043話 石見銀山 坑道掃討戦
石見の国 幕府直轄地大森 石見銀山の坑道
浜田城落城の翌日、元禄15年5月2日(1702年6月)、イワレヒコ軍の浅野本家と三次浅野家の軍勢1,000人が石見へ侵攻した、。石見銀山を押さえるためである。
石見銀山を管轄する大森代官所自体には戦闘員は少なく、多く見積もっても100人程度である。なぜこの人数が必要かと言えば、銀山の坑道に立て籠もられたり、逃げ込まれたりすると非常に厄介である。その対策として1,000人が動員された、また鉱夫の一部が抵抗する場合も有り得た。
結果としてやはりと言うか、案の定と言うか若手の代官所の武士達が降伏に反対して坑道に立て籠もった。100人以上の鉱夫もこれに同調する、鉱夫も若手が中心だったため血気盛んである。
大森代官の由比 長兵衛は降伏方針だったが、いつの世にもトップの命令に従えず、徹底抗戦を主張する輩はいるものである。
江戸から新たな石見勤番を命じられた旗本の子息とかはこれに当たる。
『イワレヒコ軍、何するものぞ』
と徒党を組んで坑道に立て籠もった。
イワレヒコ軍が大森代官所を占領したのちに抵抗分子の坑道掃除をするわけだが、これはあらかじめ三次浅野家の担当と決めてあった。
なぜ三次浅野家の担当というのは理由がある、つまり阿久利の戦闘指揮オペレーターとしての初陣だったからである。
指揮する方も指揮される方も顔見知りなため違和感が無いだろうというイワレヒコの配慮である。
三次浅野家の家中の兵約80人が坑道の中を奥に向かって進んで行く。浅野長照は腕時計型通信機を装備していたが、家臣の中の指揮官クラスの者には通信機型イヤホンが配備されていた。
これによって阿久利からの指令が各指揮官にも伝わっている。
「父上、この先右手の分かれ道に敵が待ち伏せしています。数は8人、距離約10間(18m)です」
「了解した。皆の者、即刻対処せよ」
先頭を進んでいた浅野家の者が駆け出し右に曲がると敵の伏兵に襲いかかった、その数10名。
伏兵からすればたまったものではない。こちらが隠れて襲撃するつもりが逆に襲撃されたのだ、もう阿鼻叫喚である。
「父上、今度は左手の分かれ道に敵が待ち伏せしています。敵は12人、距離約15間(27m)、少し広くなっています」
「了解した。次の担当者、2班で対処せよ」
結果は先程と全く同じである、少し規模が大きくなっただけだ。
阿久利はイワレヒコの拠点の指令室で虫型偵察機の映像を見ながら、浅野長照に指示を出していた。
索敵は部名もみじが担当である。サブモニターの前に腰掛て虫型偵察機を複数操作し敵を発見次第、阿久利に画面を転送する。そのための分割画面であった。
「父上、しばらく行くと奥が行き止まりで広場になっています。そこに武士が10人余り、鉱夫は15人、入口に向かって刀を構えています。弓隊で射かけて下さい」
普通は坑道の中で弓は使用しないものだ。しかし今回は前もって敵の居場所が分かるので、阿久利が弓の持ち込みを進言していた。遠くから奥に向かって射かけるだけだ。
弓隊10人が二斉射で敵が倒れたような音が聞こえた。すかさず長照は突入の指示をだした。
「よし、切り込み隊は突入せよ! 捕縛担当はそのまま待機」
しばらく剣戟と突き刺す音が続いたあと、切り込み隊組頭から通信が入る
「こちら切り込み隊、制圧完了。こちらに怪我人は無し、捕縛隊を要請する」
「了解した。捕縛隊は前へ。生存者がいれば身柄を確保せよ」
「父上、この坑道では敵兵の殲滅が終了しました。続いて左の坑道へ進んで下さい」
「承知した。皆の者、後退して左の坑道を探査せよ」
こうした突入劇が三度続いて坑道掃討戦は終了した。三次浅野家の家中の者は倍する敵を大きな怪我人も無く制圧したのである。ちなみに坑道内の後片付けは本家の兵がしてくれた。
後日、切り込み隊の者に聞いたところ実に楽しかったと言う。
切り込み隊と言っても坑道内では刀を振れず、主な武器は短槍を使用した。
暗闇のため視界ゼロであったが組頭(隊長)の指示するところに突き出せば手ごたえがあった。
