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目が覚めると、視界はぼんやりとしていてよく見えなかった。
いつもの習慣で枕元のスマホを取ろうとしたけど手は動かず、というか、手以外も動かない。
何これ!何なの?! 金縛り?金縛りってヤツ?!
いや、金縛りは夜になる筈だ。たぶん。だって怖い話で聞くヤツだもん。
今は明るいからきっと朝か昼だろう。金縛りではない筈だ。
じゃあ、次に考えられるのは…
えっ、まさか私、事故にでも遭った?!
憶えがないんだけど!
事故と仮定して、それで目がよく見えなくて身体も動かないのかな?
ゾッとした。
これが麻酔が効いていて、とかだったらいいよ?
まさかの植物状態だったら?
いや、意識が戻ったんだからそうとはいわないかもしれないけど。
何にしても、ここが病院ならそのうち看護師さんが来てくれるだろう。
面会謝絶じゃなかったらお母さんたちだって来てくれる。
今はまだ朝早いのかもしれない。待つしかない。うん、待とう。
大丈夫、きっと大丈夫。もしかしたら夢を見ているだけかもしれないし!
なんて思った事もありました。
あれから一月ほどがたって、少しずつ目が見えるようになりました。
どうやら私は、赤ちゃんになっているようです…。
わ~!まさかの、前世の記憶をもっての生まれ変わり?!
うそ~!私死んじゃったの?全然記憶がないんですけど!!
もうね、大人の記憶を持ったままの赤ちゃんは苦行だよ!
ゆっくりと、だんだん見えるようになってきたといっても、見えてるものはほぼ天井!
たまにママやパパが抱っこしてくれるけど、まだ首が座ってないからか、抱っこやおんぶであちこち連れていってもらえる事もない。
ご飯は当然ママのおっぱい!
これがまた美味しくないのよ。他の物を食べた事のない赤ちゃんなら美味しかったかもしれないけど、美味しいものを食べた記憶がある私にはちょっとね…。
飲むけど。それしかご飯がないからね。
でもぬるいミルクって…。ねぇ?わかってもらえるでしょ?
だけど一番辛いのは、死ぬほど暇!って事だった。
手足はちょっと動かせるようになったけど、寝返りもできない身体では、ほんと何にもできないの!頭が重いから首だって動かせない!
つまんない!つまんない!つまんないよ~!
神様、私何をしたんでしょう?
こんな罰を受けるような事!
しくしくと、神様に恨み言を並べているうちに、ふと気が付いた。
なんだか隣に人の気配が…、あるような?
注意力散漫な意識を集中して隣の気配を探れば、どうやらお隣にも赤ちゃんがいるような?
ここが病院ではないとわかっているので、生まれ変わった私の自宅なのだろう。
その自宅に、私以外の赤ちゃんがいるという事は、もしかして私って双子なの?
わ~!赤ちゃん見たい!抱っこしたい!
いや、自分も赤ちゃんだけどね!
動けるようになったらたくさん可愛がってあげよう!双子なら同じ年だけど!
私は子供が大好きなのよ♪
この日から、私は隣にいる(たぶん同じお布団)赤ちゃんの観察を始めた。
といってもそっちを見る事は出来ないから、気配だけなんだけどね!
でもやる事が出来て、死ぬほど退屈だった日々がちょっとだけマシになった。
ありがとう、隣にいる赤ちゃん!私の妹か弟♪
前世では私、お兄ちゃんがいる妹だったので、下の妹弟ってものに憧れてたんだよね♪
異性の兄妹だったからか、お兄ちゃんは中学生頃からそっけなくなっちゃったんだけど、それでも優しいお兄ちゃんだった。
私もあんな優しいお姉ちゃんになろう!
お兄ちゃん、と思って、考えないようにしていた家族の事を思いだしてしまった。
お母さんとお父さん哀しんでいるだろうな。
おばあちゃんとおじいちゃんだって、私の方が先に逝くとは思ってなかっただろう。
就職して家を出たお兄ちゃん、家に戻ってくれるかなぁ…。
結婚するまででいいから、私の代わりにお母さんとお父さんのそばにいてあげてほしい。
というか私、本当に死んじゃったのかな~。
まぁたぶん、これが夢じゃなかったら死んじゃってるんだろうけど。生まれ変わってるんだし。
そういえば私、どうして死んじゃったんだろう?
いくつで死んじゃったんだろう?
