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女同士の内緒話

 そんな沢城都と新谷薫の世にも奇妙な関係が続くためには、一部友人の協力が不可欠である。

例えば、私の場合、


「みーやこっ★」

 彼女との待ち合わせ場所は、毎度おなじみになりつつある駅ビル地下のカフェ。店内は白で統一された明るい内装。デザートと軽食がお手頃価格で充実しているので、私たちみたいな若い娘さんがよく利用する。うん、目の保養。

ケーキセットのオレンジジュースで時間を稼いでいた私は、相変わらず快活な雰囲気全開で近づいてくる友人の姿に、思わずため息をついた。

彼女は後藤綾美。私とは高校で知り合った親友であり二次元文化仲間。攻め。今でも地元――ここから電車で片道1時間弱――の実家から専門学校に通っているのだけど、画材などを買いにこの商業地域まで足を運ぶことが多く、互いの都合がつけばこうしてお茶を飲んで雑談している。

 少しクセのある長い髪の毛を一つにまとめ、高校時代から更に進化した、均整の取れたスタイルは私も憧れてしまう。今日は美脚ジーンズなんか着こなしちゃってさー……これで目は大きくて顔がきりっとした美人なのだから、神様はやっぱり不公平なのだと、というか彼女の遺伝子で究極美女が作れるんじゃないかと、色んなことを考えては自分が虚しくなるのである。

 ……ただ、彼女に交際を申し込んだ男は全員玉砕している。と、いうのも、彼女の好みは「テニス部の跡部様」であり、「でも、アスランみたいなタイプもいいわね」と平気で口に出すのだ。世の男はテニス部で跡部という苗字の男子部員を血眼で捜し(一人偶然いたんだよなぁ……あれは面白かった)、アスランという名前の外人タレントをネット検索するのだ。

 っていうか綾美、君が言っている二人って……間逆だよね、うん。あえて突っ込まないけどさ。

 さすがに全世界に対してBLラブとはカミングアウトしていないが、彼女は現役で同人誌を出している同人作家である。ちなみにコミケは基本シャッター前。最近は数多くの出版社からアンソロジーに参加しないかと話を持ちかけられるほどの腕前であり、姉御的な性格(実際はゴーイングマイウェイなだけ)との相乗効果で、固定ファンもイベントの度に増えているとか。

 ……ただ、私は彼女の売り子だけは、もう二度とやらないけど。

「綾美、遅いよ。集合時間は20分前だったと思うんだけど?」

「いやーゴメンゴメン。コンビニのコピー機が混雑しててさー」

 私の正面に座った彼女は、B5サイズの書類がすっぽり収まるトートバックを足元において、

「でも、都もハイペースだね。正直、あんたがここまで好きになるなんて思わなかったんだけど」

 私が飲んでいたコーラを横から掻っ攫い、にんまりとした笑みを向ける。

 うーん……良心が痛むというか、何と言うか。

「はは、まぁ……ね」

 曖昧に笑って誤魔化すのは、彼女は私が彼の家に入り浸ってギャルゲーに精魂捧げていることを知らないからである……そもそも新谷氏のことだって、まだ彼女には話していない。

 理由は単純。行動力だけは某世界を大いに盛り上げる団の団長に引けを取らない綾美である。新谷氏の存在を知れば最後、彼に引き合わせろ、仲間をむしろ自分に紹介しろとしつこく詰め寄ってくるはずなのだ。それは、綾美がオリジナル本を描く時のネタにするために違いない。

 彼はあまり、自分の興味関心を表に出したくないみたいだから、自室のパソコンまで借りている手前、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。

と、いうことで、今、「私がBLに興味を持ち始めたから、その筋では大先輩である綾美に本を借りて勉強させてください。とにかく色んな世界を知りたいの!」……ということにして、彼女から新谷氏へ横流しする本を借りているのである。

 しかし、その話を持ちかけたときの彼女といったら……いきなり何事かという疑いの眼差しはどこにもない。私たちが初めて出会ったのが高校入学当時、偶然席が近くて当時私も読んでいた某テニス漫画の話題で異常に盛り上がったのがキッカケだったけれど、その時以上の目の輝き。むしろ私が何事かと思ってうろたえたのだが、彼女がカバンからいきなり数冊取り出して一言、

