犯罪者チーノ
用意された馬車に乗り、自分は警部とその部下である若い男と共にレイヨンプータからモンタプータへと向かう。
その道中、自分と警部のバルブロ・スティンバーグ氏と色々な話をした。
「……ヤークセンさん、今回の事件についてはヴィクタ様も、そのお父様であるアルンスロット卿も大変な関心を御寄せです。
まぁ襲われた当の本人なのですから当然ですな。
ですのでご本人も、私に協力は惜しまないとおしゃって下さいましてね」
「なるほどそうでしょうね」
これを聞き。ああ、自分がコイツの来た日、ヴィクタに呼ばれたのはこれが理由なのか、と納得した。
「なのでこれからも、ちょくちょくこうしたご協力は、お願いすると思うので宜しくお願い致します」
「ええ、自分も当事者ですから当然ご協力しますよ……
ところであの日捕まえた賊は、どうなされたのですか?」
「ああ、奴は今牢屋の中に居ますよ。
ところがあいつはあまり大した情報は持っていなくてですね『自分はクラ―に命令されただけだ』と言っているんです。
とは言えチーノには1度だけ会ったそうです、見た目はまるで若い少年だったらしい。
……どれだけ本当の事を語っているのやら」
「嘘をついているのですか?」
「分かりませんな……と言うのもチーノと言うのは15年前から活動している。
私が捜査に参加したのは7年前で、当時からこの国を拠点にして、外国で荒稼ぎをしてましてね。
それに7年前の当時の証言だと、30代ぐらいの、壮年の男性だった。
ところが他の奴の証言も、チーノの見た目の情報はてんでバラバラ……
つまり誰もチーノの正しい年齢は知らない、当然見た目も知らない。
我々(けいさつ)も色々調べてはみたんです。
恥ずかしい話だ。賢い奴ですよ、チーノって言うロクデナシは……
だが奴が支配している組織、チーノ一家の幹部の名前は分かった。
しかし、こいつらの名前も全部偽名。
何せ名前が昔のヴァンツェル語で、犬だの豚だの鶏だのと名乗っているのですから。
クラ―もその一人です、ヤークセンさん、コイツはあなたが殺した賊の一人ですよ。
名前の意味は、鶏です。
まぁ、良く鳴く奴だったんでしょうなぁ」
「なるほど……」
「さてと……ぼちぼちモンタプータの岬が見えますな。
今の内に少し聞きたいのですが、ヤークセンさん、その兄弟子について知っている事があったら教えてくれませんか?」
「ええ、分かりました。
我が師エラーコンが、兄弟子を殺すのを諦めたのは今から15年前です。
そうなると兄弟子の年齢は、生きてれば現在35~45の間じゃないかと思われます。
だから、チーノと言う犯罪者が若い見た目と言うならば、兄弟子とは違うかもしれませんね」
自分がそう言うと警部は笑って『いやいや、あなたがそれを言うのはおかしい』と返した。
「どうしてです?」
「ヤークセン……警察を舐めない方がいい。
アンタ髪が本当は白いだろ?
肌の色も白く、お母様にそっくりだと言うのは分かってる。
何故髪や肌を黒くしたのかは聞きませんが、見た目を変える存在があるのは、あなたもご存じの通りだ。
つまりチーノは“何故見た目を変えれるのか誰も知らない”が、どうやら“見た眼を変える方法を持っているかもしれない”と考えないといけない。違うかな?」
自分は回答する代わりに、黙って走る馬車から見える流れる風景を見た。
そんな自分に警部が声を掛ける。
「ヤークセン、エルドマルクでは魔薬学が盛んで、魔法効果のある鉱物などの素材を使って、特別な効果を持つ薬を作る者が多い。
何せ王立学校で学べる知識ですからな。
おそらく見た目を変える薬も、チーノが使っているならば……魔薬学で作った物でしょう。
魔法がこの世からが無くなっても、魔法が有った日に出来た知識は、今でも生きている。
まだ証拠はどこにもありませんが、私はそれを確信していますよ。
何せ麻薬製造も又、魔法薬と同じで製薬作業です。
チーノがそれに適した環境を、マルティ―ル加盟国内のどこかに持っていてもおかしくない。
むしろある方が自然では無いですか?もちろん証拠はありませんが……」
どこか追い詰める様な警部の口調を聞いていると、何故か舌の根が痺れた。
……まるで尋問でも受けたかの様に。
そんな自分を乗せて馬車は走り続ける。
やがて車窓から、目的である小さな岬に密集する家々の集落が見えた。
「ああ、モンタプータですな」
同じ景色を見たのだろう、警部がそう言ったので「来たことがありますか?」と尋ねる。
「ええ、足を使って調べるのでね。
警察は思いもしない所に居るモノです。
そうじゃないと仕事になりませんからな」
◇◇◇◇