たしか、成人式の着物は着た。うん、憶えてる。
それから…、大学三年にはなったよな…。
就職活動の記憶はないな…。四年にはなってないのかな?
三年だったとしたら、二十一かぁ…。早いな。享年二十一歳?
家族を残して死んじゃった事はすごく哀しい。たくさんあったやりたい事もやれずに死んじゃった事はとても悔しい。
残された家族の事を思えば申し訳ない。
友達にだって哀しい思いをさせちゃっただろう。
彼は、しばらく前に分かれてるから大丈夫。
ただ寝てるだけでやる事もないので、考え始めると止まらない。
色々考えちゃうし、考えちゃうと哀しくなるけど、赤ちゃんのこの身では何もできない。
どんなに望んでも、死んじゃっているならどうしようもできない。
今はこの身体に感謝すべきなんだろうなぁ…。
前世の記憶があるといっても、そこは赤ちゃん。集中力が続かないし、常に眠い。
うん、ちゃんと考えられていたら哀しすぎたよね。
今世では長生きをして親孝行をしよう。
お兄ちゃんのように、隣にいる妹か弟を可愛がろう。
うんと家族を大事にしよう。
そう決めて、そのためには元気に成長するぞと、とりあえず寝た。
それからまた二ヶ月ほどたって、初めて目覚めた日から三ヶ月ほどになったと思う。
合っているなら生後三ヶ月というところかな。
しばらく前から身体も動かせるようになってきた。といってもまだ一人では起き上がれないし、首を動かして周りを見られるようになったってくらいだけど。
でも超大発見があった!やっと隣にいる妹か弟が見られたのだ!
これがもう、めっちゃ可愛い!!生後何ヶ月かの赤ちゃんなのに、めちゃくちゃ可愛いのだ!
鏡がある訳ではないので自分は見えないんだけど、双子の(たぶん)妹がこんなに可愛いなら、きっと私も可愛いに違いない!と大いに期待した♪
(たぶん)妹の髪は茶色でフワフワしている。ジッとこっちを見ている瞳は綺麗な青色。プクプクのほっぺは健康的なバラ色で、涎のせいで(笑)艶めいている唇は可愛らしいピンク色。
西洋人っぽい顔立ちだから、生まれ変わった場所は日本ではなさそうだ。
というか、私が死んでからどのくらいの時が経っているんだろう?
まだそんなに経っていないなら、大きくなったらぜひ日本を訪ねてみたい。
(たぶん)妹をジッと見る。
あっちも見ているから、見つめ合っているともいう。
「あ~、あ~、」
話しかけるけど、言葉になってない。
こりゃ意思疎通はできないな。
たぶん、ってもういいや!はっきりわかるまで妹!も、前世の記憶があるのかな?
観察していると、妹は私の知っている普通の赤ちゃんに見える。
泣いて、おっぱいを飲んで、寝て。泣いて、オムツを取り換えてもらって、寝て。泣いて、抱っこしてもらって、寝て。
起きている時間も少しずつ増えてきた。
まぁ、前世の記憶もちなんてそうそういないか。
目が見えてくるのと同時に、耳もちゃんと聞こえるようになってきた。いや、耳は聞こえていたか。
音なら経験上わかった。鳥の鳴き声とか、風が窓に当たる音とか、ドアの開閉の音とか。
わからなかったのはママとパパの話している言葉だった。
それでも毎日同じ言葉を聞いていれば覚える単語もできてくる。
「サラ~♪サラちゃ~ん♪」
どうやら私の名前はサラというらしい。
ついでに
「ミア~♪ミアちゃ~ん♪」
妹の名前はミアらしい。
二人とも可愛らしい名前でよかった♪
生後半年になった。
この頃になると、だいぶ色んな事がわかるようになってきた。言葉も随分覚えたよ。まだしゃべれないけど。
ある日、衝撃的な事を知った!
パパに抱っこされて、同じくママに抱っこされているミアを見る。と、
……ママ? その、頭にあるものは何ですかね?
ママの頭には、メイド服を着たカフェのお姉さんがカチューシャでつけている、あるものが見えた。(※個人のイメージです)
あるもの…。いわゆるネコ耳的な。
ジッと見る。 耳が動いた!
カチューシャ的な、プラスチックらしきものは見えない…
え?え? どゆ事?!
乳児の集中力を限界まで駆使して知った。
ママは獣人といわれる人だった!
外国じゃない!地球でもない!
どうやら私は、異世界転生したらしい…。