第3話 傀儡の極意
周りには俺と同じように今ログインしたばかりの人たちが大勢いた。
「相変わらずこのゲームにはチュートリアルがないんだな」
そういえばチュートリアルがないからこそ決められたルールに縛られずこの世界を自由に楽しむことができるって誰かが言ってたっけ。
当時ネトゲ初心者だった俺からすれば手抜きされてたようにしか感じられなかったけど、今なら何となくその言葉の意味が分かるような気がする。
それに必要な情報は情報掲示板や攻略掲示板にほとんど載ってた。
思えば情報がないからこそ情報交換が活発だったのかもしれない。
過去を振り返りながらも神殿から外に出ると、NPCの周りに大勢の人がたむろしていた。
VRMMOではよくある光景である。
モニタ画面を通して話が進む従来のゲームとは違い、NPCが対応できるのは一度に一人まで。
もちろんプレーヤー別にNPCを表示することもシステム的には可能なのだろうが、このゲームでは街中のNPCにそれは採用されていないらしい。
恐らくリアリティーを追求してのことだろう。
さすがにあの中へと入っていくのはちょっと勘弁したい。時間をずらしてからまた街に戻ってくればいいだろう。
そうと決まればさっそくレベル上げだ。
と、その前にまずは自分のステータスを確認してみるか。
俺は左手を操作して宙に浮いた半透明にボタンに触れた。
すると左手の手元にシステムウィンドウが展開されていく。そこからさらにステータスと書かれた文字に触れ、ステータス画面を呼び出した。
名前 忍
種族 ダークエルフ
性別 女性
職業 無職Lv1
HP 36/36
SP 36/36
MP 43/43
筋力 23
体力 6
器用 11
敏捷 14
魔力 13
精神 12
魅力 5
スキル 剣Lv1
装備
両手 ツーハンドソード [攻撃力8耐久度30/30必要筋力12]
頭 なし
シャツ なし
体 皮の服 [防御力2耐久度24/24]
腕 なし
足 皮の靴 [防御力1耐久度24/24]
マントなし
リング なし
リング なし
イヤリング なし
ネックレス なし
所持金 100G
所持アイテム
なし
ステータス画面には自分の外観を中心に様々な情報が表示されている。
装備情報が示すとおり、ステータス画面に映る自分の外観も皮の服と靴を着けて剣を持っただけというかなりラフな格好をしている。
「当たり前だけど何にも持ってないな。とりあえずスキル屋にでも行ってみるか」
街中を歩いているとすぐにスキルショップの看板が目に入ってきた。アルファベットの洒落た文字で『Skill Shop』と書いてある。実に分かりやすい。
そこもNPCの周辺同様、大勢のプレイヤーが出入りしていたが、俺もそれに続いて入っていく。
扉を潜った瞬間周りにいたプレイヤーたちは全員掻き消え、俺一人となった。いや、正確には目の前にスキルショップの店員がいるから自分と店員の二人だけとなった。
VRMMOではよく使われる手法で、こういった多人数が利用するような店などでは一人一人にインスタントエリアが形成(パーティーを組むことで同じインスタントエリアに入ることも可能)され、ゆっくりと買い物を楽しむことができるようになっている。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
「とりあえず一覧を見せてくれ」
「現在販売可能なスキル一覧はこちらになっております」
店員に渡された本を開くとスキル一覧が表示された。
俺は今までどのゲームにおいても生産スキルや生産職には見向きもせずに、ひたすら強さだけを求めて戦闘スキル、戦闘職を選択してきた。
だから今回も生産系のスキルを習得するつもりはない。プレイヤーキャラクターにはスキルスロットが全部で六つ開いているため、残り五つを選択していく必要がある。基本的な初期スキルを習得するためのスキルスクロールは10Gで売っているようなので、余裕で買い揃える事ができるだろう。
いくつかの上位スキルはいきなり買うこともできるが、あまりにも値段が高過ぎる。初期スキルを成長させていけばいつか上位スキルに派生するっていうのに、一個500k(500,000G)とか一体誰が買うんだ?
