【第二部】 第54話 託された火種
「ガンドのおっちゃん、そろそろ帰るぜ」
額の汗を拭ったシロウはガンドにそう伝えた。トレンチコートを脱ぎ捨て、薄手のタンクトップの上部は大量の汗で滲んでいる。
「……ふむ。流石じゃな。もう反動を使いこなせるようになっておる」
汗だくのシロウの横顔を満足気に見つめると、ガンドはコーンパイプを口に咥えた。
紫煙がシロウの荒い息に掻き消されて薄れ、続けて嬉々とした声音でガンドは話を続けた。
「世辞を言うつもりはないが、本当に技量が良いな。シロウ、そこらのゴールドランクの冒険者よりも上だぞ?」
ガンドは薄く開いた口元で、煙とともに疑問を浮かべた。自身の集大成である【黒渦】を託せる冒険者が強いに越したことはない。しかしそれはシルバーランク内での強さを想定していた。
だが実際のシロウの手捌きや銃器の扱い、俊敏な身のこなしを目の当たりにすると、過去に銃器などを託したゴールドランクの冒険者たちに匹敵する強さを感じた。何よりも俊敏性が上回っている。
劣悪な環境や戦場を想定した身構えだった。粗削りだが実戦で培った技術は、戦闘時の崩れた姿勢、構えからでも獲物に最適解な動作で照準を滑り込ませる。
そのシロウの姿にガンドは興奮した。自身の直感は正しかったと。熱気が冷めない眼差しを向けて、ガンドは再び尋ねる。
「お前さんの実力なら既にゴールドに昇格していてもおかしくはないじゃろう。何を隠しておる?」
「何にも隠してはいないさ。俺はな。レッドとの取り決めさ、ゴールドには昇格しない。正確には昇格できない、だけどな」
「なんじゃと?」
「レッドの特徴的な耳は、冒険者組合には刺激的すぎるのさ。畏怖の象徴。そのせいでまともに評価してもらえねぇ。まぁ、本人も昇格して日の目を見る依頼を受けるよりも、こじんまりとした依頼が好きらしいがな」
シロウは呼吸を整える。そしてナナに預けたトレンチコートを受け取ると、胸ポケットから煙草の紙箱とマッチ箱を取り出した。
煙草を燈し、一服を堪能する。ジリジリと瞬く間に先端から灰に染まっていく。
その姿にガンドは疑問を投げかけるのを止めた。代わりに無言で頷くと、バックヤード奥に姿を消した。
シロウはナナを一瞥する。ナナには既に説明した内容だけあって、少女の表情に変化はない。パーティーメンバーそれぞれに課題や問題は確かに存在している。だがそれも込みで理解し合っている。
“訳アリ”のシロウたち一同には、注目を浴び続けることはメリットではなかった。そして冒険者組合という組織は一筋縄ではない。街それぞれに色があり、重視する点が明確に違う。
それはシロウたち一同の活動拠点であるレッドホルン街も例外ではない。
旧文明が滅び去り、変異性生物の巣窟と化した大半の旧市街地は、未だ探索は済まされてはいない。けれども比較的に文明と呼べる街は極僅かだが存在する。
『レッドホルン』別名・荒野の街
荒野の中央に存在する都市。廃車両、スクラップ、コンテナ、鉄板などを積み上げた巨大な防壁によって築き上げられている。秩序なき荒野の中では比較的治安が良く、多くの冒険者や商人が集まる荒野への遠征拠点。
『イザリヤ』別名・軍の街
旧文明復興軍イザリヤとして滅びた旧文明の遺産や技術、知識などを収集して復元を目的としている。様々な分野の人材を半ば強引に徴兵しており、その街というよりも駐屯基地に等しい街並みは、軍事色が強く殺伐としている。
『山脈都市ドルグラン』別名・職人の街
巨大山脈の内部を掘り進めて造られた地下都市。地鍛人たちの故郷であり、鉱石発掘、様々な良質な武具製造で貿易を行っている。
『聖都ヴァルハイム』別名・信仰の街
巨大な宗教組織による聖都は、孤児保護、医療支援、教育、慈善活動を精力的に支援している。その噂は広く伝わり、旅人や巡礼者たちは救済を求めて集う。
純白な大聖堂は防壁で空を覆うように囲い、商人は決してこの街には立ち寄らない。
