君に届け
先日みたく、自分でも気がつかないうちにフラグは立ててしまうものだと思っていたけど。
「……具合悪いなら、どうして私がいるときに風邪薬を買って来いって頼まないかなぁ?」
私、いつの間に看病フラグを? まぁ、今更考えたって思いだせないけど、どこかで見たことのある状況であることに違いない。
要するに、キャラクターがいきなり病に伏せる→看病イベント(イベント!?)というある意味無茶な物語構成も、上等なのである。
ただ、本気でやると思ってませんでした、看病イベント。(だからイベントじゃないってば私)
思い切って扉を開いた私が目にしたのは、床で転がった新谷氏の無残な死骸。(死んでない)
何事かと思って名前を呼んで近づいてみる。そして、彼の体を頑張って抱きかかえた瞬間……息苦しくて切ない表情と火照った全身に、発熱を確信したのである。
とりあえず朦朧としていた彼の意識を叩き起こし、ベッドに寝かせた。応急処置として水で絞ったタオルを額にのせると、私は一旦部屋を後にする。
そして、大急ぎで寮の自室に戻り、風邪薬やひえぴたシートやら、必要な物資をかき集めた。彼の部屋のどこに何があるのか、正直把握していない。ないかもしれないものを探して部屋を引っ掻き回すよりも確実な方法を選ぶことにしたのだ。
ついでに、寮の事務所にも「一人暮らしの友人がぶっ倒れた」と説明し、粉末のポカリや違う種類の薬など、必要物資を提供してもらうことが出来た。
――そんなドタバタから1時間。
薬が効き始めたのか、ようやく落ち着いた彼は安定した寝息を立てて眠っている。ちなみに私の絶叫を聞いた隣人(女性)が何事かと飛び出してきて、事情を説明して謝罪するとリンゴをくれたりしたんだけど……林檎、違うんだけど連想してしまうなぁ。それどころじゃないのに。
いくら落ち着いたとは言えども、体温はまだ39度前半。あまり楽観視出来ないのが現状である。熱さましとゼリー状ドリンクは気力で飲んでもらったけど、そもそも、風邪だって決まったわけでもないし……状況が改善されないようであれば、救急車を呼ぶことも視野に入れなきゃいけない。
「……さわ、しろ?」
刹那、かすれた声で私を呼ぶ声が聞こえた。
私は読みかけの雑誌を広げたまま立ち上がり、枕元に寄り添う。
「気がついた? ったく、具合悪いなら一言言ってくれれば、私がいる間に色々持ってきてあげられたんだよ?」
そう言う私をとろんとした表情で見つめる彼は、ぽつりと一言。
「俺……具合、悪かったのか?」
ここまできて無自覚ですか。
彼のびっくり発言に、私も頭が痛くなってくる。
「今の新谷氏を客観的に言えば、体温39.2度で全体的に熱いし、かと思えば顔色は良くないし。私が駆けつけなかったら朝には本当の屍になってたかもしれないんだからね」
「そう、だったのか……」
あぁ神様、彼を一発殴ってもいいでしょうか? 妙なところで抜けている彼の天然発言に、駆け回った私は沸騰寸前。
でも……よく考えたら、彼の体が熱かったのは、私と一緒にいた時から。服の上から触れられた私でも、少し違和感を感じるくらいだったし。
そこで私が気がつければ、バイトは何とか理由つけてでも休んで、こんなに悪化するまで放置することにもならなかったわけだし。
いや、でも違う。結局は自己申告しなかった新谷氏が一番悪いんだから。
そうよ……鈍感すぎてここまで気がつかなかった新谷氏が、一番、悪いんだから。
「……ゴメンな」
ぽつりと一言。心の中を見透かされたかと思った。はっとして思考を現実へ引き戻すと、相変わらず苦しそうな彼は……優しい表情で、私を見つめている。
「俺がもっと、自分に気をつけなくちゃいけなかったんだし……普通自分で気がつくよな、こんなに熱が高くなってりゃあ……」
乾いた声で笑う彼。だけど、私は笑えない。笑えるわけがない。
……そうよ、自分で気がつきなさいよ。
何を、へらへら笑ってるのよ……私は、私はっ!!
「普通、気がつくでしょ? 新谷氏、鈍感すぎるよ……もっと、もっと気をつけてもらわなくちゃ……」
私は、もう、あんな思いしたくないんだよ?
扉を開けて広がった暗い部屋。その片隅で倒れて動かない、好きな人の姿。
びっくりして、焦って、叫びそうになった。不安が一気に襲いかかってきて……泣きそうに、なった。
あんな、頭が真っ白になって、心臓がギュッとつかまれるような思いは、もう……!
「……私も、24時間一緒にいられるわけじゃないんだからね!」
涙がにじむ。大きな声を出した瞬間、ベッドを思いっきり叩いていた。
苛立ちは主に気がつけなかった私に対してなんだけど……でも、少しだけ、鈍感な彼への憤りも込めている。
同時に――あぁ、私、本当に彼のことが好きなんだ……と、ツンデレみたいな気分に目覚めた瞬間でもあった。かもしれない。
私は涙が落ちそうな顔を見られたくなくて、立ち上がった。
いまなら我慢できる。洗面所で顔を洗って、一度気持ちをリセットして、普段どおりの自分に戻ることが出来る、そう思ったから。
だけど、
「ねぇ、都……行かないで」
呼び止められ、次の一歩が踏み出せなくなる。
どうして、こういう絶妙なタイミングで(しかも名前で)呼び止めるんだろう。素直に従ってしまう自分に失笑しながらも、このまま立ち止まっても涙しか溢れないと判断した私は、「ちょっと飲み物取ってくるよ」と、振り向かずに断った。
たけど。
「――行かないで」
今度は、声がさっきよりも近くから聞こえて。
振り向いて確認する暇もなかった。
いつの間にか立ち上がった彼が、私を後ろから抱きしめたから。
「えぇ!? あ……ダメだよ! まだ安静にしてないと……!」
っていうか、いつの間に立ち上がれるまで回復したんだ!?
