第649話 誰も言い出せなかったあなたの悪癖
「ああ、たしかに先代魔王様は迫害に対抗するために魔王軍を設立した」
「なるほどな」
「……レイ」
「どうした?」
ダスカロスに話を聞くと、だいたい予想通りの答えが返ってきた。
しかし会話の途中で、何やら言いにくそうに言葉を選んでいることがうかがえた。
もしかして、あまり話したくない内容でも……?
「真面目な話なんだろう?」
「ああ。だから真剣に聞いている」
別に悪ふざけをしているつもりなんてないし、茶化したりはしていない。
魔王軍やフィオナ様のことを知るために聞いているだけだからな。
「……無意識か?」
「なにが?」
なんだろう。
普段のダスカロスならもっとはっきりと言うのに、なんだか今日は言いにくそうだな。
「君、私の尻尾をずっとつかんでいる」
「……ごめん」
しまった。話に聞き入っていたせいで、つい尻尾を握りしめていたようだ。
道理で手の中がふわふわして気持ちいい感触だと思った。
「気を付けなさい。君、私たちに気を許しているせいかそういうことが多いぞ」
「え、そんなに何回も尻尾を触っていたっけ?」
「私だけではないが……。まあ、本人が嫌がっていないので、止めるのも違うのかもしれないな」
途中でそう考えなおしたせいか、ダスカロスは話も終えて去っていった。
待って。俺、誰の何を触ってるの?
◇
「ということがあったんだよ」
「なるほどね~。たしかに、レイくんそういうところあるからね」
昼食ついでにマギレマさんとそんなことを話していると、何やら心当たりがありそうな反応が返ってきた。
え、ダスカロスに賛同するの? ということは、本当に俺は似たようなことを誰かに?
「マギレマ。詳しく聞かせてください」
そしてそんなマギレマさんの話を、俺よりもフィオナ様が聞きたがっている。
なんでそんなに真剣な表情なんですか。
「えっと~。アタシの足をかわいがってくれているのは意識してる? それとも無意識?」
「……意識してると思うよ?」
そもそも向こうから抱きついてくれるわけだし。
そのまま顔を舐めてくるから、俺は俺で頭をなでたり抱きしめたりしているだけだよ。
「すれ違いざまに頭をなでてあげるときも意識してる?」
「……この子たちが飛びかかってるときの話?」
「じゃなくって、この子たちも大人しくしてるとき」
おかしいな。基本的には向こうから懐いてくれて、俺はそれに応じているだけだ。
「レイくん、アタシと会ったときは毎回この子たちかわいがってるっしょ?」
「え~と……覚えてない」
「つまり無意識と……。なるほど、これはマギレマ以外も怪しいですね」
「ですねえ……」
まずいな。ダスカロスの言葉が信憑性を帯びてきた。
俺は知らず知らずのうちに魔王軍の者たちを触ってきたのかもしれない。
「レイくん考え事すること多いから、そのせいですかね?」
「ありえますね。ふむ、となると他にも聞いてみましょう」
まずい。俺の罪が、魔王様主導で白日の下に晒されてしまう。
だが受け入れるべきなんだろうなあ……。
考えに没頭するあまり周りが見えなくなるのは俺自身問題だと思っているし、今後改善していこう。
◇
「なるほど。それで食堂に集まっていたのですか」
「別におじさんは気にしてないけどねえ」
待って。すでに余罪が明らかになった気がする。
気にしてないってことは、俺はリグマのことも触っていたってことか?
俺の視線に気付いたのか、リグマは頬をかきながら発言を続けた。
「ほら、レイくんってダンジョンのこと考えるとき無心になるだろ?」
「まあ、そこは自覚あるけど」
「おじさんの胴体に腕つっこんでたぞ」
「殺す気かよ」
「いや、スライムだからひんやりしているんだろうな」
なるほど。何をしているんだ俺。
だが同時に納得もする。モンスター園でもスライムは、ひんやりとした感触が気に入られているからな。
「わ、私も……」
「ええ……。プネヴマも?」
「その……肌が冷たいのか、頬に触れてもらって……あの……私、幽霊なので……」
たしかに、プネヴマもひんやりしているからな。
リグマとどっちがいいかはそのときの気分次第、そしてどちらが近くにいるか次第なのだろう。
「ただ、この子の場合はその後に確実に気絶するので、使い捨てです」
「つ、使い捨て……!?」
「ちなみに私は牙の感触を気に入っていただけているようです」
「え、前に一回触らせてもらったけど、それ以降もだっけ……?」
あの一回限りじゃなかった?
