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第24話 血塗れの通過儀礼

 最後の襲撃者はぐるりと白目を剥く程に形相を崩し、シロウのとどめの一撃によって意識を刈り取られた。

 男は完全に意識を失い、地面に倒れ込む。すると、レッドの呼び声が届いた。


「シロウ。こいつら、あたしとナナちゃんを組合支部の帰りから尾けてきた奴らよ。ほぼ間違いなく、ナナちゃんを狙った犯行ね」


 気絶した襲撃者の面を覗き込みながら、レッドは唇を尖らせるように呟いた。


「あぁ……実力は野党崩れ程度だ。様子見の使い捨てだろうな。おおよそ見当が付く。背後に依頼人フィクサーがいるはずだ」


 半壊した宿屋のスイングドアが軋みを上げて倒れると、そこからナナとマスターが姿を現した。警戒を怠らずに辺りを見渡しながら、慎重にシロウとレッドの元へと向かうと、マスターは開口一番にキレた。


「クソガキ! 面倒ごとをうちの店に持ち込んだ分、こいつらの持ち物は全部置いてけよ!」


「わかってるよ。武器や装備、何でも好きに持っていってくれ。まぁ、この程度の奴らに金銭に換金できるほどのもんがあるとは思えねぇがな」


「まったく! これだからブロンド以下の雑魚は信じられねぇんだ! 野党予備軍どもめ!」


 シロウは怒りに任せて怒鳴り散らすマスターの様子を横目に、レッドに声をかけた。


「この気絶してる奴が目を覚ます前に依頼書を探そう。この程度の実力の奴らなら、依頼書の隠滅なんて考えず、ポケットに突っ込んでるだろ」


「そうね。襲撃者たちを手引きした人物の情報が掴めるかも知れないわ。それに、ナナちゃんにも生き延びるための、勉強をしてもらいましょうか」


 レッドはそう話を区切ると、後方で襲撃者たちの転がった死体や、宿屋の惨状を呆然と見つめていたナナへ声をかけた。優しさの中に緊張を滲ませて呼びかける。


「ナナちゃん! これからあたし達と一緒に、この死体たち全員の『スカベンジ』をするわよ。お目当ては紙切れ。グロテスクで手元も汚れるけど、立派な仕事よ。頑張りましょ」


 レッドはこの荒廃した世界でナナの生存率を上げるため、現実を学ばせる事を選んだ。


 死体漁りや荷物の分別、運搬は冒険者として生きるためには避けて通れない最低限の務めだ。雪のような純真な肌を汚してでも、それで命が繋がるなら迷う理由はなかった。


 そしてナナもまた薄々と理解していた。死が隣り合わせの世界でシロウたちの足を引っ張らないために、自分なりに必死で役目を果たそうとする覚悟が、心の奥で芽生えていた。


「はいっ! 何でもやります。任せてください!」


 緊張と興奮の入り混じった、うわついた声音でナナはレッドに返事をした。

 多少肩に力みを感じるが、意気込みは十分にある。


 レッドはそんな意思を瞳に宿すナナに誇らしげに笑みを浮かべると、さらさらに靡く銀髪に掌を伸ばして頭を優しく撫でた。

 ナナの覚悟を受け取り、認める仕草のように。


 レッドの指示のもと、まずは五人分の死体を整列させる作業から始まった。

 いくら相手が野党崩れレベルとはいえ、冒険者を名乗るだけの装備と体格をしている。小柄で華奢なナナの体型では動かすのは容易ではなかった。


 青白い血管をこめかみに浮かべ、歯を食いしばりながら、ナナは一体ずつ死体を地面に引きずっていく。

 真新しい白銀が縫い合わされたナナのローブは、死体を引きずる過程で袖や丈の端が赤黒く染まっていく。しかし、自身に任された責任と期待に応えようとするナナの意識は、衣服の汚れなど気にも留めていなかった。


 レッドとシロウはその姿を静かに見守っていた。


 五人分の死体を整列し終えると、ナナは息を切らしながらも、シロウとレッドに振り返った。次の指示を待つナナの表情は、どこか眩しくて自信に満ちている。


 “今この瞬間を通して、自分も戦力になれた”と実感しているかのようだった。


「ナナちゃん、ご苦労様!」


 レッドが労いを称え、今度は少しだけ声色を引き締めた。


「次は荷物の分別よ。死体漁りって言うと聞こえは悪いけど……長期間の依頼だと常に物資が枯渇する危険性があるわ。だから使えるものは何だって拾う」


 レッドの言葉に込められたのは厳しさと現実。優しさを敢えて含ませない、この過酷な世界を生き抜く術を教える者の言葉であった。


「そして──襲ってきた奴らに、情けや敬意を払う必要はない。あなたを殺すつもりで来たんだから、逆に遺品をどう使おうが文句を言える筋合いじゃないの。これは冒険者として生きていく上での鉄則だと思って」


