君は僕らの敵なのか?
―それから少し後。
「それじゃあケーシー、また連絡をする。
学校の方が良いか?」
「どちらでも大丈夫です。
自分も公爵殿下に今回の件はお話をするので……
それじゃあ警部、今度はコーヒーを奢って下さいよ」
スキューゲヴィーの雑踏の中、ホテルを出たばかりの自分はそう言って警部と別れた。
「さて……と」
目の前を過ぎる、ひげ有り、ひげ無しの様々な姿のとんがり帽子を被った人々。
それを見ながら自分は先程、情報屋フリットの話を思い出した。
『へぇ……警部。確かに良い人物を紹介してくれた。
何せチーノが目の敵にしている、懸賞首だ。
これならチーノ側の人間じゃないと、はっきり言える』
つるりと自分の首を撫で、そして思う。
自分が懸賞首だって言うのなら、アイツ等“白い姿”を見せたら襲って来るのか?と。
そう言えば、しばらく戦っても居ないし、人も斬っていない。
久々に刺激が欲しかった、何かのトラブルが起きれば面白そうだ。
全身の血を沸騰させたかった。
あの赤い屋根の家は“楽しめそう”だ。
自分の服の下……背後の腰にあるダガーに手を当てる。
「祭りに喧嘩は付き物だしなぁ……」
思わず笑った。チーノ一家の誰かを痛めつけるのも悪くない。
普段学校では見せない、狂暴な自分がこの淀んだ町で呼び覚まされる。
言いつけを破り、白い頭のままチーノがやっていると言う店に赴く自分。
誰かが、自分に因縁をつけるのを期待した。
ニヤけ顔が止まらない……
チーノの手下なら、問題ない……
ああ、早く喧嘩がしたい……
自分は壊したくてたまらない。
そして、ゴミの山を敷地に抱えた、赤い屋根の家を間近に見る所に来た。
あの店に入るか?
ひねた笑みを浮かべながら、暗い事を思う自分。
この時、金色のひげを付けたニッセ姿の人間が、例の赤い屋根の家に入っていくのが見えた。
「…………」
それを見て、心がざわつく。
歩き方、そして体つきは女のソレで、そして妙に心に引っ掛かる。
街に溢れる赤いとんがり帽子をかぶった、付け髭の人間。
この冬至の日では、決して珍しい存在ではない変装した女。
だがその姿は何故か妙にマーアンを思い出させる。
店に行くつもりだった足が止まった。
「…………」
動揺し始めた胸、露店が立ち並ぶ、祭りの路上、慎重さを促す冷静なもう一人の自分。
露店の中に、付けひげと、ニッセの赤いとんがり帽子を売っているのを見かける。
それを買い求め、変装した。
そして、その姿のまま、赤い屋根の店の玄関を見張る。
しばらくして例の金色のひげをしたニッセが店から出て来た。
「…………」
怪しまれない様に、距離を取って尾行を始める。
「何か手に持ってるな……
化粧道具入れか?」
先程店に入ったときは、手ぶらだった。
だとしたらアレを買ったという事か?
あの中に麻薬が入っているかもしれない。
女に気付いているそぶりは無かった。
だが、警戒しているのか、幾つもの細い路地を人混みの中何度も曲がり、姿を見失いそうになる。
そして金色の髭を付けたニッセは、忽然と姿を消した。
「……クソ」
青い花の模様が描かれた化粧箱を抱え、あの女は自分の視界から消えた。
今日は街の住民が同じ姿で変装して歩いている、それもあって、人混みに紛れてしまえば見つける事は不可能だった。
「…………」
見失った後、ざわつく胸を抱えながら、自分は帰路を急いだ。
そして自室に戻ると、居てもたってもいられなくなって寄宿舎の女子棟に急ぐ。
「すみません、マーアン・サイピエーグは居ますか?」
この女子棟のおばちゃん管理者にそう尋ねると、彼女はマーアンの部屋に行った。
しばらくすると戻ってきて「マーアン様は用事があると言って出て行きましたよ」と答える。
「そうですか、ニッセの仮装をするひげや帽子を持ってきたのですが……」
「それなら必要無いと思いますよ。
マーアン様はご自分でご用意をして、外にお出になりましたから」
「金色の付けひげのヤツですか?」
「さぁ、付けひげの色までは知りませんが……ご用意をして出て行ったと、隣の部屋の方がおっしゃっていましたので」
これ以上聞けば怪しまれそうだ……
「そうですか、それではケーシーがお茶に誘っていたと、彼女に伝えてください」
「それがご用件ですか?
