(ここだけの)彼の独白
彼女が会計を済ませた後、俺達は近くのファーストフード店へ向かった。
平日の昼間は仕事中のサラリーマンや俺たちのような空き時間の学生でそれなりに賑わっている。それぞれ適当に注文を済ませて、店の2階、奥まった席で改めて向かい合い、
「はい、これが新谷君の本」
彼女が手渡すのは、別包装された文庫本2冊。青いビニール袋に包まれたそれと引き換えに、その価格を計算してお金を渡す。
「でも、意外だったなー……新谷君、そういうの好きなんだ」
ポテトをつまみながら俺をまじまじと見つめる沢城さんに、苦笑いを向けるしかない。
急に襲いかかる不安。今の俺は、彼女にどう思われているのだろう。
変な奴、男のくせに――内心、軽蔑されているのだろうか。
「あ、ゴメンね。別に新谷君が何を好きでも大いに結構だし、むしろ嬉しかったんだよ」
そんな俺の心中を察したのか、彼女は慌てて言葉を続ける。
そして、自身が持っている袋の中身をちらりとのぞかせ、
「私も、ね……BLよりもギャルゲーが好きで、本当はもっと色々見て回りたいんだけど、やっぱり周囲の目が気になっちゃうっていうか……あんまり大声で好きだって言えないし、話が通じる友達もいないから、新谷君に妙な親近感が……勝手に、だけど」
「お互い、肩身が狭いな」
ワンコインで飲めるコーヒーを口に含みつつ、俺も彼女に妙な親近感を感じていた。
「でも、沢城さんは強いよ。今日だってカウンターに取り置きしてもらってたんだろ?」
「……店頭特典目当てでね。久しぶりにオフィシャル通販以外でゲーム買っちゃったのよ……ふっ、見事に釣られちゃったわ」
あさっての方向を見つめながら呟く沢城さんだったが、その視線が急に俺の方に向けられ、
「そういう新谷君だって、今日の本は店頭特典のペーパーが欲しかったんでしょう? ふっ、同類よ」
「おっしゃる通りでございます……」
にたりと口元に笑みを浮かべる沢城さんにつられて、俺も笑っていた。
こうやって、自分と趣味が近い人と話すのは……久しぶりだったから。
それから互いに分かるアニメやゲームの話で同意したり衝突したりしつつ、気がつけばそろそろ大学に戻る時間。俺は講義だけど、沢城さんは帰宅後、買った雑誌を読みふけるそうである。
「あれ? 帰ったらゲーム三昧じゃないの?」
俺の素朴な疑問に、彼女は「それがねー……」と、急に落胆してため息をついた。
「私、ノートパソコンでゲームやってるんだけど、今、そのパソコンを寮の友達に貸しちゃってるの。戻ってくるのは早くて3日後……それまでは特典CDや画集でも見ながら妄想するしかないのよ……」
がくりと肩を落とした彼女は、「おかげでネットも出来ないし……やっぱり、安いデスクトップを買うために貯金しようかなぁ……」と、ぶつぶつ呟きながら最後のポテトをつまんだ。
ただ、いくら友達とはいえ、ギャルゲーがインストールされているパソコンを貸してしまう彼女を凄いと思ってしまうのは俺だけだろうか?
「パソコンを貸してる?」
「うん……ほら、入学の時にパソコンを買えって言われなかった?」
パソコンは現代の大学生における必須アイテムになっていた。レポートも手書きを認めない教授がいるし、課題をメールで提出するよう指示されることもある。学内にパソコン室は3か所あるけれども、学期末は課題に追われた学生でごった返すことになるとか。
それに今後を考えた場合、パソコンは学生のうちに使えるようになった方がいい……そんな話を延々と聞かされ、最終的にとあるメーカーが大々的に自社のノートパソコンをPRしていたオリエンテーションを思い出す。
「私はもう自分のパソコン持ってたから買わなかったんだけどね……入学時に注文したやつ、まだ届いてないって友達からの頼みだったから」
「でも、沢城さんのパソコンには、色々見られて困る物が入っているんじゃないの?」
「そ、それは言わないで……ユーザー切り替えることで見られないようにしてるけど、不安だから」
言葉の通り不安そうな顔で呟く彼女に何か触発されたのか……俺はこの後、自分でも予想外の提案をすることになる。
「沢城さん……そのゲーム、やりたい?」
「へ? そりゃあ勿論。今日だってそのためにバイト休みにしたんだから……無理だけど」
なるほど。今回の事態は彼女にとってもイレギュラーな出来事。だったら余計に、彼女にこの提案をしてみようと思えた。
俺にあの場で声をかけてくれて、久しぶりに肩の力を抜いて話せたこの時間のお礼、という意味も含めて。
「じゃあ、俺の部屋のパソコン……使う?」
「へっ?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の目には明らかな戸惑いと……隠しきれない期待感。
そしてそれが、奇妙な関係の始まりだった。
こんないい人が近くにいる方、是非是非教えてください。
ちなみに新谷氏、電気代は請求してません。いい人!