。私が僕になれば、お前を助けてやるとる。待っていろ。私の体と引き換えにしてでも手に入れてやる」
「お父さん!」
娘たちの止める声を聞き流し、彼は病室を飛び出して病院の屋上にやってきた。
空を見上げるとあいかわらず人間の顔をした巨大な星が空に浮かんでいる。
「ベントラ・ベントラ・ベントラ・異星の神よ。俺の所に来てくれ、俺の身と引き換えに、娘を助けたまえ」
父親は素っ裸になって、夢で告げられた怪しげな呪文を唱えながら屋上を踊りまわるのだった。
「お父さん……どうしちゃったの?」
正次を追いかけて屋上にやってきた明は、あまりに異様な光景を見て絶句する。
彼は一心不乱に奇妙な踊りを続けていた。
「……あんたは、いったい何やっているんだ?」
その時、いきなり声が掛けられる。
振り向くと、学生服を着た平凡な少年が笑い顔で彼を見ていた。
「あの星の神にお願いがあるんだ。だから儀式をしている」
そう返すと、正次はまた不思議な踊りを再開する。
それを見ていた少年は、腹を抱えて笑い出した。
「あはは……おっさん。その変な踊りはどこで練習したんだ?」
『夢で見たんだ。裸になって踊りながらこの呪文を唱えると、神が降りてきてくれると」
彼は笑われても怒らず、一心不乱に踊り続ける。
「……それで、神を呼んでどうしたいんだ?」
「私の娘を助けて欲しいんだ。バカなことだとわかっている。だが、私の身などどうなってもいい。だが、一縷の望みがあるのなら、どんな馬鹿なことでも賭けてみたいんだ」
父親は涙を流しながら、そう叫ぶのだった。
「やめて!やめてよぅ。そんなことしたって舞は……」
明が涙を流して訴えかけた時、今までバカにして笑っていた少年の顔が真剣なものになった。
「ふむ……あいつらのスキャンした情報どおりだな。藤岡正次。日本を代表するIT会社、ソウルバンクの創業者現オーナー。妻を四年前に交通事故で亡くして、娘の舞は白血病。大会社の総帥なのに誠実な性格をしていると評判が高い」
「な?」
自分の個人情報をすらすらと告げられ、正次は驚いて振り返る。
少年はいたずらっぼい笑みを浮かべていた。
「……そして、俺の親父が以前勤めていた会社の会長。これだけ条件が揃っていれば、俺の僕になるのにぴったりだ」
少年は納得したように頷いてから、再び口を開く。
「お前の立場では、いくら娘のためとはいえ屋上で裸になって踊るなどプライドが傷つくだろうに。それでも自分の体をささげようとするとはな。気に入ったぜ。俺の僕になるのにふさわしい」
少年は一人で不気味なことをつぶやき続けている。
正次は平凡そうな少年に、恐れを抱いてしまった。
「君はいったい?」
「いいだろう。お前を僕として認めてやろう」
少年は胸をそらし、空を見あげる。
「ダニ人たちよ。俺の元に馳せ参じろ」
少年は虚空に向けて重々しくつぶやいた。




