素晴らしき日々
その後のエピソードを、少しだけ。
まずは、その心に大きな傷を負った……っていうか私が負わせてしまった林檎ちゃん。
さすがの彼女も最初は傷心で、バイト先で薫と顔をあわせるたびに、気まず~い空気になってしまったらしいのだが。
私と薫がヨリを戻した(……別れていたわけじゃないんだけどなー?)ことなど、周囲からの情報、そして彼自身の行動を見れば一目瞭然。慌てて本人に問い詰めると、彼にしては珍しく、そしてきっと頑張って嘘の話を広げ、私と付き合っていることを彼女に告げた。
……という点は褒めてあげたいのだが、彼がノーマルでも大丈夫であることを確信した彼女は、また、以前の調子を取り戻そうとしている。ヲイ、どうしてもっと強く「これ以上関わるな」って釘を刺しておかなかったのかな?(そんなこと出来るような性格じゃないことは、私が一番分かっているけど)
ただ……林檎ちゃん、私を見つめる目が少し違うのだ。何と言うか、ライバル視なんだけど前のような軽蔑じみた視線ではない。噂では、私が「どーやって薫をノーマルに引き戻したのか」を必死に探っているらしい。ご愁傷様である。絶対に真実は教えてあげないけどさ。
そして次、思わぬ功労者になってしまった綾美と大樹君。
綾美に何となく彼の話をすると、途端に顔色を変え……「今すぐ会わせろ」と詰め寄るではないか。
なーんだ、綾美も彼のこと覚えてるじゃないかという安心はすぐに消え、どうしてそんな顔になるんだろうという疑問と、恐ろしさが。
普段の彼女からは想像も出来ないほど焦っていたので、私も緊急事態だと思ってすぐさま薫経由でコンタクト。
ただ、彼は色々忙しい身なので(専門学校ってそんなに忙しいのかな?)……実際、2人を引き合わせられたのは3日後だった。
そこで、事件は起こる。
待ち合わせ場所は賑う駅前。しかし、彼女は出会い頭に彼の胸倉を掴むと(あのー……ココ、街中なんですけど綾美さん?)、その綺麗な顔で再会の挨拶もなしに、いきなり詰め寄ったのだ。
「大樹、説明しなさい!! 2年前、どうしていきなり音信普通になったの!? 夏コミにFat○で合同本出すって話だったのに……アンタの埋め合わせで、あたしはあの4日間、地獄を見たんだからね!!」
あ、あの……ココ、街中……まぁ、綾美がそんなことを気にするわけないと思うけど。
ただこれで、薫が綾美にあのイラストをリクエストした理由が何となく分かった。
綾美はずっと、合同本で最初に描くはずだったキャラを……描き続けているんだ。
道行く人が、聞きなれない単語に首をかしげながら、でもしっかりコチラを横目で見つめながら通り過ぎていく。
そんな彼は、彼女の剣幕に苦笑を浮かべながら、
「いや、アレは本当に悪かったって! ただ、急に親が引っ越すことになってさぁ……あの地域でのイベントに参加出来なくなったんだよ」
「連絡くらいよこすのが、相方に対する礼儀じゃないの!?」
「その通りでございます……」
怒り沸騰の綾美と、真実を語ろうとしない大樹君。コレは明らかに平行線。私と薫は、そんな2人のやり取りを放心状態で眺めながら……「なぁ都、俺たちだけでどっか消えないか?」「そうね、それがいいような気がする」と、この場から脱出する計画を話し合っていた。
ただ、
「……出してないから」
掴んでいた手を離し、彼女がぽつりと呟く。
「綾美?」
「あの時の本、まだちゃんと出してないから。あんたが4日後に原稿を仕上げるって言うなら……今から印刷所に掛け合ってあげるわ」
それが、彼女の伝えたいことだったんだと、私は思う。
それから2人がどうなったのか……それは、また、別の話。
そして、私たちは――
「と、いうわけで薫、コスチュームプレイ、略してコスプレよ!!」
「正直、詳細が意味不明なんですけど……」
話はざっと、数分前にしかさかのぼらないけれど。
今日も今日とて、ゲームをするため……と、薫とラブラブするために(笑)合鍵を使って侵入していた私。
部屋の中で新作ゲームに興じていると、時間通りに彼が帰ってきて。
そして、薫がバイト先で使っている制服一式を持って帰ってきたことが全ての発端である。
「へー……こんな制服だったっけ。ファミレスって感じだね」
