第650話 普段から触られて慣れただけ
「レイくんも同じ目に遭えばいいんじゃないの?」
それは、リグマの発言から始まった。
何を言い出すんだこいつと思いながら見ていたが、どうやら周囲は俺とは違う考えらしい。
「なるほど……。一理あるかもしれん」
ないよ。理なんてない。
大丈夫かダスカロス。
「え、お触り解禁ですか!?」
お前いつも触ってるだろ。イピレティス。
いや、むしろ触られている?
どうなんだろう。基本的には向こうから抱きついて、頬をくっつけてくる感じだからな。
同性だとわかってからは、なんか遠慮なくくっついてくるようになったし。
「つまり、人体実験が許可された……?」
エピクレシはそれでいいや。
彼女なら変な研究はしない……するけど、俺に利がある結果になりそうだし。
最悪アンデッド化したとしても、フィオナ様なら手元に置いてくれるだろう。
「ふむ……」
「ちょっとみんな悪ふざけしすぎっしょ。魔王様が怒るよ?」
そう。マギレマさんが良いことを言った。
あまり悪ふざけをしていると、さすがのフィオナ様だって注意の一つもするだろう。
こんなんでも魔王だし。
「同性の場合はセーフですね」
「やった~!」
イピレティスがすっごい触ってくるんだけど。
お腹はくすぐったいからやめてくれないかなあ。
というか、何をしれっと許可出しているんですか。あなた魔王ですよ?
魔王が許可したとなると、それに便乗されて……。まあいいか。
便乗してくるのなんてイピレティスくらいだろうから、いつもと変わらないし。
「ということで、女性陣が触れるときはレイを性転換させるように」
「え」
なにそれ。どんな指示?
「いいんですか? 魔王様」
「同性なら安心ですからね」
なにその理屈。
というか、俺が女性になっているときにやたらとべたべた触ってくるのって、そういう理由?
なるほど。女性同士ってあれくらいが普通のやり取りなんだろうなあ。
「いっそ時間帯で性転換させておけば、手間が省けるのではないでしょうか?」
「さすがダスカロスですね。その案でいきましょう」
ダスカロスまでおかしくなってる。
さては転生者が気付かないうちに攻撃しているな?
◇
「というわけで、気にせずにダンジョンを作ることにした」
「するな」
だってしょうがないじゃないか。
今俺にできることなんてないんだから、いつも通りかつ有事の際のためにダンジョンを強化する。それが当然だろう。
「強化するって言っても、どのダンジョンをどうやって強化すんだよぉ」
「全体的に難易度アップ? ……なんだよ」
「お前、言っても止まんねえんだもん」
だからといって、俺の目に手のひらをかざさないでくれ。
これでは何も見えないじゃないか。
「視界が閉ざされたら落ち着くかと思ってなぁ」
「犬か。俺は」
たしかに、リピアネムとかフィオナ様とかが暴走しそうなときは、俺も似たようなことして落ち着かせるけれど。
……アナンタってスライムだから、手のひらがひんやりしてるよなあ。
「言って止まらないならこうしたほうが早いだろ?」
「それで止まる俺だと思うなよ!」
「なんで余計にやる気になってんだぁ! お前は!」
あ、やめろ。メニューを選択する指を抑えるな。
アナンタめ。なんか今日はやけに力ずくじゃないか。
「魔王様がお前に自由に触れていいと言ったのは、俺にこうして力ずくでお前を止めろという意味だと受け取ったぞぉ!」
「フィオナ様がそこまで考えて発言すると思っているのか!」
「お前、それはそれでとんでもないこと言ってるからなぁ!」
くそっ、さすがは四天王の分体だ。
力ずくで押さえつけられたら抵抗すらできない。
一見すらっとしているけれど筋肉がついているし、俺では敵わないと思い知らされた。
いや、騙されるな。スライムだからあの筋肉は見せかけのはずだ。
「お前、抵抗すんなってぇ!」
「なんかアナンタがレイくんに乱暴してる」
「人聞き悪いこと言ってんじゃねえぞぉ! 本体!」
「え~、アナンタ様ずる~い。ボクもレイ様のこと触りたいのに~! というか触られたいのに~。触ります? 今ならどこでも触り放題ですよ?」
なんかぞろぞろと男性陣がやってきた。
あとイピレティス。お前は今ならじゃなく、いつでも触り放題じゃないか。
「ふむ。うまくいっているようだな」
「ダスカロス。うまくいっているって?」
「普段のアナンタは口頭での注意しかできなかった。だが、魔王様がレイに触れる許可を出したことで、このように力ずくで止められると思ってな」
「おのれダスカロス」
「君、言動が魔王様に似てきたな」
なんでだろう? いつも一緒にいるから移ったのかもしれない。
「でも少し安心した」
「安心?」
「いや、フィオナ様がアホなこと言ったのにダスカロスまで乗ったから、みんな本気で俺に過剰に触れようとしているのかと思って」
「それはイピレティスくらいだろうな」
「さわりま~す!」
イピレティスのそれは、もはや触るとかじゃなくて俺の匂い嗅いでるだけじゃないか。
まあ、イピレティスはいいや。いつもと変わらないから気にならないし。
「とにかく、無意識にダスカロスの尻尾とか触ったことへのお仕置きじゃなくて安心したよ」
「ああ。それなら私たちである必要はないからな。なあ?」
「だなあ。おじさんたちは特に気にしてないけど、そうじゃないやつも多いし」
リグマやダスカロスは許してくれているというか元から怒ってはいない。
だけど、そうではない者もいるということか。
「……もしかして、怒ってる魔族が?」
「いやあ? 怒ってるというか、これ幸いとレイくんの体に興味津々だと思うよ。女性陣は」
「そろそろ時間だな。アナンタ、一度離れなさい。レイを性転換させる」
「……まぁ。なんだ。がんばれよ」
待って怖い。
さっきまでと違う。なんかアナンタが俺を同情する目になってる!
