第585話 スカーレットの自己犠牲
「モンスターが狩られている?」
「は、はい……リアン様。怪しげな男が、次々と一人でモンスターを倒しています」
一人で……?
いくら低位のモンスターとはいえ、あのモンスターたちはジノ様の力で強化されている。
最初は力を強化したが、それは勇者たちにあっさりと倒された。
次に知恵を強化したが、それは力が及ばずに気付いたら全滅していた。
だから、知恵ではなく、力と凶暴性だけをさらに強化し、勇者たちにばれないように誘導したというのに。
……まさか、勇者たちがまだ嗅ぎまわっている?
怪しげな男というのは、その協力者ということかしら?
「仕方ない……。そいつのこと、調べる必要がありそうね」
エルフ以外にも損害を被ってもらう。
せっかく上手くいきそうだったのに、余計なことで手をわずらわせないでほしいわ。
勇者の関係者だとしたらそいつを避ける。違うのならそいつを始末する。
関係者であっても、勇者たちが気付かないうちに殺すのが良いかもしれないわね……。
◇
「アルメナ……?」
モンスターたちに襲わせた村を観察していると、見覚えのある教会の女がそこにはいた。
なんだ。あの出来損ないの傷負いがいたのね。
だとしたら、モンスターたちを倒したのは、教会の戦士たち?
いえ、アルメナたちなんかを教会の連中が助けるとは思えない。
ということは、怪しげな男というのは教会のものではなく、やっぱり無関係の誰かということになる。
最悪、私たちで対処することも考えたけれど、敵の戦力はわからない。
別行動しているジノ様に加護を使ってもらい、新たなモンスターたちの軍勢をけしかけるべきかしら……。
「レンティ。その男はどこにいるの?」
「姿が見えませんね……。もしかしたら、すでに旅立ったのかもしれません」
だとしたら、なおさらジノ様に、新たなモンスターたちを用意してもらうべきね。
その男が現れなければ、アルメナたちごと村を潰す。
その男が現れるのなら、どういう存在かそこで見極める。
隙があったら殺せばいい。私たち影光の牙の得意分野なのだから問題ない。
ロマーナやモレーノと違って、私たちは影から敵を討ち続けてきた。
あの二人はそのやり方を良く思っていなかったようだけど、おあいにく様ね。
あんたたちは死んで、私たちが生き残っている。それが答えでしょ。
◇
「あの、ナルカミ様……。何をなさっているのでしょう?」
「瞑想だ! 敵がいないのであれば、ヒーローにできることはない。こうして精神を統一させて、有事に備えているのだ!」
「そ、そうでしたか。すみません。邪魔をしてしまいまして」
「構わん! では、改めて瞑想に戻る……」
そう言い残すと、ナルカミ様は完全に静止してしまった。
正直なところ、騒がしい方だとは思っていましたけれど、今はすっかりと大人しくなっていますね。
「……なんか、魔力切れみたいですね」
「た、たしかに……」
ですが、気を失っているわけではありません。
必要な時のために英気を養うのは、私たちも見習うべきかもしれませんね。
すでに、この村に滞在してから数日が経過しています。
モンスターたちは、あれ以来襲撃していないので、気を張りすぎるといざというとき動けません。
「では、私たちも休みましょう」
そうして休息をとろうとすると、ナルカミ様は目を見開いて、おもむろに立ち上がりました。
「ど、どうしましたか?」
「救いを求める声が聞こえる! 待っていろ子供たちよ。ヒーローが今助けに行く!」
「え、え?」
そう言い残して、ナルカミ様は走り去っていきました。
状況を把握できない私たちは、それでも彼についていこうと追いかけるも、すごい速さですね……。
「数で攻めるか! ならばこちらはシリウスフォルムだ!」
なんとか見失わないようについていくと、ナルカミ様はまたお姿を変化させました。
あれは、高速でモンスターを殲滅するときのお姿ですね。
ということは、今回もオオカミの群れ……? いえ、それよりも小さく多く、厄介な集団が敵のようですね。
「ネズミか! たしかシャドウラットとかいったな! アルメナ! 子供たちを避難させろ!」
「は、はい!」
シャドウラットは、その体の小ささから、耐久力自体はダイアウルフに劣ります。
しかし、数はダイアウルフよりも多く、その頑丈な歯による攻撃は、ダイアウルフにも劣らない威力です。
そんなモンスターたちが、従来よりも獰猛に襲いかかろうとすれば、下手したらダイアウルフ以上に厄介ですね……。
「おのれ、数が多すぎる!」
ナルカミ様にはさすがに敵いませんが、やはりその数の多さが非常に厄介な集団です。
ダイアウルフのとき以上に、取りこぼしが多い……。
ナルカミ様から離れたモンスターたちは、今も私たちを狙って迫ってきている。
「おい、あんたら早く逃げろ!」
タイラー様たちですら、その取りこぼしを対処しきれていない……。
では、子供たちを逃がすために、誰かが時間を稼がないといけませんね。
「さあ、逃げなさい。後は私たちに任せてください」
「アルメナ!」
大丈夫。私は痛みには慣れていますから。
体に群がるネズミたちが、私の肉をえぐり取ろうと、誰かを救えるのならそれで良いのです。
◇
「へえ。あれが怪しげな男」
……たしかに、なんなのかしらね。あいつ。
なんか姿が変化するし、手とか燃えてるけど魔法じゃなさそうだし。
転生者よね? でも、こんな辺境の村で好きに生きているということは、エーニルキアから出ていった者かしら?
