第27話 素質
「ナナちゃん大丈夫だった!?」
ナナを気遣うレッドは、慌てた様子でシロウたちの元へ駆け寄った。
自身がナナの成長を望んだ結果、危険な目に合わせてしまったことに後悔の念が拭えない。
「だ、大丈夫です! 心配させてすみません。スカベンジ失敗しちゃいました……シロウさんにも助けて頂いて、本当にありがとうございます」
ナナは自身の失態を思い返すと、不甲斐ない自分に申し訳なくて二人に頭を下げた。
「誰でも最初は失敗するし、生き残れば失敗を糧にして学んでいけばいいのよ」
レッドは優しく、表情の暗いナナを抱き締めた。諭すように穏やかに伝える。
ナナはその言葉に安心するように、じんわりと瞼を潤ませた。そして、ゆっくりと緊張の糸がほぐれたように全身の強張った体は脱力していく。次第に眠るように意識を失った。
「……相当に疲労が溜まっていたみたいね」
眠るナナを抱き締めたレッドは、シロウに視線を移す。
「シロウ、場所を変えて話し合いましょう。あたしの目から見た認識と、あんたの認識を」
「俺も相当キてる。今にも気を失いそうなんだ。休んじゃ駄目か?」
「駄目よ。男の子でしょ」
レッドは異論は認めない様子で話を切り上げると、ナナを抱えたまま宿屋に歩き出した。
「……ちくしょう。もうひと踏ん張りだな」
シロウは煙草を噛み締めるようにため息を吐き出した。足取りは重い。けれど、確かな意志でレッドと共に宿屋へと向かう。
宿屋の前はいまだ戦闘の爪痕が生々しく残っていた。その中心に立つ宿屋のマスターは肩にショットガンを抱え、街の静寂を警戒するように睨み付けている。
すると、マスターの渋い眼差しがシロウへ向けられた。
「……チッ。シロウ。あれだけド派手にやらかしゃ、さすがにノロマな衛兵共もそのうち顔出すだろう。お前らは今夜、ここで大人しくしてな。装備を整えて、備えるんだ」
「いいのか? 敵はこっちの居場所を把握してる。悪いが、また来る方に賭けるぜ。俺は」
「ふん……それでもな。ここは“組合支部直営の宿屋”だ。二日間は俺が責任持って守ってやるさ。衛兵や、冒険者の皮を被ったゴロツキ共から、な」
マスターの言葉には、かつて戦場を渡り歩いた男の重みがあった。視線の奥に光る信頼と覚悟。シロウは自然と頭を下げていた。
「……すまねぇ。助かる」
「礼なんざいらねぇよ。調子が狂う」
そう言ってマスターは渋く笑う。
シロウは一礼し、レッドたちのいる宿屋『レーヴタール』の二階へと向かう。
扉を開けるとレッドがナナをベッドに寝かせ、そっと毛布をかけているところだった。レッドの表情には戦いの疲労と、ナナへの深い心配が溢れていた。
「ふぅ……まずはお疲れ様。そしてナナちゃんをありがとう」
「あぁ。俺も久々に肺の奥まで、息が切れる程の大立ち回りだったぜ。それで“認識”ってのは、つまり『ギフト』の話だな?」
「ええ、そうよ。……率直に言って。ナナちゃんの力、どう思う?」
レッドの問いにシロウは深く息を吐き、天井を仰いだ。
「あたしが視た印象は、あんたたちが突然消えて、瞬間移動したように位置と姿勢も変化していたわ。狙撃手として言わせてもらうと、絶対にありえない。どんなに早く動ける変異性生物も、動きの予備動作や流れがある。でも二人の動きに動作はなく、結果だけが存在したような不自然。動きの辻褄が合わないわ」
真剣な声音でレッドは説明する。
「信じがたいが……“時間”だな。停止か、遅延か。……少なくとも爆発の瞬間、俺ら以外の全てが止まっていた。ナナはその中で、一人だけ自由に動けていた」
「それで……あんたが手を握ってたから……共有されたってわけね」
「あぁ。まるで一緒に夢の中を歩いていたような感覚だった。あの時、ナナの力がなけりゃ、俺もナナも……間違いなく死んでいたはずだ」
煙草の火が静かに燃え尽き、灰がカーペットの上に落ちる。シロウは短く言葉を続けた。