「ただのBLには興味を示さなくていいわ! これを読みなさい!」

 以上。

逆らうことの許されない命令形。

 聞けば私がいつかその世界に目覚めることを信じて、初心者向けの小説を持ち歩いてくれていたと言うではないか。


 ……いや、そこまでしなくていいから。


 元々彼女は親友で話の通じる私がギャルゲーに陶酔しているのがあまり面白くなかったのだ。「まぁ、あたしも嫌いじゃないけどさ……コッチの世界の方も、むしろコッチの世界の方が、面白いと思うんだけどな」という、彼女にしてみれば控えめな言葉を、会う度にさり気なく口に出しては、ため息をついていた。そんな彼女を受け流すのが、毎回の通過儀礼。

 だから最近、「本貸して」と一言メールを打てば電話がかかってくる。そこで読みたいジャンルなどを細かく聞かれ、すぐに時間と場所を指定され、いざ、待ち合わせ場所では、

「ハイ、持ってきたよー、例のシリーズ」

 周囲にはほとんど無警戒で、ヲタモード全開フルスロットルなのである。

 私も一応、学校では自分の趣味思考を隠蔽し、胸の奥に秘めて、大学では当たり障りのないように、エビちゃんとかもえちゃんとか(もえって言葉に反応してしまう自分がイヤだ……もえちゃんゴメン、可愛いから好き☆)、ドラマとか(見てないけど。テレビ雑誌の情報しか知らないけど)音楽とか(普段アニソンばっかりだけど)……頑張って周囲に話を「合わせる」のである。いつしか「ふーん」とか「へぇー」とか「ほぉー」などという感嘆符が多くなり、人の話を聞いてるフリは、前よりももっと上手になったと思うよ。

 ただ、綾美の前でエビちゃんの話に花を咲かせたことはない。私が櫻井さんの伊達眼鏡が好きだと言えば、彼女は福山さんの眼鏡の方が好きだという。私が神谷さんの話をすれば、彼女は小野さんの話題で返してくる。気がつけばそんな会話で数時間経過しているから世も末である。

 私と同じくケーキセット、加えてミニパフェまで頼んだ綾美が、周囲を一度だけ気にしてから、カバンの中へにゅっと手を突っ込んだ。

 彼女のトートバックから出てきたのは、青い袋。濃い青なので中身までは確認できない。勿論、某店長が熱い店の袋である。うん、あの店は聖域、私たちのユートピア。コレは少し褒めすぎた?

 ちなみに綾見の言う「例のシリーズ」とは、新谷氏が前回読んでいたシリーズの続編にあたる新作。うーん、私は表紙を見ただけで条件反射で拒否してしまったんだけど……ハネムーンのその後をシリーズ化しますか作者様。私たち読者に任せると、好き勝手に妄想して暴走するからですか?

「都もコレが好きなんて、さすがあたしの親友だわ。ねぇ、やっぱり先輩受けの後輩攻めなカップリングが一番でしょ?」

 彼女の生き生きした瞳が私に訴える。

 う、聞かないでほしいだって私は読んでないから。

 お昼過ぎのカフェで、ここから段々周囲からは理解不能な会話に興じる乙女が2人。

 何も言わないでください。別に悪いことしてるわけでもありませんから。っていうか邪魔するな部外者。

 綾美目当てで近づいてきた男を彼女自身が雰囲気と目で追いやり、私は相変わらずだなぁと思いながら、残っていたジュースを喉に流し込んだ。

 ただ、彼女が嬉々として私に意見を求めてくるのは予想できる。こういう事態に私だって何も備えていないわけではない。

 したり顔で、いかにも「知ってます、ええ知ってますとも」という表情で、

「私はどっちかっていうと、保健医と先輩の方が好きかもなぁ。だってあの先生、絶対先輩のこと狙ってるもん。夏のビーチにあの格好(ご想像にお任せします)で登場したときは、本気でどうしようかと思った。不覚にもときめいたね」

「あー分かる! やっぱり都は目の付け所が違うわよね。大体、旅行先で偶然出会うわけがないっつーの。でも、あのイラストは傑作だったし、そういう策士で鬼畜な部分がそそられるのよねー☆ 今度ドラマCDになるんだけどさ、先生の役って森川さんなんだって。嬉しくて、知り合いと思わず3時間メッセしちゃった」

