真実 (中)
「ハァハァハァ……」
自分の体が離れた後、体を起こしたマーアンは息を荒げ、振り返る。
その眼は恐怖と怯えで真っ赤に腫れ上がり、涙を止めどなく流していた。
「……マーアン」
「ハァハァハ……ングっ、ハァハァ」
床に腰かけた彼女は呼びかけにも応えず、ただ自分を伺うように見上げる。
自分はなんて事をしてしまったのだろう?
自分はなんて事をしてしまったのだろう?
自分はなんて事をしてしまったのだろう?
「全部話してくれないか?
そうしたらこの毒薬は返す、これが必要なんだろ?」
取り繕うような、言葉が自然と出た。
ソレに怯えて彼女が震える声で尋ねる。
「……何が聞きたいの?」
「君は18歳で死ぬと言っていたよね。
これはその為の薬かい?」
いつかこれを聞きたかったのは本当だ、でも今そんな事を聞きたいわけじゃない。
でも……何を聞いたらいいのか困惑して分からなかった。
何故か口が、滑らかに言葉を垂れ流す。
……マーアンは無言で頷いた。
「どうして?一体なぜ……」
するとマーアンは床に目を落とした。
「それが一番苦しくないから」
……勇気がない奴でも死ねる薬が必要?
机の上の万年筆がこの時見えた、そして自分と違い、仲が良さそうな親子の姿を思い出す。
「どうしてそんなに死にたいんだ?
恵まれた家、恵まれた環境、親だって君を愛しているのになぜ?
自分は親無し子で、田舎で剣だけを信じて、多くの人に利用され、汚い仕事にも手を染めた。
だけど、そんな風に自分の人生を粗末にしたいと思った事は無かった。
そんな人生よりも恵まれた君がどうして?」
尋ねると、マーアンは無言のうちにまた涙を流す。
「……信じてくれる?
君は、私の話を信じてくれる?」
涙声のその問いに「信じる、誓うよ」と返す。
「これから話す話は、まだこの世界の誰も知らない話なんだ。たぶん信じるのは難しい。
だけど本当にあった出来事なんだよ。
……昔なんだけどね。
私が14の時、お父様に連れられて私はこの街から馬車で2時間の所にある、スヴェン湖のほとりの狩猟用の屋敷に居たの。
そして湖が見える見晴らしの良い崖の上で、一枚の大きな黒曜石の石板を拾った。
そしてそれを覗いたら、しわくちゃの醜い人がその石板に映り、そして私にこう言ったの。
『お嬢しゃん、お願いを聞いて。
パパしゃんと、ママしゃんが命を狙われている。
ニール、アイツ等からパパしゃん、ママしゃんを守りたい。
そうしたら、パパしゃんとママしゃんが君を助けてくれる』
凄くびっくりしたけど、新しい魔法の道具だと思った私は興味が湧いた。
次に、そのしわくちゃな醜い人は、まるで彫像のように美しい、男なのか女なのか良く分からない人を一人だけ映した。
『これがニールのパパしゃんとママしゃん、綺麗でしょ?
だけど150年前に、悪い奴等に閉じ込められた。
その日から人間たちは、魔法が使えない……
ふひ、ふひひ、バカな奴等、フヒヒヒヒ』
……気持ち悪い笑い声がして、今思い返しても、とっても不愉快だった」
話ながら徐々にマーアンの目が静かになる。
「……ニールの願いは簡単な事だった。
『この石板を、近くのスヴェン湖に沈めて欲しい。
今すぐに……しつこいラドバルムスが、追っているから』と。
石板に映るニールの親は美しく、そして清らかで、その姿を見ていると不思議な気持ちになった。
……何故か、この人を守りたいと思ったんだ。
だから私はこの石板を、崖の上から湖に向けて投げたの。
その時ニールは言った。
『ありがとうお嬢しゃん。
パパしゃんが、お嬢しゃんに贈り物を上げるの。
望む人生が手に入るまで、何度も巡る人生を上げるの。
良かったね、優しいお嬢しゃん』
その言葉の意味を知ったのは、それから4年後。私ね、死んだの」
「…………」
いや、生きてるよ?