他にもエクストラスキルというスキルレベルの設定されていないスキルが100k(100,000G)から売りに出されている。エクストラスキルの中にはステータスや魔法防御、命中率、回避率、詠唱速度が上げたりするものもあるが、とりあえず今は買えないから無視しよう。必要になればそのとき入れ替えればいい。
まず近接職として『ダッシュ』は外せないな。近づくことができなければ意味がない。
それと俺の場合は盾が持てないから『武器防御』は必須になってくる。
両手が塞がっているものの足が空いているから『キック』を習得するのも悪くないかもしれない。
攻撃手段が一つしかないと戦い方がマンネリ化しやすくなるし、対人戦においても対処されやすくなってしまう。
後は初期の回避スキルである『ローリング』と、ソロメインでやることになりそうだから『回復魔法』が便利になってくるだろう。それに最初から習得している『剣』を合わせて合計六個。
ダメならまた入れ替えればいいし、今はこれで十分だろう。
俺は『ダッシュ』『武器防御』『キック』『ローリング』『回復魔法』のスキルスクロールを選択していく。
「これをお願いします」
「かしこまりました。全部で50Gになります」
俺はシステムウィンドウからインベントリ(アイテムウィンドウ)を呼び出し、50Gを具現化させて店主へと渡した。
「ありがとうございます。商品はこちらになります」
店主からスクロールを受け取ると俺はすぐにそれを読みあげていった。
一つスクロールを使用するたびに閃光エフェクトが身体を包み込み、視界の左下に習得ログが流れていく。
《忍は『キック』のスキルを習得しました》
《忍は『回復魔法』のスキルを習得しました》
《忍は『武器防御』のスキルを習得しました》
《忍は『ローリング』のスキルを習得しました》
《忍は『ダッシュ』のスキルを習得しました》
これでよし。
なぜネットゲームに繋がりを求める俺がソロメインでやっているかというと、一言で言うと自分に合ったギルドに巡り会えないからだ。
最初のギルドが解散してからというものの、俺は様々なゲームでいくつかのギルドを体験入団してみたが、結局その輪の中へと入っていくことができなかった。
ネットゲームの世界でまで人との繋がりを持てないなんてまったく酷い皮肉だ。もしかして俺ってコミュ障って奴なのか?
そんな馬鹿な。ハハッ……はぁ…………。
まぁその話は置いておくとして、『回復魔法』のスキルを取ったとしてもすぐに回復魔法を使えるようになるわけじゃない。実際に魔法が使えるようになるためにはそれぞれの魔法を覚えるための魔法スクロールを入手する必要がある。
とはいえ初期の魔法スクロールはお店に安値で売っているだろうし、買わなくてもその辺りの雑魚が落とす可能性は十分あるからあまり気にする必要もないだろう。この手のゲームで初期の魔法習得アイテムを最初の方の雑魚がポロポロと落とすなんて言うのはよくある話だ。前作もそうだったし。
さて、次に向かうべきは職業斡旋所だな。そう!俺はいつまでも無職を甘んじているわけにはいかないのだっ!現実世界の話じゃないよ?もう一度言うけど決して現実世界の話じゃないからね?
街中を探し回り職業斡旋所へと辿り着くと、いかついおっさんが出迎えてくれた。
「何の用だ?」
「何の用だ……だと?久しぶりだぞ、俺に向かってそんな口の聞き方をした奴は……」
「あー……、大丈夫か?」
「他人の身を案じる前に自分の身を案じるべきだったとあの世で後悔するがいい!食らえ!ドラゴンフィン……」
おっさんのおでこにデコピンしようとした手が寸前で止まる。
おっさんの鋭い眼光が俺に突き刺さる。
それはつまり……目で殺されたということで。
「マジすいませんでした。本当にごめんなさい。ちょっと調子に乗ってみたかっただけなんです。出来心だったんです。この通りですから俺に仕事を下さい」
俺は即座に土下座で対応した。
立った状態からの流れるような体勢移行。
自慢じゃないがこれでも土下座のスキルレベルはトップクラスを自負している。
本気で自慢にならないな……。
「最初からそう言え」
しかし最近の人工知能は本当に凄い。
そう、こういったイレギュラーな行動を取ったのは全てはNPCの反応を見るためなのだ。こうするのがそのゲームのクオリティを調べるのにとても参考になる…………と掲示板に書いてあった。
人工知能がハリボテのようなゲームだと、NPCが決まったことしか言えなかったりもする。
というわけで決して俺がDQNだからこんな行動を取ったわけじゃないってことだけは理解してもらいたいわけでして。
「それで何になりたいんだ?」
「両手剣を使うアタッカー職がいいんだけど……ファイターかな?」
前作と同じなら確かファイターでよかったはずだ。
「そうだな。両手剣を使うならまずはファイターになる必要がある。この紹介状を持ってダックスって奴のところへ行け。町の東にいるはずだ」
俺は斡旋所のおっさんから紹介状を受け取った。
言われたとおり街を東に向かって歩いていくと、『ファイターギルド』という看板が目に入ってきた。結構大きな建物だが、恐らくここで間違いないだろう。
建物のその中に入ると兵士の格好をしたNPCが俺を待っていた。
「あんたがダックスか?」
「ああ、そうだが。ダークエルフのお嬢さんが何の用だい?」
「何の用だい……だと?久しぶりだぞ、俺に向か…………いや、ファイターです。ファイターになりに来ました」
兵士の眼光が一瞬鋭くなったのを俺は見逃さなかった。
よくやった俺!自分で自分を褒めてやりたいくらいだ!
「そうか。ファイターになるためにはここで訓練を積んでもらう必要がある」
兵士は何事もなかったかのように話を進めはじめた。スルースキルも高いようだ。
いや、ちょっと待て。それどころじゃない!今訓練って言わなかったか!?
やっと戦えるのか!
