誠実の意味 5/5
ロサスの顔に幾つもの穴をあけた、血まみれの小刀を床から拾い上げる。
帳簿は羊皮紙を束ねて作られている。
羊皮紙に掛かれた文字の修正方法は知っていた。
……小刀で、薄く削ってその文字を消すのだ。
カリ、カリ、カリ……
羊皮紙を削った。削りカスが下に落ちる。
削りながら何度も思った。
自分は何をしているんだ?
自分は何をしているんだ?
自分は何をしているんだ?
自分の予想が確かなら、彼女は我々の探している王女かもしれなかった。
……やがて顧客名簿の中からシグリーズ・ピアケスコーの文字が消える。
そして削りカスは、この部屋を照らす、灯の炎にくべた。
手甲の上でオレンジの炎を纏い、削りカスは灰になる。
「…………」
もう一人の自分が耳元で囁いた。
―お前は主を裏切った……と。
この時うなじの辺りに視線を感じ、急ぎ振り返った。
振り返ると、フリットがこちらを見ていた。
事情を察したのだろう、床で寝そべるロサスが口を開く。
「……それがお前の目的か?」
「…………」
何も答えなかった。
しばらく考えたのち、ロサスに告げる。
「協力的なら助けると言ったはずだ」
……コイツを殺して口を封じよう。
本気で、殺そうと思った。
言葉を聞いたロサスの瞳に強烈な恐怖が浮かび、ワナワナと震え出す。
そして奴の股間からしょんべんが漏れだした。
これを見ていたフリットが声を上げる。
「ケーシー、お前さんが本物の凄腕だと言うのはこの部屋を見ればわかる。
たった一人でこれだけの男達を制圧したんだ、普通の男じゃない。
仲良くしたいんだ、お互いに胸を割って話さないか?」
「……どう言う事だ?」
フリットの考える事が分からない、その心を知りたくて、面食らったまま彼の目を見た。
フリットは自分を睨みながら尋ねる。
「正直に答えてくれ。
今削った名前……
親兄弟、もしくは親戚の名前か?」
「いや」
「それならば恩人や友人か?」
「……そうだ」
「女か?」
「…………」
答えられなかった、表情がこわばる。
フリットはこれを見ると、嬉しそうに笑い、そしていくつか頷いた。
「ケーシー。俺は情報屋だ。
お前さんの情報を、お前さんに売りたい。
そこに散らばる金の入った袋。
それを一つ俺が貰っても良いか?」
「え?」
一瞬この男に何を言われているのか分からなかった。
自分のこの戸惑いを無視するように、フリットは誠実そうな笑みを浮かべる。
「取引をしよう、ケーシー。
もし金を貰えるのなら、今見たモノは誰にも言わない。
そして友人で居よう。
俺はチーノを追い詰めたい、そしてお前の力を又借りたい。
だけどさぁ……その、お金が欲しい訳だ、な?
分かるだろ?」
金を請求された時……何故かほっとした。
金が欲しいなら、そんなもの幾らでもやる。
この秘密が守れるなら……
「ああ、コレなんかどうだ、銀貨と金貨が入ってる」
そう言って床に転がる袋のうち、お金の入った掌ほどのサイズの袋を渡した。
「ありがとう、これで取引は成立だ。
あとの金は急いで運んで、お前のボスに献金しよう。
……ところでその帳簿に在った名前の女は、なんでここの薬を買ったんだ?」
「……復讐の為だ。
力では勝てないから、毒を盛ったそうだ」
嘘は、滑らかに口から出た。
フリットは「なるほど、罪深い女の良くやる手だ」と言い、ロサスを指さす。
「こいつを一緒に運んでくれよ、それ位はしても良いだろ?」
「分かった」
彼に対して引け目を感じた自分は、今度は拒むことも無く、ロサスを協力して縛り上げた。
◇◇◇◇
―その後。
自分とフリットは生き残ったロサスとその部下、帳簿類に大量の金を馬車に詰め込み、広い白銀宮殿の敷地内にある、牢獄へと向かった。
そこは同じ敷地内とは言え、実際には宮殿本体とは、山一つ隔てた場所だ。
そんな牢獄を目指す車内で、ロサスが悪あがきの様に脅し文句を口にする。
「おい、こんな事をしたらチーノが黙って無いぞ。
今なら無かった事にしてやる、俺を見逃してくれ」
まだ何も解って無いロサス。
フリットは御者台で馬車を操り、自分は彼と同じ車内で、しょんべんと血の臭いに辟易しながら答えた。
「チーノ如きがどうだと言うんだ……」
「チーノの後ろにはもっと大きな貴族も控えているんだ。
逆らったってどうにかなるもんじゃない。
殺されたくなかったらなぁ……」
「ロサス黙れ。我々はお前の背後に居るヤルンヴォルケを恐れたりしない」
ロサスは、自分がヤルンヴォルケの名前を口にした事に驚き、顔を見た。
「……我々はアルンスロットだ、ロサス。
そして自分はお前達を始末しに来た“殺しのトールスカン”だよ……」
ロサスは全てを悟った。
そして顔を床に伏せ、身動きもしなくなる。
……観念したのが目に見えた。
ロサス達は牢獄に入れられた。
そして回収した金と、帳簿は重臣である、ルカスの父親に引き渡す。
「ヤークセン」
全てを終えた後、立ち去り際にフリットが尋ねた。
「俺は、お前に感謝している」
「なぜ?」
「弟の仇が取れたからだ。
昔ヴァンツェル・オストフィリア国にある、ビエラホラ要塞で戦争があった。
その時傭兵として従軍していたのが、俺と弟だった。
だけど弟は傭兵隊長に逆らい、督戦役をしていたチーノとロサスに見せしめとして殺された。
ロサスをずっと殺したかった、だけど今日までどうする事も出来なかった。
それが今日、お前さんの様な凄腕と、アルンスロット家のおかげで復讐が出来た。
感謝しているんだ、そうは見えないかもしれないけどな」
「…………」
「約束は守る、だから仲良くしてくれ。
次はチーノの首を上げるんだろ?」
「その通りだ、奴はかつてヴィクタ様の命を狙った。
アルンスロット家は奴等を根絶やしにするまで許さない」
フリットは、それを聞くと不思議な笑みを浮かべて何度も頷いて言った。
「ケーシー、何度も言って悪いけどなぁ。
これから仲良くしよう。
……大きな土産をお前さんに持たせてやる。
実は、チーノの腹心がもう寝返っているんだ」
「!」
「アルンスロット家の勝利は疑いないだろう。
俺は協力を惜しまない、また連絡する」
そう言うとフリットは闇夜に消えた。
自分はそれを見送ると、白銀宮殿の牢獄へと戻った。




