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放課後奇 五 屋上

「七不思議?」

「学校の七不思議」

「映画の話?」

「違うよ」

 恵理は笑う。

「この学校にあるんだって」

「本当?」

「あるよ。里奈は知らないの?」

「だって私は帰宅部だし」

「関係ないじゃん」

「先輩とかと繋がりがない」

「里奈がドライだからでしょ?」

「恵理だってドライ」

「そうかな」

「そうだよ」

 少なくとも私と話している時点で変わっているのは間違いない。

 自覚しているのも少し変な話だが、私は変わっている。

 何がと言うか、恵理の言う通りドライなこと。

「見に行かない?」

「映画?」

「ちーがーうーよー」

 恵理はバタバタと机の下で足を動かす。

 普段は大人びているくせにちょっとしたはずみで子供っぽくなる。

「ななふしぎー。今日の、夜っ!!」

「えー」

 私は口を尖らせる。

 怖いからとか校則違反だよとか。

 そういうことじゃない。

 そもそも夜の学校に忍び込むのは校則以前に法律違反だろう。

「今日の夜はさ」

 口を尖らせるのには違う理由がある。

「お祭りでしょ」

 夏祭り。

 多くの人が楽しみにしている行事。

 私も例にもれずその一人。

「行くんじゃなかったの」

「どーせ去年と同じでしょ?」

「彼氏は?」

「やーすーみー」

 恵理は言葉と同時にぐーっと腕を伸ばす。

「彼氏は休み」

「風邪?」

「連絡しても返事がないんだもん。ま、どーせ夏風邪でしょ」

「ふーん……」

 恵理とは仲が良い。

 しかし恋路に首を突っ込むことはしない。

 何と言うか暗黙の了解。

 最も私には彼氏なんていないんだけど。

「一人で行く気だったの? 夏祭り」

「そー」

「変なの」

「ん」

 否定はしない。

 そして本人を前に億劫もなく変と言い切る恵理も変だ。

「どうせ夏祭りも去年と一緒だしさ」

「んー」

「何をするでもないんでしょ?」

「んー」

「ね? 生徒指導の教師も一週間ぐらい前から休みだし」

「んー……」

 どんどんと恵理の顔が近づいてくる。

 その端正な顔に見惚れてか。私は首を縦に動かしていた。


「こっちこっち」

 浴衣。

 ではなく、高校の制服。

 動きやすさを求めた結果。

「ここ、ここ」

 恵理は木陰に隠れながら手招きをする。

「塀自体は乗り越えるの簡単だからね」

 言葉通り、ひょいっと塀を乗り越える。

 少しだけ運動神経に劣る私は恵理の手を借りながら塀を乗り越える。

「ここの窓を開けておいたんだよね」

 カララ、と小さな小窓を開ける。

 確か掃除用具置き場の窓だ。

「警備システムが厳しいって聞いたけど……」

「ちゃーんと調べてあるよ」

 恵理は胸を張る。

「基本的には鍵が閉まってないと警備が来ちゃうんだけど」

「うん」

「ここはシステムが壊れてるんだよね」

 恵理は得意げに答える。

「この前さ、見ちゃったんだ」

「見ちゃった?」

「一週間ぐらい前かな。朝に来たら鍵が閉まってないの見ちゃったんだ」

「……朝に教師が開けたんじゃないの?」

「そうかなとも思ったんだけど、それだったら窓が開いてるはずでしょ?」

「閉まってたの?」

「ちょっと、一センチぐらい開いてたの……んしょ」

 恵理は頭から小窓に入り込む。

 なんてはしたないんだろうと思わずため息が出た。

「いいよ」

「ん」

 しかし私もはしたなく頭から小窓に入り込む。

「ほら」

「ん、ありがと」

 先に中に入っていた恵理の手を借りて学校内に侵入する。

「今の時代は中に入っちゃえばこっちのもんだから」

 そそくさと隠れることなく堂々と恵理は用具室の扉を開けた。

 明かり一つない学校内。

 時間が違うだけでここまで印象が変わるものかと今更ながらに驚く。

「さてさて」

 恵理は小さなメモ帳を取り出す。

「何?」

「七不思議が書いてあるの。まずはね……」

「まずは?」

「まず一つ目は動く初代校長の像」