◇
「た、魂に……触れたい……ですっ!」
「え、死ぬの?」
「プネヴマならそんなミスはないと思いますよ」
うわ、なんかぞわっとした。
もしかしてこれが魂に触れられているということなのか?
そんでエピクレシはエピクレシで、私に色々な器具を取り付けて何かを測定しているし。
「ふむ……。大きいですね」
「セクハラだぞ」
「女性同士なら大丈夫です! そうですよね? 魔王様!」
「許します」
許すな。魔王軍でセクハラが発生していますよ!
しかも魔王様の目の前で堂々と!
……駄目だ。心を無にしよう。エピクレシ、わざと変な触り方してない?
「レイちゃん。今日こそあなたに似合う衣装を作らせてもらうわよ。エピクレシ、ついでに採寸してちょうだい」
「ええと……。ふむ、大きいです」
「それはわかったから! 具体的なサイズをお願い」
ラプティキさんは比較的まともかもしれないな。
ここぞとばかりに触れてこないだけで、だいぶまともに見えてくるのだから不思議なもんだ。
そうして、なすがままになっていたところ。
マギレマさんの犬たちは普段と変わらずに顔を寄せて舐めてきた。
「もう私にはあなたたちだけだよ。……え、なんかいつもより激しい。え、なんで?」
なんかいつもより舐めてくる!
というか、いつも口元までは舐めてこないじゃん!
ああ……よだれでべとべとに……。
「ごめんね~レイくん。いや、レイちゃん。この子たち、いつもは少し遠慮してるから」
「ええ……。なんで今日は遠慮なくなってるのさ」
「だって、今日のレイちゃん女の子だし。この子たちも女の子同士ならいいと思ったんじゃない?」
そういうものなのか。
私の味方がいない……。仕方ない。このまま魔王軍のおもちゃとして、しばらくはなすがままになるとしよう。
◇
「散々な目に遭いました」
「でしょう? なのでレイも気を付けないといけませんよ? 無意識とはいえ、みだりに触れてはいけません」
「そうですね」
当然のことなので何も言い返せない。
不幸中の幸いなのは、誰も怒ってはいなかったということくらいか。
「さて」
「え、なんですか? なんで近づいてくるんですか?」
「だって私はまだレイと触れ合っていませんから」
もう散々もみくちゃにされた後なんですけど……。
駄目だな。きっとフィオナ様はその程度では止まらない。
仕方ない。もうしばらくだけ我慢するか。
「……」
「……」
なんだろう。なんか、他のみんなよりも控えめというか優しいというか。
色々な部分をまさぐられていることは確かなんだけど、今までよりはだいぶ負担も少ない。
「ほら、私は慣れていますし一番安全でしょう?」
「……悔しいことに言い返せません」
「ということで、これからも私に触れられるのなら安心ですね?」
「まあ、そうなんですかね?」
なんか騙されているような気がする……。
だけど、フィオナ様が相手の場合はそこまで負荷もかからないんだよなあ。
「どうですか? これからもみんなに触られたいですか? それとも、私だけに触られたいですか?」
「……フィオナ様がいいです」
「でしょう? 正直に言えましたねえ。ほめてあげます」
絶対に騙されている。
だけど、今の私にはそうやって抵抗するだけの気力もなかった。




