第11話 変質
佐伯真帆は、休憩地点の入口近くにいた。
男から、少しでも離れていたかった。
信用できなかった。
全ては突然だった。
西園寺ルカの首が落ちた。
鬼塚美鈴が倒れた。
久我亮も、もう動かない。
藤堂優斗が叫んだ。
逃げろ。
佐伯は走った。
元来た道を戻るように、森の奥へ。
枝が頬を掠める。
足元を見る余裕はない。
根を踏む。
落ち葉を蹴る。
息が喉に刺さる。
疑っていた。
あの男はおかしい。
でも、言葉にできなかった。
止められなかった。
背後で、藤堂が戦っている。
佐伯を逃がすために。
怖い。
止まれない。
でも逃げたくない。
走りながら、涙が出ていた。
それでも足は止まらない。
止まれば、藤堂が残った意味もなくなる。
十五メートル。
本来の感知域を超える。
そこで終わるはずだった。
だが、途切れない。
背後の衝突が届いている。
踏み込み。
打撃。
刃の移動。
湿った土を噛む足。
二十。
三十。
四十。
範囲が拡張している。
情報が増える。
処理しきれない。
なのに、止まらない。
離れるほど、戦闘は鮮明になる。
目で見ているわけではない。
土を踏む圧。
骨の向き。
筋肉の縮み。
刃が空気を裂く線。
革鎧の内側でずれる重心。
散らばった情報が、佐伯の中で人の形になる。
藤堂が押す。
男の重心が崩れる。
膝が沈む。
靴底の圧が変わる。
倒れる。
違う。
倒れながら、動いている。
ブーツの内部。
刃物。
「藤堂くん、だめ!」
声が出た。
その瞬間。
半径が跳ねる。
五十。
倒れ込む男の足が見える。
百。
森の起伏が開く。
二百。
枝の震えが並ぶ。
三百。
血流が走る。
五百。
呼吸が割れる。
七百。
八百。
九百。
一。
世界が組み上がる。
音。
光。
湿度。
重さ。
熱。
脈。
足跡。
血。
呼吸。
全部が位置を持つ。
全部が意味を持つ。
収束。
佐伯は立ち止まる。
足の震えが消える。
喉の熱が落ちる。
涙が止まる。
藤堂が見える。
男が見える。
森が見える。
逃げ道が見える。
死が見える。
佐伯真帆は、視る。
逸らさない。




