家臣と言う生き方
それからしばらく経った後の事。
「それでは警部、ありがとうございました」
執事がそう言って丁重に、話が終わったバルブロ警部を部屋の外へと連れ出した。
その後、残った者達がべアンハート様の元に集まり、深刻な表情で口を開く。
「(公爵)殿下いかがされますか?」
側近の重臣が、べアンハート様にあいまいな内容を尋ねた。
「いかが……とはどう言う事だ?」
「もしも、ですが……ヤルンヴォルケ公爵が今回の事件の後ろに控えていたら?」
「控えていたら、その時はその時だ」
「なるほど、では私が彼等の元に参り話を聞いてきましょう。
何せヤルンヴォルケ家は今一番勢いがあるお家。
こちらとしても揉める訳にはまいりませぬ」
そう言って心配そうな表情を浮かべた側近の男……
次の瞬間、普段物静かなべアンハート様は見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げる。
次に獰猛な野獣の様な目つきで側近を睨み付けると、たじろぐ彼に言った。
「お前は、今何と言った?」
「いや、その……」
「ヤルンヴォルケが後ろに居たらどうするのか?
貴様、一体どちら側の人間だ?
ふざけたことを抜かすなっ!
私のヴィクタが命を狙われたのだぞ!
私の息子だ!未来の公爵だ‼
それを貴様ぁぁぁッ‼」
この家に仕官して初めてべアンハート様が怒鳴るのを聞いて、全身が恐怖で震えた。
怒鳴られた側近の表情も恐怖に支配される。
その彼に激怒したべアンハート様が絶叫する。
「二度と私の前に姿を見せるな!
この家に出仕する事は許さぬッ!コニーッ‼」
次の瞬間コニーが側近の腕を取り、そのまま部屋の外へと連れ出していく。
「待ってください、殿下!
お許しを、お許しをッ‼」
許しを請う、重臣だった男の悲痛な声が辺りに響く。
しかしその声は無情な暴力によって遠ざけられ、バタンと閉じられた扉の向こうへと引きずられていった。
その光景に思わず息を飲むと、べアンハート様は何故か自分に目を向け、そしてギラギラと光る目で尋ねた。
「お前ならどうする?」
なんという無茶ぶりだと思ったが、自分は何故かルカスの母であるロヴィーサ様の顔を思い浮かべながら言った。
「もしお許しが出るなら……
自分の誠実を疑われないなら、殺します」
自分がそう言うとべアンハート様は自分を“フン”と鼻であざ笑った。
「宮廷工作も無しにか?
随分と考えの浅い男だな。
ケーシー……お前歳は幾つだ?」
自分は失敗したことを悟りながら、恐れおののく声で「今度16になります」と答える。
するとべアンハート様は冷たい目で自分を睨み、次にヴィクタの方に顔を向けると「はぁ」と溜息を吐いた。
「ヴィクタ、飼い犬の躾はお前の仕事だ。
ケーシーをしっかりと導け、良いな?」
「分かりました、お父様」
ヴィクタがそう言うと、べアンハート様はまだ自分に何か言い足りないのか、自分の方を見る。
「ヴィクタと仲が良いのは良いが……
まぁ良いか。訓練に励め、コニーによく相談しろ。
それから、あの警部に協力をするなら逐一私に報告しろ。
取次ぎを挟めば、優先的に会えるようにしてやる」
「か、畏まりました」
自分がそう言うと、べアンハート様は不愉快そうに手で自分にこの部屋を出て行くように示した。
それを見て、がっかりしながら部屋を出て行く自分。
……その後、不安のあまり訓練も何も手につかなかった。
仕える家の最高責任者を怒らせてしまった自分は、終わったと思ったのである。
夕方になり、ヴィクタに呼ばれた自分が彼の部屋に行くと、やけに機嫌が良い彼がこう言った。
「ケーシー聞いたか?
お父様が僕の事を“私のヴィクタが命を狙われたのだぞ!”って言ってくださった。
アハハハ、そんな風に思ってくださっていたんだな!」
「そうですね、良かったですね」
自分は愛想笑いを浮かべながらそう言うと、相手の感情を読むのが早いヴィクタが「どうした、心配事でもあるのか?」と尋ねた。
「……今日べアンハート様を怒らせてしまいました。
自分はどうすればよいのか……」
「ああ、あれか。
気にしなくていいよ、お父様は八つ当たりをケーシーにしただけさ。
むしろ褒めていたよ、あの後だけど『勇敢なのは良い所であるがな……』って言っていたから。
まぁ迷ったら、僕でもルカスでも相談すると良い。
心配しなくていいよ、あんなのに気を揉んでいたら、アルンスロットに帰ったら神経が持たないよ」
「そうなんですか?」
「ああ、ナシュドミル王国では議会が始まるとアルキリアイン(ナシュドミルの首都)に行ってしまうから知らないだろうけど。
アルンスロットに居ると、ずっと宮殿に居るから、あんなのいつもの事さ。
今日のお父様の怒りは、ケーシーに対しては最大10の所2ぐらいじゃない?
クビになった人は7ぐらいかなぁ?」
意外と図太い回答のヴィクタに安心を覚えるやら、驚くやら。
少し間を開けて、恐る恐る尋ねる。
「あの側近の人はクビになったんですか?」
「当たり前だろ?
