あいかぎ
初っ端から不健全だと思われてもしょうがない描写があります。
BLダメな方は何とかすっ飛ばしてください。
“『ほら、どうしたんだよ、さっきまでの威勢は』
『……い、嫌、こんなの……俺』
『何言ってんだよ。こんなに感じてるくせに……』(卑猥な音)
『――ぁっ! そ、そこ、は……違う、違うっ!!』(ギシギシと何かがきしむ音)
『何が違うんだ? はっきり言ってもらわないと分からねぇな』
『俺は……アンタの言いなりになんか……ならない……っ!』(荒い息遣い)
『そういう強がりは、もっと余裕があるときに言うんだなっ!』(大きな物音)
『はっ……ふっ、うぁっ……あぁっ!!』”
…………。
空いた口がふさがらないというか、何と言うか。
私はスピーカーから聞こえてきた音声に、途方に暮れるしかなかった。
いや、原因を作ったのは私なんだけどね。
綾美からBLのドラマCDを借りた私は、興味本位で「私も一緒に聞いていい?」と、ヘッドフォンを装着していた彼に提案したのだ。
そう、本当に興味本位だった。ギャルゲーもドラマCDになることはあるけど……その場合、シナリオからエロ要素を排除した内容だったり、外伝的な内容 だったり……とにかく、露骨に音声で「そういうシーン」が入っている場面は皆無である。いっくらBLのCDとはいえ、そこまで濃い内容でもないだろう、なんて……そう思った私が浅はかでしたね、ハイ。
一応、新谷氏も忠告してくれたのだ。「沢城には刺激が強すぎるからやめたほうがいいと思う」、と。
そんな彼の忠告を豪快に無視して、挑戦してみたBLCD。
やっぱり本からにすればよかった、かなぁ? 後悔先に立たずとは、よく言ったものである。
一連のシーンが落ち着いたところで、彼が苦笑で一時停止のボタンを押して、
「どうする?」
これ以上聞くのか、否か。
私は迷わず、逃げることを選択した。
……嗚呼、今日は衝撃的だった……。
彼の部屋から帰る道中、先ほどのドラマCDが頭の中で何度もリフレインしていく。
最初は普通の学園モノのはずだったのだ。転入生が生徒会長に呼び出された辺りからおかしくなっていって、それで……。
……あぁ。演じているのも普通にメジャーな声優さんだもんなぁ。あのアニメとかマトモに見れなくなるかもしれないじゃない。
新谷氏、やっぱりBLが好きなんだなぁ、と、改めて思う。
だから、ふと、バカらしいことだとは思うけれども。
私と一緒にいて楽しいのかどうか、不安になることも、ある。
趣味が合う綾美みたいなタイプの方がいいんじゃやないか、なんて……らしくないことを考えては、一人、ため息をつくのだった。
「……バカみたい」
愛されてないと思っているわけじゃない。そういえば互いに明確な告白があったわけではないけれど、前よりずっと大切にされているし……あの事件からもうすぐ1ヶ月、泊まったのはあの一度だけじゃない。むしろ最近は多ければ週の半分は彼の部屋に泊まっていた。まぁ、ゲームに興じる割合が高いけれど、最終的には……。
「……」
一人で赤面。
付き合う、という関係が互いの告白によって成立するのであれば、私と新谷氏はまだ「付き合っている」とは言えないのかもしれない。だけど、少なくとも私は、彼を下の名前で呼べるようになるまで、どこまで近づいていいのか測りかねているのも事実なのだ。
「好きです」――言葉にして伝えてしまったら、何かが壊れてしまう気がした。
彼の心には、まだ、笑えない過去が突き刺さっている。そんな不安を確かめられないまま、彼に抱きしめられると安心する自分が、現状維持を訴え続けて……私は、それを選んでいるから。
まぁ、そんな不安はあるにしても、それさえ考えなければ前よりもずっと関係は近づいたと思っているし、私ももっと、彼に近づきたいと思っているから。
……こう思うってことは、私も大人の階段を一段登ってしまったってことにしていいかな。そういうことにしようっと。
と、
「……?」
自分を事実で納得させようとした瞬間、誰かに見られている気がして、立ち止まる。
大学周辺であるこの周辺地域は、当然ながら遠方出身の学生が多く暮らしている。学生向け一人暮らし用のマンションが乱立し、コンビニがスーパーの代わりになり、当然、道を歩いていれば大学での知り合いに会うことだって日常茶飯事だ。私が住んでいる学生寮は大学の裏手にあるので、サークル活動をしている友達や、寮で出会った友人などと出会うことは、いつものことなのに。