実に3か月ぶりに帰って来たモンタプータは、特に何も変わらなかった。
久しぶりに再会した村人との再会を喜び、そしてルティアと再会の喜びを分かち合う。
「ケーシー‼」
「ルティア‼」
抱き合って喜ぶと、自分の胸の中で彼女は泣きだし始めた。
それを見た村長も喜び、感極まって涙を流す。
「村長、お金は届きましたか?」
「ああ届いたとも、これでルティアの生活の問題は無くなる。
それにしてもお前さん……良くその年で貴族家への仕官を決めた。
アルンスロット家と言う貴族は聞いた事が無かったが、レイヨンプータの領主様ならこの村の近くだし良かった。
手紙で知らせてくれた時は驚いたぞ」
村長はそれを言うと、自分や警部を家の中に招き入れた。
そして自分は招かれた家の中、ルティアや村長にここに来るに至った経緯を説明した。
「おお、それではこちらが警部さんなんですな?」
「ええ、こちらはアルキリアイン(ナシュドミルの首都)から来られた、バルブロ・スティンバーグ警部です」
自分がそう紹介すると、警部はにっこり笑って村長に挨拶をした。
「こんにちは、バルブロと申します。
早速ですが村長、そしてルティアさん。
お父様についていろいろお聞きしてもよろしいですか?」
村長もルティアも緊張した面持ちで、黙って頷いた。
「先程ヤークセンさんが申したように、我々警察はマルティ―ル同盟全土で犯罪を手掛ける、チーノ一家を追っています。
そして疑わしい人物に行きつきました。
それがお父様のエラーコンさんの敵だった人物です……
ルティアさん……あなたのお父様。先日お亡くなりになられたようですが、そのエラーコンさんが追い詰めようとしていた、お弟子さんの事を聞いてもよろしいですか?」
「ええ……」
「お父様はアルバルヴェ人だと聞きました、ルティアさんも、失礼だがこの国の方とは少し違う顔立ちだ。
……美しいお顔ですね」
「…………」
「いやいや、変な事を云いましたかな?お忘れになってください。
それで、本題に入りたいのですが……
そのお父様が殺すのを諦めたお弟子さんについて、お名前であるとか、どういった素性の者なのか、知っている事を教えて貰っても良いですか?
出来ればお父様の事も知りたいのです。
何故この国に来たのか?とかです」
ルティアはそれを聞くと、立ち上がり「少しお待ちください」とだけ言って席を外した。
そして戻ってくると一冊の本を警部に差し出した。
「これをお読みください、これは私の父が生前残した日記です」
警部はそれを恭しく受け取るとそれを開いて読み始めた。
「これは興味深い、ヤークセン、あなたはこれを読みましたか?」
「いや、存在すら知りませんでした」
思わずルティアの顔を見ると、彼女は「遺品整理の時見つけたの、これはあの船に乗せたくなかった」と返した。
警部は少しだけこれを見ると「これは字も細かいし、大変だな」と呟いた。
「ルティアさん、これをお預かりしてもよろしいですか?
全部読まないといけないが、分量も多いし時間がかかる」
「それは構いませんが必ず返してください。それと……同じような日記があと3冊あります」
「なんと……それは嬉しいですな。
お父様は非常に学がある、これを私の足りない頭に入れるのは大変だが、やりがいがあります。
残りの日記もお借り出来ますか?」
「ええ……」
「それでは借り物なので、私と証文を交わしましょうか……
必ず私が返すという事を表すためにね」
そう言うと警部は合計4冊の日記を預かり、ルティアと貸し借りの証文を交わした。
その後、自分達はエラーコンの遺体を船に乗せた河口に向かう。
そこには新たに石碑が立てられていた。
「この石碑はエラーコンがこの村に残した、知識や功績を後世に残すためのモノです。
彼は村の者達に教養を授けました。
ケーシーの他にも、何人かアルキリアインで書記を務める者もこの村は出しています。
そう言った者もお金を出しましてね、この石碑を残そうと話したのです」
それを聞いて思わず自分は「ありがとうございます、兄さん方、そして村長……」と礼を述べた。
「エラーコンは剣術もこの村に残しました。
その技で、戦場の手柄を立てた者も多い。
おかげでこの村はエラーコンが来る前よりも大きく発展しました。
皆帰って来て、この村の発展の為にお金を投じてくれましたからな。
そして子供の死者も減った、エラーコンには感謝してもしきれません」
「なるほど、エラーコンさんはそれだけこの村の為に尽力されたのですな」
そう言うと警部はエラーコンの石碑に手を合わせる。
女神フィーリアに彼の魂の平安を祈るために、自分達もそれに続いた。
◇◇◇◇
