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ママさんのご葬儀が終わって、大人たちが行きかう中でウィルの姿が見えない事に気づいた。
当たりを見渡すと…、いたいた。
みんなから離れて、庭のはずれに座り込んでいるウィルを見つけた。そっと近づく。
こういう時ってどっちだろう?
誰かにそばにいてほしいのかな?一人にしてほしいのかな?
私は大人の思考もあるから、こういう時に子供の行動ができないのよ。
私が近づいても、ウィルは顔を上げない。
イヤかな。ウザいかな。ほっといてほしいかな。
だけど…。
迷って、ちょっと離れた隣に座る。
ウィルを見る。
ママさんが亡くなってからずっと、緑の瞳には何も映っていない。
息はしているけど、しっかり生きているとはいえないような、そんな感じだ。
しかたないよね、ウィルはまだたった七歳なんだもん。
そんなに小さい子が母親をなくすなんて、どれほど辛くて哀しいだろう。
仲良しの男の子。ずっと姉弟みたいに一緒に育ってきた男の子。
ママさんとだってすごく仲良しで、本当に親戚のおばちゃんみたいだった。
ママさんが亡くなって私も哀しい。
ママさんと最後にした、あの約束を思い出す。
あの時の、少しだけ安心したような、あの声を思い出す。
気づくと私は歌っていた。
ワンコの種類がグループ名の、さよならの歌。
つぶやくように、小さな声で歌う。
しばらく、高い空に向かって歌っていたけど、小さな気配を感じてウィルを見た。
小さな気配は、涙だった。
ウィルは声を出さずに泣いていた。
何も映っていなかった瞳には、私が映っている。
次の瞬間、私たちは抱き合っていた。
「サラ、サラ、母さんが…、母さんが!」
「うんうん」
抱き合って、二人で盛大に泣いた。
ウィルの声は言葉にならないけど、言いたい事は伝わった。
私たちの大きな泣き声に気づいたミアとリアンも駆け寄って来てくっつくと、一緒に泣き出してその後ずっと四人で大泣きした。
後から、それを見た大人たちも嗚咽を漏らしたり、鼻をすすったり、その場はとんでもない事になってしまったと聞いた。
だけど思い切り泣けたせいか、みんな少しは心が軽くなったとも。
それはウィルやパパさんも同じだったようで、泣けずにいたウィルとパパさんは思い切り哀しみを吐き出したので、少しだけ、この先を考えられるようになれたようだ。
まだまだ立ち直るには長い時間はかかるだろうけどね。
冬が本格的になる前に、ウィルとパパさんは王都に戻る事になった。
小さな子供と父親だけでは暮らしが大変だからと、王都のパパさんの実家に行く事になったのだ。
急な事だけど、事情が事情だから職場もこの転勤願いを受理してくれたって。
出発する二人を家族で見送りに来た。
大人は大人たちで話している。私たちも子供達で話そう。
「……俺、本当は行きたくないんだ。ずっとここにいたい。だけどそれじゃ父さんが困っちゃうもんな。母さんなくして父さん元気ないし、俺がしっかりしてやらないと」
「ウィル…」
三歳の春から、ずっと姉弟のように四人で過ごしてきた。
ウィルがいなくなっちゃうのは私たちだってとても淋しい。
だけどそれを言ったら余計みんな淋しくなる。
私はミアとリアンに、哀しいと淋しいを言っちゃダメだよと言ってある。
「来年の秋になったら王都にリンゴを持っていくから、その時一緒に連れてってもらうよ!」
「うん!秋になったら会いに行くよ!」
「そしたらまた競争しよう!次は負けないから!」
「俺だって負けないし!」
だいぶ先の約束だけど指切りをする。
約束は繋がりだ。私たちは離れてもずっと仲良しだよ!