 ひとたび彼女好みの話に持っていけば、あとは延々と喋ってくれるのだ。ちなみにさっきのは新谷氏の意見である。彼からおおまかな内容とキャラクターに関する情報を聞いておけば、ある程度なら綾美の話にも付き合うことが可能。

 そして多分数日後、私はこの作品のドラマCDを笑顔の綾美から手渡されるのだろう。KAT-TUNでも嵐でもなく、コレを。

 うぅ、BLのドラマCDってどんな感じなんだろう……怖いもの見たさ(聞きたさ?)というか、私の好きな声優さんも出演してるらしいから(綾美情報)複雑というか。

「そういえば綾美、コピー機って……」

「あぁ、今回はイベントまでちょっと時間がなくてコピー本になりそうなの。本当は新刊ナシでもいいかなって思ったんだけどさー……サイトに結構要望のメールが多くてね。つい、頑張っちゃった★」

 てへ、と笑う彼女だが、毎度のことに私は呆れる。

「またぁ!? 綾美の頑張りは人間生活との交換条件で成立してるんだから……たまには10時間くらい寝なさいよね?」

「分かってるわよ。あとは綴じるだけだから、今日は布団で眠れそうだわ」

 一体どれだけ修羅場だったんだ。特に目の下にくまがあるわけでもない、けろっとした顔で語る彼女に、私がこれ以上言うことはなにもない。

 ちなみに、

「ねぇ綾美、私がそっちの世界に足を踏み入れたっていうのに……相変わらず、本は見せてくれないのね」

 彼女はどういうわけか、私に自分が書いている同人誌を見せてくれない。過去に売り子を頼まれたとき、私が中身を見ようとするとすっごい勢いで止められたのだ。売り子なのに。

 彼女のイラストは当然だが上手い。私も過去、彼女にイラストをもらったことがあるけど……本人が無理して描いたと言う割には、普段彼女が描かない美少女が完璧に微笑んでいたりして。

 友人付き合いも地味に長いし、私が綾美の趣味嗜好をある程度理解している。今更何を見せられても動じないし、叫ばないし、白い目なんか向けないよ……うん、多分。

 ジト目を向けて訴える私に、彼女はパフェをつつきながら、無駄に綺麗な(この表現はひがみ)、それでいて妙に悪戯な表情で返答するのである。

「あたしの本はまだまだ、初心者の都には刺激が強すぎるからね」


 うん、そうだと思う。心の中で素直に納得しながら、彼女から預かった文庫本数冊を、自分のバックにしまいこむのであった。


 後日、新谷氏に小説を渡す際、何となく綾美の話(本を提供してくれる友人の話)になり、私が彼女は同人作家で、こんな名前で活動しているんだよー……ということをぽつりと呟いた。綾美のPNを彼に告げたのは、何かのアンソロジーで読んだことがあるかもしれないと思ったからなんだけど、

「マジで!? あの人、沢城の親友なのか!?」

 という、予想以上の食いつき。

「あ、知ってたんだ。まぁ、最近色んなアンソロにも参加してるみたいだし……」

「あ、あのさ……」

 ……唐突にスケッチブックを手渡された。

 どこから出したんだ、これ。

 意図を察してとりあえず受け取るものの、私を見つめる新谷氏が尋常じゃないほど目を輝かせている。そんなキラッキラさせなくても分かってるよ。ちゃんとフルカラーで描いてもらうから。

 ただ、

「キャラのリクエストはないの?」

 何となく聞いてみたけれど、返ってきたのは意外すぎる答えだった。

「だ、誰でもいいに決まってるだろ! でも、あえて言うなら「Fa○e」のアーチャーかランサーが……」

「ちょっ……そのカップリングには一定の理解を示すけどどうしてギャルゲーなの!?」

「沢城こそどうして知らないんだ!? あの人は受けのアーチャーを描かせたら日本一なんだぞ!」

「ちょっ……! 私の(心の)兄貴を受けとか言わないでーっ!!」

 ……私の親友のPNが業界の常連になるまで、あまり時間はかからない、の、かもしれない。 

霧原も種アスランは好きです。他のメイン男キャラと比べれば……。(遠い目)

テニプリでは大石先輩が好きです。一番堅実そうだもの! 手塚部長には眩しくて近づけないに決まってます!

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