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真実 (後)

淡々(たんたん)と話す彼女の話を聞いて、自分は意味も分からず頭を抱える、そして床の一部分をずっと見た。


「私、次の人生では名前を偽る事に決めた。

お母様もそちらの方が私の安全には良いだろうと思って賛成してくれたの。

そしてお父様のお姉様の養女になった。

名前もマーアンに変えた。

ちょうどピアケスコー家の親戚の女の子が病で死んでね、その名前を貰ったのよ。

……そして学校は再び此処に通ったわ。

そして今度はアナセンとは距離を取った。

アナセンはただの子爵家の、しかも養女の私には興味すら示さない。

そして私は我が物顔で振舞うアナセン・ヤルンヴォルケと距離を取る、もう一つの有力貴族子弟のグループと自然と仲良くなった。

それがヴィクタ・アルンスロット……

そして私は彼と付き合ったの、今は私と彼は無関係だけど、昔はもっと仲が良かった」


それを聞いた瞬間、動揺しなかったと言ったら嘘になる。

自分は努めて冷静に「そうなんだ」と言って机の上のコーヒーに手を伸ばした。

カップを持つ手が震える……


「ヴィクタは言っていた。

『入学式の日に、ケーシーも一緒に入学させるはずだったんだ。

もしそれが出来れば、アナセンの好きにはさせなかったのに』って。

君は入学式の日に早速揉(さっそくも)めて退学になり、ちょっとした伝説を残したんだよ。

……そして、私はヴィクタたちと仲良くなると、自然と君と会話をし始めた。

君とヴィクタとルカスは、仲が良くその時は普通の17歳にしか見えない。

でもヴィクタは言っていた『狼はどんなに飼いならしても狼なんだ、怒らせてはいけない』って。

ケーシーは狼みたいだって思われていた」


……ああ、言いそうな言葉だ。

そう思って微笑んだ自分を見て、彼女も口元を(ゆる)める。


何時(いつ)もみたいに、その世界のケーシーとも色々話したんだよ。

だから君の事をよく知ってる、本当は恐ろしい人間である事も、そして優しい人であることも。

……話を戻すね。

私はそれまで、酷い死を何度も味わった。

あの苦しみをもう一度味わう事に耐えられなかった私は、信用できる使用人に全てを打ち明けた上で相談した。

死んでも苦しくない死に方は無いのか?って。

すると彼は『今度の冬至の日に、スキューゲヴィー区の店で、あの化粧箱を言い値で買うと、貴族が安楽死するための薬が買えます』って教えてくれたの」


それを聞き、自分は静かに握りしめたラベルの無いビンと中に入った毒薬を見た。


「そして私は18になった。

私が18になったと同時に、私がシグリーズだと知る者が現れた。

それが分かったと同時にべアンハート・アルンスロットの、猛烈な運動も始まる。

やがてヴィクタと結婚の話も持ち上がり、彼が王になるのか?と噂が出て来た時、事件が起きた。

……やはりグスタブ・ヤルンヴォルケがクーデターを起こし、私とヴィクタを襲撃したのよ。

戦いは熾烈(しれつ)だった、そしていよいよ白銀宮殿(スールヴパレズ)陥落(かんらく)しそうになった時、ヴィクタを守るために武装した君は敵に向かった。

その時に言ったんだ。

『一度、コーヒーを飲んでみたかった。

あと、実は自分、学校に行った事が無いのです。

もしあの時、愚かな振る舞いをしなければ皆様と一緒に学生生活を謳歌(おうか)していたのでしょう。

公爵様にお仕えして以来、いつ死んでも構わないと思っておりました。

だけど、それだけが心残りです……』

だから私は。

もし生まれ変わったら、友達として一緒に学びましょうと言ったの。

……君は笑って『ぜひ、お願いします』そう答え燃える宮殿に飛び込んだ。

そしてその日も、最初の時と同じで私のお父様を殺した奴と戦い、そして死んだ。

これを見て私は、その人生を終わらせる覚悟を決めたの。

持っていたこの毒薬を飲んで、ね。

飲んだ瞬間、苦しくも無く、感じたことも無い深い眠りが意識を包み、そしてどこまでも穏やかに落ちて行った。

そして2年前の、楽器箱に戻ったの。

だから今度の人生は、君を知ろうと思った。

それで夏の終わりの入学式の前日、君に話しかけたんだよ」


……この話を聞いて、やっと自分はこれまで感じていた疑問が晴れ、そして話が繋がった。

そうか、彼女は自分の知らない“自分”との約束を守るために友達になってくれたのか。

出会ってからの日々が頭を(めぐ)り始める。

初めて会った日の事、そして翌日眼鏡をはずせと言われてソレに従ったこと。

エーデックとの(いさか)いの時、ヴィクタを連れてきて助けてくれたこと。

その後も何くれと自分と仲良くしてくれたこと。

とにかくいろいろな事をだ。

……そうか、だから身分を越えてこんなに親しくしてくれたのか。

そう思うと、鼻がツンと痛んだ。

そして涙が溢れる。


「……ケーシー、私にはその薬が必要なの。

首を落とされたり、刺殺されるのは痛くて苦しくて、あの辛さは君には分からないと思う。

私、あれにはもう耐えられない……

お願いだから、その薬を返して。

それが一番、楽に次の人生を始められるから」

「分かった……」


自分は、持っていた毒薬を返した。

そして「申し訳ない、自分の中に怪物が居るんだ」と告げる。

余計な一言だったかもしれない。

彼女は毒薬を受け取ると、静かにこの部屋を出て行こうとした。


「自分、勘違いをしてました。

きっとあなたは、自分に秘密を守るように言うと思っていたんです。

そして、その誓いを守ろうと思ってました……」


その背中に、つまらない事を語りかける自分。

一度だけ、動きを止めた彼女の背中。

……そして振り返る事も無く、女は部屋を出て行った。


……バタン


締まる扉の音が、何かの終わりを告げる。

そしてその瞬間、先程つまらない事を、未練がましく言った自分を恥じた。

そして残された自分は、これで彼女がここに来る事は無いのだろうと知る。

あれだけ怯えさせたのだから……


『私のお父様を殺した奴と戦い……』


自分の脳裏に先程の話に出て来たこのフレーズが頭を過ぎる。

自分は、この言葉通りに死んでいくのか……と。

テアルテの使い手はこの国に少ない。

チーノ、つまり俺の兄弟子キナイデル・ホズマックは、使い手である。


「…………」


この部屋にいつも置いてある、我が師エラーコンの形見の剣を見た。

剣は鞘にくるまれ、(つか)の金属を輝かせる。


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