哀しい別れにならないように、みんなめちゃくちゃテンション高くしている。
だけど、ウィルを呼ぶパパさんの声が聞こえたら、みんなの目に涙の膜が張った。
「ウィル、元気でね!いっぱい食べていっぱい寝て大きくなるんだよ!」
おっと、親戚のおばちゃんのような事を言ってしまった。
「サラったら、またおばちゃんみたいな事言ってるし」
「ミア、いつもの事だよ」
ミアとリアンに笑われてしまった。ウィルも笑ってるし。
「ありがとう、みんな。
……ありがとうサラ、あの時歌ってくれて。
サラにはいっぱい歌ってもらったけど、あの時は本当に、すごく…、何て言ったらいいかわからないけど、このままじゃいけないって思えたんだ。
母さんが言った、元気で幸せになってねって、その願いを叶えなくちゃって、すごくそう思えたんだ。
だから俺、元気でいられるようにいっぱい食べていっぱい寝るし、いっぱい手伝いもして、父さんや、ばぁちゃんや、じぃちゃんを楽させてやるんだ」
「ウィル…、立派になって」
と、またおばちゃんのような事を言ってしまった。
「うん、サラちゃん、あの時はありがとう。
おじちゃんもしっかりしなくちゃなって思ったよ。
サラちゃんの歌を聞いているうちに、なんだかジャスミンの声が聞こえた気がしてね…。
ジャスミンの願いを叶えなければ、ちゃんとウィルを育てなければって、強い思いが湧いてきたんだ」
「おじちゃん…」
何て言ったらいいかわからなくて言葉が続かない。
黙ってしまった私の代わりに、ママとパパが元気よく話しかける。
「それはジャスミンの心からの願いなんだから…。ラィリーもウィルも元気でね。今すぐはムリかもしれないけど、幸せにもなってね」
「身体が資本の仕事なんだから、健康管理もしっかりしろよ!」
「わかってるって!パーカーもオリビアも今までありがとな。王都に来たら声をかけてくれ!」
こうして賑やかにお別れした。
お引越しの荷物を積んだ荷馬車に乗ったウィルは、見えなくなるまでずっと私たちを見ていた。
私たちもウィルの乗った荷馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
ウィルとパパさんの哀しみが、少しでも早く軽くなりますように。
ウィルがいなくなっちゃって、四人姉弟から三人姉弟に戻った私たち。しばらく淋しかったけど、子供って順応力が高いんだよね。冬を超えて春になる頃には、ウィルがいない事にも慣れてきた。
春になって私とミアは八歳になった。リアンは七歳。
冬の間にママから家事を教わって、この春から私とミアは家事のお手伝いをするようになった。リアンはリンゴのお手伝いね。
私とミアが家事ができるようになると、ママもリンゴの仕事を多くするようになった。
獣人のママと、小さくても獣人の血が濃く出ているリアンは力仕事にむいているんだよね。
ミアは、動くことが好きな事は変わらないけど、ちょっとお姉さんになってきたのか、家事も一緒に頑張ってくれている。
家事の中ではお料理が一番楽しかった。
二人で午前中の家事を終わらせると、お昼ご飯を作って三人を待つ。
「美味しい!」「よくできてるね!」
なんて褒められると、すごく嬉しい。
掃除も洗濯も、元日本人ですからね!
やるからにはきっちりやったよ!
うちは農家だし、靴を脱がないスタイルの生活だから床が泥だらけだ。
しつこいくらい床をはいて水拭きをして、まぁまぁ許せるくらいには綺麗にした。
綺麗な室内に慣れると、汚いのが気になるようになる。
結果、みんな汚さないように生活してくれるようになった。
お洗濯は、ただただ頑張った!
うちは貧乏ではなかったけど、裕福という程でもない。お洋服もたくさんある訳ではなかったけど、外仕事をしてるからね!毎日洗ったよ!
もうね、洗濯機が欲しい!洗濯機!!ほんと切実にほしいよ~!
お手伝いばかりしている訳ではないよ。
しっかりリンゴの木の下も走り回っている。
私たちは成長期だからね!
いっぱい食べて、いっぱい動いて、いっぱい寝なくてはならない!
パパもママも私たちをのびのびと育ててくれた。
町はずれにある我が家はリンゴ園だけじゃなくて、敷地内には藪やちょっとした丘や(これもお隣さんとの境界線)小川も流れていて自然豊かだ。リンゴ以外の木もいっぱい生えている。
美しい四季の中でスローライフ!
こんなところで暮らせるなんて、幸せだなぁと心から思う。