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001話 目覚め

   物音の無い静謐な空間でソレは目覚めた。明かりも無い暗闇に徐々にではあるが照明が灯っていく。しかしまだ薄暗い空間ではある。

どれほど時間がたったであろうか、突如呼びかける声が響いた。


『我が君よ、お約束の時間でございます。時は満ちました、お目ざめ下さい』


するとソレは微かに目を開け


「あっ....うぅ~ 体がだりぃ....訳ないか。実体じゃないからな、一度言ってみたかっただけだ」

『意味不明の冗談だけは相変わらず絶好調でございますね? 』

「まあそう言うな、寝ぼけを演じてみた。して今は何時だ?」

『我が君よ、今度は痴呆症ですか? 貴方様が目覚めの条件を設定しておいて何をおっしゃりますか? 』

「まあそう言うな、寝ぼけを演じてみた。して今はいつだ? 大事なことだ二度聞くぞ!」


相手の声はため息をつくような調子で


『はぁ~ 今は元禄14年3月14日、西暦1701年4月21日です。江戸城松之大廊下で浅野内匠頭がやらかす日でございますよ』

「お前もなかなか言うじゃねえか、人工脳のくせに気の利いた冗談を言いやがって」

『ありがとうございます、これも貴方様のおかげでございますよ。素晴らしい精神体を手に入れてくださって感謝しております。これで私もスーパーバイオトロニクスに進化できました』

「それは重畳。オレが何年寝てたか知らんが精神との順化は完了したんだろうな?」

『はいそれはもう』


男は少し考えた後ニヤリと笑いを浮かべ、悪党の顔つきでこう言った


「じゃあ早速、浅野(あさの)内匠頭(たくみのかみ)を確保してくれ。生きてはいないと思うがオレにぴったりのいい素体だしな」

『かしこまりました』

「ああ、それと広島の浅野本家にオレが目覚めたと連絡頼む。いま当主は誰だったか?」

『浅野〇〇でございます』

「〇〇って誰だ? 」

『どうせ興味は無いんでしょう? 〇〇で十分です、代替わりは早いですし』

「...っ、 確かに。人をおちょくるところまであの男にそっくりだな」


男はそう言うと次の質問に移った。


「それで内匠頭の確保は誰にやらせる予定だ?」

()(ぜん)(こう)にやってもらおうかと、今のところ覚醒者で安心して指揮を任せられるのは彼だけかと』

「ああ、奴なら脳筋でないので大丈夫だろう。もう一人の奴は怖くてとても任されん。下手すると最悪、江戸が更地になっちまう。それと飛行とか転移とかは無しだぞ」

『我が君、分かっておりますとも、この事件を楽しむおつもりですね。美髭公にはすでに江戸潜入の指示を出しております』

「さすが自称スーパーバイオトロニクス、超生体頭脳というわけか」


 まぁ、壊れ掛けのおんボロ人工頭脳でもそれくらいはやるがな。

目覚めた男はせっかくのこの事件をどう楽しもうかと考えながら、自称<スーパーバイオトロニクス>これで良いのかと思ってしまう。まあ、好きにやらせるかという結論を出したのであった。いくら生命体でないと言ってもこれくらいの娯楽は必要か、そのうち外部端子アバターでも作ってやるか。

しかし自称スーパーバイオトロニクス、すでに製作済みとは知らなかったのはこの男だけである。




 ここは安芸の国・広島の城下町、やっと春になり桜の花も散ってしばらくたった頃である。

広島藩家老職、上田(うえだ)()(んど)の屋敷にある者が訪ねてきた。上田家は茶道の上田宗箇を始祖とする名門である。

 大柄な老人ではあるが、とても60代とは感じさせない男が上田家の門前に立った。老いて眼光鋭く、身に纏った服の上からもその鍛えられた体つきがくる威圧感が半端ない。しかし着ている服は上等とは言えない。はっきり言ってボロ着である。