自分にとって都合のいい展開に今度こそ色んな感情が沸騰寸前。熱いのは熱にうなされた彼の体じゃない。完全に赤面した私自身だ。
「新谷氏!?」
「……薫、が、いい」
「え?」
耳元で囁いてくれた言葉に、私は目を見開く。
申し訳ないけど、信じられなかったから。
彼は、驚いて言葉を失った私を、もう一度、強く抱きしめて、
「名前、で……呼んで。都なら、俺……大丈夫だから。大丈夫になる、から……だから……」
だから、何よ。
それを伝えるために、わざわざ立ち上がったわけでもないんでしょう?
回された彼の腕をそっと握って、次の言葉を待った。
「今は何も食べたくない、から……だから、お願い。都、どこにも、いかないで……」
「そんな遠くには行かないよ、ただちょっと飲み物でも――」
「今はいらないから……都、俺も都って呼びたい。都にも名前で呼んで欲しいんだ……ダメ、かな」
途切れ途切れになる言葉。首筋にかかる彼の吐息が熱い。服用した風邪薬が効いてないじゃないかと思いながら、私は一度だけ頷いた。
「ダメなわけ……ないじゃないっ……」
キミがそう言ってくれるのを、待っていたんだから。
泣き顔を……憤りや嬉しさでこぼれた涙を見られなくてよかった、と、心から思う。
「ん、分かった。私はどこにもいかないから……でも、何か欲しいものがあったら言ってね? 本当に何もないの?」
「……攻め属性の白衣の先生」
「いや、それは私にも無理な注文だわ」
「……じゃあ、都でいいや」
「じゃあってどういうことよ!?」
やっぱり殴っていいですか神様。
まぁ、とりあえず。
看病イベント(すっかりイベントになっちゃったよ)の醍醐味といえばっ!
「すっかり汗だくになっちゃって。新陳代謝が活発なのは若い証拠よね」
ぬるま湯で絞ったタオルで、私は彼の背中をゴシゴシと。
そう、これぞ看病イベントの醍醐味……いや、個人的にはおかゆを食べさせるとか、そっちの方が楽なんですけど……とにかく醍醐味、「汗ばんだ体をタオルで拭いてあげよう!」である。
……とりあえず何も気にしないでください。冷たい目で見るのもやめてください。私としても、このまま放置して悪化させるわけにもいかないのです。
「猫背だぞっ!」
「いっ!?」
無言の時間が気まづく、状況を打破しようと思って背中をバシッと叩くと、詰まったような声が返ってきた。
……ゴメンなさい神様。結局、私、彼を殴ってしまいました。悪意はないんです、許してください。
初めて彼の背中。その大きさを、意外なイベントで体感する私である。
「とりあえず背中は終了。あ、シャツもコレに着替えてね。洗濯物が他にもあるなら、明日にでも洗濯機で……」
「……さっきのは普通に痛かったんだけど。謝罪は?」
「あ、もうこんな時間。私、今日はどうしよっか?」
「人の話は聞くように」
話題をそらすことを許してくれない彼なので、着替えのシャツを渡しながら「ゴメンなさい。でも、それくらい言い返せるなら大丈夫かな」と、言いわけを一言。
無言でシャツに腕を通した彼は、枕元にある携帯電話で現在時刻を確認し、
「もう1時過ぎか……本当に悪かったな、いきなり病人の看病なんかやらせて」
どうやら、状況は大分マシになってきているらしい。はっきり言葉を紡いだ彼に、少し安心してしまう。
ただ、
「心配だから、今日はこのまま居座らせてもらうね。あ、大丈夫、暇になったらゲームでもしてるから」
「……あのな」
何か言いたそうだ。大丈夫だよ、言わなくても分かってるから☆
まぁ、私としても半分冗談です。それに、最初から……彼を放っておいて部屋に戻ろうなんて、思ってなかったから。
「ゲームのときはヘッドホン付けるし、疲れたら適当に休むから。新谷氏は……」
「む。」
「……ハイハイすいません。薫は、今日はもうゆっくり休んでくださいませ。でないと、私も安心して休めないから」
律儀に名前を呼ばせる彼に従いながらも、半ば強引に寝かしつけた。
素直に布団の中へもぐりこんだ彼は、額の冷却ジェルシートを取り替える私を、じぃっと見上げて。
「一緒に寝るか?」
「風邪をうつされるなんて冗談じゃない。私は看病される側になんかなりませんからねっ」
「都、冷たい……」
「悲しむなっ! それに……元気になったら、いくらでも側にいてあげるわよ」
額に新しいシートをべちっと貼り付け、正直な思いを口にする。
最初、ぽかんとした表情で私を見つめる彼だったが……「じゃあ、さっさと治さないとな」と、笑顔で呟いた。
そうだよ、さっさと完治してもらわないと。
これ以上、心配ばかりしたくないんだから。
大人しく目を閉じた彼にため息をつきながら、明日は彼が――薫が、いつものように、優しい顔で私を起こしてくれるように……願った。
……勿論、この物語には続きがあって。
しかもそれは、私が彼に風邪をうつされる、という、あまりにもベタな展開で進行していくのだが。
それは……とりあえず、今は関係ない、別の話である。
……だから聞かないで。
名字から名前に変わる瞬間がいいと思うのです。看病イベントがよく出てくるのは、美少女ゲームだけ? それとも、霧原が多いと思い込んでいるだけ!?




