第619話 あの頃の子供たちはきっと立派にやっている
「……」
「……」
目の前にはガキが一人。
ハーフリングってわけじゃねえな。こりゃ、本物の人間のガキだ。
女王様と買い出しに来たは良いが、ちと厄介なものを見つけてしまった。
「どうしたんだい? 足を止めて」
「いや、まあ……」
「もしかして、あの人間の子供が気になるのかい?」
「まあなあ……。女王様は、気にならないのか?」
気になっていなさそうだな。
意外だ。彼女は自分よりも他人を優先するほどの善良な者だというのに、目の前で痩せこけているガキには興味がないらしい。
「ああ、食べるものがなくて飢えるなんて、そう珍しいものでもない。そうだろ?」
「そりゃあ、そうなんだろうけどなあ……」
ドライだ。その目には何の感情もない。
心底どうでも良いという雰囲気が感じられる。
「しゃあない」
「どうするんだい? その食料を渡すつもりじゃないだろうね?」
「渡すさ。見ちまったもんはしょうがない」
「それで生き長らえさせた後は?」
そこが問題か……。
前世とは違うもんなあ。前世に匹敵、いや前世以上の大組織に入ってはいるものの、腹を空かせたガキどもに定期的に食事は与えられない。
魔王軍が自由とはいえ、地上の人間の子供たちを世話するなんてできないだろう。
「……よし。連れて帰る」
「正気かな? 君はそこまで善良なハーフリングだったっけ?」
「いいや。わりと悪いハーフリングだぜ、俺は。だが見ちまったもんはしょうがない」
「はあ……。仕方ない。私も一緒に訴えかけてあげるよ」
「俺、女王様のそういうところ好きだぜ」
「……はあ」
おい、褒めただろ。なんでため息なんだよ。
まあ、女王様も複雑な心境ではあるだろうな。
かつては種族単位で全てを奪われ、飢えることも珍しくなかったはずだ。
そんな敵対種族である人間が同じ目に遭っているというのなら、率先して助けたくもないだろう。
だが、最終的にはこうして救うのを手伝ってくれるあたり、この女王様はどこまでいっても善良な者なんだろう。
「私たちが苦しんでいたとき、君みたいに手を差し伸べてくれる者がいたらねえ」
「そのときは間に合わなかったが、今ならいつでも手を伸ばすぜ?」
「だろうね。だから私も君が好きなのさ」
「そりゃあどうも」
さて、方針は決まった。
飢えてるガキをそのままにする趣味はない。
食い物を食わせて、その後は地底魔界に連れて行くとしよう。
おっと、その前にピルカヤの旦那に連絡して、ボスを説得しねえとな。
◇
「ああ。それじゃあ、連れてきてくれ」
「人間の子供ですかあ。相変わらず、地上は荒んでいますねえ」
「はい。私たち教会でも、可能な限り救いの手を差し伸べているのですが……それでも届かない子たちもいます」
フィオナ様の言葉にアルメナが悲しそうに目を伏せた。
うちは順調に生活基盤を作れているから忘れがちだが、この世界って生活が苦しい者も多いみたいだからなあ。
さすがにどの街や村もそうというわけではないが、どうしてもカバーし切れない貧困者たちが出てしまうのだろう。
「今までの外出で見つからなかったのは、偶然ってことですかね?」
「でしょうねえ。そもそも買い出しである以上、豊かな村や町ばかりに行っていたはずです。その手の飢えている者たちと出くわす可能性は低かったのでしょうね」
それもそうか。
売買できるくらいであれば、極端に貧しいということもないだろうし。
ロペスたちが今回発見した子供というのは、本当に偶然だったんだろうな。
「それにしても、さすがは魔王様です! 飢餓状態の子供を迷わず招き入れるなんて。やはり、地底魔界こそ楽園ということですね!」
「まあ、ここの従業員の家族もいますからねえ。今さら子供が一人増えたところで、何か問題があるわけでもありませんし」
アルメナの心酔したような言葉に、フィオナ様は淡々と答えた。
たしかに、今さら子供一人が増えても何も変わらない。
モンスターたちに抱きつく存在が増えるくらいのものだ。
とりあえず、今はマギレマさんに連絡して待つとするか。
今まで何も食べていないというのなら、お粥みたいなものを用意してもらわないといけないしな。
◇
「つうわけで、お前は今日から飢える心配はない」
「……」
ああ、懐かしいもんだ。
子供ながらに必死に睨みつけて、大人たちに舐められないようにしているんだろうな。
