【第二部】 第53話 火力と代償
「まったく、それでもわしが見込んだ男か? 白鯨の一撃を放てたお前さんの力量なら、必ず使いこなせるはずじゃ」
「右腕は折れたけどな」
相槌を打つように、シロウはガンドに皮肉を含めた補足を加える。
「それでも冒険者か! 苦情はあの世に逝ってからでも遅くはないじゃろうが。死の窮地と同等に、天秤に報酬も吊られてるのが冒険者の強み。……淵から這い上がるためにお前さんは何を握り締める?」
「……まぁ、眼前の障壁を粉砕するために、馬鹿げた破壊力をぶっ放せる得物だな」
「ガハハ、満点じゃな。自身の得物に振り回されず、熟達すれば必ずお前さんの力になる。そのためにも慣れが必要じゃな、まずは試射じゃ、用意した的を射ろ」
「そんじゃお言葉通り、味わってみるか。」
シロウはそう返事をすると静かに呼吸を整えた。表情は深い集中力に染まる。傍らで見守るガンドとナナから距離を取ると、右腕のM1887【黒渦】を構えた。
ガンドの用意した標的は簡易的な人型模型だった。それが3m先に点在して複数並んでいる。
シロウは息を止める。【黒渦】を両腕でしっかりと握り締め、付近の人型模型一体を狙い定めて射撃した。その瞬間、地下空間に荒々しい閃光が拡散する。
垂直二連の銃口から散弾の波が空気を打ち破り、人型模型を瞬く間に喰い千切る。そして付近に並ぶ後方の人型模型の半身も奪い去っていた。
「ぐおっ! ……こりゃ痺れるな。なんてデタラメな反動なんだ」
ナナが歓声を上げる中、シロウはその破壊力よりも先に、自身の頭上よりも高く上がった右腕に驚愕した。
【白鯨】の規格外な反動にも耐えた自身の利き腕が、全く堪えきれずに吹き飛ばされている。姿勢が崩れ、僅かだが後方に押し出されるほどの強烈な一発に、驚愕と焦りで表情を強張らせた。
「おいおい、ガンドのおっちゃん。このゲテモノ銃は本当に人間仕様か? 指が千切れる勢いで右腕がぶっ飛んだぞ」
「じゃから無理に耐えるな! 反動を利用するんじゃ! こりゃあ、しばらく練習が必要じゃな」
「たくっ……病み上がりの準備運動にしちゃ激しすぎるぜ」
シロウは傷跡が残る自身の右腕を深々と見つめた。痙攣するような緊張が指先から訴えている。それは白鯨の特殊弾を放った代償として、後遺症を右腕に残していた。
たった一発の反動で骨身まで軋ませるほどの衝撃、それを操らなければならない。眉間に深々と刻まれた皺が、シロウの苛立ちを露わにしている。
そのシロウの面持ちを予期していたようにガンドは笑う。嘲笑ではない。眼差しは武器職人として真剣だ。そして予め用意していた小ケースをゆっくりと開いた。
「シロウ、お前さんに必要なもう一つの装備も用意したぞ。貴重な変異性生物の素材から製作した品じゃ。武器以外は専門外じゃが、今のお前さんには必須じゃろう?」
ガンドは自信満々に口角を広げる。渡された小ケースの中には折り畳まれたバンテージが収まっていた。
白く、派手さは一切ない。しかし、その異様な雰囲気にシロウは息を呑んだ。
「……流石だぜ。薄気味悪さで鳥肌が立った。一見ただの布切れにしか見えねぇが、こいつは一体なんだ?」
「変異性生物レベル2『スケルガー』の皮を鞣して加工した装備じゃ。伸縮性ある皮膚は疑似筋肉の役割をする。片腕限定じゃが筋量の増加、反動の抑制にはなるじゃろう」
ガンドの口から『スケルガー』の名が飛び出した時、ナナの表情が強張った。
その名前は少女の脳裏に過ぎる暗い情景を呼び起こす。ギフトの代価で記憶は朧げだが、シロウたちとの旅路での遭遇──混沌とした夜を思い出させた。
ナナの微かに震えた唇をシロウは見逃さなかった。一瞥すると、さり気なく怯えた小さな背中をさする。粗雑だが、その優しい仕草に、ナナの呼吸が次第に和らいだ。
シロウはガンドの説明が途絶えないように返事をする。それはナナへの気遣いでもあった。
「そんな便利なもんがあるなら一番最初に言ってくれよ」
「ふん、補助装備を前提にした武器選びは身を滅ぼすぞ。それに万能な品ではない。このバンテージをよく覗いてみろ」
「うん? なんだ、何もわからねぇぞ」
シロウはバンテージの細部まで目を細めて凝視する。しかしガンドの意図は読めない。そして指先をゆっくりとバンテージに近付けた際に、ようやく気が付いた。
察知したと言っても過言なかった。冒険者として張り巡らされた危険予知が警報を鳴らしたからだ。
「相変わらずゲテモノを作るじゃねぇか。ガンドのおっちゃん、このバンテージ……歯を隠してやがる」
シロウは固い表情をガンドに向けた。指先を近づけたバンテージからは波打つように節くれ立っている。指を引っ込めると姿を隠すその異様さはまるで生き物だった。
「まぁ、正確には歯ではなく棘だな。この微細な棘が装備者の筋繊維に反応して躍動する。指先からしっかり巻き付けるんじゃぞ。多少痛むが、痛みと引き換えに常人を優に超えた膂力が手に入る」
「マジかよ。そんな便利なもんタダでもらっていいのか?」
シロウはガンドの説明を訝しく聞くと率直に尋ねた。
このような変異性生物を素材とした装備などは、能力値が高いほど装備者の負担も比例する。眼前の代物がその程度の代価などで扱えるのか、シロウには、ほとほと腑に落ちなかった。
「そうじゃな……このバンテージは力を籠めるほどそれに助長して疑似筋肉も共鳴する。しかし一点だけ欠点があるのは確かじゃ」
「勿体ぶるなよ。それも込みで扱えるって判断したから渡してくれるんだろ?」
「あぁそうじゃ。じゃからしっかりと説明するぞ。その装備の唯一の欠点はな──力の上限がないこと、つまり力を籠めれば際限なく共鳴する。装備者の肉体の限界を超えてな。それは膨れ上がった疑似筋肉が自身の腕を圧迫して潰すことを意味する」
「そんな呪いの装備を渡すんじゃねぇよ」
シロウは返品するように小ケースをガンドに向けた。ガンドは強靭な両腕で、小ケースを押し返した。暫し押し合いは続いたが、両者の均衡はガンドの優勢で終わりを告げた。
「アホめ! この装備も【黒渦】も持ち主の技量次第じゃ! 不安を感じるならしっかり修練を積まんか!」
「あんたの店に客足が少ない理由がようやくわかったぜ! 五体満足で扱いきれる人間が少ない理由をな!」
「なんじゃと! もう一回言ってみろ!」
「いい加減にしてください! シロウさん! ガンドさん! 娘さんを救出するんじゃないんですか!」
ナナが争う両者を仲裁するように間に入る。その言葉でようやく口論は終わりを迎えた。華奢な少女の正論に、ベテラン冒険者と武器職人の二人は溜飲を下げる他なかった。




