第653話 片手では数えきれない
「志乃ちゃんもすっかりと地底魔界に馴染んだねえ」
「うん」
たしかに、来たばかりのときはロペスかクララの後ろに隠れていたからな。
今では時任が相手でもこうして警戒せずに話せる程度にはなっている。
「魔王軍の人たちいい人たちだもんねえ」
「うん」
「志乃ちゃんは魔王軍の誰が好き?」
「ロペスとクララ」
そりゃあそうだろうな。
聞くまでもないことだ。なので時任からしたら、その二人以外という意味だったのだろう。
「あ~。やっぱり、パパとママが一番だよねえ」
「保護者な」
「パパとママが一番だよねえ」
「おい」
ロペスの抵抗むなしく、時任の中では志乃はロペスとクララの娘という扱いにされてしまった。
言っても無駄だと思ったのか、ロペスがそれ以上追求することはなかった。
「でも魔王軍の人たちもいい人」
「だよねえ。マギレマさんとかご飯もおいしいからね」
「うん。マギレマさん、ご飯がおいしいから好き」
「ありがとね~」
厨房にも話は聞こえていたのか、マギレマさんの声だけがこちらにも届いた。
たしかに、マギレマさんはあまり癖がなくいい魔族だからなあ。
他の魔族が悪いとかではなく、魔王軍って比較的癖が強いのだ。
「江梨子ちゃんは、ゲームで魔王軍のこと知ってるんだよね?」
「前も言ったけど、ほとんど知らないわよ? あのゲームすぐに諦めたもの」
「そういえばそうだっけ」
うちの唯一のゲーム知識持ちの奥居だが、残念ながらほとんど何も知らない。
だが、他の転生者に比べたら多少なりとも何か知っていることは事実。
なので周りも、奥居の知識について多少なりとも興味を示しているようだ。
「そもそも魔王軍って、ゲームでそんなに凶悪だったのかい? なんつうか、倒すべき悪みたいな扱いされてそうだけど」
「たしかにゲームでは人類を侵略しようとしていたけれど、現実では平和そのものなのよね」
「だよなあ。地上を侵略する気配すらないし、そこは現実とゲームの違いってことかねえ」
「ゲームとイメージが違うからね。魔王軍とか恐怖の象徴かと思っていたし」
トップがあれだもんな。
フィオナ様に恐怖の象徴は荷が重すぎる。
魔王軍のゆるキャラだ。あれは。
「いい人ばかりだよねえ」
「ええ。それは間違いないわ」
「リピアネムさんとかかわいいよね」
「ゲームでは冷静そのものだったんだけど、こっちではどちらかというと芹香に似ているところがあるわね」
「え、私もかっこいい系女子目指せるかな!」
「そういうところ」
「そっか~。かっこいいウサギ時任……」
たぶん違うぞ。
そういうポンコツなところが似ていると言われているだけだ。
「リピアネムの姐御、仕事熱心だよなあ」
「それに当然というかかなりの強さだよね。ロマーナ先生どころかダスカロス先生さえ勝てないって、相当のものだと思うよ」
「うむ。四天王最強らしいが、それも頷ける」
強くてポンコツだからな。
魔王様もそうだが、強いとポンコツというデバフがかかる世界なのだろうか?