ネクタイやブラウスをチェックしながら、よく分からない感想をつぶやく私。
エプロンしか支給されない私のバイト先とは違って、彼の場合は上から下まで全部貸してくれるのである。まぁ、ファミレスだしね。統一感が必要なのは当然だろう。
白いブラウスにブラウンのネクタイとズボン、汚れが目立ちそうな気もするんだけど……さすがは薫、油汚れ一つなく、ブラウスが輝いて見えるよ。
「俺は接客中心だから、そこまで汚くないけど……厨房中心の奴らは相当汚いらしいな。俺も見たくないくらいだし」
「へぇ……」
もの珍しく眺める私を、彼が苦笑で見つめ、
「そんなに珍しい?」
「いやだって、制服っていわゆる一つの萌え要素じゃない?」
「……そういうことを真顔で言われても……第一、ファミレスの制服じゃ萌えないだろ?」
「そうかなぁ? 私はそんなことないと思うけど」
大学生になると、制服という概念から遠い日常を送ることになる。
それこそ、バイトでもしない限りは制服なんか着ることはない。中高生時代に飽きるほど着ていた服装が、今では妙な輝きを持った思い出として頭の片隅に残っている程度なのだ。
だから、どんな制服であれ……制服であることに違いはない。(当たり前)
制服、かな。薫が着たら、きっと似合うんだろうなぁ……。
「……着て欲しいなぁ」
「都?」
本音をつぶやいた私を、今度は怪訝そうな顔で見つめる薫。
「ねぇ薫、その制服、今から着てみてくれない?」
「は?」
「だって、見てみたいんだもん。バイト中はあんまり来ないで欲しいって言うから……私、一応遠慮してるし」
一度、冷やかし程度に綾美や大樹君と一緒にお邪魔したことがあるのだが……私たちのマイペースな態度に、彼が泣きそうな顔で「頼むから、俺がバイトしてる間は来ないでくれ」と訴えられたのは、そんなに遠い昔でもない。
……まぁ、あれはどう考えても私たちが悪い。だから、それ以後、薫のバイトの邪魔はしないようにしているんだけど。
「ねぇー、いいでしょー? 着てよ、着てよー」
「やだよ。第一、汚れて洗濯したいから持って帰ってきたのに……洗濯する前の服に腕を通せって言うのか?」
「いいじゃない別に。どうせ、この後シャワー浴びるんでしょ?」
私が犬のようにせっつくので、薫は一度ため息をつくと、
「……何を期待してるんだか」
おもむろに、着ていたTシャツを脱いだ。
おお、何気に生着替えですか? まぁ、今更だけど。
「と、いうわけで薫、コスチュームプレイ、略してコスプレよ!!」
「正直、詳細が意味不明なんですけど……」
ぶつぶつぼやきながらも、白いブラウスに腕を通してくれる。
「細かいことは気にしないっ☆ もしかしてメイド……じゃないや、執事さんっぽい雰囲気になったりするのかな。ねぇ薫、お嬢様って言って?」
「興奮しないでください、お嬢様?」
携帯カメラさえ構える私を、びしっと指差しして忠告。
そして、数分後。
目の前に現れたのは、完全無欠のウェイターだった。
……正直、自分がここまで興奮するとは思っていなかったので……彼の顔をまともに見れない沢城都であります。
シンプルな制服が、整いすぎた彼をよりいっそう引き立てているように見えた。彼がバイトしてる店が繁盛する理由も分かるよ……女性客が多い理由も納得するよ! 悔しいけどっ!!
そう、コレこそ制服の役割。着ている人間の個性を殺さずに引き立てる、決して自己主張はしないけれどもその存在理由はある、縁の下の力持ち。(何か違うような気もするけど……まぁいいや)
単なるウェイターでさえこんなに色々考えてしまうのだ。これでもう、ブレザーとか白衣とか着られた日には……私、命が危ないかもしれない。色んな意味で。(笑)
「……そんなにまじまじと眺めるほどでもないだろ?」
無言で、ただじっと見つめる私を、ただ、呆れた顔で見つめ返すしかない薫。
思わず本音を呟いた。
「脱がしていい!?」
「せっかく着たのに襲うな!」
「ねー薫ー、他に制服ってないのー? コスプレしてよー、コスプレー」
「大学生の部屋で制服を期待するな」
後ろから彼に抱きつく形でくっついて訴える私を、彼は相変わらず呆れ顔であしらう。
でも、呆れられたっていいもん! だって、制服は一種のロマンでしょう!?