「いきなり外じゃん」

「だね。いいやこれ」

 ビーっと線を引く。 

 いきなり一つ終わった。

「んじゃあ、次。夜なのになるチャイム」

「……捜しにいけるものでもないよ」

「ね。保留で次」

 早くも三つ目だ。

 しかしこの調子だとすぐに七つ終わってしまいそうだ。

「んーと、音楽室のピアノ」

「普通だね」

「とりあえず行こっか」

「ん」

 堂々と廊下を歩きだす。

 監視カメラなどがあるはずもない。

「職員室は入らないよー」

「何も言ってない」

「んふふ。入りそうな顔してた」

「してないよ」

「してたよ。里奈って結構、悪ガキだもん」

「恵理に言われたくない」

「私は優等生」

 どの口が言うのか。

 夜中に侵入の時点で優等生とは程遠い。

「職員室は扉開けるだけでブーッとシステムオン。ここは音楽室前」

 てーんと恵理は両手を広げる。

「聞こえる?」

「聞こえない」

 何が聞こえるのかも分からないけど何も聞こえない。

 だから聞こえないと答える。

「中に入らないの?」

「扉開けたとたんに警備員が駆け付けちゃうよ」

「……ねぇ」

「ん?」

「残ってる四つの七不思議ってどこなの?」

「んーと」

 恵理はメモ帳を開く。

「理科室に美術室に体育館」

「それってさ」

「ぜーんぶ、中には入れないよね」

「……呆れた」

「んふふ」

「最初から調べる気なんてなかったんでしょ」

「んー、まぁね」

 悪びれる気もなく恵理は薄い笑みを浮かべる。

「忍び込みたかった」

「もう……」

「いいじゃん。ね、こっち」

「まだあるの?」

 恵理に手を引かれて仕方なく歩き出す。

 暗い階段を上って、上る。

「……屋上?」

「そ。良く分かったね」

「分かるよ」

 屋上に通じる階段は一つだけ。

 わざわざ音楽室から遠い階段を上るのだからそれしかない。

「開いてないよ」

「甘い甘い。屋上は侵入者が入るルートに成りえないから警備システムがないんだよ」

「鍵は掛ってる」

「甘い甘い」

 ガチャリ、とドアが開く。

 恵理はニッと笑いながら銀色の鍵を見せびらかす。

「前にさー合鍵を作っちゃったんだよねー」

「いつそんなの作ったの」

「職員室にぶら下がってる鍵に粘土を押し付けて型を取っただけだよ」

「女子高生がやることじゃない」

「最近の女子高生はませてるってよく言うじゃん」

 それはファッションとか化粧のことだ。

 合鍵を作る技術じゃない。

「ほらほら」

「……もう」

「綺麗だよ?」

 言う通り、綺麗だった。

 天の川。

 この田舎ではまだうっすらと見える。

「ほら、祭り会場」

 恵理の指差す先。

 一際と明るい場所。

 縁日の明かり。

「……そう言えば七不思議の最後の一つ、言ってなかった」

「そうだっけ」

「うん」

 恵理はメモ帳を取り出す。

「屋上の貯水塔に浮かぶ死体」

「いきなりリアルだね」

「ね」

「見るの?」

「……」

 恵理は貯水塔を見上げる。

 上って懐中電灯で照らせば中は見えなくもないだろう。

「……んー」

 その時だ。

 轟音。

 夜空に光が満ちる。

「……」

 乾いた大砲のような音。

 広がる赤い花。

「いいや」

 その音にかき消されながら恵理は答えた。

「別にいい」

「そ」

 私も答える。

「それがいいよ」

 七つ目は見ない方がいい。

 もし、私の記憶が正しければあの中には……。

 赤い花が空を彩る。

 縁日の近くでも赤い光が輝いている。

 喧嘩でもあったのだろう。

「ねぇ」

 私は夜空を見上げたまま口を開く。

「彼氏のお見舞いはしなくてもよかったの?」

「今更聞く?」

「何となく」

「いいよ、別に」

 理恵は答える。

「一年に一度のお祭りだもん」

 夜空を色とりどりの花が彩る。

 全てを包み、焼き尽くすように。

 大地でも赤く。

 赤く。

 

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