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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2036年3月13日、全日空NH9便・座席番号B3F 〜その1

 私が搭乗しているB787-1800は、着陸に備える最期の仕上げとしてのっぺりとした太い下腹付近から、ボディの大きさと比べれば明らかに小さ過ぎるランディングギアを大気の流れの中に向けて開放した。


 その時に自分のお尻を通じて、何回かガコンという振動の繰り返しと、突然に増加した空気抵抗で搭乗機がその物が後ろへと押し戻された様な減速感が、ビジネス・シートのあるキャビン前方にまで確かに伝わって来た。


 その時になって初めて搭乗機(B787-1800)は既に、高度差処理や進入方向調整と言った着陸前に必要な修正作業を完了していることに気付いた。航路図から推測すれば太平洋上から日本本土上に滑り込むために、かなり強引な左旋回を(おこな)ったはずだ。それにも拘わらず、私の胎内に搭載される加速度センサーはキチンと警告を出すこと無く、それをまったく無害(無視して良いモノ)と判断して完全に無視していた。


 きっと、作業中に発生した慣性的な抵抗は、実に些細なものだったのだろう。この便のキャプテンの機体制御技術は、相当なレベル(慣熟の域)に達しているに違いない。


 私は長い太平洋空路の旅が、短い安息の終わりつつあることを自覚するしかなかった。

 やれやれである。ずっとこのままシートに座っていたかった。

 これからするべき事を想像すると気が重くなる。


 全日空NH9便は、私の気分に配慮することもなく、茨城国際空港に向けたファイナル・アプローチを実行した。滑走路が混んでいるとか、何かの理由で二〜三回くらい空中を旋回しても文句は言われまい。陸上自衛軍のヘリコプター部隊の基地は内陸方面へと移動済みだから、百里基地からのスクランブル離陸でも無い限りは軍関係の航空管制からも苦情は出まい。


 右旋回。今回は成田空港へ向かう航路との分岐になるので、少しタイトなカーブを描いた。


 客室の窓の外に目を向けると、名前も知らない湖が次から次へと現れては消えて行く。現れる度に水面が太陽光を盛んに反射して私の目を眩せた。


 まだ生身だった頃の癖で反射的にまぶたを降ろした。どうやら目を細めてまぶしさを緩和するつもりだった様だ。冷静に考え直してみればそれは、そんな配慮は今後の人生においてまったく不要なんだ。瞳への入光量をまぶたで調節しようがしまいが、幸か不幸かは別問題として、大した問題ではないのだ。


 そう思い直してまぶたを上げた。


 やはり、まぶたを上げたままでも問題は無かった。確かに視界の情報量は減った。ほんの一瞬だけだったが光量過多ですべての撮像素子から受光データ溢れて、取得データは「255」と言う完全な白トビ状態に陥ったからだ。


 しかし、完全にホワイトアウトしたのは一秒以下だった。すぐに視界画像にコントラストが生じ始める。最初は虚ろにしか見えなかった地上構造物が、やがて何であるかを判別出来るようになり、最期には細部描写まで確実に把握できるほどの画質にまで改善された。


 おそらく、動画像処理エンジンレベルで入光量過多と判断して、変動性偏光フィルターと自動絞り羽根でF値を抑制して、その後にレンズ内で起こったハレーション、収差によるパープル・フリンジ、回折現象などをプラグインされている電子フィルターで自動補正したのだろう。


 順光状態における視界と比較すれば、確かにコントラスト低下は完全には解消されていない。それでも、情報面取得面ではまったく問題にならないレベルまで補正されている。私個人の推測に過ぎないが、これはユーザーの利便性の向上の為ではないんじゃないか?