その組頭にはどうかと聞けば、阿久利が指示した場所を突くように命じただけと言う。
ましてや弓隊に至っては指示された場所に射かけるだけである。敵に命中したかどうか暗闇なので確認できない、呻き声が聞こえてくるので「命中したんだろう」と思ったそうだ。
石見の国 石見銀山 大森代官所にて
今回の石見銀山制圧戦は筆頭家老で三原城主の浅野忠義が総大将である。
長らく江戸詰めであったが、江戸屋敷を引き払うに当たって三原に戻っていた。そこで石見銀山を手に入れるための軍事行動の指揮を任されたのである。
浅野忠義は大森代官所に入ると、まず代官の由比 長兵衛と会談する。降伏はしたももの彼の意思や今後の身の振り方を聞くためだ。イワレヒコからは代官がこちらに臣従するならば、引き続いて『代官職を任せても良い』という指示があったのである。
「お初にお目にかかる、拙者は此度の銀山制圧戦を任された筆頭家老の浅野忠義と申す。さて貴殿は降伏した訳だが、今後どうされるおつもりか、正直なところを聞きたい」
「そうでござるな...幕府が銀山奪回の援軍を派遣するとは思えない。この地での代官を長く務めたので江戸に帰るというのも非現実的で御座る。家族もここに馴染んでおるところ...帰農して静かに暮らすのも良いかと」
「ならば我らの盟主であるイワレヒコ様に仕えてはどうかな? イワレヒコ様は
『配下になるならば、このまま大森代官所を任せてても良い』とおっしゃっている。ただし今後は幕臣ではなくイワレヒコ様の陪臣になるがな、どうであろうか?」
普段ならばここはじっくり熟考して結論を出すのは時間が掛かるところだ。しかし今の世の中の情勢を鑑みるとイワレヒコ配下になるのも有りかと思う。要するに幕府は当てにならないということだ。
由比 長兵衛は考える時間も無く即答した。
「某で構わないというならば代官職をお受けしたい。イワレヒコ様の御役に立ちましょう」
「おおそうか、それは有り難い。貴殿が引き受けてくれるならば、銀山方や鉱夫達も貴殿が上役ならば従うだろう」
「他の者の立場はどうなるのでござろうか?」
「貴殿の配下の武士や信頼できる者はそのまま召し抱えてもよいと思うが...イワレヒコ様は銀山の規模を縮小されるお積りだ」
「はて、拡大せよと言われるのなら分かるが縮小せよとは解せませんな」
「わしにも理解出来ぬよ。何でも鉱山害というものがあって鉱夫は長生き出来ぬのであろう?」
「はい、だいたい30歳くらいですな」
「それは短い、何ということだ。道理で...イワレヒコ様の意図するところが分かった」
石見銀山の鉱夫の平均寿命は、およそ30歳と非常に短かったと言われている。過酷で劣悪な坑道内環境により「30歳で長寿の祝いをした」とされるほど、多くの鉱夫が若くして命を落としていた。
特に鉱山病(珪肺)と言われ、掘削時に舞う岩石の粉塵を吸い込み肺がやられる病気だ。
その他、暗い坑内を照らすための粗悪な油(菜種油)の油煙の煙を吸い続けた。
過酷な環境で酸素が乏しく、湿度が高い環境での重労働であった。
このようなな環境下で女性や子供・家族総出で労働に従事していた。
女性の労働実態としては、鉱山の不可欠な戦力で女性は専業主婦ではなく、鉱山の稼働に欠かせない労働力として重宝された。
主な仕事内容として、採掘された石の中から銀が含まれているものを選り分ける「選鉱」作業を主に担った。
その他の役割では鉱夫たちの食事の賄い、給仕や坑道で使う道具の管理などを行う者もいた。
子供の労働実態としては、家族単位での労働で子供も貴重な労働力として親の作業を手伝う形で鉱山に入っていた。
主な仕事内容は狭い坑道や急な斜面を行き来して鉱石を運んだり、作業の明かりとなる灯油(菜種油)を補充する役割を担った。
イワレヒコの方針として、まず鉱山病を治療すること。女性の労働の負担を軽減する。子供は働かせない。の三つであった。
石見銀山など放置でも良かったがこれは余りにも酷いため、迅速に銀山を支配下に治めた。
徳川などに任せたら被害者が増えるだけと判断したのである。