女神もポンコツというか邪悪だし、意外とそういうルールなのかもしれない。
「リピアネムさんのいいところは、強くてかっこよくてかわいいところってことだね」
「そうだね~。私たちが訓練してるときもアドバイスしてくれるし」
「特に武巳は剣で戦うから、勉強になっていそうよね」
面倒見はいいんだよな。
これで暴走さえしなければ。
「じゃあピルカヤさんのいいところは?」
「そりゃあもちろん、あの向上心だろうな」
「あ~。なんというか、仕事命って感じだよねえ」
「魔王様への忠誠心は誰よりも高いかもしれんな」
精霊って気まぐれな性格らしいが、ピルカヤを筆頭にうちの精霊は仕事熱心な者ばかりだよな。
ピルカヤは精霊に似つかわしくない性格で、手柄に執着するタイプだし。
「あと、接しやすいよねえ」
「ピルカヤの旦那とリグマの旦那はそんな印象だよな」
「リグマさん、こっちの仕事をフォローしてくれるのも助かるわ」
「怠惰なのかと思ったが、どうにも生真面目な方だな。リグマ様は」
根は真面目だからな。
アナンタの本体ということもあり、それがリグマの本質なのだろう。
ただ、休息を求めているのも本当なので、適度に休みは与えないとまずい。
いや、これはリグマに限った話でもないか。
「プリミラさんのいいところは?」
いつしか四天王の印象というよりは、魔王軍の面々のいいところについての話になっていた。
プリミラのいいところか……。
真面目で世話好きで、万能になんでもこなせるところかな。
「プリミラ様。私に植物の世話させてくれた」
「志乃ちゃん畑に通って何かしてると思ったけど、そんなことしてたんだね」
「プリミラの姐御が面倒を見てくれてるんだよ。たしか花を育てているんだっけ」
「プリミラさん、冷たそうだけど優しいよね」
「それに魔王軍の人たちから頼られてるわ」
困ったらプリミラに頼ればだいたいなんとかなるからな。
その結果、フィオナ様や俺にお小言が飛ぶ時もあるが、あれはきっとアナンタが告げ口をしていると踏んでいる。
そんな転生者たちの話は、十魔将や幹部ではない魔族たちにまで移り変わっていき、いつまでも話題は尽きないようだった。
さて、俺は食事も終わったことだし、フィオナ様のところに戻るとするか。
そうして席を立った俺が最後に見たのは、転生者たちに褒められて機嫌を良くしたマギレマさんが、特製のデザートを振る舞っている姿だった。
◇
「という話がありました」
玉座の間に戻りフィオナ様に一連の話を伝える。
フィオナ様だけでなく、四天王や一部の十魔将もいたので、彼ら彼女らもまんざらでもない様子だ。
「トキトウちゃん、裏表なく褒めてくれるよなあ」
「はい。なので本心なのでしょうね」
「つまり、私とトキトウが似ているというのも本心で語っていたということか」
「リピアネムさん、戦い以外だと抜けてるからね」
「なんだと!?」
ピルカヤの言葉にリピアネム以外は反論しない。
つまり、そういうことだ。
四天王も十魔将も楽しそうに笑っているので、リピアネムも諦めて口角を上げることにしたらしい。
そんな部下たちの様子を見て、フィオナ様は穏やかに微笑んでいる。
「そういえば、レイ様のいいところも話していたんですか?」
「いや、俺やフィオナ様の話題になる前に立ち去ったから」
さすがに自分の話題になったら、そのまま聞いていなかっただろうし。
「レイのいいところか~。なんでも徹底的にやるところかな?」
「現場主義で、部下の様子をよく見てくれるのも長所だな」
「私たちを従える者としてふさわしいところだな」
「レイ様はお一人で住みよい場所を作ろうと常に考えてくれています。加護を抜きにしても素晴らしい方です」
そういう褒め言葉がむずがゆいから、話題にならないうちに立ち去ったんだけどなあ……。
「魔王様はレイのいいところ、どこだと思います?」
「私ですか? そうですね……」
ピルカヤの問いかけに、フィオナ様は口元に手を当てて考え始めた。
まあ、宝箱を出してくれるところとか、抱き枕として扱いやすいとか、そういうところだろうな。
「……」
四天王と十魔将がその答えを見守るも、なかなか口は開かれない。
「……」
……えっと。
まあ、そうだな。あまり無理していいところを探させるのは申し訳ないよな。
ないならないで、この問いかけを終わらせるべきだろう。
無理しないでいいですよとフィオナ様に伝えようとすると、フィオナ様は大きく息を吐いた。
「駄目ですね。いっぱいありすぎて、とても一つには絞れません」
「……」
そういうところずるいと思う。
「おや? レイ、どうしました?」
「なんでもありません」
「ですが、顔が若干赤いような」
「なんでもありません」
心なしか、フィオナ様と俺のことを今度は四天王と十魔将が穏やかに微笑みながら見ている気がした。