「……こう言うのもなんだが、あの力。欲しがらない奴なんていねぇよ。あれは……間違いなく、最強の『ギフト』だ」
「勢力が最強の力を求めるのは必然……かぁ。ナナちゃんはどれくらい『ギフト』を使用できるのかしら? 発現の条件や負荷も気になるわね」
レッドは柔いナナの頬を撫でながら思考する。
「昨日、今日で能力が発現したんだ。何もわからねぇだろうさ。ただ、一度踏ん張ったら気絶するくらいじゃ自衛もできねぇ。ナナに強くなってもらうためにも、力のコントロールは必須だな」
「……ナナちゃんは、冒険者としての素質はあると思う?」
レッドは静かに眠るナナの表情を見つめながらシロウに尋ねた。
過酷な冒険者稼業において危険は必然だ。しかし、場合によってはこの先ナナ自身が自ら武器を取り、相手を討つことで、自衛していかなければならない可能性もある。
襲われたから反撃するのではなく、自身に危害を加える者を認識し、排除する。その覚悟がナナに宿るのか。レッドは気掛かりであった。
シロウは天井からナナに視線を落とすと、その面持ちを確認する。美しく整った小顔からは火薬の匂いを想像することは至極困難だ。
争いや血生臭い世界の檻の外から、突然現れたような印象を感じられる。しかし、シロウ自身がナナとの短い旅の経験や印象から受けた直感は、揺るぎない確信を持った真逆の答えであった。
「……初めてナナと会った夜、大男の猛攻で俺が負傷していた時だ。あいつは紛れもなく、相手の頭を狙って.44口径のマグナムを撃ったぜ。それに爆散した男に放った蹴りを見ただろう? 普通はビビッて相手と距離を取る。だが、あいつは自ら懐に飛び込んで顔面に蹴りを叩き込んだ。ただのお嬢様じゃねぇよ。……間違いなく素質の塊だ」
レッドは頷きながらも、目を伏せる。
「……その素質が、この世界では命取りになることもある。無謀と紙一重。あたし自身、そうやって多くの経験をしてきたわ。そして今日まで生き残った。他とは違ってね」
低く沈んだ声には、経験に裏打ちされた重みが宿っていた。シロウは黙って耳を傾ける。
「だがな、冒険者としてギフト持ちが無事に育つことなんて奇跡だ。利用されるか、殺されるか、壊れるか……放っておけば誰かに攫われる。覚悟はしたんだ。なら、守るだけじゃない。俺たちで、育てるしかない。そうだろ?」
「ええ、そうね。その通りだわ」
レッドはシロウを見つめて力強く頷いた。
「ナナちゃん自身が、自分の力を扱えるようにならなきゃ。せめて……自分の命くらい、自分で守れるように」
部屋に静寂が落ちる。聞こえるのはナナの寝息。窓辺に響く街のざわめきだ。
シロウはちらりと窓を覗く。宿屋前に複数人の衛兵達が現れていた。睨むように佇んでいたマスターは「毎度毎度ことが済んでからの登場だな! 俺が始末しちまったぞ!」などと、窓越しからでも響き渡る声量で衛兵達を圧倒している。
終始、有利な立場で事情聴取を行っている様子だった。
シロウは付近のソファーに腰掛けると、ナナの寝顔を見つめながら、心の奥にわだかまる不安と希望を噛み締めていた。
「レッド。明日、ナナが目を覚ましたら訓練を始めよう。体力、技術、精神、全部だ。時間操作なんて力は、使いこなせなければただの毒だ」
「わかったわ。あたしも協力する。狙撃や立ち回りの基本、全部叩き込んであげる」
「よし。そうと決まったら今日は早めに休んじまおう。もうヘトヘトだ」
「そうね。シロウもゆっくり休んでちょうだい。あたしは後でマスターから食料をもらってから眠るわ」
「あぁ。それじゃあこのソファーで横にならせてもらう。何かあったら起こしてくれ」
シロウは自身を労わるように疲弊した体を横にする。寝息が上るのに数分もいらなかった。
張り詰めた集中の線は緩み、ナナと共に過ごした悪夢のような空間ではなく、せめて良い夢を見せてくれ。そう微睡みの中で願った。




