第717話 反抗的な患者を力ずくで止めるのもお医者さんのお仕事
「杉本圭吾か。その名前、転生者か?」
「ああ、わかるか? 俺は転生者だ」
運良く同行することとなったルフにそれを明かす。
特に気にした様子もないのは転生者という存在が珍しくないためか、それともルフが細かいことを気にしないためか。
どっちもだろうな。この世界、あの女神によって転生者が大量に送り込まれているみたいだし。
そもそも前世の死因がモンスターによる襲撃? 神くらいのもんだろ。そんなことできるのは。
「どうした?」
「いや、神様っていうのも信用できねえなって思っただけ」
何企んでるのか知らねえけど、せいぜい利用されてやるとしようか。
俺たちみたいな転生者が他にいる可能性だってある。
だとしたら、アイテムや味方キャラクターのリソースは限られている。
そんなものを人間同士で奪い合うのはごめんだ。
争いの原因となる魔王軍は、さっさと倒させてもらおうじゃないか。
「っと、行き止まりだな」
「というよりは終着点だろうな」
「ああ、たぶんここが最奥のボス部屋だ。準備はいいか?」
「無論だ」
頼もしいねえ。それなら気負わずに入らせてもらおうじゃないか。
俺一人でも問題はない。そこにルフもいるのならなおさら問題にならない。
十魔将くらいなら倒せるし、四天王でもなんとかなるだろう。
さすがに魔王は弱体化させておきたいが、たぶんこのまま魔王と遭遇してもなんとかできる。
女神の加護というゲームになかった仕様は、ゲームバランスを壊しかねない力なのだから。
「テラペイアか」
「名乗った覚えはないが……まあいい。さっさと終わらせてもらう。こちらには待たせている患者がいるのでね」
そうそう。そういう感じだったなこのガルーダ。
ガタイのいい姿からは戦士のような印象を受けるが、こいつは魔王軍の医者だ。
放っておいたら魔族を次々と復活させる危険な敵だ。
ここで遭遇できた以上は放置する理由はない。
……こちらが不利だった場合は話は別だが、引き際は戦ってみて見極めるべきだろうな。
「接触攻撃に気を付けろ。体内の魔力を操作され……。いや、なんでもない」
運がいい。こちらの味方はルフじゃないか。
魔力がまったくないという珍しいキャラクターである彼は、テラペイアの魔力操作などまるで効かない。
なら俺のほうはというと、こちらはこちらで何も問題はない。
臆せずに戦える。それだけでもだいぶやりやすい相手だな。
これなら撤退すべき危険性はなさそうだ。
「おっと」
考え事をしている間に敵は動き出してしまう。
こちらに複数のメスが投擲されるが、まあ俺もルフも問題なさそうだな。
ゲーム中では隙も少ない嫌な牽制技だったが、こうして対峙するとずいぶんと印象が変わって見える。
というよりも、やはり加護のおかげで強気に出られるのが大きい。
「畳み掛けてやるよ」
とはいえ、ちまちまと無限にメスを投げられるのは面倒だ。
幸いなことにこちらにはルフもいる。
二人がかりで接近戦に挑めば、相手もそんなもの投げている暇はないだろ。
ルフの刀がテラペイアを両断すべく横薙ぎに払われる。
だが、相手はそんな攻撃を逸らし、いとも容易く対処してしまった。
左手には投擲用のメス。右手にはなんとも物騒な爪。
……いや、爪というかあれもメスか? 右手に着けた手甲のような装備は、指の一本一本から鋭利な刃物が生えている。
あれらの刃で攻撃を防ぎ、こちらの身体を切開していくということだろうな。
「近接での戦いもできるのか」
「ああ、あいつは無難にどの距離でも強いぞ。気を付けろ」
医者のくせになんで強いんだよ。
まあ、ゲームのボスキャラである十魔将の一人なのだから当然か。
こいつ相手に安全な距離などない。腹を括っていずれかの距離で戦うと決めるべきだ。
「ま、なんとかなるだろ」
だから俺たちは接近戦へと持ち込んだ。
あの物騒な爪は右手だけ。左手側から攻撃をするぶんには幾分か安全だ。
「ルフ。お前は右から攻撃しろ」