『サンドエンド』別名・砂の都市
広大な砂漠地帯に築かれた交易都市。荒野各地から流れてくる富が集まり、合法・非合法問わず取引が行われる。
金さえあれば何でも手に入る。それは逆に金が無ければ、人間すら『商品』になる。奴隷売買、闇市場、賭博、商人は欲望の街だと嘲笑して謳う。
そしてシロウたちの旅路は、その欲望に染まる砂の都市に定まった。この旅が楽に過ごせるとは、この場の誰も思わなかった。
「シロウ! わしからの支援じゃ。砂の都市は車両でも三日は掛かるからな。十分な弾薬を用意したぞ!」
バックヤード奥から姿を現したガンドは、大量の弾薬箱を両手に抱えていた。脚立にゆっくり上がると、作業台に転がすように弾薬箱を並べる。
「もちろんこれだけじゃないぞ。わしの製作した特殊弾も用意している。お前さんの背中に吊るしたソードオフ用ホルスターも改修しておいた。これで以前よりも扱いやすくなったじゃろう」
「ありがとな、ガンドのおっちゃん」
シロウはトレンチコートの背中にホルスターを装着すると、【黒渦】をしっかりと収める。大量の弾薬箱をガンドから頂いた粗袋に適当に放り込むと、貴重な特殊弾の箱を自身のコート裏の胸ポケットにしまい込んだ。
「わかってるじゃろうが、これはわしから依頼遂行のための前払いじゃ。必ず我が愛しき娘アリシヤと共に戻ってこい。その時はしっかりと報酬を約束するぞ」
「本当は自分も行きたくて仕方ねぇ顔だな。腕の立つ武器職人を連れて行くことだってできるんだぜ?」
「ガハハ! 年老いても血は滾るもんじゃな! ……しかしな、わしは膝に矢を受けてしまってな。昔はお前さんのように冒険者だった頃もあったが、今は足を引っ張るだけじゃろう。だからこそ、わしのできることはお前さんに武器を託すこと」
ガンドは真剣な眼差しで今一度シロウに頭を下げる。
「娘を、どうか頼む。あの子はわしに似て不器用なんじゃ。鉄のことしか教えとらん。きっと辛い思いをしているはずじゃろう」
「あぁ。あんたに似て太々しく生き残ってるはずだ。きっちり報酬を頂くために帰ってくるぜ。報酬の額に頭を悩ませておいてくれ」
シロウは頭を下げたガンドに一瞥もせずにそう答えた。それが別れの挨拶であるように歩み出す。
軽い口調のシロウに続いて、ナナもガンドにしっかり頭を下げてお辞儀をする。そして急ぎ足でシロウのそばに並ぶと、その真剣な面持ちを見て笑みをこぼした。
「シロウさん。次はどちらに向かうんですか?」
ガンドの武器工房を出たナナは、昼頃の陽射しがジリジリと強まる店先で尋ねた。
自身のサングラスをかけると、僅かながらミステリアスな雰囲気を纏った少女の視線がシロウに向けられる。
「行きたくはねぇ……が、あの女に会わねぇとな」
シロウの微かに鋭くなった眼差しに、ナナの面持ちも強張った。灰に染まった煙草を放り捨て、ブーツの靴底で潰すシロウの姿は、乗り気ではないことは明白だ。
金欠を解消しなければならない状況上、命懸けで勝ち取った報酬を頂かなければならない。それが命懸けに貶めた張本人からでもだ。
ナナはシロウの杞憂を晴らすためにわざとらしく明るい声音で返事をする。
「ミラさんは、約束を果たす人だと思います。商人としては信頼できるかと」
「何事もなく終わることを願うさ」
シロウは乾いた声で笑った。そして言葉を続ける。
「本当は交渉事や依頼の報酬はレッドにやってもらうんだが、今回はあいつがいると……」
「……修羅場。完全に火に油ですね」
言い淀むシロウの言葉に、重なるようにナナが答えた。そして気丈に振る舞う。
「レッドさんほどではないですが、わたしもいます。報酬をしっかり頂きましょう」
少女の瞳が一段と輝く。純朴な眼差しが励ましているようだ。その姿に踏ん切りがついたシロウは口元を広げた。
「あぁ、期待してるぜ。お前が切り札だ」
シロウは次第に頼もしくなっているナナの姿に対して、本心からそう答えた。