何も言わず、呆然と彼女の顔を見ていると、マーアンは表情の無い顔で言葉を続ける。
「私が15歳のころ、お父様は長くお母さまの内縁の夫だったけど、正式に王配として夫になった。
そして私は正式な結婚の結果生まれた子供になり、王位継承権を持つ嫡子になった。
それから間もなく、お父様はあのスヴェン湖の狩猟用の屋敷に侵入した、狼藉者に殺される。
あの日、何故か屋敷に護衛の者はおらず、お父様は私を守るために大きな楽器箱に私を隠し、そして私の目の前で殺された。
……おかしいでしょ、誰かが後ろで手を引かないとできない事だもの」
そう言われて、初めて王家に近い者に裏切り者が居ると知った。
驚く自分にマーアンが続ける。
「殺した人間はケーシーと同じ、剣の構えをしていた。
お母さまのショックは大きく、そして復讐を誓った。
その後私は王女としてこの王立スターハーヴェン学校に入学し、そして政治学を学んだ。
誰が敵かも分からないままにね。
そして私が18になったある日、私はアナセン・ヤルンヴォルケとの結婚を拒絶した。
それから間もなくして、クーデターが起きて、私とお母様は宮殿に入って来た侵入者に殺されたの。
侵入者は『これでグスタブ様もお喜びになる』そう呟いていたわ。
そしてそいつはお父様を殺した奴と同じ顔だった。
それでやっと分かったの、全てはグスタブ・ヤルンヴォルケ公爵が、裏で手を引いていた事なんだって。
剣で刺し貫かれた私は痛みの中、冷たくなり、重く、そして裏切られた悲しみの中で彼等を恨んだ。
そして闇の中に引きずり込まれるようにして、意識が途絶えた。
……そして、次に目覚めたのはまた楽器入れの箱の中だった。
そしてまた、目の前でお父様が殺されたの」
え、どういう事だ?。
思わずまじまじとマーアンの顔を見る。
それを悲しそうな笑みを浮かべて受け止めたマーアン。
「私ね、また15歳になっていたの」
それを聞く自分は、あっけにとられた。
「私、次の人生ではこの事を調べた……」
耐えきれなくなり、自分は彼女の言葉を遮る。
「待って、マーアンどう言う事?
生き返ったって事?」
自分がそう尋ねると、彼女は静かに頷き、そして言葉を続けた。
「……私が会ったしわくちゃなニール達の正体はね。
古代の神、時空神テンプスと、その分身であるニールだったのよ。
テンプスは雌雄同体の神で時間を操る、だからあの神は父であり、母でもある。
そしてテンプスの祝福を受けた私は、まるで牢屋から逃げられない囚人の様に、この先何度も人生をやり直すの……永遠にね。
信じてくれる?君は……」
……正直信じられないと思った。
だけど自分は、これまでの彼女の行動や言動を思い返しながら頷く。
「信じるよ……未来が見えると言った君の言葉の意味がやっと分かった。
見回りの時間が分かっていたのもそのせいだろ?」
「うん……
話を続けると、私は次の人生では犯人がヤルンヴォルケ公爵だとお母さまに伝えた。
お母さまは激怒し、そしてヤルンヴォルケ公爵を攻め立てた。
そうしたら内乱になり、多くの貴族はヤルンヴォルケ公爵側についた。
私は18にもならず、母と一緒に刑場に引き出され、国を乱し、裏切った者として首を切り落とされた。
断頭台に立った瞬間、市民は私とお母様を悪女と呼び、怒りと憎悪を向けては罵声を浴びせたわ……
……私達は彼等に何もしてないのにね。
私は思った。どうして彼等は私を憎んでいるのだろうか?
どうして私達のために戦ってくれないのか?って。
失敗したって、そう言う事だよね。
怒りに支配された私達親子は、そう周りから見られていたことに、ココに来るまで判らなかったのだから。
……彼等が言うように、私は彼等の敵だったのかな?敵って何だろうね。
多くの人は辱めても構わないと思われた人間を辱めて、自分の脅威となるモノは大事に扱う。
それを見て、私は刑場で判った。
見下されてはいけないんだって。
恐れられるよりも、蔑まされる方が危険だもの。
2度目の死は恐怖と、諦め、そして無知で噂の奴隷だった市民への失望で胸が一杯だった。
そして何より惨めだった……自分の首が激しく痛み、地面に落ちた。
首が落ちた後もまだしばらくは意識があってね、私の死を喜ぶ、多くの市民が躍るのが見えるの。
悔しくて、そして悲しい……そして絶え間ない痛み。私は死んだ。
そしてまた15歳のあの日に戻り、楽器箱の中でお父様が死ぬのを見ていた」