 ユニット単価の高いアイボールセンサーのコア・パーツである、熊本県産の撮像素子の保護が主目的なんじゃないかと訝しんでいる。まあ、センサー焼けで交換・修理作業にいくらかかるか知っていれば納得して然るべき仕様に違いない(破損原因が事故でないと判断されれば、医療保険や健康保険も申請が通らないだろうし)。


 続いて、「視界に逆光補正を掛けるか?」や「GPSを再受信して現在位置を表示するか?」というメッセージを受信した。どうやら動画処理エンジンでさらなる視界の向上も可能らしい。しかし、それはきっと人類の生理機能に相反する機能なんだ。私は迷うことなく「いいえ」を選択した。


 一連のメッセージを受信したのは五感を介してではなかった。それは意識そのものに直接介入、というか強引に割り込んできた。これは私たちユーザーは勝手に「強制自覚メッセージ」と呼んでいる。即座に、そして確実に情報を強制伝達するには最適だが、今ひとつ不愉快な気分になる。


 これは第二小脳※と呼ばれる人工知性が、最上位プライオリティーで判断を求める必要のある事案として認識した場合にのみ実行されるセキュリティーにカテゴライズされる通信コマンドだ。


 五感を介さないと言うことは、神経伝達速度と同程度の超高速な「ユーザーの認識」への干渉が採られたことを意味する。つまり、目で文字を追うよりずっと早く、耳で聞き取るよりも一字一句まで鮮明に伝わるそれは我々の間では「強制認識介入」と呼ばれて()まれている。


 メッセージの伝達は基本的に五感センサーと呼ばれる・・・複合センサー群(医療用語では仮想認識システムと言う)を介す伝達方法が有象無象のユーザーからは支持されている。そうすれば人間の意識と親和性の高い自然な意思疎通で済むからだ。しかし、五感センサーにも問題がないわけではない。情報伝達に時差を生じさせたり、個人が持つ感性というバイアス=アナログ的な揺らぎが生じることから伝達内容に齟齬が生じやすいということだ。


 セキュリティー系メッセージが嫌われる一番の原因は、ユーザーが長い時間を掛けて細かくカスタム設定したプライバシールールを土足で踏みにじって、空気も読まずに唐突に判断を要求することだ。極地環境下での生存性のみを考慮した故に最上位プライオリティーで実行されるらしい。確かに生死の境でなら仕方ないと思えるが、日常生活の中で表面意識第一層において認識を弄られるのはやはり不愉快だ。


 この不満率は相当に高く、ユーザー団体が行った去年の意識調査の結果に依れば、民主主義国家の議会であれば憲法の改正ができるほど高い割合で"大変に不愉快"と回答している。しかし、伝達情報にブレやモレが生じては最優先すべき「ユーザーの生命維持」が疎かになると、メーカーの法務部や厚生労働省の役人達が改善要求を頑として受け付けない。強制干渉方式メッセージは、あくまで暫定的な処置の筈だったのだが今や業界スタンダードとなって久しい。おそらくこのまま恒常的な仕様として定着させる意志が働いているらしいことがうかがい知れる。


 強制自覚メッセージ受信の何がイヤかと言うと・・・表面意識がメッセージ情報を受け取ると同時に・・・なんと言うか行き場のない理不尽な印象が感性の片隅に突き刺さるのだ。上手に表現するのは難しい。言うなれば、何かしらイベントで盛り上がっている真っ最中に背後から冷や水を浴びせられたかの様な、抑制ホルモン剤を打たれて強制的に情熱を冷まされたかの様な寂しさを味わう感じである。


 強制自覚メッセージの出所は第二知性と言われる第二小脳※である。こいつを私の身体に同居させてからもう1年が経つが、この不愉快さにだけは克服できない。今後も無理そうだ。


※第二小脳とは、生体部位の小脳と大脳皮質の機能を統合した機械化器官。具体的には随意運動、不随意運動、拡張機能を統合を実現する。人間にとって感覚的に統合が困難な故に、通常の認知範囲内に加えることの出来なかった拡張機能を操作するためのコンシェルツ的な役割を担当する人工知能搭載型「スタンドアローン・マシーン」を指す。


 GUIを謳うOSでありながら、課金インストールしてみたら、事あるほどにコマンドラインによる操作を要求される・・・なんてことになれば誰だって「金返せ」的不満を抱いて(いら)つくと思う。または「そりゃないだろう!」かも知れない。とにかく、強制自覚メッセージも第二小脳のどちらも不条理感そのものという印象だ。そして、私が確認作業の度に「眉間へのシワ寄せ」を繰り返していることは人工知能であっても「反射的表現のログ」を参照すれば気付く筈だ。