食料を奪われた経験でもあるのかもしれない。
かつて見つけたガキどもも、最初はこんな態度だった。
敵ではないと理解してもらうまで、それなりの時間も必要だろう。
ただ、万が一にでも、ビッグボスやボスにこの態度を向けられると困る。
こりゃあ、しばらくは俺が世話するのが良さそうだな。
「ま、とりあえずは飯だ。ついてこい」
警戒はされているようだが、さすがに大人しくついてきている。
あからさまに危険な場所だからな。俺からはぐれるのはまずいと判断したんだろう。
飯を食わせてもらえるとならば、なおさらのことだ。
「ロペスさん! その子は?」
「おう。拾った」
「なるほど!」
相変わらず、深く考えねえなあ。こいつら。
知り合いから引き取ったハーフリングの少女たちは、何の疑いもなく人間の子供を受け入れた。
が、やはり警戒されている。
まだまだ、先は長そうだ。
「ロペスくんが子持ちに!」
「違えから」
「じゃあ妹さん?」
「種族違えから」
それ以外の発想はないのか、トキトウは頭を抱えて悩み始めた。
オクイたちはわかっているようだが、教えるつもりもなさそうだな。
「芹香はともかくとして、その子どうするの?」
「しばらくは、俺が面倒を見ねえとな。今の状態でボスたちに会わせるのはまずい」
「みたいね」
あ、こいつオクイのこと睨みつけてやがる。
謝罪の意味を込めてジェスチャーするが、オクイは気にしてないみたいだな。
なんだか何もかも懐かしい。向こうで世話していたガキたちも、懐くまでは全てを敵扱いしていた。
「ロペス、わりと慣れてるみたいだね。向こうでは弟や妹でもいたの?」
「似たようなのに飯を食わせたことはあるな」
「ああ、そっか。けっこう大変な場所に住んでいたんだっけ」
「だからこそ、こっちで上手くやれてるし、そう悪いことばかりでもないけどな」
おかげで今も生きていられる。
向こうにいたガキどもも、自分たちで生きていけるようにはなっただろうし、心配はいらないだろうな。
「それにしても、この世界では飢餓に苦しむ子供たちもいるのか……。アルメナ! 救うべきではないか?」
「その通りです。いつの日か、全ての者を救いましょう。ナルカミ様」
大それた目標だよなあ。
ま、俺はこうして目についたガキを救うくらいでちょうど良い。
……とりあえずこのガキを手懐けたら、次も探してみるとするか。
買い物ついでに飢えてるガキを見つけ出し、人さらいの仕事もこなすとしよう。
「悪い顔してるねえ。君」
「だろうな。人類さらって魔王軍の拠点で飼うんだ。悪人にもほどがある」
「君、転生前も素直じゃなかったんだろうねえ……」
呆れた様子ではあるものの、女王様は俺のやることを否定しなかった。
悪いが次も付き合ってもらうとしよう。俺たちは魔王軍なのだから。
◇
「良いんすか? レイ様」
「ああ。別に問題ない」
「ですが、先にレイ様にご挨拶しないというのは……」
テクニティスとルトラは、そこが気にかかっているようだ。
だけどそれも問題ない。むしろロペスはお手柄だといえよう。
良い人材を招き入れてくれたもんだ。
「さて……子供を保護するなら、教育も考えたほうが良さそうですよね」
せっかくの人材だ。
しっかりと教育して、こちらの利になってもらいたい。
「では、ダスカロスの出番ですね」
「魔王軍に馴染むように、早めに教育しましょう」
従業員の子供たちもそうだが、大人になる前はわりと女神至上主義ではないからな。
こうして、少しずつ魔王軍に友好な人類を育てておけば、いずれは偏見も消せるのかもしれない。
「長期的な計画になりそうだなあ」
「魔族は寿命が長いからな。案外理にかなっているかもしれん」
であれば、今後もロペスたちの好きにさせておこう。
鳴神とアルメナたちの人類保護欲も満たせるし、偏見を持っていない人類も仲間入りする。
悪いことではなさそうだ。
「ところでフィオナ様。宝箱抱えて何をしているんですか?」
「いえ、英才教育というのなら、宝箱に触れさせておくのも良いかと」
「ダスカロスに任せて、余計なことはしないでおきましょう」
どんな教育するつもりなんですか、あなたは。
なんか、いずれ子供とかできたときに、俺が目を光らせておく必要がありそうだな。
宰相として、魔王様の子はしっかりと導いていかないと……。