 レッドの瞳の奥は冷たく、冒険者の瞳だった。


「……はい、わかりました!」


 ナナは小さく息を呑む。少しの間を空けて、震える声で返事をした。けれどその瞳には、たしかな覚悟の光が宿っている。


 レッドの見本を頼りに、ナナは死体の装備品へ手を伸ばした。慣れない様子でポーチを探ると、中には予備のマガジンや緊急用の包帯などが詰め込まれている。


 それらを分別しながら作業を進めていった。しかし、手に触れるたびに血に濡れた装備のぬめりが、指先にまとわりつき、ナナの手は真っ赤に染まっていく。


 まだ温もりの残る血の感触が、心の奥に冷たい疲労を蓄積させていった。頭部の吹き飛んだ死体に触れた時には、ついに堪えきれず胃の内容物を吐き出してしまった。


「う、うぐぅ」


 嗚咽とともにしゃがみ込み、目元には涙が滲んでいる。それでも、ナナは手を止めなかった。歯を食いしばりながら涙を拭い、再び手を伸ばす。目当ての紙切れ。任された依頼書を探し出すために。


 やがて一通りの死体漁りが終わった。使えそうな物資である武器や弾薬、包帯や安値で購入できる医療品などがいくつか揃う。


 それらは今回の騒動で最も被害を受けたマスターへと、当然のようにレッドから手渡された。


「マスター、本当に悪かったわね」


 ナナにより丁寧にまとめられた物資を渡す際、レッドは数枚の銀貨をそっと添えて謝罪をする。


「……ふん。まぁ、今に始まった事じゃねぇからな。だがな、裏で糸を引いている奴を潰さない限り終わらねぇぞ?」


 忠告するように、マスターはレッドを一瞥した。


「そのつもりよ。……あたしのアホな相棒も、珍しくやる気みたいだしね」


 レッドはそう言いながら、一服を始めたシロウをちらりと横目で見た。まるで嫌味を吐くような、呆れと照れが混ざった複雑な表情を浮かべている。


「俺には、ただのヤニカスにしか見えねぇぞ?」


 マスターはシロウを凝視しながら呟く。


「……大方当たってるけど、やる時はやる男よ」


 レッドは否定しきれない自身に、呆れて笑うしかなかった。


「レディ、お前さんにしてはよ。ロクでもねぇ男を好きになっちまったな」


「そこは……否定できないわね」


 レッドは声量を落とすと、恥じらいを包み隠すように自身の足元に佇む影を見つめる。


「年寄りは娯楽に疎いんだ。聞かせてくれ。どうして『長銃の魔女』と異名で恐れられ、大勢の賞金首を単独で撃ち抜いてきたお前さんが、あんな煤を被ったような灰かぶりの男に惚れるんだ?」


 愉快そうに尋ねるマスターは、頬を赤らめるレッドの核心に迫る。


「まぁ……あいつのおかげで命拾いしたことがあるのは事実よ。それに……よく見ると意外と整った顔立ちしてるでしょ? 変に気取らない姿とか、隙だらけな呆けた表情、煙草を咥え込む時の夢中な眼差しとか──」


「わかった。もう十分だ。つまり、好みのルックスの男に命を救われ、コロッといったと?」


「そ、そうとも……言うわね」


「チョロいな」


「全然チョロくない! 本当にッ、当時はそれくらいヤバい死線を二人で潜り抜けてたの!」


「それで惚気て、碌に貯金もない男とバディを組んだってわけか」


「依頼のためにバイクにお金を使うのは、無駄じゃないのよ。た、多分、そのはず!」


「……やっぱチョロいな」


「いいのよ! はい、この話はもう終わりッ!」


「ただの勘だがな。あの嬢ちゃん。このままだと……お前の宿敵になるかもしれんぞ?」


「その時はその時よ。年上の威厳ってやつを、しっかり見せつけてあげるわ」


「いや、男ってのはな。尻を叩く年上の女より、怯えた顔の年下の子を好むかも──」


「そうなの!? ちょっと詳しく話しなさいっ!」


 マスターの襟元を鷲掴みにして、肩をガシガシと揺さぶるレッドのその姿に、年上の威厳はまるで感じられなかった。内心の不安にひび割れが走り、もはや相談というよりも半ば脅迫に近い形相でマスターを睨み付けている。


「こ、こわい。睨まんでくれ……!」


 マスターはその鬼の形相に、心の底から恐怖した。


 外から見れば、レッドがマスターを脅迫しているような異様な絵面の中、シロウは煙草の味を忘れるほど顔色は酷く、先の戦闘で酷使した右腕は痺れて違和感を感じていた。


「クソッ……痺れと震えがすげぇな。乱発はまだ避けるべきか。通常弾でこの威力と反動だ。……専用弾なんて撃ったらどうなっちまうんだ?」


 独り言のように呟いたその声には、どこか焦りが含まれていた。


 ナナを守ると決意した矢先、昼夜問わず街区での襲撃である。手引きした相手は少なくともトラック二台と野党を雇い護衛していた。積み荷を失うと、おそらく何らかの情報網を使いナナの居場所を突き止め、即座に刺客を手配するだけの資金と計画性がある。


 これが偶然の犯行であるはずがなかった。


 シロウは知らず知らずのうちに思考を深めていた。気づけば煙草の灰が唇に届きそうなほど燃え尽きている。


「……ったく」


 勿体ないと思いつつも指先で煙草を弾き落とし、足元の地面に押し当てる。ブーツの裏でぐりぐりと火を潰すように擦りつけると、小さな白煙が消えた。


「シロウさん! この人で最後ですね!」

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