「たのもう。」


と老人が案内を乞うた。二人の門番のうち一人が内心びびりながら


「何用であるか」


と問う。すると老人はニヤリとした顔で見下ろしながら答える、尊大な態度である。普通、門番の方が身分が上で、町人や百姓はへりくだるのがこの時代の常識であろう。しかも老人の態度からしてどちらが偉いのかわかったものではない。


「いいか(ふんどし)をしめてよく聞け、ワシは〇〇様の使いである」

「はぁ、○○様とはいったいどちら様で?」

「ご家老殿に言ってもらえればわかる、判らねば破滅するだけじゃがのう、では良しなに」


そう言うと老人はその場に胡坐(あぐら)をかいて座り込んでしまう。門番の一人はやれやれと思いながらも主人である上田主水のところへ向かった。




 ちょうどその頃、屋敷の主である上田主水は書院で書き物をしていた。天気もよく季節柄書き物をするには絶好の日和であった。藩政もやることが多く、家業である茶道の上田宗箇流宗家の仕事もことの他多忙であった。

そんな中、門番の一人が報告に来たのである。まあ現代で言うところの報連相である。


「ご家老様、只今門前に見るからに怪しい老人が訪ねて来ております。着ているものもオンボロで態度も尊大です。〇〇様の使いだと言い張っておりますがいかが致しましょうか? 追い返しますか」

「待て、確かに大神(おおかみ)様の使いと言ったのだな? ずぐにここにお通ししろ、決して失礼な事をしてはならんぞ」


 と門番に言いつけると主水は書き物を片付け、客人を迎えるための準備をした。準備と言っても客間に移っただけである。そこに老人を案内してきた門番が入ってきた。

まず客人に上座の席を勧めると、主水の方から立派な文句のつけようのない土下座をする。


「お初にお目にかかりまする、(それがし)は浅野家家老職を勤めまする上田主水と申します。お使い様によりますと大神様がご復活されたとか? 誠に御めでたい限りにございます。いにしえの約定に従い以後、大神様に従いましょう」

「うむ、その件とは別に藩主殿に伝えてもらいたい事がある」

「いかなる事でございましょうか」

「浅野家の分家で赤穂藩(あこうはん)というのがあったであろう。そこの藩主浅野内匠頭といのがやらかしたらしい。ワシはよく知らんがな。軍師殿の情報によると江戸城松之大廊下で、浅野内匠頭が吉良上野介対して刃傷に及んだそうだ」


それを聞くやいなや主水の顔色が変わる。分家の不祥事とはいえ本家に御咎(おとが)めが無いとは限らぬ、この時代改易、転封は日常茶飯事である。特に有力な大名は何かといちゃもんをつけられ易い。


「そ、それは誠でございましようか? いつの事でございましようか?」

「軍師殿によれば3月14日のようだ、昨日のことじゃ。もう切腹して果てたはず」

「何たることか、それで大神様のご指示はいかように?」

「うむ、まずは動くな静観しろということじゃ。焦ってもできる事は何一つあるまい。まあ分家は取り潰しになると思うがの。ではワシは帰るとするか」


と言って老人は席を立とうとした


「お待ち下さい。貴方様のお名前を伺っても?」


あわてて主水は老人に尋ねた。どうしても聞いておかねばならぬと思ったからだ。この老人、というか老武人と言うべき人物のことをもっと知りたかったからである。

どう見ても只の武人とは思えない、武士とも違っているようにも見える。老人は立ちかけの動作を止めるとまたゆっくりと元の場所へ座り込んで口を開いた。


「おぉ、これはすまぬ。ワシとしたことが、久方振りに人と話したのでな失礼した。黄忠(こうちゅう)と申す」

「黄忠様はどこかで武将でもされていましたか?」

「ああ、遥か昔にある国で将軍職を拝命しておった。忘れるくらい昔の事じゃよ、事実忘れておったがな」

「どうりで納得し申した、では気を付けてお帰り下さい。某は殿にご報告に参りまする」





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