最終幕 ⑧【完結】
城門広場へ出たフレイの背後で、ケインが門を閉じた。
俯き気味のフレイが視線を上向けると、そこにベルリオーズの顔があった。
「フレイ。……残念だ」
「え?」
フレイの視界を、ベルリオーズの口腔が覆った。
時を同じくして、アリサの奏でる旋律が、一つの命を見送る。
(なぜ辛く、悲しく、寂しいのか? それは、人間の心があるから)
アリサが目を閉じ、音色に心のすべてを委ねる。
(人間の心を消し去り、魔族として、新たな魔王として立つ。そうすれば――)
時を同じくして、フレイはその身を、巨竜の牙で噛み砕かれていく。
主の命を受け、広場に集っていた城の魔族たちは、その光景を、固唾を飲んで見守る。
ダークエルフの甲高い悲鳴が、曇天の空に響き渡る。
「――アリサ様あああああああああぁっ!」
涙と血飛沫を伴い、フレイの魂は散る。
♠
「ねぇ、フレイ? ご本よんで?」
フレイが最後に視る光景は、アリサの中にも残る記憶。
曇り空が覆う昼間。魔王城の中庭。
フレイは、膝元に縋るアリサを抱き上げる。
愛くるしい顔。もちもちの素肌。
フレイは魔王に視線を投げかけた。
「よい。そろそろ昼寝の頃合いであろう」
フレイは口を引き結んで目を閉じ、一礼すると、アリサをそっと抱き上げた。
(これでアリサ様と二人きり)
「あの者の働きは、いかがでしょうか?」
「フレイか? お前が見込んだだけのことはある。アリサはすっかり懐いておるし、このまま専属の護衛と給仕を任せようと考えておる」
「であれば、良いのです」
「なにか、言いたそうだな?」
魔王が聞いた。
「フレイとは暗黒の森で出会い、私に魔王への忠誠を誓ってきました。他のエルフは私を敵と見做して逃げゆく中、彼女一人がです。病に苦しむ妹がいるとのことで、並々ならぬ決意を感じ、ここまでお連れしたわけですが、……あれから数年。地位や名声への野心も無いようで、安心した次第です」
魔王の笑い声がした。
「ダークエルフはプライドが高く欲深い、などという偏見は捨てよ。皆がそうではないのだ」
「御意のままに」
(アリサ様と、もっと、ずっと、一緒にいたい。私のこの思いは、欲望だろうか?)
「――お話、退屈してしまいましたか?」
「うん。お父さまの言ってること、よくわからないもん」
アリサが頷くと、フレイは顔に出ないよう堪えるが、つい、頬を緩めてしまう。
(かわいい)
フレイは寝室のドアを開き、アリサを豪奢な造りのベッドに寝かせた。
(アリサ様のお世話はすべて私。実質、私が、この子のお姉さんみたいなもの)
「さて、今日はどのお話にしましょうか?」
アリサが指し示したのは、囚われの王子を武闘派の姫が助けに行くお話。
(この子は将来、絶対に綺麗な子になる。今の内からこっそり武術を教えて、身を守れるようにしてあげなければ!)
「――わたしも、フレイと二人きり、すき」
フレイはアリサを見つめた。
「では、アリサ様に相応しい殿方が見つかるまで、私がお傍におります」
「フレイが、わたしのお姉さんになるってこと?」
「……他の方から見れば、そう見えるかもしれませんね」
(そう。私がアリサの、お姉さん――)
フレイの読み聞かせが終わると、アリサはこう言った。
「いつかわたしも強いお姫様になって、フレイを助けに行く!」
「私を、ですか?」
フレイの鼓動が大きく跳ねた。
「うん! わたし、フレイがすきだもん」
「アリサ様なら、強いお姫様になれます」
フレイが優しく頭を撫でると、アリサはすやすやと、心地よさそうに眠った。
「――私も大好きよ、アリサ」
フレイはアリサの額に、そっと口づけをした。
(私は、この子の笑顔があれば、あとは何もいらない)
♠
(わたしは、心を閉ざす術を身に付けたのです。だからもう、辛くない。悲しくない。寂しくも、ない)
演奏を終えたアリサは、放心したように、天を振り仰ぐ。
もう、ローランの姿も、父の姿も、見えない。
ふと、姿見に目が行く。
「――ああ、笑っていたのは、やっぱりわたしだったのね」
アリサは鏡に映る自分を見て、煌々と目を細めた。
ドアがノックされ、アリサが許可すると、ケインがおずおずと入ってきた。
「我が君。ベルリオーズが彼女を、……フレイを。……グレイス様のことも……本当に、これで良かったので?」
つっかえがちな口調で、ケインはちらちらと、アリサに上目を向ける。
「なんのこと?」
アリサはきょとんと、首を傾げた。その表情は、恍惚とした微笑に覆われている。
「ほ、本気で、仰っているんですかい?」
ケインは信じられないものでも見るかのように、目を見開いた。
「その目はなに? ケイン」
アリサは薄目を開けて、深紅の瞳をケインに向けた。
撫でるように優しい声だった。
「っ! い、いえ……」
ケインはびくりと肩を縮こまらせた。
「わたしの為すことに、口出しはしないで」
と、アリサは王の間を後にし、城門広場へ出た。
「魔王、我が君。私の魂を、あなたに捧げます」
待機していたベルリオーズが、その首を深く下げた。
広場や城壁に整列していた他の者たちも、それに倣う。
「済んだのね? ベルリオーズ」
「はい」
「そう……」
アリサは数歩前に出ると、配下たちを睥睨する。
「わたしに歯向かう者がどうなるか、その答えが、ここで示された。皆、その目に焼き付けた光景を、努忘れぬように」
「この者たちは全員、あなたの配下です。皆、命令を待っております」
ベルリオーズのテレパシーが、アリサだけに送られた。
「――わたしは、勇者を討つ!」
アリサがそう宣言し、広場から歓声が上がった。
「裏で糸を引いていたのは、勇者なのですね?」
騒めきの中、ベルリオーズの問いに、アリサは頷く。
「モルテガ邸に現れたカスバートはやはり偽物。正体は勇者で間違いない。あの物言い、あの口調、――もう忘れない」
「戦争だ!」
「戦争が始まる!」
配下たちから期待の声が上がる。
「静まりなさい!」
アリサの一声で、全員が沈黙を守った。
「わたしが使うのは、ここ。戦争は起こさせない。狙うは、勇者ただ一人」
と、アリサは自分の側頭を指で叩いた。
「魔王、万歳!」
「「「魔王、万歳‼」」」
ベルリオーズが全員にテレパシーを響かせ、魔族たちは声を揃え、新たなる君主を崇めた。
配下たちの熱気を浴びつつ、アリサは言った。
「ここにはまだ、わたしがいる。それを勇者にわからせてやる」
(痛みがあるのは、心があるからだ)
(なら、世界中の者が心を無くせばいい)
(そうすれば、悲しむことも、孤独を感じることも、絶望することもない)
(苦痛の無い、理想の世界が誕生する。それがわたしの幸せ)
魔界を覆う曇天の空に、稲光が迸った。
(お父様。わたし、幸せになります)
END
これにて完結です。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました!
レビューや感想、スタンプなども賜り、とてもありがたく思っております!
今後も新作を書いて投稿したいと思っておりますので、何卒応援のほどよろしくお願いいたします!