だから、俺はルフを左手側から攻撃させる。
あの爪は俺が引き受ける。俺ならば、あれで切り裂かれることも抉られることもない。
「うん……?」
相手も手応えのなさに違和感を覚えたのだろう。
こちらへの攻撃は諦め、ルフに向かってメスを複数投擲する。
「効かん」
だが、ルフならその程度は至近距離でも対処可能だ。
飛んできたメスを弾き、あるいは皮一枚で回避する。
いいな。このままなら、二人がかりで一気に攻められ……。
「……」
「ルフ?」
ルフがその場で崩れ落ちる。
なんだ? 相手の手にはメスが握られている。
……状態異常? ルフの症状は麻痺に似ている。
やべっ、すぐに回復を。
「……」
無言だった。
無言で淡々とルフの腹を引き裂き、ルフも麻痺で喋れないのか無言でそのまま命を落とした。
テラペイアが軽く腕を振ると、爪の先についた大量の血が地面へと飛び散る。
「趣味悪いなあ。先生」
「趣味? 実用性が全てだ」
だろうな。凶悪な爪の装備。
それはイピレティスのように猟奇的な理由による武器ではない。
五指のメスは、彼にとって一番効率よく敵を解剖しやすいというだけなのだろう。
「にしたって、間近でそんなもん見せられたら気も滅入るってもんだ」
「ならば撤退するかね? あるいは降伏か」
「冗談言うなよ。俺より弱い相手に、どうして降伏する必要があるんだ」
ルフには悪いが、俺は一人でもテラペイアくらいなら倒せる。
ここまでのやり取りでそれはよくわかった。
ならば十魔将撃破のために、加護も装備もフル活用させてもらうとしよう。
◇
動じないか。
リグマが化けたルフが目の前で死んだというのに、相手の自信は揺るがない。
自身の加護や知識によほど自信があると見える。
「っと!」
メスを投擲しても通じない。
直線的な攻撃だからか? 牽制にもならないのは、なかなか面倒なものだな。
ならば爪で抉ろうとするも、相手には攻撃がまるで効いていない。
「……防御系の加護か」
まあ確認するまでもない。
レイがすでに暴いている。そのうえで私と戦わせているのだからな。
だからこれは、戦闘中に私が気付いたという演技にすぎない。
相手の力は何も分かっていない。対処法も理解できない。
そう思わせることで撤退という選択を奪い、相手は私と戦うこと以外できなくなる。
……敵よりも味方のほうが恐ろしいな。
こうも事前に聞かされた通りに事が進むと、さすがに少々ゾッとする。
それだけ入念に敵を観察したということだろう。
……モンスターたちが、そのための犠牲になっているのだろうな。
負傷していたとすれば、私の治療が必要となる。
「患者が待っている。至急終わらせる」
「できるかな? お前が俺を倒しきれると思わないが」
いい反応だな。
自身の優位を疑っていない。であれば、このままレイの策通りに進めさせてもらおう。
「そのメス。麻痺みたいな効果があるんだろ?」
……まあ、見抜くだろうな。
ルフを模したリグマを退場させるにも、説得力というものが必要になる。
動けなくなり殺された。相手にそれを見せたのだから、気付かれて当然だ。
「それで俺の動きを止めて、その凶悪な爪で俺のことも引き裂きたいんだろ?」
よく喋る男だ。
余裕なのか、それともそういう戦闘スタイルなのか。
「まどろっこしい真似してないで、その爪で攻撃してみろよ」
……言われるがままに攻撃をする。
相手はその攻撃を弾くことなく直撃してみせた。
「これでわかったか? お前の攻撃は通じない。であれば、俺が負けることはない。諦めてくれたら楽なんだけどなあ。十魔将」
渾身の攻撃で顔面を抉り潰して引き裂こうとした。
だが、相手には傷一つない。
嫌になるな……。無敵の防御というやつか。
私以外の十魔将もそれに近い能力者と当たったそうだが、目の当たりにすると女神の加護というものの恐ろしさが嫌になる。
まあいい。それすらもレイはすでに暴いている。
仲間たちはそれらも突破している。
私もそれに続かせてもらうとしようじゃないか。




