そんな世界があるなんて
「あのー」
振り返ると、そこにはふんわりとした印象のさらさらロングヘアの美少女。
というか、スープラ。
この世界は後ろから声をかけるルールでもあるのか。
髪を下ろし、メイドさんではなく制服っぽい服に変わっていた。
半袖の白いシャツにリボンタイ、チェックのプリーツスカート。なぜか夏央の高校の制服そっくりだ。しかも似合っている。
さっきのメイドさん装備も良かったけど、制服装備も負けてない。何と戦うのか。
夏央はかけられた声に答えもせず、またしても見とれてしまっている自分に間をおいて気付き、慌てて答える。
「スープラ?」
「あ、わかりませんでした? 事情を話したら休憩入っていい、って言ってもらえたんで着替えて来ちゃいました」
スープラは空いている席に腰を下ろした。
いや、わかってはいたんだけど。
間の抜けた返しに恥ずかしくなる。
夏央はリュリーたちのほうを見る。まだ説教は続いているようだ。
「まだやってるね」
「ああやって時々デュパープがお説教してるんですけど、あんまり変わらないんですよね」
いつもだったのか……。
スープラがやれやれといった顔をして、それから、ふと思いだしたように続ける。
「話は変わりますけど、夏央って、いったい何が起きてここにいるんですか? 夏央のいた異世界ってどんなところだったのか聞いてもいいですか?」
「あ、なんかその質問は新鮮。スープラから見れば俺の世界が異世界だよね。そういやあ誰も聞いてくれなかったな」
「えー、ロキシー聞かなかったんですか?」
スープラはふふっと笑う。
「いやなんか知ってたみたいで。勝手に納得してたよ。えーと、ちょっと長くなると思うけど大丈夫?」
こんな話信じてもらえない、とは何故か思わなかった。スープラはその穏やかな雰囲気もあってか、何でも聞いてくれそうな気がした。
「いいですよ。時間ならたっぷりありますから」
予想にたがわず、スープラは笑顔で頷く。
夏央は出来るだけわかりやすい説明を心がけながら、これまでのいきさつを話した。
なんだか遠い昔のような気がする、今朝の出来事。ここに来る前の世界のこと。それから、改めてこの世界での出来事。リュリーとロキシーとの出会い。
話している間、ウェイトレスの女の子達が、興味深そうにこちらを見ながら何人も通り過ぎて行く。よく見ると何回も行ったり来たりしてる女の子もいる。なんかすごく見られているような気がするんだけど。
スープラは時々質問を挟んだりしながら、熱心に夏央の話に耳を傾けていた。
「……すごいですね!」
話し終えるとスープラは目を輝かせた。
「えっ?」
「だって、ここに来る異世界の人たちってそんな所から来てたんですね。そんな世界があるなんて。そんな人と話してるってことだけでワクワクしちゃいます!」
なんだか拍子抜けするほどあっさりと納得してしまったらしい。お世辞ではないようで、言葉どおりのワクワク感がスープラの全身から伝わってくる。
「そ、そうかな?」
「そうですよ。でも確かにあれだけの破壊をやってのけて多少の怪我って不思議ですね。実は法術使えてるのかな?」
「いや、魔王とかじゃないから! 力なんて隠してないから!」
あの時のロキシーの雰囲気はトラウマレベル。
慌てて否定する夏央がおかしかったのか、スープラがあははと笑う。
「でもロキシーも冷たいなー。その『ひよっこ』って間違いなく私とリップのことですよ」
「あ、やっぱり知り合いだったんだ」
「うん、えーっと……親戚みたいな感じです。まあ残念ながらひよっこなのは間違いないですけどねー」
あはは……と力なく笑うスープラが夏休み前に資格がとれたと話していたことを、夏央は思い出す。
「そうだ、同い年だったよね? じゃあ敬語やめよう。まあ俺は使ってなかったけど」
「うん、いいよ。最初に敬語で話しかけちゃったからやめるタイミングに迷ったんだよね」
スープラが少し照れたように言う。
「でもどうしてうちの学校の制服を着てるの? ロキシーの指示?」
「うちの学校? いや、スープラがむしろうちの学校の制服着てるよね?」