分かりました、お伝えいたします」
それだけを言うと、自分は急ぎこの場を離れた。
見知った女子学生が、自分を怪訝そうな目で見て通り過ぎる。
その中を、部屋に帰る。
今自分はどんな表情をしているのか……
きっと怖い顔をしているのだろう。
周囲の反応を見ると、そんな様子だった。
そう思って洗面所に言って驚いた。
髪を白くしたまま、寄宿舎に帰っていたからだ。
「……動揺しすぎだろう」
思わず自分の失態に呆れる、しかも服装が酷くみすぼらしい。
だから、知り合いの女学生があんな目で自分を見ていたのかと、気が付いた……
◇◇◇◇
マーアンが自分の部屋に遊びに来たのは、いつものように日が落ちてからだった。
「はーい、ケーシー。
今日私に使いの者を寄越したんだって?」
早速やって来るなり、普段と変わらない明るい声に、胸が高鳴った。
先程の事も忘れ、嬉しくなって、ハイテンション気味に返す。
「……いや、違うよ。
髪を白くしたまま、行ってしまったんだ。
おかげで皆が自分を怪しむので、びっくりした」
「へぇ、白いケーシーはレアだね。
皆言ってたよ『貧しい身なりをした、すごく美しい使者が来た!』って。
ケーシーの親戚じゃないか?と噂になってるよ」
「ああ、それは否定しておいて。
アルンスロット家に居る家臣の誰かだって言ってくれればいいよ」
自分がそう言うと、彼女はスッと掌を自分に差し出した。
意味も分からず首を傾げていると「タダでやるのは嫌だなぁ……」と。
「ちゃっかりしてるなぁ……で、何が欲しいの?」
こんなそぶりも可愛く見える。
むしろわがままを叶えてあげたい……
「私新しい、口紅が欲しい。
バザーで素敵なお店が出店していたんだ。
明日一緒に買いに行こう!」
「(養母である)子爵夫人に言えばいいのに……」
イジワル気味に言うが、たぶん自分はニコニコと笑っているのだろう。
彼女の期待に満ちた目が、キラキラと輝いているのを見ていた。
「高い物じゃなくて、安い物で良いの。
それに、女一人じゃ怖くてさぁ」
「フーン、どこの街区に出店している店?」
「スキューゲヴィー近くのヴィスボー橋。
アソコは税金がかからないから、安くて良いモノを祭りの日にたくさん売っているんだよ」
聞いた瞬間、心に影が走る。
それを悟られないよう、努めて表情を変えないで「分かった、それじゃあ明日だ」と返した。
……彼女がどうして、スキューゲヴィーの近くに、そんなお店が出店しているのを知っているのか。
「スキューゲヴィーに行ったの?」
「行かないよ、あそこはガラが悪いもの。
ヴィスボー橋に行ったんだ」
表情も、雰囲気も変えずにそう言った彼女。
自分は「そうかぁ、あそこは確かに雰囲気が危険だからね」と返す。
「それでね、そこの露店で良い化粧道具入れを買ったんだ。
ちょっと安めの化粧道具をソレに入れようと思ってね」
自分は嘘を上手くついたと思う。
表情も、雰囲気も変えることなく「そう言う事か!」と告げた。
……そして、そんな言葉とは裏腹な事を考えた。
彼女は、チーノに関係がある人物の可能性がある。
敵ならば、ヴィクタの傍から排除しないといけない。
そして排除する仕事は、自分の役割だ……と。
そう思っていた時、マーアンが自分の目を覗き込んでいるのに気が付く。
「え、なに?」
「ケーシーは今日何をしていたの?」
「今日?今日は……知り合いのおっさんとコーヒーを飲んでいたよ」
「誰、今日は冬至だよ?
もしかして……ケーシーはソッチの趣味?」
「そんな訳ないだろ!
公爵様へ取次ぎを依頼しに来た、ハルアーナから来たお客さんだよ。
職場の事だから、これ以上話せない。
……マーアンが遊んでくれないからさ、自分はオジさんと密談しなければいけなかったんだ」
「怪しい……」
「なんでだよ!」
マーアンは自分の言葉を聞くと「アハハハ」と楽しげに笑った。
彼女が明るく「冗談だよ、冗談!」と言う声を聞きながら、どこまでが本心なのかを探られている気がした。
仮面の様に顔に張り付いた笑顔。
そして動揺させない様に、凍らせた心臓。
……雰囲気だけは明るい話声。
疑わしさが満ちた空気とその中で、二人はそれでも互いに虚像を見せているかもしれなかった。
少なくとも、自分は彼女に見せている。
だから本当は聞きたかった。
君は敵か、それとも味方なのか?……と。