最初のうちは気をつけていたとはいえ、新谷氏の部屋に入り浸っていることが周囲にバレるのは時間の問題だと思っていた。そして特別に気をつけなくなった今ではすっかり私も噂の的らしいのだが……今までにないタイプの視線を感じることが、最近、ある。
友達にも冷やかされ、忠告された。「彼の人気は一部で半端じゃないから気をつけろ」って……何が半端じゃなくてどう気をつければいいのだろう。もっと具体的に教えてくれればいいのに。
まぁ、私も陰口くらいで泣き出すような、弱い肝っ玉を持っているわけではない。ただ……こういうのはあまり好きじゃない。だから、自分から積極的に関わろうなんて思っていないし、周囲を気にして萎縮する必要もないので、私は私のまま、いつも通り、寮までの道を急ぐ。
途中ですれ違った髪の長い少女を、チラリと横目で捕らえながら。
「まだ後遺症が残ってるのか?」
翌日、特に理由はないけど彼の部屋へ転がり込んだ私に、出迎えてくれた新谷氏が苦笑した。
勿論、本人がいることは確認済みである。ただ、今日はお互いバイトなので、あまり長くは一緒にいられないけれど。
今日はパソコン前じゃなくて、彼の隣に座る。珍しいことをしてみようと思った理由は至って単純明快だ。
「……分かる?」
「何となく、だけど。沢城が疲れてる気がしたから」
実際、疲れていた。今日も誰かに見られている気がしたから。
自意識過剰かもしれない。でも、それならそれでいい。何事もなければ、今の私達に実害がなければ、それでいいんだから。
「でも、あれは衝撃的だってば。新谷氏、よく平然としていられたよね」
「まぁ…よくあるシチュエーションだったからな。展開が読めたから、後半は半分もうどうでもいいやって気分だったし」
さらりと言ってのける彼に、自分の姿を重ねてしまった。
ギャルゲーをしているときの私も、さっきの彼と同じような視点で考察している。客観的になってしまう傾向が強いから。
そんな私でも、BLを客観的に見ることが出来るようになるまでには、まだまだ修行が必要らしい。
「……やっぱ、私にはまだBL無理。綾美や新谷氏みたいに楽しめないもん……」
「いきなり楽しめたら、それはそれで凄い才能だな」
がくりと肩を落とした私の頭に、彼はぽんと手をのせた。
その手が少し熱い気がして、首をかしげながら見上げる。
「新谷氏……手、熱くない?」
「そうか? まぁ……少し緊張してるし」
緊張? 何を今更?
目で訴えた質問に答えるように、新谷氏は少し間を置いてから、
「いや、その……昼間にこうやって過ごしたことって、あんまりないよなぁ、と……」
スイマセンね、昼間はゲームに興じることに生きがいを感じてますから。
……という自虐突っ込みは、心の中で。声に出すのは申し訳なくて(だって、一目散にパソコンの前に座っているのは間違いなく私だし)、謝罪の代わりに、彼にもたれかかってみた。
「沢城?」
「……たまにはいいでしょ? バイト前のエネルギー補充よ」
そういう、「すっごく意外です」な声で名前呼ばなくていいよ。やってる私が恥ずかしくなるじゃない。
無言の私に、彼もしばらく黙ったままだったが……不意に、ズボンのポケットをゴソゴソとまさぐり、
「渡したいものがあるんだけど」
「へ?」
唐突に、私の前の前に銀色の鍵をさらす。
特に飾り気のない、ごく普通の鍵である。どこの部屋が開けられるのかは知らないけど。
「鍵?」
「そ。この部屋の合鍵なんだけど、沢城に預けたほうがいいかと思って」
……え?
…………えぇ!?
一瞬呼吸を忘れた、それくらいの衝撃。
だ、だって……合鍵!? 同名のゲームがあったような気がするけど今は関係ないか。
それを私に預ける!? まるで彼女みたいじゃないか!?
「私、に?」
半信半疑で確認すると、彼が笑顔で首肯する。
眼前でゆれる鍵を、私は恐る恐る両手で受け取った。
「でも……いいの?」
「俺がいるときじゃないとパソコンを使えないんじゃ、沢城のストレスがたまるんじゃないかって思ってさ」
何だよその理由。
さらりと言い放った彼の言葉に、思わずムッとしてしまう私がいる。
そりゃあ……そりゃあ確かに、タイミング悪いところでセーブしなくちゃならなくて、その続きが4日後にしか出来なかった時は……色んな意味で辛かったけど。
そのストレスから解放されるのは、個人的に嬉しい。
嬉しいよ?
でも、
「――っていうのは建前で」
私の心中を察した彼が、にやりとした表情で見つめていた。
……私の反応予想して、絶対わざと言ったんだな!