「都がそんなに制服フェチだったなんて、知らなかったぞ?」
「まぁ、最近はファミレスでもマニアックな制服って多いじゃない? 薫のところはそうじゃないけど……もう、本当にメイド喫茶すれすれの制服だって多いような気がするの」
今までは、そういう可愛い服装を可愛い女の子が着こなしてれば満足だったんだけど……でも、薫と一緒にいるようになってから、男性の制服にも目がいくようになって。
もともと白衣とか好きだったし……警察官も、よく見るとカッコいいよね?
「ねぇ薫ー、白衣とか持ってないの?」
「文系の俺に何を期待してるんだよ!」
さすがに無理か……本気で落胆する私に、
「制服、ねぇ……」
「薫はこだわりとか、ないの? やっぱり白衣萌え?」
「王道だけど好きだな。特に医者の白衣が好きだ」
「そう? 私は理系の白衣が好きなんだけどなぁ」
白衣といっても、その好きは更に二つへ分岐する。
ずばり、医者の白衣か、理系学者の白衣か。薫は前者、私は後者である。
まぁ、二人とも両方好きなことに変わりはないと思うんだけどさ。
「都って、スカートはかないよな?」
「だって、胡坐かけないじゃない」
後ろから大真面目に答える私に分かるよう、彼はわざとらしく体を揺らしてため息をつき、
「……そもそも、スカート持ってるか?」
「覚えてない」
「……俺が買ったら、着てくれる?」
「そこまでしてもらわなくても……っていうか、別にデニムでもいいじゃない。ひょっとして生足フェチ?」
「男は誰だってそうだ」
そうだったのか。私はむしろストッキングに反応してしまうんですけど。
「じゃあ、明日は一緒にスカート買いに行こっか。薫が選んでくれるんなら、私だって着るよ……多分」
多分ね。私の気が変わらなければ、だけど。
でも、
「スカートかぁ……私がスカート着用なんて、それだけでコスプレよ」
「そりゃ貴重だ。さて、そろそろ俺も着替えていいかな? シャワー浴びたいし」
「夕ご飯は?」
「気分をさっぱりさせてからにする。ほれ都、いい加減に離れなさい」
彼が立ち上がろうとするので、私はしぶしぶ、抱きついていた背中から離れて、
「じゃあ、私は白衣を調達してくるから……今度は、二人で一緒にコスプレ大会ね☆」
そんな私の言葉に、薫は苦笑しながら頷いたのだった。
彼がシャワー後に夕食をとっている間、私もシャワーを借りた。
最近はすっかり、この部屋に自分の私物を持ち込んでいるので……今日も普段どおり、着替え一式を戸口のところに置いていたのに。
服を着ようと私が手に取ったのは、普段のTシャツではなく……。
「……ねぇ薫、私の着替えが男性サイズの白いワイシャツに進化したんだけど……どゆこと?」
何となく答えは分かっていた。首謀者が勝ち誇った顔でこう言う。
「コスプレといえば、コレは外せないだろ?」
いやまぁ、言いたいこと分かるけどね。そりゃあよく分かるけどねっ!
まさか自分が、ワイシャツ1枚というベタな姿になるとは思っていなくて……にやりと見つめる瞳が、何となく負けた気がして悔しかった。
今度絶対、白衣を調達してきてやろう。改めて誓う私なのである。
そんな感じで。
私たちの奇妙な、それでいて愛しい関係は……これからも続いていくのである。
ココまでお付き合いくださって、本当にありがとうございます!
作者兼傍観者、霧原菜穂です。
結局2人は、こんな形に落ち着いたのですが……まぁ、趣味に没頭することを認められた二人ですから、居心地がいいのは間違いないでしょうね。
最初は、ちょっち普通じゃない(こういう書き方はしたくないけど……一番分かりやすい表現なので)2人が、自分の利益だけを追い求める話にしようと思っていたのですが、結局、最後は普通のラブストーリー……っぽいものに落ち着きましたか? おかしいな、もっとマニアックにするつもりだったのに。
ど、どうでしょうか? 霧原のマニアックな思考を都にそのままトレースしたと言っても過言ではないので、彼女が語る言葉の意味を、どれくらいの方が頷いてくださったのか分からないし、ちょっと不安なのですが。(笑)
この物語は、私のパソコン上のサイト「Frontier Spirit」で公開されている作品に加筆・修正をしたものになります。
サイトでは用語解説&外伝・続編等もありますので、興味がある方はご覧ください。
いずれ、こちらにも続編を投稿していきたいなー……とは、思っております。
ひとまず、彼らの物語はここまででございます。
お付き合いいただきまして、本当にありがとうございます!