 第二小脳の知性力は「眉間へのシワ寄せ」と「不愉快」の関連性を疑い始めるだろう。


 第二小脳は、自らが要求した(催促した)「確認作業」と、それに対する私の反応である「眉間へのシワ寄せ」との間に、何かしらの相互関係を発見するに違いない。


 やがて、「眉間へのシワ寄せ」と言う反応が、人間にとっては有り触れた、ネガティブな「反射的表現」であると気付く事だろう。


 それは、第二小脳が製造元の医療用クラウドサーバーのデータに照合しさえすれば、自らが人間を不愉快にさせたという失敗であると即座に知ることが出来ただろう。


 しかし、残念な事に、経験不足の第二小脳は、まだその域に至ってはいない。それは、私が第二小脳との付き合いにおいて経験不足な様に、第二小脳にとっても私とのコミュニケーションにおいて未熟であるからだ。


 仕方が無いのだ。あの人達も言っていた。第二小脳に対して、教科書的な回答を提供すれば直ちにに改善策は取られるだろう。しかし、それでは何も学べない。第二小脳は、何が私に不愉快を与えたのか、それを自身の演算によって導き出すと言う経験を与えられなければならないのだ。


 だから、私は苛つきながら、何時がその日(・・・)が来る事を期待して待ち続ける。


 そう・・・。


 第二小脳だって好んで私に不愉快を与えているわけではない。むしろ逆だ。


 第二小脳のAIの行動原理は極めて単純だ。実は好奇心主義なのだ。興味を持つ擬体保持者の反応や挙動を常にサーチしていて、集めた事象をポジティブとネガティブに分類する。そして、ネガティブに分類された擬体特有の事象を限りなくゼロに近づけることに快楽を獲得する様にパラメーター設定されているのだ。だから、私の状況を把握できれば快楽原理に基づいて、喜々して解決手段の解を求め始めるだろう。


 まだ改善策のトライアルが実行に移されていないと言うことは、まだ情報収集・検証中であるか、ストレス値がまだその域まで達していないのだ。AIが具体的な行動を開始するまでどのくらい時間が必要なのか判らない。それでもいつかこのストレスを軽減する画期的な方法を発見・実行してくれることを期待している。


 第二小脳がその欲を満たし終えるまで、つまり私が満足するまでは長い道のりになりそうだ。もっとも、私にとっても理想的なインターフェイスがどういったモノなのかは皆目見当も付かない。まあ、一緒に探していこう。不本意な相棒と。そういう運命なのだから。


 なお、漠然とした想定くらいならある。私の意識に過干渉する印象が大きい第二小脳と私の生態脳がシームレスに役割を分担できることはないだろうか? 私の側も限定的な状況下で第二小脳を全面的に信頼して決断権限を譲渡し、それ以外の本当に重要な事柄だけ私が意識上で認識して選択で居るようになれば、よりよい共存関係が成立するに違いない。


 理想形は有機パーツと無機パーツの理論的な統合=一体化だ。互いに特異な部分を譲り合って、その上でインターアクトするのが最終的なゴールとなるだろう。いろいろな要判断事項を第二小脳側が慣れれば、もう少し抽象的な情報処理レベルであっても、きっちり振り分けが出来るようになるのかも知れない。


 ただ・・・そうなると私と後付けの第二小脳のどちらがこの身体のマスターであるのかという哲学的な問題に悩まされそうだ。


 私と後付けの第二小脳が、同格の知性として尊重し合うというのは許せない。つまり、主導権はあくまで私に欲しい。いつもそこら辺で議論は堂々巡りに入ってしまうのが腹立たしい。自分でも何をしたいのか分かっているけれど、どうすれば良いのかさっぱり分からないのだ。


 不随意機能との違和感ないコミュニケーションは魅力的だが、身体に搭載されたすべての機能を自分自身でハンドリングしていたいと願わずにはいられない。何故なら今の私は生かされているのではなく、自分の意志で生きることを選択しているのだから。

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