……エピクレシとは、アンデッドに関する実験で話すことも多いよな。
もしかして、そこで思考に沈んでいるときか。
「ええと、無意識だとはわかるんですよ? 近くにいると私の口元を人差し指でなぞるので、ちょっと口を開くと牙まで……」
「ごめんなさい」
「い、いえ! 私は気にしていないといいますか。の、望むところですので!」
「ほう?」
「いえ! 違うんです。魔王様! 血は吸っていません!」
いっそ吸ってくれていい。
そこまでしてしまったのなら、血の一リットルや二リットル……は死ぬか。
一リットルまでなら飲んでも罰は当たらないだろう。
「余罪は多そうだな……」
「つ、罪だとは思ってませんよ?」
エピクレシはかばってくれるが、それは俺が宰相という立場だからだろう。
権力を使ってこのような発言をさせるのは、魔王軍の規律が乱れる。
「尻尾といえば、私の尻尾もたまに握られるな」
「え、そんな危険なことを無意識で?」
「待ってくれレイ殿。私の尻尾は危険ではないぞ?」
いや、リピアネムの尻尾というと、あちらはあちらで無意識で力いっぱい振るときがあるだろ?
あれに巻き込まれたら、俺みたいなやつは怪我とかしそうなんだけど……。
そんな尻尾を俺は俺で無意識でつかんでいるのか?
「リピアネム様は、レイ様が触れるときは尻尾の動きを止めますので」
「ああ。そのほうが危なくないし、いっそずっとレイくんに握っててもらえば?」
「私はそれでも問題ないが」
いや、問題だから。
尻尾をつかんで遠くに行かないようにするとか、ついに犬と飼い主みたいになるから。
「そういえば、プリミラも翼を触られているな?」
「はい。ですが慣れました」
「慣れるほど……」
その後も出るわ出るわ、四天王と十魔将たちからの被害報告。
「ボクは全身が炎だから、リグマさんみたいにたまに手を突っ込んでるね」
「私も翼だな。ガルーダなのでプリミラとは別の翼ということだろう」
「僕はさりげなく耳が触れやすい位置に移動してますね~」
「私はリピアネム様と違い尻尾ではなく鱗だな」
余罪がすごい!
それを聞くたびにフィオナ様の表情が険しくなっていく。
当然だ。宰相による無差別なセクハラが明るみに出たのだから。
仕方ない。その怒りも処罰も甘んじて受け入れよう。
そんな気持ちで魔王様からの沙汰を待つと、ついにその怒りが爆発した。
「なんですか! なんで、私以外とそんなに仲良くしているんですか!」
ただし、なんか思っていた怒りの内容じゃない。
「私は無意識で触られたこと一度もないんですけど!」
「いえ、フィオナ様」
「私にも角とかあるんですけど~!?」
部下へのセクハラを怒るのではなく、自分だけ仲間外れだったことを怒っているな。これは。
「というわけでどうぞ!」
「いや……」
そんなこちらの手を広げて、なんでも受け入れるみたいなポーズをとられても……。
というか、部下のセクハラを聞いて自分だけされてないって言ってるのわかっています?
今、自分にセクハラしろと強要している上司になっているんですよ?
「ええと……それでは」
とりあえず角に触らせてもらう。
なんかすべすべしていて気持ちいいな。
「ん……。う~ん?」
ただ、フィオナ様はどこか納得していないような、疑問を浮かべたような顔と反応を見せる。
「駄目です。無意識に触ってください」
「そんな指示をされると余計に意識するんですけど」
「それでも私も無意識に触ってほしいんです!」
何て滅茶苦茶なことを言うんだ。この魔族は……。
もしかして、そういう無茶な命令をするというのが今回の罰なのか?
ならば俺に拒否権などない。
この後、魔王様が満足するまで角や頬などに何度も触れることになった。
何度やっても無意識になんてできないのでやり直しが要求され続け、食堂に集まった他の魔族には温かい目で見守られてしまった。
なるほど……この羞恥が俺への罰ということか。