それに、ジノ様が強化したモンスター相手にも平然と戦えている。
転生者にしては、戦う覚悟ができている……。
珍しい。それに、わりと使えるやつみたい。
「……アルメナなんかを救っているところを見ると、戦いはできても甘いやつみたいね」
決めた。あれを持ち帰りましょう。
前線で十分に戦える転生者。きっとジノ様が強化したら、強力な戦力になる。
でも、どうするべきかしら? 私たちで取り押さえるとしたら、さすがに被害が出そうね。
被害なしにする場合は、殺すしかなくなるし、それじゃあ本末転倒。
「……アルメナを使えば良いわね」
あの人間、また自分以外の誰かのために身を挺しているし。
あれを人質にすれば、言うことを聞くはず。
なんか正義馬鹿っぽいし、ああいうのは簡単にコントロールできるから嫌いじゃないわ。
さあ、まずは凶暴化したシャドウラットたちを、うまく扱わないとね。
目につく生き物すべてに襲いかかるという、あまりにも醜悪な生き物たち。
それなら、気配や魔力を消してやる私たちの力で、いくらでも制御できる。
襲わせたくない者たちの存在を希薄にし、誰か一人だけを目立つようにしてやれば、後は簡単ね。
そうやって死にかけたところで、私の部下がネズミたちを追い払って村を救う。
そうすれば、志を同じだと思ったあの男は、簡単に懐柔できるでしょうね。
「さようなら、アルメナ。あんたも本望でしょ? 自分を犠牲にして、他の全てが助かるのだから」
出来損ないの体に群がるネズミたちを見て、私はほくそ笑みながら部下に指示を出した。
◆
『怪我をされていますね。良かったら、私が癒しましょうか?』
「お、回復してくれるNPCは助かる」
ここに来るまでに、数多のモンスターたちとの戦闘を乗り越えた。
そのため、彼らが操作するキャラクターはすでに回復アイテムも魔力も尽きており、心もとない体力で進まざるを得なかった。
そんな中かけられた救いの声に、彼はすぐに選択肢を決定し、回復を依頼する。
「なにしてんのこの子!?」
すると、目の前のNPCが倒れた。
主人公の体力と引き換えに、NPCの体から血が噴き出し、立つことすらままならなくなったのだ。
「え、怖っ……。敵? 敵なの?」
「いや、勝手に倒れたし、そういうキャラじゃね?」
「どういうキャラ!?」
しかし他に回復手段もないため、彼らは付近の探索を行うたびにここに戻るしかなく、そのたびにアルメナを頼ることとなった。
「時間経過で回復してるっぽいけど、絶対健全な回復手段じゃないよなあ……」
「毎回怪我して倒れてるからなあ……」
異常な回復手段に慣れることができない彼らは、周囲の探索ついでにこのNPCのイベントも探ることとした。
『私は人を救いたいのですが、できることは傷を請け負ることだけ。ですが安心してください。この身体は頑丈なので、すぐに請け負った傷も治せますから』
『救う理由? そうですね……。私だけが生き延びてしまったので、せめて私は誰かを救いたいのです。死んでしまった子たちのためにも……』
『周囲のモンスターたちを倒してくれたんですね。ありがとうございます。きっと、ここも平和な場所に――』
「アルメナちゃ~ん!!」
「え、死んだ……?」
「うっそだろ、お前! なんのために、周りのモンスターども倒したと思っているんだよ!?」
何度も回復を依頼し情が移ったのか、彼らはせめてアルメナの周囲を安全にしようと動くも、その結果彼女は命を落とした。
当然、その結末に納得するはずもなく、何度もリセットしては新たな道を探り、彼らはようやくアルメナが死なないルートを発見する。
『ありがとうございます。お仲間に加えていただけたうえ、こうして回復アイテムまで分けていただけるなんて』
「そうそう! もう回復アイテムいっぱいあるから、アルメナちゃんも傷つかずにすむから!」
『おかげさまで、請け負った傷を癒すことができます。これで、あなたたちの仲間の傷をいつでも肩代わりできますね』
「あ、あれ? なんか思ってたのと違う」
「過去に、自分以外の家族と友人が死んだらしいからなあ」
「その人たちの代わりに、少しでも人類の役に立ちたいって気持ちは、変わらないんだろうな」
「ま、まあいいや。俺が怪我を治すようにお願いしなかったら、アルメナちゃん倒れないし!」
そう決心するも、彼は再びアルメナを頼ることになる。
何度も利用して理解してしまったのだ。
このゲームで戦闘不能になった者たちは、回復するために時間やアイテムを要求される。
それらを要求せずに、複数の味方を一度に戦線に復帰させることができるアルメナは、あまりにも便利な存在だった。
傷負いのアルメナ。
プレイヤーたちが一度は救おうとするも、その利便性を手放すことができず、彼女は今日もどこかで誰かの傷を請け負って倒れている。