二人で顔を見合わせる。
スープラはまじまじと夏央を見た。なんだか気恥ずかしい。
「あっ! 異世界だから似て異なるものなのかも? よく見るとワッペンのデザインがちょっと違うみたい」
スープラは夏央のシャツの胸ポケットに着けられたワッペンを指す。
夏央はスープラの胸元を見返した。確かに、夏央のは鳩だが、スープラのは鷹になっている。かっこいい。
「学園の人じゃないみたいだよー」
遠くからそんな声がかすかに聞こえてくる。メイドさんの女の子が数人、少し離れた場所でかたまってこちらを見ている。
「ん? ロキシーの指示ってどういうこと?」
「あれ、聞いてなかった? ロキシーはシュティレンヒューゲル市立学園の学園長なの。学園長権限で編入されたのかと思ってた」
「あー、そういやあそんなこと言ってたな。忘れてた。って、あれ? どう見ても二十代前半でしょ、あの人? 賢者ってそんな凄いの?」
「ロキシーはまあ賢者というか凄い法術士ではあるよ。王様の数少ない直弟子だし。でも実際は三十近いんだよ。二十八だったかな?」
「なっ? そんな歳なの?! 全然わかんなかった!」
「若く見えるよねー。ロキシーは何年も前にお城の仕事を致仕して、今はこの街で暮らしてるの。で、王様から学園長に任命されたんだって。何度も断ったのに結局押し付けられた、って言ってたよ、確か」
「そうか、あの落ち着きっぷりも納得だな……」
何事にも動じなそうなロキシーの雰囲気を思い出す。
スープラと話しているのが楽しくて、自分の置かれている状況を忘れていたことに夏央は気付いた。それが顔に出たらしい。
「……あ、ごめんね。私はすごいって喜んじゃったけど、夏央には大変な事なんだよね。別の世界に入り込んで、帰り方もわからないなんて」
スープラは申し訳なさそうだ。
「いや、俺も今自分のおかれてる状況を完全に忘れてたから平気」
さっきあんなに落ち込んだのに本気で忘れてた。まあ、とりあえずいいか。今悩んでも仕方ない。
開き直るのはけっこう得意だ。あと結論を先延ばしするのも得意だ。
「……ロキシーがいればきっと大丈夫だよ。なんてったって十年前の戦争の英雄の一人だからね。王様の力も借りれるんなら間違いないと思うし」
十年前の戦争? 英雄? ロキシーは勇者が魔王を食い止めたような話をしていたけど、勇者のパーティにロキシーがいたってことなのか? 今さらっと言われたけどそれって凄いことなのでは?
「え……そんなすごい人だったの? けっこう気さくで親切だよね」
スープラはなんとも言い難い微妙な表情をほんの一瞬浮かべたあと、気を取り直したように答える。
「……昔から困った人を見るとほっておけないんだよ、ロキシーは。なんだかんだ言って助けてくれるしね」
見た目はともかく、そんなすごい人がいるなら……と夏央は思う。
わざわざGTに連れて行ってもらう必要なんてあるんだろうか? いや、忙しいとか言ってたか。
「ところでさ、スープラ」
「はい?」
「たしか、なんか適切な人をここでデュパープに紹介してもらう、って話だったよね?」スープラは頷く。
「うん、異世界人の移送は経験者が推奨のミッション。意識無いと思ってても急に覚醒して錯乱したりする人もいるみたいだし、慣れてないと緊急事態に対応出来ないからね」
スープラはさすがにこの世界の人らしく、一瞬真剣な表情になる。さっきまでとはまるで違う表情と雰囲気。なんかプロっぽくてかっこいい。
「王都までの旅ってどうなのかな? やっぱり危ないのかな?」
「今だと交通手段が微妙だけど、大きい街道が通ってるし、移動するだけだし、危険度は高くはないよ。このあたりは魔物もそんなに多くはないし、大きな街道の近くは危険な魔物が現れる可能性も低いし。そうだなぁ……」
スープラは言葉を切った。
「駆け出しのひよっこでもどうにかなるレベルかなー」
言ってから恥ずかしくなったのか、スープラはてへっと笑った。夏央もつられて笑う。
「途中まではプロっぽかったのに」
「あはは」
ひとしきり笑って一瞬間が空いた。