「訓練受けます!早く始めてくれ!すぐに始めてくれ!」
俺は気持ちを抑え切れず、肩をぐるぐると回して背中に帯びた両手剣を引き抜いた。
「いいだろう。ではついてこい」
言われたとおりダックスの後に付いていくと訓練場らしき開けた場所へと出る。そしてその場所には、そこらかしこに案山子が横たわっていた。
「訓練内容は案山子との戦闘だ。案山子の攻撃でダメージを受けることはないが、案山子からの被弾が少なければ景品が出るようになっている」
「へぇー、そんなの前作にはなかったな。ははっ、いいな!面白そうだ!」
目標はパーフェクトクリア。
腕が鳴るぜ!
「おーけー、いつでもいいぞ!」
「それでは訓練を開始する!」
ダックスの声に合わせて横たわっていた案山子が飛び跳ねて起き上がってくる。まずは一体。
俺はすぐに他のVRゲームでいつものやっている通り、自分のキャラクターと意識を切り離した。これが一年の歳月をかけてようやく会得した技だ。いや、もう極意といっても過言ではない。フフッ、フフフフフフフフ……。
VRゲームはコントローラーで操作する従来のゲームとは違い、キャラクターの手を現実世界における自分の手と同じように動かし、キャラクターの身体をまるで現実世界における自分の身体と同じような感覚で動かすことができるように開発されたものだ。
しかしそれではどうやっても現実世界の身体能力や経験に左右されてしまう。
VRゲームのキャラクターはその世界に適したステータスが与えられているため、もし現実世界で存在していたとするなら、完全に人外の域に到達している。
もしそのような人外キャラクターを常人の感覚で操ろうとするならば、当然100%の力を出し切ることはできない。それを運動音痴の俺が操るとなったらなおさらだ。
だからこそこの方法を編み出した。より効率良く人外とも言うべき超人の肉体スペックを発揮するために。
俺は自分の身体と同じような感覚ではキャラクターを動かさない。
キャラクターとの同調率を可能な限り下げるように意識することで、キャラクターをゲームのキャラクターとして操作する。
一連の動作を行うのにボタン一つ押しているだけの感覚。
それによって本来現実世界の自分ではとてもできないようなアクロバティックな動きが可能になるというわけだ。
どうやってやっているかというと正確なところ自分にもよく分かっていない。とにかく自分の身体として意識しないようにして、第三者的視点で操作するように意識しする。そんな感じである。
よく分からないがもしかすると自分で脳から発生している電気信号をコントロールしているのかもしれない。ってそんなことあるわけないか。そんなことができるなら俺は現実世界でも運動が得意になってもおかしくないはずだ。
ただ、自由自在に動かせるのかと聞かれると実はそうでもない。アクロバティックな動きをするためには一連のルーティーンを頭の中で組み立てる必要がある。ようするにシステムアシストのかからないアクティブスキルを自分の中で組み立てているようなものだ。
一般的なアクティブスキルは『攻撃力や速度を向上させた上でプレイヤーの身体を強制的に動かす』というシステムアシストがかかっている。
そのため、非常に高い性能を有しているが、発動すると途中で動きを変えることができず、再使用時間が発生し、SPも消耗するようになっている。さらに『フィニッシュスキル』と呼ばれる一部の強力なアクティブスキルは技後硬直も発生するようになっている。
しかしこの方法でスキルの動きをトレースすれば、スキルによる攻撃力や速度の向上は見込めないが、動きを途中でキャンセルすることもできるし、動きの間にスキルを挟むこともできる。もちろん『フィニッシュスキル』の技後硬直を消すようなことはできないから、そこはうまく考える必要があるが。
さらに自分でルーティーンを組み上げることよって、このゲーム内のアクティブスキルだけじゃなく、他のゲームのスキルや『ぼくのかんがえたさいきょうのわざ』なんてのも使うことができるようになる。
それを自分の中で50種類程組立て、組み合わせることができているから、今のところ自由度に不満はない。
しかしもしも想定外の動きをするようなことがあれば自分の身体として操作しなければならないため、一気に動きが鈍ってしまうことだろう。
俺はこの肉体操作法を『傀儡』と呼んでいる。
説明が長くなってしまったが、これにて戦闘開始だ!
「いっくぜええええ!おらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
案山子が起き上がってきたところへ『ダッシュ』スキルを発動して一気に駆け寄り、そのまま勢いに乗ってツーハンドソードを振り抜く。
「せいっ!せいっ!はっ!せいっ!」
後ろへ敵がノックバック(攻撃による押し出し)したところへすかさず追い討ちをかけていく。
両手剣を横へ薙ぎ払い、逆へ切り払い、その反動を利用して回し蹴りを決め、両手剣で再び薙ぎ払う。
俺の連続攻撃を受けた案山子はパタリと倒れてすぐに動かなくなった。
すると次は二体の案山子が起き上がってきた。それを倒したら三体。そして四体。最後には五体の案山子が起き上がってこちらへと向かってきた。ダッシュ斬りとキックによるノックバック、そしてローリング回避を駆使して案山子から繰り出される打撃攻撃を避けつつ次々と打ち倒していく。
所詮は初心者用に用意された動きの鈍い雑魚敵。
難なくノーダメージで五体の案山子を倒し終えたところで終了の合図が告げられた。




