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063話 畿内平定と第三回 論功行賞


 許褚は丹後の国・田辺城(舞鶴城)を、張飛は丹波の国・亀山城を、本多忠勝は摂津の国・高槻城を担当する。彼らの攻撃により城は呆気(あっけ)なく落城した。元禄15年7月28日(1702年8月)のことである。

城を落とすのはホムンクルス部隊、手に入れた城を管理するのは後続隊の実務者であった。

実務者は大変多忙である、まず敵方藩士の拘束(生きていれば)、藩士の家族・一族郎党を領内より所払いにする。領内の維持管理と目が回るくらい忙しい、こうした過程を経て占領が完成する。


 畿内には膨大な面積の天領がある、1702年頃、江戸幕府が直轄していた山城・大和・河内・和泉・摂津にわたり石高は約66万石であった。全国で約400万石あった天領のうち、畿内は最も重要な経済・商品生産地帯の一つとして位置づけられていた。

その重要拠点を分捕ったのだ、幕府に甚大な影響を与えるはずである。特に金銭的な影響は計り知れない。もちろん大阪・京都も支配下に収めた、という事は大阪城代・京都所司代の重要なポストも失った、いわゆる無職という事になる。


 5月1~3日にかけて中国地方における幕府の直轄地を接収した。1702年の石高は約21.7万石である。


大森代官所、約6.4万石

上下代官所、約5万石(水野家断絶により天領化、石見銀山大森代官所の出張陣屋が置かれる)

笠岡代官所、約5万石(備中・備後などを管轄)

倉敷代官所、約5.3万石(備中・美作・備後・讃岐の諸島などを管轄)


畿内の66万石と合わせると約88万石の天領を奪い取った事になる。加えて石見銀山から産出する銀はもう幕府の手に入らない、経済的損失はただ単に石高を失ったという事では終わらなかった。




 元禄15年7月29日(1702年8月)、『第三回 論功行賞』を行う。占領地にてそれぞれの腕時計通信機を活用してリモートで実施する。

つまりイワレヒコは本拠地から一歩も動かず、進行役の大石内蔵助も現地ではなく本拠地からの中継である。

今回の軍事作戦に参加した彦根藩・井伊家、津藩・藤堂家、小浜藩・酒井家、岸和田藩・岡部家、淀藩・石川家には腕時計型通信機が下賜されていたため、何の問題も無かった。


 前回に続いて、現地で論功行賞が行われることになった経緯は、イワレヒコはじめ幹部の通信よる論功行賞は他の者の負担を軽減できるからである。

最もイワレヒコは本拠地でふんぞり返っているホログラム映像によるリモート参加だ。こういう時のために大石内蔵助という秘書兼補佐官がしっかりと仕事をしているのである。つまり論功行賞の発表は前回と同じく大石内蔵助がすることになる。


では論功行賞に参加した大名を紹介しよう。以下の13大名家である


  鳥取藩・池田家⇒ 池田吉明

  岡山藩・池田家⇒ 池田綱政

  津山藩・森家 ⇒ 森 衆利

  豊岡藩・京極家⇒ 京極高住

  姫路藩・本多家⇒ 本多忠国

  明石藩・松平家⇒ 松平直常

  彦根藩・井伊家⇒ 井伊直興

  小浜藩・酒井家⇒ 酒井 忠囿(ただその)

  膳所藩・本多家⇒ 本多康慶

  淀藩・石川家 ⇒ 石川憲之

  郡山藩・本多家⇒ 本多忠直

  津藩・藤堂家 ⇒ 藤堂 高睦(たかちか)

  岸和田藩・岡部家⇒ 岡部長泰


 論功行賞の場にはイワレヒコの映像が映っているが今回も発言する予定はない。代わりに論功行賞を発表するのは、秘書であり今や大幹部の大石内蔵助が行う。


「畿内制圧戦に参加された皆様にお礼を申し上げます。只今より論功行賞を行います。これは孔明様が全ての情報を集めて報酬を決め、イワレヒコ様が承認されたものです。発表は私、大石内蔵助が行います。では鳥取藩・池田家から......」


発表された結果は次の通り


  1. 鳥取池田家には3万石の加増

  2. 岡山池田家には3万石の加増

  3. 森家には2万石の加増

  4. 豊岡京極家は1万石の加増

  5. 姫路本多家には3万石の加増

  6. 明石松平家には3万石の加増

  7. 井伊家には近江の国中部の天領を与える

  8. 酒井家には近江の国北部の天領を与える

  9.  膳所本多家には近江の国西部の天領(琵琶湖の西側)を与える

  10. 石川家には1万石の加増

  11. 郡山本多家には河内の国天領北部を与える

  12. 藤堂家には近江の国南部の天領を与える

  13. 岡部家には1万石の加増

  14. 現状、飛び地が発生するが我慢して欲しい。


「以上になります。質問または不服があれば申し出て下さい」


 これを聞いた当主や代表者は絶句した。特に今回初めて論功行賞に参加した家からだ。不服などあろう筈も無い、加増してもらえるほど働いてないという自覚があった。確かに後片付けや占領地の管理には貢献したと言えるが、加増してもらえるとは思っていなかったのである。


「質問または不服が無ければ論功行賞はこれにて終了とします。皆様ご苦労様でした」




イワレヒコの勢力圏 西から表記  元禄15年7月29日(1702年8月) 時点


周防の国 東部 岩国藩

石見の国 全域 津和野藩 旧浜田藩領 石見銀山領

出雲の国 全域 旧松江藩領 広瀬藩

安芸の国 全域 広島藩 三次藩

備後の国 全域 福山藩 上下代官所管理地

伯耆の国 全域 鳥取藩

因幡の国 全域 鳥取藩

美作の国 全域 津山藩

備中の国 全域 備中松山藩 足守藩 笠岡代官所管理地 倉敷代官所管理地

備前の国 全域 岡山藩

播磨の国 全域 赤穂藩 龍野藩 姫路藩 明石藩 山崎藩 三日月藩 旧天領

但馬の国 全域 豊岡藩 旧出石藩領 旧天領

丹後の国 全域 宮津藩 旧丹後田辺藩領

若狭の国 全域 小浜藩

丹波の国 全域 旧篠山藩領 旧亀山藩領

近江の国 全域 膳所藩 彦根藩

山城の国 全域 淀藩

摂津の国 全域 明石藩

河内の国 全域

泉の国  全域 岸和田藩

大和の国 北部 郡山藩 

伊勢の国 北部 藤堂家 旧桑名藩領 旧鳥羽藩領


19か国全域と一部の国が3箇所 27大名家+小大名家が15以上



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