悔しいので、その後は聞いてあげないフリをする。ただ……私に嬉しい言葉であることには変わりなかったので、頬が思いっきり緩んでしまったけど。
そうこうしているうちにタイムリミットになった私は、彼の部屋から出た後も……地に足がつかないというか、ぼんやりしているというか。
だって、合鍵だよ? 確かそういうタイトルのギャルゲーもあったと思うけど……とにかく合鍵なんですよ奥さん。
彼の部屋にいつでもいていいよって、そういうことなんでしょう? 例えば今日も、彼の帰ってくる時間をわざわざメールで聞かなくても――
「――幸せそう、ですね」
私を現実に引き戻したのは、忘れられないロリボイスだった。
目線を向けたその先、コンビニの入り口にいた彼女――林檎ちゃんが、冷たい表情で近づいてくる。
今日も白いカーディガンに膝丈のフレアスカート、という、女の子らしいスタイル。パーカーにジーンズという私とは正反対である。
まぁ、彼女と張り合おうにも……住んでいる世界も、見ている景色も違うから無理なんだけど。
林檎ちゃんは、無修正で可愛らしい顔を「不機嫌」という感情でコーティングし、私を敵だと認識している様子。
思わず私も、警戒してしまう。
「えぇっと……宮崎さん、だっけ。何か用? これからバイトだから、手短にお願いしたんだけど」
「言いたいことは一言です。先輩に変な影響を与えないでください」
可愛らしい声で、可愛らしい顔で、彼女は随分ヒドイことを言うものだ。
変な影響? 私が、彼に?
……いや、否定できませんが。でも、もう手遅れだとも思いますが。
色々考える私とは対照的に、彼女は真っ直ぐ私を見据えて、強く続けた。
「だって貴女……漫画とかゲームとか、そういうのが好きなんでしょう? オタクって、自分の世界に相手を巻きこもうとするんです。先輩は優しいから、貴女を否定しないだろうし……貴女のせいで先輩がまたそっちの世界に染まっちゃうなんて、絶対ダメ」
だから、心配しなくても彼は私と同類だよ?
口に出せない歯がゆさを感じながら、ふと、疑問に感じることがある。
「何が好きなのか、それは私や彼の自由でしょう? 私の影響だろうが何だろうが……宮崎さんが否定することはないんじゃない?」
「あんなカッコよくて優しい先輩がオタクになっちゃうなんて絶対ダメです。イメージダウンもいいところだわ」
私を睨んだまま彼女は断言し、ため息をついた。
「オタクなんて……考えてることはアニメのことばっかりで気持ち悪いし、そもそも「そういう世界」に本気になってるってところもイタいし。先輩はそんな人じゃない。貴女が近くにいなければ、そんな人にはならない」
それに対して色々言いたいことはある。だけど、とりあえず今、私の個人的な意見はどうでもよくて。
今の言葉で確信したことが、一つ。
「……要するに。宮崎さんも彼の外見が良くて性格も趣味思考も「普通」なら、それでいいってことなんだね」
ぽつりと呟いた独白は、きちんと彼女まで届かなかっただろう。一瞬訝しむように私を見つめた彼女だが、私が言い直さないことを悟り、再度、ため息。
「先輩は普通の人だし、先輩がそんな人と付き合うわけがないんです。貴女の影響が強くなる前に、先輩から離れてください」
これ以上、彼女と話すことは何もない。それが、私の下した結論。
無言で彼女に背を向けて、寮へ急ぐことにした。彼女が何か言いかけたけれど、それにいちいち反論するほど律儀な性格ではない。
ねぇ、新谷氏。
君はいつも……こんな思いをしてきたのかな。
外見だけでしか判断されない。外見のイメージから外れることを周囲が許してくれない、そんな環境の中で生きてきたの?
だとすれば……息苦しいね。心からそう思う。
バイトが終わったら真っ先に逢いに行こう。そして、今日は私から……抱きしめてみよう。
そんなことを考えながら、ポケットの中で揺れる鍵を……握りしめた。
ゲームをやりたくてバイトが早く終われと思うことはあったけど、彼に会いたいから早く終われと思うことは、案外初めてかもしれない。
少し考えればヒドイな。そんな自分に怒りさえ感じてしまう。だけど、今日からは……これからは多分、こう思うことの方が多くなっていく……はず、だから。多分。
夜道を自転車でかっ飛ばし、そのまま、彼のマンションに直行。ココはオートロックじゃないので、エレベーターで目的地を目指すのみ。
程なくして、扉の前に到着。まだ、時間的に彼は帰ってきてないはずだから、鍵をさして扉を開けようと……。
鍵穴に鍵を突っ込んだ瞬間、私は隙間から悟った。
鍵が、開いているのだ。
どうして? 彼は今日バイトだったはずだ。本人の口から聞いたのだから間違いない。
いきなり休みになったのだろうか。その可能性は否定できない。だけど……室内が暗い。だから、誰もいないと思ったのに。
嫌な想像ばかりがグルグル回る。バイト前に出会った林檎ちゃんが、あのままこの部屋に押しかけてきて、押しに弱い新谷氏は断りきれずにそのまま――
そんなことない。
そんなこと、ない。
最悪の未来を打ち消したかった私は、一瞬迷ったけれど、思い切ってドアを開いた。
廊下の明かりが玄関に差し込む。その光が、暗闇に隠された室内を、少しだけ映し出して――
「新谷氏!?」
現状を目の当たりにした私は、思わず彼の名前を叫んでいた。
冒頭のCDは、霧原のイメージと願望と偏見です。こんな感じで正しいですか? 経験者からの助言求む!(自分では怖くて聞けないらしい)