自分と警部は腰を落ち着ける間もなく、引き留める村長に礼を述べて、レイヨンプータに戻った。
そして自分も警部の許可を得てエラーコンの日記を読み進める。
読むと、彼の思いや、日常が細かく綴られていて涙が溢れた。
連なる言葉に、在りし日の育ての父の姿が、目に浮かんでいく……
そして自分は、気になった個所にしおりを挟み、別紙にその個所を軽く書きだしたメモを残していった。
そうやって日記の解析をしていく。
そして1週間が経った頃、全部を読み込んだ警部がヴィクタやルカス、そしてアルンスロット家当主のべアンハート様とその腹心を屋敷の客間に集めた。
「アルンスロット公爵様にお越しになっていただき感謝しております。
それでは日記の解析と、その結果をご報告させていただきます」
本来ならば公爵様がそれを聞く必要はないが、何せ自分の子供が襲われた事件という事も有って、べアンハート様もこの事件には並々ならない関心を寄せていた。
……むしろ殺気立っていたと言っても良い。
普段あまり口を開く事も無い彼が、目をギラギラさせながら警部の顔を睨みつけていた。
「結論から申しましょう、アルバルヴェ人のエラーコンが追っていた男がチーノである可能性は大きいと思われます」
『ほう……』
全員がそんな感嘆を述べた。
「エラーコンが追っていた奴の名前は、キナイデル・ホズマックと言うヴァンツェル人です。
何故アルバルヴェ、ヴァンツェル、そしてマルティ―ル同盟が結びつくのか、説明からまず申し上げましょう。
公爵様はご存じかと思いますが……アルバルヴェ王国と、ヴァンツェル・オストフィリア国の王家は同じ血筋です。
その為お互いの文化が流入しやすい。
ですからヴァンツェルでも、テアルテは盛んな剣術流派です。
そしてエラーコンの本名ですが、この日記によればバシーモン・グラガンゾと言います。
この男がどんな男だったのかは調べないと分かりませんが、日記によればV・バルザック家に仕える騎士家の男。
そしてテアルテでは、同時期に30人を超えないソードマスターの一人だったようです。
……このことの裏付けは、残念ながらアルバルヴェに人を派遣しなければ分かりません。
なので現状日記を信じて捜査を進める事にします」
アルバルヴェは此処から海路で3週間から、3ヵ月はかかる場所にある。なので当然だろう。
「このキナイデルと言う男は、エラーコンの弟を勝手に恋敵にしたうえで、彼を殺害しました。
その事でエラーコンは復讐をしようとしますが、キナイデルは傭兵隊に潜入、督戦役を務めて戦場を転々とします」
督戦役と言うのは、傭兵隊内で命令に背く者、または隊長に反抗的な同じ隊の仲間を拷問にかけたり、見せしめの為に殺したりすることが役目の男だ。
全ては傭兵隊の規律を上げる為である。
しかしその為督戦役の人間は、同じ傭兵仲間から、恐れられ、そして嫌われた。
戦争が終わり、報酬を全て受け取った兵隊が、まず真っ先にやるのが、仲間の仇討ちの為、この督戦役を殺害する事だと言われている。
その為督戦役は、戦争の終わりを嗅ぎつけたら急ぎ報酬を受け取り、その隊から逃げ出す。
つまり腰を落ち着けて同じ場所にとどまらない。
「キナイデルはこの汚れ役で、傭兵隊長達から信頼を得て、ヴァンツェル・そしてエルドマルクで幾つもの傭兵隊を渡り歩きました。
その為エラーコンもキナイデルの行方を度々見失っており、相当苦労しております。
そしてこのキナイデルですが、なんとエルドマルクでとある公爵家に仕える事となりました」
警部がそう言うと、べアンハート様がまるで仮面劇に出てくる、無表情な仮面のような顔となった。
そんな公爵に警部が言う。
「それが当時クラーラ女王陛下を担ぎ上げて、政治の実権を握ろうとしていた、ヤルンヴォルケ公爵家です。
そして以降ヤルンヴォルケ家は、黒い噂が絶えなくなりました」
これを聞き、部屋の中の空気は凍り付く。
誰も何も語らず、そして身じろぎ一つしない。
かつて、もう一人の国王と呼ばれるほど権勢に勢いがあった、ヤルンヴォルケ公爵の名前が出たことに対して、全員がショックを受けていた。
そんな中、警部が話を続ける。
「キナイデルがチーノかどうかは分かりませんが、アルバルヴェでの愛称の付け方は、名前の一部を短くして呼ぶと言うモノらしいですな。
キナイデルの文字の綴りを見ると、最初のキとナの文字を繋げるとチーノと読めます。
……そうなると私としては、疑わしいのですよ」
チーノの背後に、この国一番の権力者が居るかもしれないと言う話は、アルンスロット家の面々を凍り付かせるのは十分だった。
これを聞きどう判断するのか?
皆の目線がべアンハート様に集まる。




