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OZの太陽  作者: 坂本悠
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1 大根で混乱

 寝つきの悪さは往生際の悪さ――といわんばかりにベッドで輾転反側し、盛大な不眠を味わいつつ、時折眠れたかと思っても、いやな夢をみては小刻みに覚醒する。

 尾澤しげるはそんな弄られているんだか、とどめを刺されているんだかわからない睡眠事情を抱えていた。

 そんな不眠に悩まされて現在、47歳。独身。独身は関係ないけれど。たぶん。


 そして、不眠もおそらくそんな関係はなかったのだと思うが、ある朝、ハッと目醒めると妙に頭皮にかゆみをおぼえた。

 残暑のきびしい初秋だったせいもあり、しげるはしばらく仰向けのまま動けず、前頭部付近をもぞもぞ右手でかく。痛いと気持ちいいとなんか不穏の三連星。


 ちらりと横目でうかがうとデジタル時計の蛍光表示は5時10分だった。

 クーラーのサフゥーという風の音の遠くで、かすかにみょーんみょーんとセミの声が聞こえて、うんざりも加速してくる。

 

 40も過ぎれば、どこかしらに故障があり、しげるは痛みは友だちみたいな感覚で生きていくしかなくなった。

 おもに気力の問題で運動がつづかなくなり、そもそも身体を動かすことも億劫になってくるから筋トレなどどこ吹く風である。


 しげるは頭皮のかゆみのせいで見事に覚醒してしまったが、右手の親指で該当箇所をぐりぐりやりながらようやく気づく――もしや、このかゆみって、前兆ってやつでは……?


 三連星のうちの「なんか不穏」がもりもり盛りあがってくる。


 前兆すなわち脱毛の準備段階である。

 限りある毛髪たちがつぎつぎに宙へ発射されてしまうカタパルトがいよいよ始動か……?


 そもそも、40も過ぎれば一本一本の張りや腰もなくなり、また一本また一本と白くなってきている。細く、弱く、頼りなく。気力や運動も関係あるかもしらん。


 これは通過儀礼というやつか……ん、しかし、通り過ぎたさきになにがある? 

 待っているのはなにもない文字どおりの不毛の大地。

 無窮の空と同義である到達点、あるいは終着点か……?


 しげるはしぶしぶ起床し、用を足すことにする。


 身体を起こしたときなぜかふと、高校の同級生Kがかつてその手の話題になったとき、「いつかどうせぬけゆく運命なんだったとしたら、ブルース・ウィリスみたいなイカした脱毛プレーヤーになりたい」とななめうえをにらんでいたことを思いだし、そっとため息。


 気持ちのせいもあいまって、切れのよくない結果ののち、しげるは洗面台のまえに立つ。

 見慣れたような、それでいて「あれ、こんな顔だったっけ?」と心配になるような肌理の粗い顔を確認したのち、鏡のまえにかるくおじぎをして、まだ兆候はさほどない(と信じている)当該箇所の毛髪を両手でよりわけた――。


 ん?


 しげるは驚いてさらに意識が明瞭になる。

 そして、写真を撮るときの活きった若者のように鏡を下からにらみつける。

 目はまだかろうじて劣化の途中であり、そこまで疑うものでもない。


 は……?


 秋の匂いの午前5時、しげるはみずからの頭皮に「芽」を発見したのだった。


 芽とは植物のそれであり、二葉つきのにょろっとした様相に、しげるは昨晩食べた「カイワレダイコン」じゃないかと疑ってしまった。

 が、冷静になると、昨晩じゃなかった。

 というか、カイワレダイコンを最後に食べたのがいつかも思いだせない。

 ブロッコリースプラウトとかんちがいしている可能性がある。

 だいぶ混乱してきた。ダイコンでコンラン。まさに大混乱である。これはひどい。


 だが、問題の本質はそこではなく(そこにもあるのは否めないけれど)、その芽が食べ散らかしたことで髪までたどりつき、そっとお隠れになっていたのではなく、ひとさし指と親指でつまんでみた結果、あたまから生えてきていることだった。


 しげるが、おそるおそる二葉を左右にふってみると、なんとなく頭皮につっぱりを感じる。

 気持ちわるいと気持ちいいの中間。

 やはり、生えている。夢ではない感じが如実にする。


 というか、おそるおそるあつかう必要はとくになかった。

 そもそも、謎の芽にはもうしわけないが、この謎の芽はおそらく生まれた場所をまちがえているわけで、しげるにとっては生えていないほうが好ましいこともあり、ひっこぬけるならそのほうがいいんじゃないか……?


 そもそも謎の芽がなかったことになれば、話はふりだしにもどり、めでたしめでたしというわけだ――。

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