彼はいったい誰の顔色を窺って仕事をしていたんだ?
アルンスロット公爵に仕えながら、ヤルンヴォルケ公爵に忠実なら、ウチはそんな人要らないよ。
家臣なんだから、常にアルンスロット側の人間であるべきだ。
彼は我がアルンスロット家の禄(給料のこと)を貰うには忠誠心が足りない。
僕も父もマルティ―ル同盟の重臣である以上、マルティ―ル同盟ひいてはエルドマルク王に忠誠を誓っている。
それと同じ事は、当然我が家臣にも求められる。
もし才能があるだけでアルンスロット家に仕えられると思っているなら、それは違うよ」
「…………」
「高い報酬を貰っているんだ。
それが嫌なら農民や市民として、主に税を払えばよい。
それなら僕等もそう言う関係を許そう。
だけども家臣と言う生き方をするとは、そう言う事だよ」
農民として生きるとか、商家の下働きをすると言うのは、その仕事の生産活動に従事する事を意味している。
すなわち雇用主に利益を与える。
ところが自分達公爵に仕えるモノと言うのは、軍人であったり、役人だったりするが、誰も生産をしていない。
軍人は破壊と建設、そして警備が仕事だし、役人は管理と伝達、調整や企画が主な仕事。
利益を与えると言うよりは、むしろ公爵様の元に集まった利益を戴く立場にある。
それに思いが至った自分は「お言葉を心に刻みます」と答えた。
「あははは、それは頼もしい。
でもまぁ、楽しくないのも好きじゃない。
いつも通りで良いよ。
“誠実を疑われないなら、殺します”って言うのも良かった。
随分過激な事を言うんだなぁと思ったけど、君の誠実さは見えた気がする。
お父様もアレはアレで、ケーシーの言葉は嫌いじゃないよ。
コニーの若い頃も滅茶苦茶だったと聞くしね」
そう言っていると、この部屋にルカスが入って来た。
それを見てヴィクタが「ああルカス、どうだった?」と尋ねた。
「ヴィクタ様、スターハーヴェンからの使いですが……
お喜びください、どうやら女王陛下からの、内々の使者で間違いないです」
事情が呑み込めず、二人の会話を傍で呆然と聞いていると、ヴィクタが嬉しそうに笑った。
「すると、お父様は猟官に成功されたのか?」
「間違いございません。
どうやら我々は冬前に、ナシュドミルからスターハーヴェンに移るみたいです」
それを聞いたヴィクタは、嬉しそうにルカスと抱き合い、次に自分の肩を抱いた。
「ケーシー、今年の冬はエルドマルクで過ごせるぞ!」
「ど、どう言う事ですか?」
「長いことお父様は本国から離れて、こんな小さな館に住んでいた。
と言うのもナシュドミルにおける、マルティ―ル同盟の代表として政治に携わっていたからなんだ。
だけどそれじゃあいつまでも中央に行けない、だからエルドマルク王国の宮廷で役職を求めていたんだ。
それがついに成功したんだよ!
これでこんな田舎とはお別れだ。
レイヨンプータは良い所だが、やはり故郷に帰れるのは嬉しい」
逆に故郷を離れると聞いて、驚いたのは自分である。
……だけど、家臣と言う生き方を選んだ自分に迷いは無かった。
「分かりました、向こうでも何なりとお申し付けください」
するとヴィクタはにやりと笑い、無言で自分の肩を親しげに叩く。
……何故かそれが嬉しかった。
しかしそんな自分達に、ルカスが神妙な表情を浮かべる。
良く分からなくて怪訝な表情を二人で浮かべると、やがてルカスが張り詰めた声で語った。
「公爵様は次にこう言いました。
『もしかしたら、ヴィクタが襲われたのは今回の猟官が成功した事と、関係があるかもしれない……』と」
するとヴィクタが「どう言う意味だ?」と尋ねた。
「実は今度、女王陛下の内縁の夫であるカスパル・ピアケスコー伯爵が、正式な王配(女王の夫)になると言われてます。
つまり今回の任官は、そんな女王の希望に対し、べアンハート様がお手伝いをする事が条件の様なのです。
しかも……実はこれまでお子がいらっしゃらないとされていた女王陛下に実はお子がいたとか」
「なんと……」
「つまり次の王は、その子になるかもしれません。
お子が無いから次の王位は自分だと思っていた、ヤルンヴォルケ公爵はどうやら気が気でないとか……」
「……もしかして?」
「これが、ヴィクタ様が狙われた背景かもしれません。
ヤルンヴォルケ公爵家とアルンスロット公爵家は、ともに同じヴィクトール5世様から枝分かれした王族です。
もしもアルンスロット公爵家が断絶ともなれば、自動的に次の王位はヤルンヴォルケ公爵家から選ばれます。
しかし、もしお子様が女王陛下に居れば、そうではありません」
「……つまり、お子がいたらその子が次の王になるのか」
「ええ、もしもチーノと言うのがヤルンヴォルケ家の手先だった場合。
この状況では何らかの動きを見せるでしょう。
ヴィクタ様よりも、そのお子様の排除を優先するのでは?
奴等に野心があるのなら……」




